俺は外に出て、とにかくド派手な赤いお城みたいな建物へと向かった。うん、時代モノの映画によく出てくるよな、こういうの。
 朱塗りの柱の上部は、緑や黒やら青やらでうねうねとした模様が描かれ、見上げた天井もまたびっしりとそんなまじないのような文様に覆われていた。黒い瓦の上にはドラゴンのようなモンスターのような人形が鎮座し、低く地を這うような建物の中はランプを模した微かな電灯があるだけで、薄暗い。
 誰かと一緒ならただただ物珍しいだけの建物も、たった一人で、しかも中からも誰の気配もしないとなると、途端に薄気味悪く生温かい風が皮膚の表面を舐めるように感じられる。
 俺は身震いしながら、注意深く左右を確認して先へ進んだ。確かいつも、日本たちが休み時間などによくいる教室がこの辺りにあったはずだ。あそこがきっと彼らのホームルームなのだろう。
 引き戸を開け放つと、そこはシンと静まり返っていた。この教室には椅子がない。どうも床に直接座れと、そういうことのようで、各々薄い木の板や織物、クッションなどを持ち込んでいるようだった。
 日本がいつも座っている席には、紺色の平たく四角いクッションが置かれている。俺の膝丈ほどしかない机には物を入れる場所などはなくて、教室の雰囲気に合うよう木で作られたロッカーが背後に並んでいた。
 どれが誰のものかなんてのは、俺にはわからない。アニメのシールが貼ってあるロッカーはいくつかあったけれど、そのどれもがきちんと施錠されていた。
 ああ、一体日本はどこにいるんだろう。
 まさにそう思った時、ぎしり、と床の板が鳴った。俺は驚いて振り返る。
「うわあぁあああああ! 出たぁあああああ!」
「え、いや、あの、すみません……! アメリカさん、私です、私」
「……なんだ、日本か。驚かせないでよもう……」
「すみません、驚かせるつもりは……。こちらにいらっしゃったんですね、探しました。お電話さし上げたのですが……」
「え、電話?」
 俺はカバンの中を漁った。あぁ、電話がない。
 教科書やら先程買って残ったハンバーガーやらを机の上に出してごそごそやっていると、ようやく、カバンの底に申し訳なさそうに埋まっていた俺のiPhoneを救出することができた。
「あ、ほんとだ」
 そういえば、昨日あまりに「おめでとう」の電話が多くて、人気者の俺がいちいち対応していると日が暮れてしまうので、マナーモードにしていたのだった。
「気づかなかった……ごめんごめん、あ、ハンバーガー食べるかい?」
「いえ、結構です」
「そうだ日本、どうして学校に誰もいないんだい? これ、ドッキリか何かなのかい?」
 着信履歴は日本のものだけで、他の奴らの行方は、依然として知れないままだ。
「はてねぇ、私も困ってるんですよ。皆さん電話をしても出ないんです。寮にもいらっしゃらないようですし。今日は平日ですよね」
「えぇー、どうすればいいんだよ。ひょっとして俺たち、この世界に二人だけ残った、なんてことは……」
「冗談やめてください。きっと皆さん、どこかに遊びに行かれてるんでしょう。それより、しばらく私とおしゃべりしませんか」
「なんでそんなに冷静なんだい、君」
「年の功ですかねぇ。まぁ、いいじゃありませんか。何ならゲームでもしますか?」
 日本は笑って、何やら教卓と思しき位置にある低い机のあたりをごそごそ探り始めた。やがてピコーンピコーン、と間抜けな音がして、天井からスクリーンと映写機が下りてくる。
 俺があっけに取られていると、日本はいそいそ、教室の後ろのロッカーを開けた。意外にも、彼が開けたのはアニメのステッカーのロッカーではなく、「使ったら戻すこと! 借りパク厳禁!」と大きく書かれた紙の貼ってあるロッカーだった。
「あぁ、意外とハイテクなんですよ。この教室。クーラーも完備ですし。それから、これは共有のロッカーです。ほら」
 彼が体を少し脇へ避けると、ロッカーの中には所せましとゲーム機が詰まっているのが見えた。なるほど。アジアクラスらしい。
 彼は白いボディも美しい家庭用ゲーム機を取り出すと、それを最後尾の席に置いた。机の端には板を持ち上げられる部分があり、そこにはゲームの端子を差し込める穴が並んでいるのだった。
「……君たちって……」
「え? あれ? ヨーロッパクラスにはないんですか? もちろん、リスニングの授業なんかにも使えるんですよコレ、ほら、ここにイヤホン差して。LANを繋げばインターネットもできます」
「もう何があっても驚かないよ……。さっきまで幽霊が出るんじゃないかってビクビクしてた俺が情けない」
「あははは、この学校に幽霊なんかいるわけないじゃないですか。全世界が集まる、最重要機関ですよ」
 俺がすっかり印象の変わったオリエンタルな教室を見渡している間にも、日本の手は止まらない。着々とコードを繋ぎ、ソフトをセットし、スクリーンにはオープニング画面が流れ始めた。
「それよりアメリカさん、このドライブゲーム、お気に召してらっしゃいましたよね? どうぞ、お手合わせ願えますか?」
「それはいいけど、椅子はないのかい? 俺、脚がしびれちゃうよ」
 あまり期待はせずに言ったのだが、日本はあっさり頷いた。
「ありますよ」
「あるのかい!」
「中国さんが膝が痛い膝が痛いと……。よくおめーら床になんか座れるあるなって、椅子持ち込んでるんです。歳ですねぇ」
 言いながら日本は教室の隅へと向かう。確かにあった、教室の雰囲気を壊さない、赤い絹のクッションが張られた黒塗りの椅子が。
「私は床で結構ですから、どうぞ」
 言って日本は自分の席から例の平たいクッションを持ってきて、俺の横に並んだ。
 俺は何を突っ込むのもばかばかしくなって、諦めてコントローラーを握った。まったく、今日は朝から色んなことがありすぎる。
 だいたいなんだって俺は平日の学校で、こんなとこでゲームすることになったんだっけ?
 まぁいいや、楽しいから。
 ゲームというのはすごい。負けず嫌いな俺はあっという間に熱中して、気づけば小一時間ほど経っていた。



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