しかし日本は強い。そちらの方がベテランで歳も上なのだから、少しくらい負けるフリをするとか色々あるだろう、と思うのに、たとえ俺の機嫌を取らなければならない場面でも、彼は決して手を抜かない。
 それが大和魂です、などと訳のわからないことを言っていた。
 そんな俺と日本の奇妙な校内ガチンコバトルに終止符が打たれたのは、日本のじゃらじゃらとストラップだらけな携帯が、軽やかなメロディを奏でたからだった。
「電話?」
「メールですね……あぁ、もうそろそろあちらの準備もいいようです。校庭に行きましょう」
「準備? あちら? どういうことだい?」
 日本はテキパキとゲーム機を片づける手を止めず、困ったように微笑んだ。
「すみません、私も時間までアメリカさんを退屈させないよう言われていただけですので」
「どういうことだい? やっぱり皆、グルになって俺を……」
「ついてきていただければわかります。悪いようにはしませんから」
 日本はさっさとゲーム機を先程のロッカーにしまい込む。映写機もスクリーンも、何事もなかったかのようにまた天井へ戻っていく。校庭に出るには再び中庭に出、今度はヨーロッパクラスや俺たちのクラスのある校舎の方ではなく、左に曲がらねばならない。
 校内は相変わらずシンと静まり返っており、校庭にたくさんの生徒が潜んで俺たちを待っているだなんて、にわかには信じ難かった。とにかく、先を歩く日本に置いて行かれないように必死で脚を動かしながら、冷静に事態を分析してみる。――なんてことは、できそうになかった。
 果たして辿り着いた校庭は、まっさらな地面を晒して、やはり爽やかな風が駆け抜けるのみ。
「……日本、誰もいないぞ?」
「待って下さい、そろそろです」
 日本は携帯と、どうやら空を、交互に見比べている。一体何だっていうんだ、そんなところ、ただ暢気な青空が広がっているだけで……。あれ、あの雲、だんだん大きく……違う、雲じゃない。なんだあれ、UFO?
 あ、なんか見覚えあるぞ、あれ。
 ウィィィィィン、と機械音を響かせながら、円盤状の機体がみるみるうちに校庭に迫り、その影を大きくしていく。
 やがて目映い光が俺たちを包み、あまりの強い光に俺は目を瞑った。
「ハッピーバースデー、アメリカ!」
 次に目を開けた時、俺を迎えたのは、ぱんぱんぱん、とあちこちでクラッカーの弾ける音と、俺に向けて発射される色とりどりのカラーテープだった。
「これは、いったい、どういう……」
 事態が把握できない。どうやら皆が俺の目の届かないところに隠れていて、密かにこうして俺のパーティを計画してくれていたらしいことは、いくらバカでもわかるだろう。それはいい。
 だが問題は、たった今俺の身に何が起こって、ここがどこかということだった。
「日本!」
 先程まで隣にいたはずの彼は、自分の役目は終わったとばかりにさっさと壁の花なんかやっている。冷たいお茶飲んでる場合じゃないんだよ、何やってるんだよ!
「ええと、すみません、詳しいことは『彼』に聞いてください。私は先程も申しました通り、ただ時間までアメリカさんを退屈させないようにと。一日遅れてしまいましたが、お誕生日おめでとうございます」
「『彼』って……」
 日本が示した先にいたのは、ああ、なんと俺の親友だった。
「トニー!」
「アメリカ、タンジョビ、オメデト」
 まさか彼が、俺のために、皆を集めて、こんなに広いパーティ会場を貸し切って? ああ、見ろよあのごちそうの山! こんな場所、学園にあったっけ? まぁいいや!
「びっくりしたよー。トニーがいきなり、昨日お祝いしてあげなかったでしょ、って。皆で朝からここにいてパーティの準備してたんだ」
 のほほん、と解説を入れたのはカナダだった。
「お誕生日おめでとう! 一日遅くなったけど」
 なんだよ、昨日はまったくそんな素振り見せなかったくせに。
「ったく、おめーみたいのに言われなくたってちゃんと俺たちだって準備してたっつーの。いきなりアンビリーバボー体験させやがって」
「ファッキンライミー!」
 向こうではイギリスとトニーが仲良さそうに見つめ合っている。これもいつものことだ。
「まぁ、いいから食えよ。お兄さんのとっておきだぞ。イギリスには触らせてないから、安心しな。ここの厨房、いいもん揃ってんのなー」
 フランスが手ずからごちそうを皿に盛って、手渡してくれる。
「食堂の皆も手伝ってくれたんだよ」
 ちょっとロシア、フォークとナイフは人に向けて渡しちゃいけないと思うんだ。
「あぁ、それで誰もいなかったのか……」
 俺は受け取ったフォークでチキンを刺して一口齧る。うん、美味い。
「ごめんなさい、びっくりしましたよね。もー、だからいきなりキャトったらダメだっていつも言ってるのに……。あ、コーラでいいですか?」
 絶妙のタイミングで飲み物を入れてくれるのはリトアニア。彼とトニーの関係も相変わらず良好のようだった。
「いや、嬉しいよ。ありがとう。皆には迷惑かけたみたいだけど……」
 せっかく俺がヒーローらしいスマイルを湛えてるっていうのに、口々に批判をぶつけてくる忌々しいいつもの面々。ちょっと君たち、俺の誕生日パーティじゃないのかい? 今日くらい勘弁してよ!
「何言ってるのさアメリカくん、君が皆に迷惑かけるのなんて、いつものことでしょ? もう慣れちゃったよ」
「ロシアさん、ホントのこと言ったらダメじゃないですか」
 日本まで!
「そうだそうだ、俺なんかすっげー体調悪い中、準備手伝ってやったんだからな、勘違いするなよ! これは俺のためであって……」
 ああもう、いいや、なんか。
「皆、今日は俺のためにありがとう!」
 俺は胸からせり上がってくる何かに気づかないフリをしながら、次なるごちそうに手を伸ばした。
 一日遅れだけど、俺は毎日こうやって誰かに慕われてる。それがヒーローっていうものだ。
 ハッピーバースデー、俺!



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