やる気のないフランスは放っておいて、俺はファンタジー映画的お約束を探すべく一人部屋の中をうろうろしていた。
「まず初めから整理しようじゃないか。昨日の夜、寝るまでは確かにカナダがいたんだ」
 あんな、俺の声に気づきもしないカナダじゃなく、ちゃんとした普通のカナダが。
 寝て起きたらこうだった。じゃあ寝れば元通りか。っていうのも何か違う気がする。寝る前に何か特別なことをした思い出もない。この世界にすごい怪物がいて、それは異世界の俺でないと倒せなくて、だからここに俺が呼ばれたというわけでもなさそうだった。じゃあどうすればいい。
「君は? やっぱり寝て起きたらここだったのかい?」
「休みの世界ってのはそういうもんだよ。まぁこんな怪しいこと言ってもお前は俺をどこぞのヤンキー扱いするだけなんだろうけど」
 フランスの奴は暢気そうに、勝手に俺のベッドに腰かけてる。俺を見て、可笑しそうにニヨニヨするのが気に食わない。ああまったく、どうしてつい十分ほど前の俺は、こんな頼りにならない、ヒーローの助手に相応しくないヒゲが出てくればなんとかなるなんて思っていたんだろう。
「とにかくここを出るぞ、手掛かり探しだ! RPGの基本だからね!」
「まぁ、それにはお兄さん反対しないよ。動きまわれば見えるものも多いからね」
「……それは、今みたいなってことかい?」
「他に何があるのよ」
「ああもう勘弁してくれよこういうのさ! 俺はイギリスじゃないんだぞ!」
「お兄さんだって違うよ」
 騒ぎ立てながら俺たちは部屋を出て、行くあてもわからずに廊下を進む。突き当たりの階段を上へ行くか下へ行くか迷って、とりあえず下へ。踊り場を曲がったところで、見知った小柄な背中と漆黒の髪が見えた。
「お、日本」
「え?」
「日本じゃないか! おーい!」
 ぶんぶんと腕を振り回すが、いつも気が弱そうに微笑んでいる彼は振り向きもしない。おかしいな、と思い始めたところで、隣のフランスが俺の胸を叩いた。
「おい、あんま大声出すなよ」
「痛いな、何するんだい……あ」
「そうだよ、あの日本も昨日の日本だ」
 そういえばよく見るとうっすら透けている気がする。まったく何なんだい、いい加減にしてくれよ!
 彼はそのままこちらに気づくこともなく階段を下りて行く。足を止めた俺を振り返って、フランスは肩を竦めた。
「気になんねーの? 早く帰りたいんだろ?」
「尾けなきゃダメってことかい?」
「それが一番手っ取り早いと思うけど。それとも、もう見たくない?」
 なんだかよくわからないけど、あんな挑発的な笑みで見上げられて、行かないなんてヒーローじゃないと思う。
「……見るよ!」
「おいコラ、おにーさんを置いてくなって!」
 まったくコソコソすることもなくぎゃいぎゃいと日本の後についていく。彼はどうやら一階へ向かうようだった。
「お疲れ様です」
 前方に誰かを見つけたらしく、がくんと頭を下げるいつもの挨拶。視線の先には、買い物袋を提げたドイツとイタリアがいた。もちろん、彼らの視野には俺とフランスが明らかに入っているだろうに、清々しいほどのシカトぶり。見えていないのだろう。
「飾り付けはうまくいきそ?」
「どうでしょうねぇ……ま、アメリカさんですし、派手なら問題ないでしょう。一つ、お持ちしますよ」
 ドイツの両手には、色取り取りの袋がぶら下がっていて、遠目からではいったいいくつあるのか、中に何が入っているのかは到底判断できそうになかったが、とりあえず重そうだった。しかしドイツはあっさり日本の申し出を断り、そのまま三人連れ立って再びこちらへ向かって歩き出す。
「じゃあさじゃあさ、俺の手伝ってよ、日本ー」
「いいですけど……」
「こらイタリア! サボるんじゃない!」
「い、いいじゃん……俺もう限界であります」
「ったく……お前には比較的軽い方を回したはずだが? 潰していないだろうな?」
「ふぇ……っ、た、たぶん……」
「ああ、こちらには卵や野菜が入っているのですね。ご安心ください、お二人とも」
「ありがとー日本」
「悪いな」
「材料、これで足りますかねぇ。皆さんよく食べる方ばかりですから」
「まだトランクに入ってるぞ。何往復か必要だろう」
「カート5台分だからね!」
「さすがです……」
 俺とフランスは、こちらに構うことなく突進してきた三人に、道を空けてやるが、三人は礼も言わずに過ぎ去っていく。
 壁際に避けたまま動こうとしない俺を見て、フランスは首を傾げた。
「追わないの?」
「……今ので大体事情はわかるよ。イギリスとカナダも言ってたしね」
「そっか。ますます早く帰りたくなった?」
「……まぁね」
「アメリカ、お前顔赤いぞ」
「うるさいなぁ! なんなんだい今年は皆して。気持ち悪いぞこんなの……」
「ま、いいじゃないのたまには」
 まったくもって有り得ない。やっぱりタチの悪い幻覚か、学校が勝手に作り出してるんだろう。もしくは、俺の都合のいい妄想、だったりして……。SFとかによくあるよな、こういうパターン! ああどうしよう、やっぱり俺って、実は皆にパーティしてほしかったのか?
「しかし、世界のリーダーを差し置いて、よくまとまってるじゃないか。一体誰が言い出しっぺなんだい?」
 フランスは俺の質問をまるで聞かなかったみたいに薄ら笑っていた。何だろう、本当に気持ちが悪い。



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