お腹がいっぱいになった俺たちは(っていうかフランスは何も食べてなかったような気がしたけどまぁいいか)、俺の提案で屋上へ移動することにした。風の強い日にはとても立っていられないが、普段は絶好の昼寝スポットでもある。高いところは単純に気持ちがいい。
ぽかぽかとした陽光を浴び、コンクリートもざっと見でまぁ清潔だと判断すると、俺はさっさと横になった。フランスは「もっと見たいって言ってたくせに寝ちゃうわけ、お前は」なんてぶつぶつ言っていたけど、それとこれとは話が別だ。
瞼越しに目映い太陽の光を感じ、風の音に耳を澄ませていたその時だった、穏やかな午後……あぁまだ午前中だった気がする、まぁいいか−−をつんざく叫び声が聞こえてきたのは。
「なぜあなたの横断幕は常に赤地に白なんですか! 趣味が悪すぎます!」
身を起こして声のした方向を見ると、いつもは大人しい日本が、何やら白い布を握りしめて鬼のような顔をしている。俺だって日本のああいう顔を見るのは一年に二度あるかないかだ。だが彼とともにいたのが近所の中国と韓国だったので、俺はあぁ、と心の中で納得した。日本はシャイだし人見知りだし自分の意見を言わないが、こと気心知れた近隣諸国たちの間にあっては、大抵ああして叫んでいることが多い。特にあの二人。
「何言ってるあるか、これが一番スタンダードで安いある! それにめでたいことといったら紅色に決まってるね! お前こそ何あるか、今時手書きって……しかも自分で『横断幕』って言ったくせに縦じゃねーあるか! しかも英語なのに縦! あと冠詞忘れてる……」
「えっ……あ……、と、とにかくすぐに業者に頼るなんて人情味がまったくないじゃないですか! 文化祭といえば手書きと相場が決まっているんです! それに縦書きは漢字圏の誇りですよ! 何なんですかもう! 簡体字横書きの論語なんて見たくないんです!」
「我の文化を我がどうしようと関係ねーある! 全球化あるよ全球化! それに何あるか文化祭って! 美国の生誕宴会じゃねーあるか」
「まぁまぁ二人とも喧嘩しないで、横断幕の起源は俺なんですから。俺が伝統的かつスタイリッシュな近未来的デザインを考えてやるんだぜ!」
「お前は黙ってるある!」
「あなたは黙っててください!」
なんだか楽しそうで結構なことである。
「あ、そろそろ買い出し班が帰ってくる頃じゃないですか? 二人じゃ運ぶの大変でしょうし、私、下で待ってます。横断幕の件はまた皆さんにお伺いを立てることとして!」
いそいそと布を回収しながら、口早に日本が言う。すると残り二人もあっさり興奮を静めて頷く。気が合うんだか合わないんだか。
「そうあるな。我も厨房が心配ある」
「兄貴、じゃあ俺も手伝います」
「欧美の奴らはおめーの泡菜のニオイ、キライなんじゃねーあるか」
「そんなことありません、俺のキムチは世界一なんだぜ!」
またすぐに騒がしくなった。よくわからないけど、まぁイギリスがいないなら大丈夫だろう。何が出てきたって。
さっき食べたばっかりだっていうのに、現金にも鳴り出したような腹を押さえて、俺が三人に「何の相談だい?」と声をかけようか否か迷っていると、横でのんびりフランスが言った。
「見れたじゃない、よかったねぇ」
俺はその言葉を咀嚼するのに数秒ほどかかって、慌ててがばりと跳ね起きた。その頃には姿形の似通った彼ら三人の姿はどこにも見えなくなっていて(確かにあのフェンスのところで騒いでいたのに! 飛び降りでもしなきゃ有り得ないスピードだ)、俺は唖然と口を開けっぴろげた。
「……あれ、半透明だったのかい」
「そうよ、あれもパーティの相談。だったでしょ?」
「なんかもう何がいつ来ても驚かないよ」
「それは結構。……アメリカ、お前顔赤いぞ」
「うるさいなぁ! ほんとに、なんなんだい今年は皆して。気持ち悪いぞこんなの……」
「ま、いいじゃないのたまには。俺たちも下に降りようぜ」
まったくもって有り得ない。やっぱりタチの悪い幻覚か、学校が勝手に作り出してるんだろう。もしくは、俺の都合のいい妄想、だったりして……。SFとかによくあるよな、こういうパターン! ああどうしよう、やっぱり俺って、実は皆にパーティしてほしかったのか?
「しかし、世界のリーダーを差し置いて、よくまとまってるじゃないか。一体誰が言い出しっぺなんだい?」
フランスは俺の質問をまるで聞かなかったみたいに薄ら笑っていた。何だろう、本当に気持ちが悪い。
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