※注意※
10000HIT御礼「Tin Waltz」設定の英+加米
「シーツの海、夢の国」
カシャンと硝子が擦れ合う。 影を浮かび上がらせる灯火。 石造りの暖炉の中で薪が爆ぜる。パチリパチリと。 夜の帳が下りた窓の外は闇。隔てられた世界。 広がる景色は真っ白なシーツの大海。 石鹸の匂いとお日様の匂いがする草原。 ―――そこは、優しくも儚い夢の国。 *** 「さぁ、もう寝るぞ」 明りランプを持ちながらイギリスが言う。床に寝転がり、それぞれ好きな事をしていたアメリカとカナダは、揃って「えー」と不満の声を上げた。 アメリカが「まだ眠くないんだぞ」と言いうと、カナダは「本がまだ読み終わらない」と言った。 それでもイギリスは子供たちを寝巻きに着替えさせ、カナダの読んでいた本を寝具の横の棚に置き、ぐずるアメリカを抱え上げてベッドの中へ横たわらせた。 「良い子はもう寝る時間だろう?それとも、アメリカもカナダも悪い子なのか?」 額に手を当て、その前髪を撫でながらイギリスが聞く。 言葉とは裏腹の優しい顔だったが、子供たちは驚いたようにふるふると首を横に振った。 「だったらちゃんと寝れるな?」 念を押すように、特にアメリカの顔を覗きこんで言う。その言葉にアメリカは少しぶすっとした表情になったが、頭を撫でられながら言われたカナダは素直に頷いていた。 その態度に「あれ?」とアメリカは思う。 何だか嬉しそうなカナダと、直ぐ側で身じろぐ気配に、アメリカは気が付いた。 イギリスも寝巻きに着替えている。 そのことに気が付いたアメリカはじっと息を詰めた。 もしかしたらと思う。でも違ったらどうしようとも思う。期待をしすぎてはいけないから、アメリカはほんの少しだけ期待してみた。 ―――そうだったらいい。そうだったら幸せなのに。 じっと押し黙ってしまったアメリカに、隣のカナダが不思議そうな視線を向けてきた。最近できた兄弟は、アメリカと同じ顔をしていたけれど、その性格は少しも似ていない。きっとアメリカがどうしてこんな事をするのか分からないのだろう。わからなくてもいいと思い、それが何だかすこし寂しいとも思う。息をしたらこの幸せが逃げてしまいそうな、そのほんの少しのアメリカの恐怖。それを知られなくて良かったけれど、唯一カナダにだけならこれを知られても良いかもしれないと思う。 ふと、そんな事を思った。 カナダとアメリカが並んで眠る横、イギリスの足先がシーツに忍び込む。その姿に、アメリカは心の中でほっとひと安心して、やっと息を吐き出した。イギリスと一緒に眠るのは久しぶりだった。嬉しくて心臓の辺りがどきどきして、何だか喉の辺りがくすぐったい。 寂しいのは嫌だけれど、この温かいような幸福感は嫌いではなかった。凍てついた身体をぬるま湯に浸すような幸せは、辛く哀しい寂しさの後にいつも訪れるから。 ―――暖かいのは気持ちがいい。優しい気分になる。 完全に身体をベッドの中に入れ終わったイギリスが、上掛けを直しながら、あやすようにポンポンとスローテンポに、アメリカとカナダの寝転ぶ境目辺りを軽く叩く。 それに合せるように、アメリカにカナダが寄り添うように近づいた。磁石のようにくっ付いて、イギリスの腕の中で丸まるようにする。気持ちいいと思う。忍び込んでくる睡魔に、意識が霞んでくる。そんな中でふと、アメリカは気が付いた。 ―――そういえばこんな風に、カナダと一緒に眠るのは初めてかもしれない。 思って視線を上げた瞬間、カナダがにっこりと微笑んでこちらを見たので、内心でアメリカは少し驚いた。 もしかしたら今カナダも、アメリカと同じ事を考えているのかもしれないと思った。そして初めて訪れた、今のこの瞬間をとても良いものと思っているのかもしれないと。これは偶然で、本当は全然違うかもしれない。それでも。 ―――カナダも同じだったら良いのに。 アメリカと同じ事を考えて、同じ事を望めば良いのにと思う。そうすればきっと自分は一人じゃなくなる。 イギリスのいない寂しい夜も、同じような思いをしている存在がいると思えば我慢できそうだった。独りじゃない事はとても重要だ。特に、この北アメリカ大陸にずっと独りでいたアメリカにとっては。 隣で身動きする、自分と同じように小さな存在。 まだアメリカは、そのふわふわとした感触に慣れないでいたけれど、何だか可笑しな気分だと思った。独りじゃない事を自覚する事は、とても幸せで安心できる事なんだと、もう寂しいと思わない事が、その事実がアメリカを可笑しな気分にさせた。可笑しくて笑い出したい気分だ。 「・・・灯りを消すぞ」 子供たちのウトウトしだした気配に気が付いたイギリスが、そっと囁くように言ってからランプの火を消す。油の燃えた匂いが鼻腔をくすぐった。眠りを手招く夜の闇の中で、微かな呼吸音だけが響く。 心地よい世界。なんて幸福。 幸せだとアメリカは強く思う。身体がユラユラ揺れているような、まるで温かい水の上に浮かんでいるような、そんな感覚がした。 そうして。 微かな身動きをして包み込むように伸ばされたイギリスの腕の中、カナダと二人寄り添うようにアメリカは眠りに落ちていった。 隣で眠るカナダも、アメリカと同じような気持ちで眠りについている事を、意識のどこかで確信しながら。 ―――寂しくないのは、きっと、カナダも同じ。 *** 「・・・・・」 差し込む朝の光の中。じっとベッドの中央を凝視して、イギリスは苦虫をかみ下したような顔をした。 目覚めはそれほど不快ではなかった筈なのにと思う。起きぬけのぼんやりとした頭のまま、それを見てイギリスはどうしたものかと頭を悩ませた。実は少し困っていた。 シーツに模様が広がっていた。 より正確に表現すれば、ベッドのシーツが濡れて模様のようなものが出来ていた。 つまりおねしょである。 「あ、あのイギリスさん・・・」 「・・・イ、イギリス・・・」 この状況の原因である子供たちが、布団の中でもじもじした。ちゃんと悪い事をした自覚が合うようだ。それをじっと見て、それなら仕方がないかとイギリスは思う。 (まあ、こいつらもわざとじゃないんだろうし・・・) そう思いちいさく溜め息を吐くと、アメリカがびくりと身体を震わせた。驚かせてしまったようだ。カナダも一緒になって何だか泣きそうな顔をしているのに気がついて、イギリスは慌てて笑顔を作った。 「大丈夫だ。怒ってない」 「「・・・ごめんなさい・・・・・・」」 身体を縮ませ震えながらの二人分のごめんなさいに、自然とイギリスの頬が弛む。親ばか的に「ああ可愛い可愛い俺の天使たち」と思う。 「・・・しちまったものは仕方が無いだろう?」 そんな内心のふにゃふにゃを隠し、イギリスは努めて真面目な顔を作った。そしててきぱきとした動きで、後片付けのために動き出す。 「ほら、いつまでこのままでいるつもりだ?」 まだもじもじしている子供達をベッドの上から転がすようにして床に下すと、イギリスはまずアメリカの濡れた寝巻きを、そして次にカナダの分も脱がす。替えの洋服を持ってくる前にと、取り合えず自分のシャツを着させたが、そのあまりの不恰好さに苦笑が洩れた。袖をまくり、ズルズルと裾を引きずりながら歩く二人の姿は、シャツに着られている感が否めない。 「パジャマとシーツは洗濯するけど、布団は一度干したほうが良いだろうな。―――ちょうどいい天気だし」 窓の外を見ながら言う。 がんばって洗濯を終わらせれば、それも今日の夕方には乾くだろう。本国に帰れば専門のランドリースタッフがいたが、ここに大人はイギリスしかいない。追従してきた部下に任せるのも気がひけた。そもそも彼らは武器と馬具の扱いには慣れているが、リンネルの洗い方やアイロンの扱いなど知らないだろう。 それに大英帝国の勇敢な兵士に、おねしょの後始末をさせるのも何だか嫌だった。その姿を想像して、イギリスは何ともいえない気分になる。 (さてと、どうするかな) 袖を捲り上げて考える。 本来なら干し場を作って布団を干すが、今回は面倒くさいので窓を開け、そこの窓枠から垂らすようにした。殆ど濡れていないので、湿り気が無くなればいいだろうと思う。 あとは問題のシーツを何とかしなくてはと、ベッドまで戻ると、そこでなにやら子供たちがこそこそとやっていた。 何をやっているのか分からなかったが、二人で楽しそうに笑いながらシーツを覗き込んでいた。 (・・・子供の考えている事はよく分からん) さっきまで恐縮してもじもじしてたのに、イギリスのお許しを貰ったからか、今は面白いほど元気になっていた。 「―――どうした?何か面白いものでもあったのか?」 「あ!イギリス!」 内心でそんな馬鹿なと思いながらイギリスが聞けば、子供たちがぱっと顔を輝かせた。その反応に軽く戸惑いながらイギリスは、何故か期待を込めた眼差しを投げてくるアメリカの頭をわしゃわしゃと撫でた。 「ねぇこれ見てよ!」 「ん?」 ほんの少し得意げな顔をしたアメリカが、シーツの染みを指して言う。隣のカナダも同じような表情をしていた。 性格としては180度も違う二人だが、こういう時の反応は面白いほど良く似ているなと思う。感性的に兄弟と言うよりも双子に近いのかもしれない。 (・・・顔もそっくりだしなぁ) 同じ大陸の隣国という関係。同じ時期に同じ宗主国を持った、陸続きの兄弟国。これは確かに、人間で言う双子のような関係に似ているかもしれないなと思った。 (ん?同じ大陸?) 何かが引っかかり頭の中に地図を広げた。そして目の前の染みを見つめる。 「あ、これ・・・?」 イギリスが何かに気がついたように声を出すと、アメリカとカナダが揃って嬉しそうにきゃらきゃらと笑った。 「ねぇねぇ!すごいでしょう!?」 珍しくカナダが興奮したように言う。 すると今度はアメリカが、それに負けないほど興奮した声を出して染みの一点を指差した。 「ここの部分は俺の形なんだぞっ!!」 (確かに) アメリカが指差した箇所を見れば、丁度ボストン辺りの地形に見えた。その下にも染みは広がっていたが、確かにその部分だけを見ればこのおねしょの染みはアメリカの国土の形に見えた。 「僕はここ!」 (うん。そうだな) カナダが示した所も確かにカナダの国土に見えた。ただこちらも同じように大きな染みの一部を見ればの話だが。 「しかもそれぞれ自分のおねしょなんだぞ!」 「・・・そうなのか」 自慢できる内容でもないので一言何か言うべきなのだろうが、しかしイギリスは子供たちに合せて会話を続ける事にした。アメリカとカナダが、揃って楽しそうにしているのを見るのは初めてだった。 それが何だか嬉しかった。 「あー、まあそうだとするとアレだな。お前たち隣あって寝てたのに、どうして上下になってんだ?」 「それは、僕も不思議だなって思ったんですけど・・・」 「目が覚めたらこの並びで寝てたんだぞ!」 それはアメリカの寝相が悪かったのか、カナダの寝相が悪かったのか。まあだからと言って、イギリスに迷惑があった訳ではないので正直な話、大した事ではない。 それよりももっと重大な、それこそイギリスの名誉にかかわるような事はこれからである。 「・・・でも、もっと不思議な事があるんです」 少し神妙な面持ちをしてカナダが言う。それにアメリカも同意するように頷いた。 「?何だ?他にも何かあるのか?」 「この右上の所に、変な島が浮いて見えるんだぞ!」 そう言ってアメリカが指差した箇所を見て、イギリスは瞬時に凍りついた。 (そ、それは・・・) 「これ、何だろう・・・」 「イギリスもおねしょしたの?」 「え、そんなはず無いよアメリカ」 「だったら何だっていうのさカナダ」 (うああああああああああっ!!) あーでもないこーでもないと言い合う子供たちを押し退けて、イギリスは少し乱暴にシーツを丸め取る。 「なんでもない!これは俺のよだれ跡だ!」 自分でも苦しい言い訳だと思いながらも、イギリスは丸めたシーツを抱えると「じゃ洗濯してくるから!」と言ってダッシュで部屋を飛び出した。 残された子供たちは最初、呆気に取られたようにポカンとしていた。しかし直ぐに気を取り直したようにシーツの無いマットレスの上で、アメリカがゴロゴロと転げ回り始めると、カナダも習うように、ベッドの上に寝転がって昨日の本の続きを読み始めた。 ―――ちなみに。 それを洗濯を終えて戻ってきたイギリスに見られて、小さなお叱りをいただくのだが、それはまた別の話である。 *** 眩しい日差しと、頬を撫でる風。 シーツの消えたベッドは夜の残骸。 パンが焼ける微かな匂いと、人が駆け回る気配。賑やかで騒々しい喧騒が訪れ、世界が動き出す。 儚い夢の国は消え現実という朝が現れる。 それでも隣には優しい気配。 アメリカとカナダ。似ているようで、似ていない。それでもどこかで繋がっているような関係。 そんな関係がずっと続いていくのだろうか。 時々それを幸せな偶然と片付けて、付かず離れずを繰り返すのだろうか。 そうだったらいい。そうだといい。 絶対に、何をしても側を離れない存在。 そんな存在を知ってしまったら、もう手放せない。 無かった頃には戻れない。 ―――だって、そんなの寂しすぎる。 無骨なマットレスの上に寝そべりながら、『彼ら』は思った。 きっと相手もそう思っているだろう、と。 終 |
※歴史の音調の神川ゆた様に捧げたモノですが、加米促進キャンペーンの一環としてこちらで上げさせていただきました。この素適なおねしょネタはゆた様原案を私が妄想して広げたものでございます。私的趣味満載にしてしまったので、書いていて本当に楽しかったんですが、色々すみません。ありがとうございます。(おまけな時間軸がちょっと進んだ加→米的な話「君のとなり」)
------------- 御影白夜様(HPロマロマ。)と加米について語り合う機会をいただきまして、「Tin Waltz」(米受けべやの外に飾らせていただいてます。米英+加です)の続き設定としていただいた作品です。 ぶっちゃけ私がネタ出したのは「右上の変な島」くらいです。つくづく変態な自分が嫌になってきました…。 加米が切なすぎて、一緒にこのネタで爆笑した方が書いて下さったとはとても思えません。…あれ、私の頭だけかわいそうなことになっているんですか? 本当はもっと皆さんキヨラカで美しく儚い恋物語のハンターなんですか? 誕生日なんですよー、とかKYすぎる催促をしたら、ものすごい速さで書き上げてくださいました。なんたる神…! 私の方も、まっくろメイプルとか頂いたネタがあるので、ある日ひょっこり出させていただきます! その前にテキサスの歴史について調べてきます! 素敵な大陸兄弟をありがとうございましたv |
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