※たぶん色んな人がやっているだろうなと思いつつ、もったいない精神で上げておきます。
季節外れ。
ギリシャ母捏造とかがありますのでご注意ください。
何もかも捏造な気がしますが軽く読み流してください。お詳しい方の間違い指摘、大歓迎です…!
宗教的な部分に関しましては、BLCP自体がそもそもそぐわないので、彼らは基本的に国であって人ではない観念的な存在なのだ、という理解でご覧ください。
エーゲ海に抱かれておやすみ
~俺が数えてやらぁ!~
世界会議も無事終了し、エーゲ海に浮かぶ小島の一つに場所を移して催された親睦会という名の食事会は、徐々に酔っ払った面々によって下品などんちゃん騒ぎの様相を呈していた。
アルコールを嗜まなかったり、お付き合いの「程度」というものを長い人生の中で自然と身につけていたりする国々は賢明にも早々に辞去し、会場にはすっかり出来上がった諸悪の根源と、それを傍観して楽しんでいる悪趣味な輩と、すっかり逃げ遅れた、善良というよりは間の悪いだけの憐れな犠牲者たちと、環境など意に介さず、黙々と美味を消費し続ける剛の者と、それだけが残っていた。
ギリシャも酒や宴会の類いは嫌いではないし、世界中からこんなにたくさんの仲間たちが、我が家に集結してくれたのだ。楽しくないわけがない。しかしながら、先程から執拗に絡んでくる半裸のフランスやイギリスには、そろそろうんざりしてきていた。
「おーい皆! ホストのくせに午後の会議に遅れたギリシャが脱ぐってよ!」
「……だ……誰もそんなこと……言ってない……」
人と同じように、国にも様々な事情がある。遅刻くらいで何だというのか。
救いを求めて辺りを見回すも、目が合った顔は皆ギリシャに同情的ではないようだった。
「朝もギリギリだった上に、あろうことか休憩挟んでなお遅刻とはな……。だいたい、昼食の時間があるとはいえ、三時間の休憩というのも長すぎる」
ドイツは昔から、ギリシャなどには理解できない異次元を生きている気がするので今更気にしたりしない。
「えぇ、だってシエスタしたら普通だよねぇ」
ああイタリア。お前は分かってくれると思ってた。
口を尖らせたフランスはそれでは不満だったようで、股間の薔薇をいじりながら、によりと目を歪めた。
「じゃあ代わりに、トルコが脱ぐか?」
他人に水が向いたところでギリシャは一息ついたが、どうせならあんな親父くさい仮面でなく、別のところへ行ってほしかったものだ。
「おいおい冗談よせやぃ、なんで俺がこんなガキの代わりを……」
「だって二人で仲良くお昼寝してたでしょ?」
「あ……あれは……っ! トルコが勝手に……!」
思わず立ち上がると、ガタリ、とテーブルが揺れた。カーッと顔が赤くなるのがわかる。嫌だ嫌だ格好悪い。最悪だ。
「俺は読書してただけだ……!」
勢い込んで立ち上がってしまった以上、そのまま何事もなかったかのように座るというのも不自然だ。迷った末に、ギリシャは宴会会場と化した別荘のリビングを辞した。後は皆、自分たちで勝手にやるだろう。この島にある別荘はだいたいギリシャの所有で、世界会議や親睦会などで大人数を招く際には、一つの家では泊まり切らないので、よくこうして分宿させる。それぞれに鍵も渡してあるし、帰り道は多少暗いかもしれないが、滅多に車も走らない、まあ不慣れでも大丈夫だろう。
浜辺に張り出したテラスへ出ると、簡単に浜へ下りることができる。時節柄、水は多少冷たいかもしれないが、海に入りたいと言っていた連中がいたので、明日はきっとそういうことになるのだろう。遠くから来る仲間たちは、水着も持って来なかったくせに、エーゲ海の碧さを目の当たりにすると、まるでセイレンか何かに呼び寄せられるかのように海へ向かっていく。
別荘から漏れる明かりで見通しはきくが、波打ち際まで行くと大分暗そうだった。果てない闇に呑まれるような感覚は好きじゃないから、あちらまで行く気は起きない。手近なところで腰を下ろした。
置いてきた連中は、ホスト不在のまま、勝手に楽しくどんちゃん騒ぎを再開したようだった。巻き込まれないうちに逃げてきたのは正解だったかもしれない。
潮騒の音に心が騒ぐ。ごろりと寝転がると、頭の下でじゃりりと動く砂の感触が気持ち悪いようで気持ちよかった。こうしてしまうと、ベッドへ入る前に確実にシャワーを浴びなければならなくなるが、その手間を考えるより、今ほろ酔い気分のまま、ここで寝転がって星空を見上げたらさぞかしいい気分だろうという本能に勝てなかった。それだけだ。
明かりにほど近いこともあって、そんなに多くは見えなかったが、大きな星ははっきりと瞬いている。古代の賢人たちが夢物語を繰り広げた夜空のスクリーン。その壮大な物語を、母の口から直接聞きたかった。けれど現在ギリシャが知るのは、人づてに伝わってきた思い出の断片ばかり。そんなものを大事に抱いている自分がたまに可笑しくもなるし、そういう像を自分に求める他国にも。
「ただの星にしか……見えないのにな……」
古代の人々の想像力には恐れ入る。もっとも、レーダーも羅針盤もなかった時代と今では、星を眺める必死さが違う。
「酔ったのかぃ?」
人が感傷に浸っている時に、いとも簡単に雰囲気をぶち壊すこのデリカシーの欠片もない声にもいい加減慣れた。この時期この男は、日が沈むと途端にテンションが高くなる。ウザいことこの上ない。昼間はあんなにぼんやりしていたくせに。
面倒くさいので相手をせず、そのまま星を見上げ続ける。
「んなとこ転がってっと汚れるぜ」
許可も出していないのに、勝手に隣に腰かける。トルコの手には、小さなカップが一つ握られていた。
「カフヴェ飲むかぃ?」
「……お前、また勝手に人のキッチンを……」
「いいじゃねぇか、減るもんじゃなし」
確実にガスも水もコーヒーも砂糖も減っているが、面倒なので顔を背けるだけで済ませた。
「お前ぇが飲まねぇなら、俺が飲むぜ」
始めから一杯しか作らなかったくせによく言う。
地面に耳をつけると、頬にぱらぱら砂がついたが、まるで大地が胎動しているかのような、静かな、それでいて温かいざわめきを感じることができる。眠くなって目を閉じると、風に乗って、イギリスか何かの悲鳴が聞こえた。
「お前のせいで……恥をかいた……」
トルコを寝かしつけるついでに、自分も眠ってしまったのは不覚だった。昼寝自体に罪はないが、問題はトルコと仲良く並んで眠りこけていたと皆に思われてしまったことだ。
「へーへー、悪かったな。じゃあお詫びに、今度は俺が数えてやろうか、羊」
「勝手にしろ……俺は聞かないぞ……」
飲み終えたらしいカップを脇へ置いて、トルコはなぜか手拍子で調子を取りながら、にやにや笑って口を開いた。
「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が四匹、羊が五匹」
歌を歌うように節をつけるのはやめてほしい。知らん顔を決め込んでいるのに、思わず笑ってしまいそうになる。
「あ、そういやなぁ、こないだテメェが好きそうなキリムが一枚織り上がったからよぉ、暇がある時にでも持ってけ」
「……暇人め……」
「青と白がいいっつってたろ、ほら、ソファカバーにするって」
「そんなデカイのにまで手をつけたのか……。お前は……嫁にでも行くつもりか……?」
そもそも、キリムは母から娘へ受け継がれるお家芸だった。それぞれの部族、家、娘が自分の模様を持っている。
「バカ野郎、俺は職人なんでぃ」
昔は遊牧民ならどこの娘も織っていたし、特別なものでも何でもなかったが、最近では観光用にと、家族ぐるみで織っているのも珍しくなくなった。トルコもどうせそんな流れで、興味本位で始めたのだろう。最近やたらと、頼んでもいないのに完成品を押し付けてくる。つい数十年前にはそんな女々しい仕事、といって見向きもしなかったろうに。嫁も娘もいなくて寂しいのかもしれない。
昔から、見目に反して繊細な仕事が得意だ。ゴツゴツした指で、驚くほど退屈な仕事を一日中続けていたりする。コーヒーを入れる時も、菓子を作る時も、食器やタイルを彩っている時も。そんな訳でまあ質はいいので、飾るくらいはしてやっている。飾るべき島も別荘も船も、幸い持て余しているので。
同じく西洋でもてはやされるペルシャ絨毯と違って、そこまでの高級品でもない。本当に、昔から生活に密着していた工芸だったのだ。村の女たちが、お喋りしながら織っている。今でも田舎へ行けば珍しくない風景だろう。
ギリシャの山間部にも遊牧民はいる。毛足が長くふわふわで、神話の世界や美しいエーゲ海の自然をモチーフにした絵画のようなギリシャラグと違って、トルコの織るものは、まるで魔法陣か何かのような、幾何学模様が目を引き、異国の香りがする。薄いものは軽くて扱いやすい。
少しばかり色合いが派手で古臭いのがギリシャには難だったが、それも注文をつければなんとかなる。トルコもトルコで、だんだんギリシャの好みというものを理解していくようだった。
この間、送って寄越したハンカチサイズのキリムは、なかなか好みだった。深い緑と上品な黄色をベースに、やたらカクカクした模様が何を表しているのかはわからなかったが、魔よけくらいにはなりそうだったので、玄関に飾った花瓶の下敷きにしている。
思い出してにやけそうになる口元を押さえたギリシャをどう思ったのか、やがてトルコは何事もなかったかのように、再び羊を数え始めた。
「羊が六匹、羊が七匹、羊が八匹、羊が九匹、羊が十匹」
手際良く羊のふわふわの毛を刈り上げていく男たち。羊毛を縒って巻いていく女たち。色取り取りに染められ、やがて織り上げられて一枚の布になる。まるで呼吸のように、続いていく、繰り返す季節。
「羊が十一匹、羊が十二匹、羊が十三匹、羊が十四匹、羊が十五匹」
今ここでサズでも渡してやったら、喜んで弦を掻き鳴らしそうな、機嫌のよさそうな旋律である。鼻歌で合わせてやった。
「羊が十六匹、羊が十七匹、羊が十八匹ぃ、羊が十九匹っと、羊が二十匹でぃ!」
徐々にテンションが上がっていく。普通逆だろうと思うが、この男に羊の話をさせたのがいけなかった。合いの手のつもりで、掴んだ砂をぶちまけてやった。
「っ手前ぇ……」
イタズラの成功した子供のような心地で、くつくつと湧き上がる笑みを噛み殺す。ひとしきり砂をかけ合って、お互い疲れ果てたようにばたりと倒れた。
「ぶっ……口ん中砂だらけじゃねぇか」
「お互い……様だ……」
しゃべるとざらりと音を立てる、舌の上の砂が不愉快だった。
「フランスのあんちゃんはまだまだ元気みてぇだなぁ……」
指摘されて耳を澄ませば、確かに、ぎゃいぎゃいと抗議じみた声を上げているのはフランスのようだった。あれから随分時間が経っているはずだが、一向に衰えない祝宴の勢いに恐れ入る。まだ開けていないボトルもあったはずだが、ひょっとしたらもう空になっているかもしれない。ワインはあれだけで足りただろうか。
「そうだ、羊だったな。羊、羊」
「こだわるな……。こんなところで寝ても、風邪をひくだけだ……」
「そんときゃあこの俺が直々にベッドまで運んでやらぁ、感謝しろぃ」
「お断りだ……。家中砂まみれになるだろ……」
「まぁ手前もムダにデカくなったしなぁ……毎日食っちゃ寝食っちゃ寝しやがって」
「ちゃんと働いてる……!」
「あぁ、わかったわかった」
ところで、何気なく腕を投げ出していただけのつもりが、うっかり指先が触れ合う位置に来てしまったことに、トルコは気づいているのだろうか。自分から腕を引くのはなんだか負けた気がして悔しくて、身動きも取れずにいる。
ふと会話が途切れると、触れ合っていた指先がぴくりと動いた。かと思うと、すぐにぎゅっと手を握られる。
「おい……」
ギリシャの抗議も聞かぬふりで、トルコは目を閉じると、独り言のように数を重ねていく。
「羊が、二十一匹、羊が、二十二匹、羊が、二十三匹、羊が、二十四匹、羊が、二十五匹」
癇に障る声だ。昔から、この声だけは、どんな雑踏でも聞き分けられる。
「羊が二十六匹、羊が二十七匹、羊が二十八匹、羊が二十九匹、羊が三十匹……」
その無粋な声を強いて意識から追い出して、波の音に耳を傾けていると、ふいにトルコはカウントをやめた。それで何を言い出すのかと待ってみれば、しんみりと不景気なことを口走る。
「こんだけいたら、十分一生食っていけるよな……」
「……知るか……」
「あぁ、でも娘がいたらダメだな、嫁入りは何かと物入りだから。金も要るし……」
「お前なんかが父親じゃあ可哀想だ……」
今更、そんな凡庸な幸せを望むのか。一体どんな妄想だ。嘲笑ってやりたいのに、なんだか胸がざわざわする。思考がまとまらない。心がまるごとおいてけぼりになりそうな。
「くくっ……そうかぃ」
何もかも見透かされたようで、気分が悪かった。
くだらないことを考えているのはそっちのはずだろうに。
「笑うな……うるさい」
ふいに、壁を隔てたものとは違うはっきりした声が、それも就寝の挨拶のような性質を帯びた会話が、風に乗って聞こえてきた。
「お、あいつら、もう寝んのか」
視線を向ければ、玄関先に、黒い影が二つ三つ。中のバカ騒ぎに付き合い切れなくなったのだろう。
「俺らも行くか?」
いつの間にか上半身を起こしていたトルコは、カップを取り上げ、服についた砂を払いながら手を伸ばしてきた。
「一人で行け……」
「だってよぉ、まだ数え終わってねぇしなぁ」
手を振り払って上半身を起こす。ぱらぱらと、髪から服から、潮を含んでべたついた砂が落ちる。
トルコに言われたから、というわけでもないが、そろそろ眠い。しかしながら、まだまだ勢いの衰えないリビングの状況を思うと、ホストのギリシャがおいそれとベッドにもぐりこめるとは思えなかった。
ギリシャの視線を追って、トルコが笑う。
「俺んトコ来りゃあいいじゃねぇか。今更ガキ一匹増えたとこでガタガタ騒がねぇぜ?」
「誰がお前のだ……俺のを貸してやってるだけだ……!」
「へぇへぇ」
トルコの宿泊用に、と宛がった家は、メインの宴会場として盛り上がっている別荘――つまりギリシャが最も頻繁に訪れ、今日も寝るつもりだった家だが――から最も離れたものにしておいた。当てつけのつもりだったのだが、いざ自分が不便を被ることになろうとは想像もしなかった。かといって今更他の国のところに押しかけるわけにもいかないし――仮にもホスト国が、眠いから先に寝たいのだなどというだけでも言い出しにくいのに、他国に迷惑をかけるわけにはいかない――他の空き家は生憎、準備もしていないので使える状況ではない。
仕方ないのだと言い訳して、トルコと差をつけるように速足で夜の浜辺を行く。残念なことに目的地は同じだが、これは決して連れ立って歩いているのではない。偶然、進む方向が同じなだけだ。
ギリシャの気を知ってか知らずか、トルコはほろ酔い気分で歌うように、囁くように、懲りずに羊を数え始めた。こうなってくるともう完全に自己満足だ。歩いているのに寝れるわけがないだろう、バカが。
「羊が三十一匹、羊が三十二匹、羊が三十三匹、羊が三十四匹、羊が三十五匹……ケバブ食いてぇなぁ……」
「さっき食べたろう」
いちいち返事をしてしまう自分が本当に憎い。
「ちぃっとばかし食い足りなかったよなぁ……羊が三十六匹、羊が三十七匹、羊が三十八匹、羊が三十九匹、羊が四十匹……」
懲りない奴だ。何がそんなに面白いのか。しかしながら単調な声は、確かにだんだんと、心を穏やかにする。いつしか歩調も緩まり、並んで歩いていた。浜からは上がったものの、目を凝らさなければ進む先も見えないような闇に包まれる。星明かりだけが道しるべだった。
「……カシオペアだ、隣がペルセウス、アンドロメダ」
「おぉ、よく覚えてんじゃねぇか」
「当たり前だ。元はといえば母さんの……やめた」
うっかりマトモにトルコの目を見てしまって、慌てて逸らす。トルコの前で、母の話はしたくなかった。それは比べられることを恐れたのかもしれないし、トルコの中に、自分の知らない、得体の知れない感情を想起させるのが嫌だったのかもしれない。よくわからない。人はギリシャに、母の偉大さを幾度となく語って聞かせたけれど、ギリシャ自身は、母との思い出を何一つ持たなかった。物心ついた時、彼女は既にいなかった。
「羊が、四十一匹……羊が、四十二匹……羊が、四十三匹……羊が、四十四匹……、羊が、四十五匹……」
ギリシャが変に黙りこくったのを、何か勘違いしたのかもしれない。トルコはまるで小さい子に語って聞かせるように、妙な猫撫で声を出し始めた。それが何だかむずがゆいのに、どこか温かく体に沁み渡っていく。
「羊が、四十六匹……羊が、四十七匹……羊が、四十八匹……」
あっという間に目的の家に辿りついてしまった。振り返れば、遠くにわずか見える明かり。
鍵はトルコに預けてあった。それまで穏やかな口調を保っていたトルコは鍵を回しながら四十九匹目のカウントを終え、ギリシャを性急に中に引きずり込むと、玄関先に押し倒した。
「羊が五十匹」
せめてドアを閉めろ、と、喉まで出かけた抗議は、噛むような口づけに吸い込まれる。羊を捉えた狼の目が、オリーブ色に光った。
「Καληνύχτα」
寝かす気なんてなかったんじゃないか。まったくバカげた茶番だ。
まるで小さな子供が覚えたての外国語を振り回してとても気の利いたことでも言ったみたいな得意げな様が気に入らなかったので、後頭部を引っ掴んで、こちらからも唇を奪ってやった。
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