ものっそい小話。
※モブの存在感がハンパない。苦手な方は回れ右です。人名使用は当たり前、しかも好き勝手に縮めております。
おじさん(←失礼)と若者の組み合わせってニヨニヨしちゃうよね、と思っただけなんです…






最近、恋をしています。


 デザイナーをやってる友人夫妻が、ハリウッドの映画完成記念パーティに招待されたらしいのだが、同じくデザイナーで忙しい息子の代わりに俺も一緒にどうか、と言ってくれた。そんなわけで俺は二人のデザインしたサイコーにイケてる最新のスーツを身にまとい、優雅にファーストクラスの席についたのだった。
 長いこと国なんてやってると、こういうオイシイ話は年に二三度ある。
 大胆に乳房を揺らし色取り取りの前衛的なドレスで現れる映画界の華たち、鍛え抜かれた筋肉がフォーマルにも映える、個性派で渋いアクションスターたち。パーティの類は嫌いではない。むしろ大好きだ。
「アメリカはよく行くの? フランシス」
 四十を過ぎても色香ムンムンの、細君の方が唇のルージュを笑みの形にカーブさせて、シャンパンを傾けながらそう問うたのは、そろそろ最後の機内食も終わり、人々が眠りから覚め肩を回しているような頃合いだった。
「うん、まあね。仕事柄。……それに」
「お、なんだ。ニヤニヤしちゃって」
 旦那の方が俺の脇腹をつつく。あれ? わかっちゃう? わかっちゃうよねぇ。
 俺はもったいぶって、余裕のため息をついた。
「……実はさ、俺最近、だいぶ年下の恋人ができたんだよね」
「なんだ、初耳だぞ!」
「そうよ、ひどいじゃないフラン! 私たちに黙ってるなんて!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎ出す中年夫婦は子供のようで、まるでファーストクラスのゆったりとした雰囲気に相応しくない。それでも俺たちは構わず、学生のような浮ついた話を続けた。周りの壮年たちが眉をひそめているのが目に浮かぶようだ。
「どんな子なの? だいぶ年の離れた、って……」
「んー、あいついくつだったかな、十九、かな……」
 まぁ、見た目だけはね。いや、中身もそう大差なかったな。
「まあ!」
 非難とも驚嘆とも言えぬ叫び声を受けて、俺は背もたれに身をうずめる。
「これが初々しくておバカで、かわいいんだよねぇ」
「趣味が悪いぞフランク。そんな若い子、どうやって引っかけたんだ」
「何とでも言え」
 俺だって、今更あんな若造と本気の恋するなんて思ってなかったさ。だから今、こう、胸が熱い青春の苦悩に張り裂けそうっつうの?
「で、それとアメリカに何の関係が? まさかアメリカ人?」
「そ」
「お前ほんとに見境ないな」
 どういう意味かは、フランス人の具現たる俺にはよくわかる。とかく俺たちにとっちゃ、アメリカ人ってのはエスニシティはどうあれ、なんにつけ大味で趣味が合わない連中ってこった。
「……かわいいのか? グラマーか?」
 そっと俺の耳元で、旦那が探るように囁く。
「そりゃあもう。おまけに採れたての果実のように瑞々しい」
「あなた!」
 そんなこんなで、俺たちは着陸の瞬間さえ覚えちゃいない。
 飛行機は偉大とはいえ、長旅はやはり体に堪える。シャワーを浴びマッサージを受けた後、ようやく俺たちは空港を離れた。
 今回は監督の自宅に招待されているということで、ホテルへは向かわない。迎えを回してくれるという申し出だったのだが、外国に出たら――いや、出ても出なくてもだったな――自由に周りを見て回りたいと細君が希望したので、俺たち自らレンタカーを借り出して宿泊先の大邸宅へ向かうことになっている。
「そこまでアメリカに詳しいなら、当然運転はフランよね!」
 もちろん、仕事柄国際免許の書き換えもぬかりないですが、そこまでアメリカに詳しいわけじゃないって。
「平気よ、ナビもあるわ」
「そうだな、で、その愛しの君はどこに住んでるんだ? アメリカと言っても広いだろう」
「さあねぇ。ニューヨークだったりワシントンだったり、かと思えばカリフォルニアにいたり、落ち着かない奴なんだ」
「なあにそれ」
「今回は行くって、連絡してないのか」
「いやいや、だってパーティ出るんでしょ。会えないよ」
「残念ねぇ、今度紹介してね」
「まぁお前の引っかけた若い子なんてだいたい想像つくがな」
「どういう意味だよ!」
「こう、薄幸の美少年、って感じなんだろう? ダヴィデ像みたいな」
「合唱団にいそうな綺麗な子ね。ボーイソプラノの!」
「おいおい、十九だって言ってるでしょ……」
 俺、どういうイメージ持たれてんの? 確かに彫刻みたいな美青年も、ボーイソプラノの美少年も大好物だよ! 大好物だけどさ!
 そういうのと関係なく、柄にもない恋をしたから、お兄さんともあろう人がこんなに戸惑って、胸高鳴らせてるってわけだよ。
 分かるか、この、尊く純粋な愛が!
「……ふーん、なるほどな」
「……あらそう。つまり」
「ノロケでしかないな」
「そうね」
 二人の冷たい視線が、実は二人なんかよりよっぽど年上のはずの俺に刺さる。え、えええ……なんで……?





 秋の冴え冴えとした空は澄んで、ガラガラと車輪がスパインを引っ掻く音が絶えず続いている。それはデッキを踏み締めた両の足を伝って体を震わせる。ガッ、と一際大きな音を立てたかと思えば、ボードを軽く踏んだ体はさっとセクションを離れる。そうして一瞬の間だけ、重力から解き放たれ、自由になるのだ。そう、大空を翔ける鷲のように。
 地面に置かれたラジカセからは、魂を震わす流行のリズム。
 ガッ、と再びパイプを噛んだ車輪が何事もなかったかのように、曲線を描いたクォーターパイプの上を滑って行く。そこでようやく、ぱらぱらとまばらな拍手と、女の子たちの熱い視線に気づいた。
「やっぱアルフレッドはすげぇよ」
 仲間の一人が大袈裟に肩を叩いて、俺はヒーロー然と胸を張った。まあ、君たちとは年季が違うんだけどね。
 こんなふうに公共のスケートパークができる前から、街中で好き勝手に滑ってはトラブったことも何回もあったっけ。
 わざと下げて履いたデニム。靴だって帽子だって、仲間内で流行ってるあのブランドのあの色の。
「アルフレッド、もう一回!」
 向こうから、よく日に焼けた笑顔が眩しいジェニーが、大きな胸を揺らしてはしゃいでいる。その隣にいるのは彼女が今日初めて連れてきた、ドレッドヘアの長い髪を高く括った大人っぽい女の子と、あとあれはマイクがご執心の文学少女だ。こういう場所が苦手っていうみたいに、かわいいオリーブ色の瞳をせわしなく走らせている。俺が近づくと、小さな肩がびくりと揺れた。一方のジェニーとドレッドのコは口々に俺を褒めて慣れ慣れしく肩を叩いた。
「君たちはスパインが好きだな」
「スパインってなあに?」
「今滑ったみたいなセクションさ。クォーターパイプが背中合わせにつながってる」
「だってカッコイイわ、スノーボーダーみたい」
 オリンピックやらなんやらの中継をテレビで見る機会が多いからだろう。スケボーをやらない子たちには、ストリートスタイル本来の楽しみである身近な障害物やフラットな場だけでできるトリックは、やはり派手なバーチカルに近い、クォーターパイプなどを利用したトリックに圧倒されてしまう。
「もう一回やって! 一回転とかできないの?」
「無茶言わないでくれよ」
 俺は愛用のボードに再び足を乗せる。俺が飛び立とうとしている空は、相変わらず眩しかった。
 たまには嫌な仕事のことやゴタゴタした色んな事、忘れてこんなふうに気楽に遊ぶのも悪くない。マイクの誘いに乗って、こんな遠くまで女の子たちを連れて出てきてよかった。
 その俺のよき遊び相手である若者は、休憩のつもりなのか、女の子の横でコーラを飲みながら、こちらにヤジを飛ばしている。
「かっこいいよー、アル!」
 ジェニーの陽気な声。俺がカッコイイのは当たり前だけど、やっぱりあんなにグラマーな女の子に言われたら口元も緩む。
「おいおい、アルはゲイだぜ」
「えぇ? そんなの聞いたことないわよ」
「だって最近、ステディができたんだろ? なあ、アル?」
 人が手を離せない時に、好き勝手言ってくれる。秘密だって言ったのに、友達甲斐のないやつめ。確かに浮かれ切っていたあの時の俺もいけなかった。
 俺は苦笑しながら地面を蹴る。入念に勢いをつけなければ、俺を縛りつける重力からは逃れられない。
「ずっと片想いしてたって? スゲェかっこいい、金持ちで優しい年上のフランス人なんだろ?」
「えー、なにそれ、ホントなの? アル! ちょっと、戻って来て詳しい話をしなさい!」
「アイツ、妙に羽振りいいときあると思ったら、それかぁって話だよな?」
「ちょっと! 別に貢がせてなんかないぞ! ちゃんと俺だって働いて――」
 怒鳴りながら宙を飛び、体を回転させる、今度は地面に向かって、ハイ、がつんと滑らかな着地――。
「痛、ちょっと口の中噛んだじゃないか……!」
「ハハハハ、何動揺してんだぁー?」
 やっぱり喋りながらのトリックはよくない。野卑た笑みを浮かべるマイクも、興奮気味のジェニーも、俺とは初対面の女の子二人も、ボードを小脇に抱えて戻ってきた俺を取り囲んで失礼千万な質問攻め。
「どんな人なの? いくつ上なの? どこで知り合ったの? それって恋人なの? セフレなの? 他の人とは寝てないの? 女の子には興味ないの?」
「もう! 君たち勘弁してくれよ!」
 俺は口元のニヤけとも戸惑いとも言いかねる表情を隠すべく、地面に置いていたコーラのペットボトルを回収すると、さっさとパークの隅のセクションへと非難することにした。当然、彼らはスケボーそっちのけでついてくる。わかってるんだ、若い子の生きるエッセンスと言えば、他人でも自分でも、心ときめく恋の話。まして俺の恋は世間一般で言えば少々センセーショナルなもの、だっていう自覚はあった。それがこないだ――ついこないだ、偶然とも事故とも言えるボタンのかけ違いで、うっかり成就してしまった。俺は、こんな我ながらお笑いでしかない愚かしい気持ちは一生胸の奥に鍵をかけて大事にしまっていたって平気だった。なのに――。
 ああもう、思い出したら頬が火照ってきたのがわかる。だから考えないようにしてたのに。お互い忙しくて、あんまり会えるわけじゃない。でもたまに会った時のあの視線の甘さを思い出すともうダメだ。際限なく会いたくなる。
 ガラガラと、足下から伝わってくる荒っぽい振動さえ、俺をからかっているかのようだった。
 ああ暑い暑い!





 休憩、と道の端に乱暴にレンタカーを滑らせた彼女は、しばらく外の空気を味わうように足を動かしていたが、唐突に振り返って、「何かしら、この音」と俺たちを振り返った。旦那の方と視線を交わして、俺たちは「さあ」と返した。確かに工事でもしているのだろうか、アスファルトの上の、ひどく重く硬いものを、ものすごい速さで引きずっているような音、そしてそれが時折壁にぶつかるような音が断続的に続いている。
「ああ、あれだわ」
 細君が指した先には金網のフェンスがあり、向こう側は公園のようだった。公園といっても対象年齢は普通のそれより大分上らしい。色取り取りの前衛的なファッションに身を包んだ若者たちが、騒がしい音楽をかけながらインラインスケートやスケートボード、自転車遊びに興じている。
「かあっこいいわねぇ! 見てあれ、スノーボードみたいよ! オリンピックの!」
 彼女が指さした先で、ちょうどスケートボードを足に吸いつかせた若者が、ふわり魔法のように宙に浮いた。まるでその背には羽根でも生えているかのよう。派手な赤いパーカー、紫のキャップ、黒のスニーカーには黄色のライン。これはずいぶん遊び慣れた天使もいたものだ。金の髪が太陽の光を吸い込み、透ける。
「俺たちにはもう無理だな」
「ハハハハ、腰に来るよ、腰に」
「転んだら骨折だな」
「もう、アナタもフランも、そうしてるとほんとにオジサンね」
 ガッと、やはり相応の重量を感じさせる音とともに地上へ舞い戻ってきた彼は、仲間たちの声援を受けて静かにこちらへ滑ってくる。その顔に見覚えがありすぎて、俺は思わず強く目をこすった。
「どうしたの? 目にゴミでも入った? フラン」
 さっきまで散々アイツをネタにからかわれてたからだろうか。告白の言葉なんて、口が裂けても白状しなかったけど、それでも俺本人はまざまざと思い出しちゃうわけで。幻覚だ、せっかくいい仲になったのに全然会えなくてお兄さん欲求ふまーん、なんて思ってたとこでこんな風にアイツの可愛さとか無邪気さとか元気いっぱいさとか思い出させるから、ここにアメリカがいればいいな、なんて。いくらアメリカたって、俺とは比べ物になんないくらい広いんだ、ニューヨークやワシントンならいざ知らず、偶然ばったり、なんてそんな都合のいいことあるもんか。
 颯爽とトリックを決めてみせたアメリカ似の若者は、戻るなり仲間の一人に下品な賛辞を送られ、顔を真っ赤に染めた。
「やっぱ幸せ絶頂のゲイはケツの安定感が違うよなぁ」
「マイク! 君しつこいぞ!」
 ああ、なんてかわいいんだろう、そうそう、あの照れると眼鏡直す癖、見てるとムズムズしてくるよな。
「そうよ、自分はできないからって嫉妬しないで」
「で、できるっつーの! 変なこと言うなよジェニー!」
「あらそう? ひょっとしてさっきのを『できる』っておっしゃってるんだったら、アルより全然低かったわよ、ね! みんな!」
 って、あれ――?
 目が合った。フェンス越しに、なんて運命的じゃないか? なんてことを考えて俺が思考回路を遮断している間に、あちらは大分取り乱して俺を指さして口をぱくぱくさせている。
「フ、フ、フラン、ス……、フランシス……!」
 隣にいた夫婦も、フェンスの向こうの若者たちも、俺に一斉に視線を向ける。
 ああやっぱり、俺の愛しの天使、お前なんだね、mon ange。
「……よお」
 手を挙げてへらり笑うしかできなかった俺を許せ。俺だって動転してんだ。
 だがアメリカが、がしゃんとフェンスを震わせてこちら側に降ってくるほど動転しているとは思わなかった。
 見事に着地した俺の天使は、ダブダブのパーカーのお陰か、それとも今しがた見た人間離れした跳躍のせいか、それともバシッと決まったストリートスタイルがそう見せるのか、いつもよりスリムで小さく、若々しく見えた。いや、普段だって大概幼いのだが、今日は幼いっていうより若いんだ。
「な、なんで君が、こんなとこに……!」
「うん、まあ色々あってな」
「連絡してくれれば……」
 アメリカはぶつぶつ零しながら、手近にあった草を引き千切っている。そんなことして、指でも切れたらどうすんの。それだけのつもりで手を取ったら、存外身じろがれた。コイツのこういうウブな反応、かわいいなぁと思う。
「いやいや、お前んとこに寄れる時間はないだろうと思ってさ。お前こそ、この辺よく来んの?」
「偶然だよ」
 わざとらしく目を逸らす様が育て親に似てかわいくなかったので、意地悪したくなった。
「へー、運命感じちゃうなぁ?」
「もう、黙ってよ君!」
「お、顔が真っ赤だぞアメリカぁ」
「離れろってばヘンタイ!」
「お兄さんそんなこと言われると傷ついちゃうなぁー」
「ああもう、皆見てるから離れてくれよ……!」
 お。
 言われて思い出した。顔を上げると、かなり離れたところにいるというのに、興味津々な視線が俺たちに降り注いでいる。俺と目が合うと、夫妻は厚顔にもにこやかに手を振り、女の子たちは「きゃっ」と舞い上がったような声を上げ、少年は放心していた。うん、お兄さんってばイケてるからね、見とれるのも無理ないよ。
 図らずも俺はかわいい恋人を紹介できて、お前は大人の魅力溢れる俺を紹介できて、よかったんじゃないかな。え、これってノロケ?
 によによを抑えられずに、とりあえず口元を押さえていると、アメリカがむすっとした顔で(もちろん照れ隠しだ)俺の首元に手を伸ばしてきた。え、何?
「……スカーフ、曲がってるぞ」
 ああもうこの子は!
 スーツに合わせた黒と臙脂のシックなスカーフを小粋に巻いた首元を、アメリカは満足気に見つめた、ような気がした。ああよかった! 俺今日すっげーオシャレしててよかった! アメリカもアメリカで若者らしいファッションが新鮮でスゲェいいし……。
 思わずアメリカを抱きしめたい気分にもなっていたその時、無粋なエンジン音とともに、俺を呼ばう声。
「置いてくぞ、フラン」
「あらやだアナタ、こっそり行こうって言ったじゃない」
「いやぁ、フランだって愛しの彼と一緒にいたいのはやまやまだろうが、あのままあんなにも年の離れた若者の中にいたんじゃ、色々やりづらいだろう」
「それもそうねぇ」
「ちょっと! あんなにもってどういうこと! ひどくない? 俺そんなに歳じゃない!」
 じゃあ俺が行く、とは、若者のプライドが邪魔して叫べなかったらしい俺のかわいい恋人は、唇を噛み締めて、相変わらず真っ赤な顔のまま俯いていた。
「じゃあな、またすぐ連絡するよ」
 ちゅ、と頬に軽いベーゼを送れば、黄色い歓喜の声が上がったのは別の方向からだった。
 うーん、我ながらキザすぎちゃったかな。


「やあねぇもう若くないのに……」
「若い子に見られて張り切っちゃったんだよ」
 ちょっとそこ、うるさいよ! 雰囲気ぶち壊し!


















(2010/10/30)



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