クリスマス気分で職員もそわそわし出した空港を抜けた頃には、ミサだってとっくに終わる時間になってしまった。それでもこんな日に、やすやすとタクシーを拾えるのはアメリカのアメリカたる所以なのかもしれない。運転手と「こんな日に仕事なんてね」と同情を交わし合いつつ――もっとも、語り口から察するに、彼はクリスチャンではないのかもしれない――、厳粛でいて歓喜に満ち溢れた不思議な雰囲気の街を急ぐ。 「ごめんねアメリカ! 上司が急にトロント行けって言うしそこでこーんな山みたいな書類が待ってるし携帯は電池切れるし……」 息を切らして勢いよく突入した家の中は静まり返っていた。暗闇の中に、パーティの飾りつけがうっすら浮かぶ。アメリカが一人で準備をしたのなら、さぞかし大変だっただろう。 矢継ぎ早に並べた言い訳が空虚な部屋に木霊する。 ああ、もう寝ちゃってる時間か、とカナダは自分の短慮を恥じた。アメリカが寂しがって、ひょっとしたら連絡の取れないカナダを寝ないで待っていてくれているかも――、なんて。 バカみたいだ。短気なアメリカは連絡も寄越さず義務を果たさなかったカナダに怒っているに違いないのに。 リビングの中央を陣取ったツリーの電飾は電源が入りっぱなしで、青に白に、そして赤に黄色に明滅している。とても幻想的な光景だった。ああ、今日はイブだったんだな、とカナダは改めて厳かな気持ちになる。やや曲がった星が、天辺できらめいているのが見えた。 今年は他の人がアメリカを肩車して、あそこにあの、見慣れた星を浮かべたのだろうか。そう思うとなんだか切ない。 部屋の隅に転がったクラッカーの残骸や、ワインの空きビン。ゲームのあと。――楽しかったのだろうか、そう思うと少しほっとした。 アメリカはきっともう寝ているだろう。今日は客間を拝借して、明日朝一番に謝ろう。楽しかったパーティの話を聞いて、片付けの手伝いくらいはできるだろう。 その前に少しだけ、仕事中ずっと頭を離れなかったアメリカの顔を、今日一日のご褒美として、一目見たいと思うくらいは許されるに違いない。 アメリカは寂しくなんかなかっただろうけれど、一人で準備をさせてしまったから、一言「ごめんね」と言ってもきっと許される。だからこれはひとりよがりじゃないんだ。 心の中で言い訳を積み立てて、カナダはリビングに荷物を置くと、そっと足音を忍ばせアメリカの寝室へと向かった。薄暗い寝室の中で、アメリカはいつものようにおとなしくベッドに収まっていた。 何でもないように寝ている兄弟の姿にカナダは安堵して、そっと、歩み寄っていく。 アメリカは横向きにベッドに収まって、小さく体を丸めていた。 これは寂しいときの彼の癖であると、知っていたカナダは思わず足を止めた。 「カナダ……」 寝言だろうか。呟いた彼の言葉にハッとする。 イギリスが約束に反して来れなくなった幼い日や、仕事で大失敗をしたときや、カナダとケンカした夜には、よくこうして一人で泣きながら丸まって寝ていたアメリカ。 最後の場合はともかく、そういう日には、カナダが何も言わずに隣に潜り込んで背中を叩いてやれば、彼はたちまち笑顔になった――と、いうのは、カナダの都合のいい、思い出の美化にすぎないのだったか。 カナダはアメリカの目尻に涙の痕を見つけて、ぎゅう、と胸が絞られるような思いに駆られた。 「アメリカ、もう一人にしたりしないよ」 ごめんね、よりも、伝えるべき言葉が頭の中に唐突に浮かんだカナダは、今この瞬間、世界中の誰よりも幸せ者だ。 そして、送るべき温かいキスのことも。 「サンタクロースが……カナダを……プレゼント……」 むにゃむにゃ、とアメリカがカナダに笑いかけながら何事かを口走った。プレゼント、とかサンタクロース、とか、彼は本当に、輝かしい幸せの世界を生きている。その幸せをお裾分けしてもらいながら隣で生きることのできるカナダもまた。 この幸せへの感謝は、神にすべきか、彼が毎年楽しみに待っているサンタクロースにすべきか。 カナダは、前々から用意してあった新しいゲームソフトをそっとベッドサイドの靴下の中に入れると、するり、冷たい体をベッドの中に潜り込ませた。すぐに触れ合った熱はとろり溶けて、兄弟はついに、幸せな気持ちで眠りについた。 (2008/12/25)
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