一限目も二限目も、カナダは来なかった。
 彼自身が企画した今日の誕生会の準備のために遅れていると考えたのも一限目までで、二限のチャイムが鳴る頃には、俺の機嫌はかつてないほど最悪だった。
 カナダのくせに、この俺を振り回すなんていい度胸だ。
 イライライラ。弁当を広げていても、いつものように「メイプルかけるかい?」という愚問は聞こえてこない。
 こんなことならイギリスでもからかいに行けばよかった。一体なんだって俺は、こんなところで一人で、来もしない誰かを待ってるんだろう。
 ふと思い至ったその思考に、俺は慌てて首を振った。
 待ってない。断じて待ってなんかないぞ。
 もう腹が立った。このケーキだって、もともとあいつに食べてほしくて買ったわけじゃないぞ。もういっそ俺が食べてしまおう。
 ガサガサと乱暴にケーキの箱を開けて、親の仇かというくらいにフォークを突き立てた。
 がつがつとケーキを口に放り込むけれど、いつもと違って味がしなかった。
 あのケーキ屋も落ちたな!
 何もかもイライラする。そんなとき、ガラリと教室のドアが開く音がしたので、俺は勢い良く振り返った。勢いが良すぎて首がぐきっと鳴った。
「痛っ……」
「だ、大丈夫ですか、アメリカさん……」
 ノックくらいすべきでした、と日本は俺に歩み寄りながら、ガクッと頭を下げたから、俺は恥ずかしくなってフォークを置く。
「ずいぶんガランとした教室ですねぇ……お一人のクラスでしたっけ?」
「いや……」
 二人だよ、と言うのも何だか癪で、俺は言葉を飲み込んだ。
「……それは?」
 やがて、俺の目の前のケーキに気がついたらしい日本が、やや眉根を寄せた無表情で首を傾げた。その表情が何を意味するのか、俺にはわからない。
「ケーキさ。君も食べるかい?」
 ひとかけら、俺が使っていたフォークに刺して手渡すと、日本は「ありがとうございます」と笑ったくせに、「すごく……赤いです」とかなんとかぶつぶつ呟いて、なかなか口には入れようとせずに、ずっとフォークを持ったままだった。
「今日は何かあるんですか? 確かお誕生日は明後日ですよね?」
「別に! 何もないよ、普通の日さ」
「はぁ、そうですか……。なんだかとても……その、ユ、ユニークなケーキですね。何の形ですか? あ、カエデ……?」
「別になんだっていいだろう、ケーキはケーキだよ」
 早くフォークを返すようにジェスチャーで促せば、彼はやっと、ケーキを口に含んだ。
「すごく……甘いです」
 甘い? どこが? なんの味もしないじゃないか。
「ところで日本、何の用だい?」
 フォークが返ってきたところで、俺はケーキをたいらげる作業を再開することにした。
「あ、今度の体育の合同授業のことですけど……」
 日本が「よく食べるなぁ」という顔で俺の手元を見ている。俺にもそれくらいはわかった。
 別に食べたくて食べてるわけじゃない。
 あれ、じゃあ、なんでだっけ。


 間もなく三限が始まった。授業はフランス語だ。いつもなら写させてもらう宿題も、カナダがいないせいで出せなかったし、当てられたときも、誰も助け舟を出してくれない。
 おまけに昼に食べたケーキのせいで、なんだか胸やけがしていた。やっぱり一人であんなに食べるんじゃなかった。日本はあの後、いくら勧めても絶対食べようとしなかったし。
 考えれば考えるほど腹が立ってくる。なんで俺がこんな思いをしなきゃならないんだ。今日は、今日はせっかくの、俺と君の――。
「すいません! 今日は大変なことが起こって――」
 授業中特有の静寂を破って、ついに奴は現れた。ぜえはあと、すごく急いで来ましたみたいな顔をしているが、彼の足はものすごく遅い。
 しかも、この後続くであろう言い訳も、どうせいつものように合理性も何もまったくないのだ。
「――早く起きてホットケーキ焼いてこようと思ったのに、朝起きたら昼過ぎだったんですよ……!」
 なんだか悔しくなって、泣けてきた。
 何が「朝起きたら昼過ぎだった」だ。論理矛盾もいいところだと思う。
 朝起きたのなら朝であるべきだし、昼だったのなら昼に起きたのだろう。
 バカじゃないのか。
 俺は授業中であることも構わず、つかつかとカナダに歩み寄っていった。
「ほんっとゴメン! って君、何、泣いて……」
「泣いてないよ!」
 泣いてない。腹が立っているだけだ。
 これ以上ないほどの怒りを込めて睨みつけたら、そこでやっと奴は、罪悪感というものの片鱗を見せ始めた。
「え……ええと、ごめんねアメリカ」
 だが、次の一言が余計だった。
「僕……君に何かしたかい?」
 俺は何も言わずに、右手に物を言わせた。
「めいぷるぅ!」
 相変わらず情けないやられっぷりだ。
 殴られた顎下をさすりながら蹲るカナダの脇をすり抜けて、俺は駆け出した。
「ちょ、アメリカ……! 授業中だよ……!」
 後ろでカナダが何か喚いていたが、知ったこっちゃない。ちらりと振り返ると、カナダが追ってくるのが見えたが、彼の足はやはりものすごく遅かった。















正宗さんとの企画ブログ「1年北米組 クマ二郎先生!」にあげたもののログです。


(2008/7/2)



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