かなしいことは はんぶん
アメリカ、明日は何の日だか知ってるかい。
教室に入るなりカナダがすごい剣幕で訊いてきたから、俺は面食らってしまった。
「明日?」
今日じゃなくて? と言いかけるのをぐっと堪える。
カバンの中でずしりと存在を主張する包みを、俺はカナダから隠すように机の脇にかけた。
「明日だよ」
明日――七月二日。はて、何かあっただろうか。
何を隠そう、明日でなく本日七月一日は、カナダの独立記念日である。俺のように世界史に名高い時代の節目だということもないが、まぁ本人にしてみれば重大事件だったのだろう。去年プレゼントを何も用意しなかったら(俺たちが何年この高校の一年生をやっているかということはこの際伏せておくが)ひどく拗ねられて、三日後には俺の誕生日パーティの後で、彼から俺への誕生日プレゼントだというバスケットボールを無言で二時間ぶつけられ続けた。
いつも思うけど君、やることが陰湿だよ。
だから今度は忘れなかったし、珍しくプレゼントも用意してやった。請求されるまで渡すつもりはないけど。
また去年みたいなことになったら嫌だから、一応の保険だ保険。
俺は柄にもなく悩みに悩んだ挙げ句に面倒臭くなって(まぁカナダだしな!)テキトーに買ったプレゼントにちらりと視線をやって、改めてカナダの方を見た。
「で、明日がなんだって?」
「……君と僕との、真ん中バースデーさ!」
「……は?」
たっぷり十秒は経ったというのに、カナダは俺の反応を催促もしなければ、やっと出てきたと思えば間の抜けた声だけであることを咎めもせず、なんだか興奮した様子で俺を見ていた。
眩しい。なんだその期待に満ちた目は。
「……君は昭和の女子中学生かい?」
「何を言ってるのかわからないよアメリカ!」
若い読者のために説明しよう、真ん中バースデーとは、二人の誕生日のちょうど間の日のことである。仲のいい親友同士や、恋人たちが祝ったりする――ことも、あったようだ。たいていその試みは一年で頓挫する。まぁ思春期ならではの一過性の発作のようなものだ。どのみちティーンも折り返しに達したハイスクールの生徒達にはそぐわない。
「だいたい俺たちの場合、二日か三日か微妙なところで――」
俺が思い切り嫌な顔をしたからだろう、カナダは畳みかけるように、珍しく早口でまくしたてた。
「いいんだよ僕が明日に決めたんだから! 君、自分の誕生日は毎年盛大にパーティとかやるくせに、僕の誕生日は毎年忘れちゃうんだから、一緒に祝えばいいだろう! 名案じゃないかい?」
察するに相当練習された台詞のようだが、優しい俺は敢えて指摘しないでおいてやった。
去年以前のことはイマイチ記憶にないが、どうやら俺の前科は一犯ではなかったらしい。しかしイギリスといいカナダといい、過ぎたことをネチネチと記憶するのが好きだ。
「とにかく明日、二人でプレゼント交換したりケーキ食べたりするんだからな! 忘れるなよ!」
プレゼントなら言われなくたって覚えてた。俺はむっとしながらも何気ない顔で、わかったよと頷いた。
すると満足した顔で、カナダは自分の席に戻っていった。といっても、俺の隣以外に席はないのだけれど。
なんだか命令口調が年々イギリスのようになっていく奴だ。
あ、「年々」という意識がすでに湿っぽい。「日に日に」だ。訂正。
正宗さんとの企画ブログ「1年北米組 クマ二郎先生!」にあげたもののログです。
(2008/7/2)
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