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 目覚めれば朝だった。
 昨夜のことは覚えている。流血沙汰とも言うべき無茶苦茶な性交のあと――雄として優生生物すぎる彼と、女役をするには引き締まりすぎた体を持つ自分では、そもそもが乱暴で強引な試みすぎた――歩くのもままならない痛みを散々に訴えれば、ロシアがしぶしぶながらぬるま湯につけた布で体中を拭ってくれて、新しい寝間着と温かな毛布を得、二人でふわふわのベッドに納まった。そこからは温かかったし気持ち良かったし幸せだった。
 だがその前までは痛くて寒くて最悪だった。拭かれた端から、表面に残った水分が凍りつくように冷えていく。歯の根も合わないほど震えて惨めだったのを、体に刻みつけられるようにして覚えている。
 もう二度と暖房のないところでセックスなんかするもんか、とアメリカは寝返りを打ちながら決意した。
 翌朝になっても、しばらく二人はベッドの中で惰眠を貪っていた。ロシア曰く、こちらに泊まったお陰で寝坊ができるのだそうだ。彼が握っている、明らかに第三者の意図が介入しているらしいスケジュールを、自分だけ把握していないのは癪であったから、見せろとせがめば、その詳細を記したメモは、床に散らばったコートの中から出てきた。
 やがてガチャガチャと、階下で人の気配がする時刻になっても、「雇いの世話係だよ。朝食の時間まで呼びに来ない」とロシアはまたアメリカを抱え込んで眠りに就こうとしたから、そのぬいぐるみのような扱いに苛立ったアメリカははその腕を押し退けて起き上がった。
 太陽が上る時刻になっても、相変わらず屋敷は凍りつくような寒さに支配されている。
「寒いよ!」
 ぶつぶつ不平を繰り返しながら持参した衣服を身につけていると、「厨房なら暖かいんじゃない?」とえらく間延びしたアドバイスを、ベッドの中からいただいた。
 満たされたように目を閉じたロシアを置いて、毛布にぐるぐるとくるまったまま、本能に従って階下の厨房へ向かった。
 そこでは働き者の料理人が、美味しそうな香りを漂わせながら、黙々と朝食を準備していた。
「起こしましたか」
 ぶっきらぼうな物言いも、柔和なフリをしてその実冷たい彼の国よりはマシだと思えた。
「寒くないかい?」
「暖房が壊れたようですね」
 あまりに当たり前のことのように言うから、これはどうやらやはり「日常茶飯事」の範疇だったらしい。騒ぎ立てて悪かったなと一瞬思ったものの、昨夜の、VIPであるはずの自分が寒さに一人うち震えていた惨めさと、その後ロシアから受けた仕打ちを思い出し、すぐにそんな気持ちは失せた。
 ――まぁ、合意だったんだけどさ。
 口を尖らせて、少しでも暖を取ろうと火に近づけば、料理人は場を保たせようというのか、世間話のようにぽつりと、問うた。
「ロシアはどうですか」
 本当に、大したことのない挨拶程度の質問なのだけれど。
 さてそれにどう答えたものか。
 少し考えて、アメリカは「まだまだだね!」と答えた。
 ――まだまだ自分は、彼について知らないことが多すぎる。
「まぁ、まだ滞在期間はあるし」
 にこりと笑ったアメリカに、料理人は不審そうな顔を浮かべた後、「そろそろブルギンスキ氏がいらっしゃる時刻では」と話を変えた。
「そうなのかい? じゃあ呼んでくるよ!」
 そのまま二階に再び舞い戻っていったアメリカを、彼はまた不思議そうに眺めていた。
(2008/6/11)
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(C)2007 神川ゆた(Yuta Kamikawa)
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