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 アメリカといると、ロシアは過去の劣等感や突かれたくない傷ばかりを思い出している気がする。どれもこれも、アメリカが眩しすぎるせいだ。
 あの、太陽の光に満ちた、明るく暖かい場所へ行きたいのに、けれどロシアは決してそこに届かない。
 そんなロシアの気持ちも知らずに、当然のようにそこにいるアメリカの態度が、ロシアは大嫌いだった。
 一人ホテルの自室でウォトカを傾けていると、携帯電話が鳴った。
 夜十一時を回った頃だった。
 ディスプレイに表示された番号は、ロシア自身の別宅のものだ。もう世話係などは帰ってしまっただろうから、これをかけてきた人物がいるとするなら一人しかいない。
「はい?」
 家に何かあったのだろうか。とにかくあまり嬉しい電話でないことは確かだった。
『大変なんだよロシア。暖房が急に止まっちゃったんだ』
 蓋を開けてみれば大したことのない内容で若干拍子抜けする。
「ああ、よくあるんだよ。業者を呼ぶから、明日には直ると思うよ」
『明日! 冗談じゃないよ、凍死しちゃうよ!』
 電話口でぎゃあぎゃあとうるさいアメリカに閉口する。
「クローゼットに毛布があるでしょ」
『君は暖房もない極寒の大地で俺を一人きりにして放っておく気なのかい!』
 鬼、とか悪魔、とか罵倒が続いて、ロシアはため息をついた。
 確かに彼はこの寒さに不慣れであるし、万一凍死でもされたら厄介だ。それでなくても、風邪を引かれれば上司の立場がないだろう。 
「寒い! 寒いよロシア!」
 観念して舞い戻った別宅の隅で、アメリカは惨めに毛布にくるまって震えていた。
「これくらい寒いのうちに入らないよ」
 言ってみたが、室内はかなり冷えている。暖房が作動していた時間が短かったせいだろう。
「寒いじゃないか!」
 うるさいなぁ、とロシアは思った。不平顔で、ばかみたいに騒ぐアメリカにいらいらした。
 ロシアはいつだって、これ以上の寒さに耐えてきたのに。
 騒いでゴネればどうにでもなると思っている若造。自然はいつだって、そんな風に甘くはない。
「こんなに冷えたら、絶対どこか悪くするぞ! そしたら訴えてやる」
 そうわななく彼の唇は、血が通わず真っ青で。ちぢこめた体は惨めに震えていた。
 ロシアは後ろポケットに常備しているウォトカを一口舐め、じわりと内臓から温められていく感覚と、その光景に溜飲を下げた。
 大の男が憐れにも白い息を吐き出しながら震えている。
 思わず高笑いをしたいほど、気分がよかった。
「なっ、何するんだい」
 強引に腕の中に抱き込めば、血の気のない顔で、震えすぎて呂律の回らない舌で、まだそんな強がりを言う。
 この極寒の大地では、完全にロシアの方が優れた生き物であるのに、だ。
「こうすればあったかいよね?」
 大きな手で、冷えきった背中を撫でてやれば、アメリカは耐えきれない、といった体で、ロシアの胸板に自分から顔をすり寄せてきた。
 この寒さの中で、人から与えられる温もりは麻薬のようなものだ。それがどんな相手であろうとも、離れることなどできるはずがない。
 ロシアは完全に手中に収めたアメリカに、見えないようニヤリと暗い笑顔のまま口角を上げた。
 ほんの一時の優位にすぎない。これもまた、味などおかまいなしに、理性を捨て去るためにバカみたいに度数を上げた酒の幻想。
 その虚しさに、気づいてはいけない。
「ほら、あったかいでしょ」
 強く抱き締めてやれば、真っ白な息を吐いて、恍惚そうな表情のまま、アメリカもロシアの背に腕を回してきた。貪欲に暖を取ろうと、アメリカは互いの皮膚に弾かれるのを、もっともっとと押しつけてくる。まるでもっとくっついたら、二人は一つになって、永遠にこの熱を内包するとでもいうかのように。
 すっぽりと胸に収めたアメリカの体は、栄養失調やらストレスやらでいつも頼りない旧ソビエトの連中と違って、健康な若者らしく精悍で、抱き心地は最高だった。こんな体さえ意のままにできる、まるで世界の覇者になった気分だ。
 仮初めの幻想、虚しいこだわりだとは、わかっていても。
 ああ、ロシアは今でも、アメリカさえ下せば、夢見たあの楽園が、手に入るような気がしているのだ。
 バカだな……。
 自嘲の笑みを隠すように、アメリカの眼鏡を奪い、まぶたにキスを落とした。
 アメリカは抵抗しなかった。
 そうさこの温もりは麻薬。滅多なことで、君は僕を突き飛ばして離れることなどできない。
 今なら、この首だって簡単に絞め上げられる。
 胸を沸き立たせる優越感に、涙が出そうだった。まがいものの幸福に溺れているのはロシアの方かもしれない。
 ちゅ、ちゅ、とついばむようなキスを顔中に落とし、首筋に舌を這わせた。どくどくと波打つアメリカの血潮。無防備に晒された白い喉元。
 マフラーに守られたロシアにとっては、相手に急所を晒しているなど、ありえない服従。
「ん……」
 ようやくアメリカが身じろいだ。目には抗議の色が浮かんでいるが、口には出せないでいる。
 これしきの寒さに勝てないようなプライドなら捨ててしまえばいいのに。
 ロシアは思ったが、ズタズタに引き裂く前にもう少し、柔く揉んで吸い尽くして、手玉にとって遊んでもいい。
「もっとあったかくしてあげるね」
3.5が裏にあります。
性的描写がありますので、苦手な方と18歳未満の方は飛ばして4へどうぞ。
(2008/6/4)
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