「バンパイアになれ、ヘラクレス・カルプシ」
男の宣告は冷酷に響き渡った。
「……何を、バカな……」
「話し合いの余地はねぇよ」
「だって、キプロスには手下はいらないって言った……」
「手下は何人もいらねぇ。俺はテメェが欲しいんだ」
バンパイアになったら、家族も友達も捨てて、一生闇の中で――。
「それが選択っつうものでぇ、ガキ」
迷いうつむいたヘラクレスを、男は笑った。
「何かを得るためには、何かを捨てなきゃいけねぇ」
バンパイアになったら、すべてを捨てなければいけない。
すべてを捨てなければならないほど、ヘラクレスは悪いことをしたのだろうか?
「いやなら構わねぇがな、友が死ぬだけだ」
わからない、わからないけど、答えはもう決まっている。
答えは――、
「わかった……」
Ναιだ。
「俺をバンパイアにしてくれ!」
啖呵を切ったヘラクレスを見て、サディクはニヤニヤと笑っていた。
「よく言った、ヘラクレス・カルプシ。テメェの身を顧みねぇ高潔な心、……まさにバンパイアにふさわしい」
両手を出せ、とサディクは言った。
ガタガタとみっともなく震えながら、サディクは言われるがままに両手を差し出した。
「テメェには、俺の旅の相棒を務めてもらう。そのためにまず、テメェを半分だけバンパイアにする」
「半分?」
「半バンパイアだ。それなら昼間でも活動できるし、人の血もそんなに必要ねぇ。何、焦ることはねぇよ、時間はたっぷりある……。半バンパイアは人間の五分の一、完全なバンパイアは十分の一のスピードでしか歳を取らねぇ。その間に、俺がゆっくりとバンパイアの流儀を伝授してやるよ。ゆくゆくは完全なバンパイアに……」
言いながら、サディクはヘラクレスの左右十本の指に、自身の指をあてがった。
何をするのかと見つめていると、グググと力を込め、鋭く伸びた爪を、ヘラクレスの指先に食い込ませ始めた。柔らかな皮膚は裂け、ツゥ、と血が流れる。
「痛っ……」
思わずうずくまると、サディクは鼻で笑った。
「痛みに慣れろ。これからイヤっつうほど味わうことになるんだからな」
サディクはヘラクレスの右手を取った。未だだらだらと血を流すその指先を、ゆっくり口に入れた。
ぬるりとした舌の感触に、びくり、と体が震えた。
「……いい血だ。これなら問題ねぇな」
先程からいいようにされているのが我慢ならなくて、ヘラクレスはギッと、未だ余裕の笑みを崩さない吸血鬼を睨みつけた。
「これだけは、言っておく……」
どんなに取り繕っても、膝が笑っていた。
「お前を裏切るチャンスがあれば、いつだって裏切ってやる! この先ずっと……それこそ永遠に、俺のことは信用できないぞ……!」
「ハッ……そうだろうな……だからこそテメェを選んだんだ」
サディクは自身の指先を、同じように爪で抉っていく。
「いざ、血の契約を!」
そっと二人の指先が合わせられた。
その瞬間、ぞくぞくぞく、と指先からサディクの血が流れ込んでくるのを感じた。
押し寄せる衝撃に耐え切れず意識を手離すのと同時に、耳元でサディクの声が、聞こえた。
「ヘラクレス、テメェは強くなる……」