男同士でもセックスができる、と知ったのは、いったいいつだったろうか。何せあのイギリスが育て親で、フランスにもよく構ってもらった自分は早熟で耳年増だったから、ずいぶん幼い頃だったような気がする。
 そのときは、大して気にも留めなかったのかもしれない。「なんでそんなことをわざわざする必要があるのだろう」と不思議にすら思った。
 けれどその知識がじわりじわりと頭の中を占めるようになったのは、いつだかはっきりわからないほど、「いつの間にか」だった。
 気づけばイギリスを目で追っている。着替え中の彼や、ズボンに浮かぶ体のライン、寝顔にどきどきした。
 イギリスとも「そういうこと」ができるのだ、と思うと、正気ではいられなかった。



 初めてのセックス、なんてもう覚えていない。昔は今みたいに戦争に金も犠牲も大していらなかったから、もっと世界は殺伐としていて、恋も結婚も、厳しい世界を生き抜いていく戦略の一つに過ぎないようなところがあった。
 男はヤリたくなれば誰かれ構わずヤリたがったし、女も簡単に諦めて、受け入れたものだった。
 セックスに、今ほど重要な精神的意味はなかったのだ。せいぜい子孫を残すとか、正統性を守るとか、貞淑さを示すとか。「愛」だのなんだの、そんな言葉すら知らなかった。
 男に抱かれたのは、興味本位だった気がする。もともとエロいことは嫌いじゃなかったし、若い時分には多少の無茶をしたくなるものだ。酒とかアヘンとか煙草とか海賊行為とかギャンブルとか、そういうのと同じだった。



I won't cry.



「なんでお前は未だに童貞なんだよ」
 一流ホテルのパーティ会場。一週間の予定でヨーロッパ諸国は、昼は会議、夜は宴席にと大忙しだった。
 一人ビールを飲んでいたドイツに、むしゃくしゃしていた俺は絡みついた。
 体が熱い、頭がくらくらする。すごく酔っている。ふわふわして眠たくて、気持ちいいけれど、なんだかイライラする。
 誰かに構ってもらいたかった。
 それなのにフランスはさっさと逃げるようにどっか行っちゃうし。まったく役に立たない野郎だ。
 俺は手に持っていたビールを飲み干す、つもりが途中で少し零したので断念した。
 俺のビールと、ドイツのビールは違う。ドイツの持っているジョッキの中に、しゅわしゅわ漂う泡を見て、俺はなんとなく、愛しい弟の顔を思い出した。
「……経験が重要か?」
 ドイツの眉間には皺が寄っている。けど、酔った俺は最強だ。怖いものなんかあるもんか。
「いや。ちょっと気になっただけ」
 口元を拭って、俺は昔を思い出すようにぼんやり遠くの壁を見つめた。
「なんだそれは」
「だからさ、昔はみんな、結構自分の意志と関係なく、大人ならセックスするもんじゃねぇ? なんていうか、そういう風に流されていかなきゃいけなかったっていうか。もう動物と一緒だよな、なんか、そういう時期が来たからする、みたいなさ。結婚も何もかも、みーんな自分の意志と関係なく、いつの間にか決まってるんだよなぁ……。人と違うっていうことが、あんまりできなかったじゃねぇか」
 あぁ、舌が回らない。
 俺の息は酒臭いのか、ドイツは肩に回してた俺の手をどかして、顔を背けた。
「だからだろう。国である俺は別に結婚させられたりもしない。だからそういう行為をする必要もない。人間は必要があるから全員した。俺は国で、必要がないからしなかった。今は……」
 立場に関係なく、したければできる時代だが、とドイツは口を濁した。
「だからこそ、大切にしたい、気が、するんだ。……くそ、俺は酔っ払いに何を言ってるんだかな……」
「ふーん」
 先程からクラシックを演奏しているピアノが、俺の睡魔を誘う。
 とろんと瞼が落ちてきて、俺はドイツに寄りかかった。
 一秒も経たずに無理やり引きはがされて、ビールも奪われた。代わりに水の入ったグラスを握らされる。
「お前は、昔から、酔ったときと素面のときの落差が激しすぎる」
 説教モードだ。
 テメェの説教なんか聞きたくねぇっつうんだよ、このクラウツ。
 言ってやりたかったけど、もうドイツの顔すらはっきり見えない。肩を支えているドイツの手の感触だけがやたらリアルで、足が地についている気がしない。
「普段、無理ばかりしているからだろう」
 無理?
 無理なんてしてねぇよ。
「素面で甘えられる相手がいないのか、お前は。こうやって、酔ったからだと言い訳して、後腐れのなさそうな、俺のような相手を選んで、そうでなければ甘えられないようなお前が哀れだよ、本当に」
 本当に甘えたい相手は誰なんだ、と訊かれた気がしたが、もう知らない。
 何と答えていいのか、俺は知らない。
 ああ、もういやだ。
 全部酔っているせいにして、すべてを放棄してしまおう。



「また練習しに来たの?」
 彼女はいかにも「仕事人」という口調で、ふぅ、とタバコを燻らせた。その格好は下着を身につけただけのセクシーなもので、腰かけている場所もベッドだったけれど、俺が本当に欲しいものはそんなものではなかった。
「練習ばっかりで、本番は?」
「……まだ」
 俺はジャケットを脱いで乱暴に放り投げると、小さく言った。
「なによ、意気地なしね!」
 彼女が笑う通り、まったく俺は意気地なしだ。
 もしも俺が「君とセックスがしたい」と言ったなら、きっとイギリスは拒まないのだと思う。「しょうがない奴だなぁ」と笑いすらするかもしれない。
 そんな風にしか思われていないのだ、俺は。
「年上の彼女にバカにされるのが嫌だって、あんた言ってたけど、ホントにあんたのこと好きだったら、そんなの気にしないわよ。少しくらい下手だった方が、カワイイじゃない、どう足掻いても年下なんだから」
「……あの人が『ホントに俺のこと好き』なんて、誰が言った?」
「あらごめんなさい、片思いだったの?」
 俺は頷いた。頷きたくなかった。
「……セックスで振り向かせようとするのは間違ってると思うけど」
「でも、したいんだよ」
 咄嗟に出たセリフがあまりにもぶっきらぼうだったので、決まり悪くなった俺は、小さな声で言い訳を試みた。
「……セックスしたい。でも、ただお情けでしてもらうだけじゃ嫌なんだ、俺は、俺は……」
 チャンスは一度しかないのだ、と思う。
 俺は、最初の一度で、彼を虜にしなければならない。イギリスが俺のことを「そういう対象」として見てくれるような、そんな大人の時間を提供できなければ、ならないのだ。
「ワガママね」
「好きなんだよ。誰にも渡したくない」
「よほどいい女みたいね、妬けるわ」
「さあ……。ただ、俺は生まれたときからその人が好きなんだ」
 これには彼女は大爆笑した。俺があまりにもシリアスな口調で言ったのがいけなかったのかもしれない。
 けれど俺は本当に大マジメだったので、少々気を悪くした。
「ほんとにそうなんだよ、たぶん」
「たぶんって……あはははは!」
「小さい頃のことはよく覚えてないけど、でも、俺はあの人以外を好きになったことなんかない。あの人以外を抱きたいと思ったことなんかない、あの人以外を、独占したいと思ったことはない」
 彼女はタバコを灰皿に押しつけて、立ち上がった。
「……アルフレッド、あんた随分上手になったわよ? だから、言い訳できるうちにさっさとやめちゃいなさい、こんなの。彼女に胸張れなくなるわよ」
 何をするのかと思いきや、するすると衣服を身につけていく。
 俺だってわかってた。「練習」と言い張って他の女を抱くたびに、自信はつくどころかどんどん萎えて、そのくせイギリスへの想いだけは倍々に募っていくのだ。
「行ってくるよ」
 宣言したら、彼女はこちらを見ずに笑った。
「今夜こそ、甘い夜になるといいわね」
 そんなことを言われたら、何がなんでも今夜、会わなければならない、とそんな気分になるじゃないか。
 なんだかよくわからないが、今夜の俺はヤケに粘った。
 本当に今夜しかない、と思ったのかもしれない。
 イギリスが仕事で家にいないとわかったら、滞在先のホテルまで突き止めた。ホテルのロビーで部屋番号を聞いて、ふと「なんでこんなことしてるんだろうなぁ」という思いが胸をよぎったが、エレベーターに乗り込んだ頃には、「今度こそイギリスをこの腕に抱くんだ」という緊張の方が勝っていた。



「ほら、上着脱げ!」
 ふと目を開けると、真っ先に目に入ったのは天井だった。次いで怒ったような、うんざりしたようなドイツの顔。
 背中に感じるのはベッドのスプリング。やわらかな布団。
 運んでくれたのか……。
 脱げと言うから大人しく上着を脱ぐ。ついでにネクタイも引き抜いた。
 国民性だかなんだか知らないが、脱ぐのは得意だ。暑苦しくて気持ち悪くて、そのまま色々なものを脱ぎ出したら、上着を畳んでいたドイツはため息をついた。
「もう、平気だな」
 戻るぞ、と声がして、そのまま気配が去っていく。
 ああ、やっぱり。そのまま留まって、肌を触れ合わせて、優しい言葉をかけてはくれないのだ。
 わかっていた。わかっていたからこそ、甘えられた。
 見当違いもいいところだ。運んでくれただけでもびっくりしているのだから。これ以上の無茶を要求したりはしない。
 けれどたまに自分のこの冷静さが嫌になる。虚しくなる。
 心の中にぽっかり穴が空いたかのように、いつも意味もなく寂しいのだ。
 寂しさになら慣れていた。
 でも、俺はもう、一人でない幸せを知ってしまった。小さな手を握って星空を見上げる幸せを、寝物語の途中で寝入ってしまった子供の寝顔を見る幸せを、知ってしまったのだ。
 もうだめだ。
 寂しくて、壊れそうだ。
 ぽろぽろと涙が零れた。
 いったい誰なら、こんなとき自分を一人にしないで、寄り添ってくれるというのだろうか?
「……リス」
 ――ぎりちゅ。
 声がする。頭の奥から、記憶を辿って引きずり出した甘い声。
「イギリス」
 ――いぎりちゅー!
 眩しい笑顔。抱き上げたら、儚いくらいに軽いその体。
 やわらかな肌。子供のにおい。
「イギリス!」
 ぱちり、と目を開けた。自分を覗き込んでいたのは、子供などではなかった。
「……なんで、泣いてるの?」
 目もとを拭われて、自分が泣いていたことに気づく。
 大して意味のある涙ではない。ただ、無性に寂しかっただけだ。
「なんで、脱いでるの?」
 ぎゅ、とアメリカの手が俺の顔の横でシーツを握りしめた。
 どうしてアメリカがここにいるのだろうとか、どうして怒っているんだろうとか、浮かんだ疑問はふわふわ回る脳内ですぐに掻き消えた。
「ドイツと……何してたの?」
 ずいぶん低くはなったが、大人っぽいとはお世辞にも言えないのだろうアメリカの声は耳触りがよくて、言っている内容も頭に入らないほどに、心地よく耳を抜けた。
 頬を撫でる手が心地よかった。求めていたのは、このぬくもり。
 なんて都合のいい夢を見ているのだろう。
「あめりか」
 服を掴もうとして上げかけた手を、そっと下ろした。
 いつもそうだ。彼には甘えられない。甘えてはいけない。そんな無謀な勇気は、とっくの昔に、どこかに置いてきてしまった。
 拒絶されるのは怖かった。まして彼は一度、俺を捨てた。
 こんなに近くにいるのに、触れられないのは拷問のようだと思った。
 ああ、この世から理性なんてものがなくなってしまえばいい。
「ねぇイギリス、言えないようなこと?」
「ぁ……めりか」
 お前に甘えられなくて、苦しい。寂しい。
 でも、お前がここにいてくれて、それだけはとても嬉しいんだ。
「酔ってるの?」
 アメリカはしばらく黙ったあと、ため息をついた。
 酔ってなんかないさ。酔ってたら、お前に今すぐ抱きつけるのに。
 紡いだ返事は声にはならない。
 ああ、ものすごく眠い。
 もうどうせこんなの夢なんだから、苦しいだけなら、眠ってしまえばいいんだ。
「……酒の勢いで、なんて、言われたくないな……」
 唇に、そっとやわらかいものが触れて、温かな吐息を感じた。



 朝六時、イギリスは目を覚ました。
 いつもと同じように、二日酔いもなさそうなスッキリした顔。
「……アメリカ?」
「おはよう」
 ぱちくりと不思議そうに目を瞬いたりして。
「何してんだ?」
 そのあんまりな質問に、俺はむくれた。
 昨夜のことを覚えていないのだろうか。
 俺がドイツに嫉妬したことも、俺とイギリスが、キスしたことも。
「君が起きるのを待ってたんだよ」
 そうじゃなくて、とイギリスは身を起こして口ごもった。
 俺は胸の鼓動を隠して、さらりと問う。
 まだ朝の六時。
「今日も会議?」
「あ、ああ」
 会議があるとしても、彼を抱く時間は、十分にある。酔ってなどいない冷静で理性的な、イギリスを。
 怖い。怖い。
 鼓動が速い。
 イギリスは半分脱げかけたワイシャツを掻き寄せて、気まずそうに視線を寄越した。
 その視線が意味するところに思い至って、俺は動揺した。
「それなら、いつもみたいに自分で脱いだんじゃないの? それか、ドイツが脱がせたのかな……」
 俺はちゃんと、君のアルコールが抜けるまで待っていてあげた。まだ何もしていない。俺は、君にキスをしただけだ。
 ところがバカみたいに焦っていたのは俺だけで、イギリスはあっさりワイシャツを抑えていた手を離してしまった。
「ドイツ?」
 イギリスは考え込むようにしたあと、「あああ!」と大声を上げる。
「クラウツの野郎にあんな醜態晒すなんて一生の不覚だ……ああもう死にたい死にたい死にたい……」
 やっぱり昨夜のことなどさっきまで忘れていたのだ。
 これだから、酒癖の悪いイギリスは嫌いだ。
「やっぱり君が迷惑かけただけなんだね」
 確認するように言うと、シーツにくるまったイギリスが、顔を出した。
「やっぱりってなんだよ」
「『安心した』って意味だよ……」
 普段こんなクソ恥ずかしい本音をイギリスに言ったりしない。慣れないことに、声が震えた。
 なのにイギリスは、そんな貴重な俺のセリフをさらりと流して、今更のように「そういえば、お前なんでここに……」だなんて暢気なことを。
「君が起きるのを待ってたんだよ」
 俺はイライラして繰り返した。
「何か、用か?」
 悪い、ちょっと頭起きてなくて、なんてカバンをごそごそやって、手帳を取り出したから、俺はその手を後ろから押さえつけた。つまり、既に半裸のイギリスを、抱きこむように。
「……っ、な、に?」
 一瞬イギリスの体は強張ったが、すぐに「やめろよ」なんて笑う。
 ああ、イライラする。
 たとえば、イギリスがあんなに簡単に、ドイツに気を許すなんて知らなかった。たとえば、今日までこんなふうにイギリスに気持ちをさらけ出そうという勇気を出すことができなかった。たとえば、こうしているたった今このときも、拒絶を怖れて胸がバクバク言っている。
 たとえば、イギリスが俺のことを、そういう対象として見てくれない。
 キスをしたことも忘れているの?
 俺はイギリスを抱く腕に力を込めた。イギリスの手から手帳が落ちる。
「アメリカ?」
 セックスなんて、本当はどうでもよかったのかもしれない。
 こんなふうに、君を思い切り抱きしめたかった、だけなのかもしれない。
「好きだよ」
 心の底からそう言ったら、イギリスはびくりと震えて、また笑った。さっきより力無い笑いだった。
「は……はいはい、わかったからもー、離せって」
「イギリス。聞いてよ」
 ちゃんと聞いてよ。耳を塞がないで。
 イギリスの肩口に額を乗せる。イギリスはしばらくそのまま黙って、ふいにものすごい力で、俺の腕から逃れた。
「……そういうこと、するなよ……頼むから……」
 振り向いたイギリスの顔は、本気で怒っていた。ぎゅっと眉根を寄せて、まっすぐに俺を見て。
 すべてを否定された気がした。
 お前は違うんだと、お前は、そんな対象じゃないんだと。
「……嘘だよ。本気にした?」
 思わず口をついた強がりを、誰が責められようか。
 そうでなければ壊れてしまいそうだった。
 辛いのは俺の方なのに、そのくせそんな、辛そうな顔をするイギリスは、ずるい。
「もうお前、帰れ」
「……言われなくても帰るよ」
 俺は逃げるようにベッドから降りた。
 ガチャリと音がしてドアが開く。このまま廊下に出てドアを閉めてしまえば、もう二度とイギリスを抱くことはできない、そんな気がした。
 俺はそのままずるずるとドアに縋って座り込む。再びガチャリ、という重い音がした。
 どうして出て行くことなどできるだろう。
 だって俺はさっきイギリスをこの腕に抱いたのだ。あの感触はあんなにリアルだったのに。
 どうして、このまま諦めなくちゃいけないんだ。このままずっと、永久に片想いのまま。
 ――今夜こそ、甘い夜に。
「……何が『本気にした?』だ」
 衣ずれに紛れそうな呟きに、俺は振り返った。
 背を向けたままのイギリスの、その肩が震えている。
「……本気にしたよ……バカ野郎……」
 ぐす、と鼻を啜りあげる音。泣いているのだ――イギリスが?
 ああ。
 俺はそっと立ち上がって、ベッドに歩み寄った。
 俺が本当に出て行ったと、そう思ってるんだ。
 バカだな。
 そういうひとりごとは、ちゃんと目で見て確認してからするものだ。
「最初に、茶化そうとしたのは、君じゃないか」
 声を出してみたら俺も涙声だった。かっこ悪いったらない。
「な……お前……」
 目を見開いたイギリスに、俺はこれ以上近寄れない。
「本気にしたなら、……ちゃんと、答えてくれよ」
 イギリスは泣きそうな顔をして、ベッドの端に後ずさる。
「なん……もう、お前、意味わかんねぇ……」
「わからない?」
 おかしい。泣きたいくらいにおかしい。
 いつもならもっと押せるのに。イギリスが俺のワガママを聞いてくれなかったことなどない。俺が本気を出せば、いつだって。
「わからねぇよ」
 でも欲しいのは、そんなものじゃなくて。
 そんな、与えるだけの愛情じゃなくて。
 俺を、求めてほしい。
「……なんで」
 小さな小さな声。生まれたときからずっと、好きだったその声。
「なんでここにいるんだよ。俺が想ったから? 俺が寂しいって、お前に傍にいてほしいって、思ったから?」
 ぐす、ともう一度啜り上げて、顔まで引っ張り上げたシーツで涙を隠した。
「……そう、思ったの?」
 こくりと頷いたイギリスに、涙を堪え切れなくて、精一杯眉根を寄せて口元を抑えた。
 イギリスがそんなことを思っていてくれたなんて、俺は知らなかった。夢にも思わなかった。
 思えばイギリスが本当に心を許した「家族」は俺だけだったのかもしれない。
 そんな家族に裏切られて、再びひとりぼっちになったイギリス。かわいそうなイギリス。
「お気楽だな、君は」
 イギリスは顔を上げた。
 涙に濡れた顔。どうしてこんなにも愛しく感じるのだろう。
 俺はおかしい。
「俺は、君を、夜這いに来たんだよ?」
 もう君のかわいい子供はどこにもいないんだよ、イギリス。
 声を絞り出したついでに、やっと止まった涙が一粒こぼれたのを、ごまかすように一歩踏み出した。イギリスは俺を見つめて動かない。
「じゃあ、やっぱり……」
 さらに一歩進めたら、イギリスはようやく口を開いた。逃げずにただ、泣いているイギリス。
 カーテンの隙間から、朝日が差しこんで俺の目を射た。
「やっぱり、俺がそう願ったから、お前はここにいるんだ」



 おかしい。俺はおかしい。
 こんなふうにアメリカを求めてしまうのを、生来の趣味のせいにしたものか、寂しがりのせいにしたものか、複雑な生い立ちのせいにしたものか、どれにしたっておかしいと思う。
 俺はあいつをあんなに小さな頃から知っているのに。
 何の下心もなく一緒に寝た美しい日々があったのに。
 でも、どうしようもなく寂しい夜、人恋しくて気が狂いそうな冬、一番に脳裏に浮かぶのは、アメリカの無骨な指だったり、ずいぶん低くなってしまった声だったりするのだ。
 それはいけないと理性が言ったから、捨て鉢的な気分でまったく関係ない他人に甘えたりして、なんとか今日までやりすごしてきたのに。
 行為の途中、アメリカは何度も何度も、熱に浮かされたように「好きだ」と言った。俺がそれをいつものくせで笑い飛ばそうとすると、決まって拒むように口づけるのだ。それはいつも「反対意見は認めないぞ!」と軽やかに笑う、アメリカらしい仕打ちだと思った。
 こいつは、敗北を知らない、幼い子供なのだ。
 俺がそういうふうに育てた。
 拒絶されるのが怖いと全身から訴えて、俺に縋りついて体中にキスする大きな子供が心の底から愛おしかった。
 こいつをこんなに愛してやれるのは、たぶん世界中で俺だけだ。
「アメリカ」
 キスの合間に何度も名前を呼んで体を寄せた。
 その名前は、俺の世界で一番大切な固有名詞だった。
 あの広い大きな海の果てで、お前に初めて出逢ったときから。
 ああ、理性なんてこの世からなくなってしまえばいいのに。
 もう十分、理性なんて吹き飛んでしまっているだろう、と今この行為を目撃した他人がいたなら言うだろう。けれど、俺に言わせれば、理性はいつも俺の体をがんじがらめに縛っているのだ。
 泣いてはいけないと思いながら、涙を止められなかった。頬を伝って流れた涙を、アメリカは何度も舐め取った。アメリカの目から零れた涙も、俺が同じように舐めてやった。とてもとてもしょっぱくて、また涙が溢れ出た。
 ああ、理性なんてなくなってしまえばいい。
 そうすれば「離さないで」と言えたし、ちらりと目に入った時計を見て「会議まであと二時間」だなんて思わずに済んだし、行為が終わったらアメリカに何と言い訳しようかなんて、考えなかったのに。

 俺もお前が好きだよと、言ってやれたのに。
















 まず何よりも、裏行きじゃなくてごめんなさい……orz
 米英エロって難しいなーといつも思います。書いてていつも「なんか違う!」と投げ出したくなる感じ……。「初めて」ともなると更に重い……。
 たぶん「イギイギはいつからアメリカを子供以上に見るようになったんだろう」、っていう疑問に、自分の中で答えが出てないのが原因なんですよ。しばらく人様の作品を見たりして何パターンか考えてみたんですが、どうも一つに絞りたくない感じ……ってエロに突入しなかった言い訳になってないですね!! 本当にごめんなさい!!

 BGMは「プラネタリウム」エンドレスでした。英→子米ソングだと教えていただいてから、聴くとすごい切ないです。ぎゅーってなります。米独立直後とかの英に歌ってほしいなぁ……。で、その子米に対する気持ちをどんどん米は頑張って塗り替えて!

 いつも当て馬役がフランス兄ちゃんなので、今回はドイチュ氏に……。意外と独英もイケますな……うん。でもドイチュはイギイギを愛してはくれないんだろうな。同情とかそんなん。
 イギイギくらいの変態アル中を心から愛せるのはやっぱり仏兄ちゃんか米だよね。

 本当は、「米英の初めて」はアメリカに「俺とホワイトハウスでエキサイティングなことしないかい!?」っていっぱいいっぱいな真顔で言わせたかった(笑)。でもなんていうか、前後関係を考えるのがムリすぎたので断念しました。いつかそっちver.も書きたいですね……なんて……(ごにょごにょ)。

 ♪様、そんなこんなでエロくない初夜になってしまいましたが、リクエストありがとうございました!!


(2007/11/25)



BACK








Copyright(c)神川ゆた All rights reserved.
http://yutakami.izakamakura.com/