「ちょ、ちょ、ちょ……!」 いきなりバタンと休憩室に駆け込んできたイギリスに、俺は呆れ顔を作ってみせた。 「お前ねぇ、少しは落ち着きというものを……」 身につけなさい、と俺が言う前に、イギリスは一冊の雑誌を俺の鼻先に押しつけた。 「ちょ、ちょっとこれ見てみろよ!」 「なになになんなの? お前コンビニ行ってくるとか言って、こんな女性ファッション誌買いに行ったの?」 俺はパラリとページをめくって表紙を確認する。 「ち、がうんだってこのページだよ!」 そんな俺の指を押さえつけて、イギリスは数枚紙を戻した。 「『街で見かけた抱かれたい男NY編』……」 うわぁ、と声に出してやったら、赤面するかと思ったのに、ちっともそんな素振りは見せずに、「これだって、これ!」としきりに紙面を指で叩いてくる。何をそんなに慌てているんだ。これは「大変だ! NY株が大暴落したぞ!」とでも言うときのテンションだ。 イギリスの指先を見れば、少し長めの前髪をゆるく後ろに掻き上げた、金髪の若い男の写真。 黒のタイトなパンツに、上半身はシンプルな白いシャツ。前のボタンを全開にして、あらわになった肌には首から下げたシルバーのアクセサリーが這っている。同じく黒の上品な毛皮のコートを身につける真っ最中、というポージング。 目をほんの少しだけ伏せて澄ました顔と、片耳にだけつけたシルバーのピアスがやけにクールだ。「街で見かけた」素人にしては、ページの半分ほどを占領していて、編集部お気に入りなのだということがわかる。まあ、確かにセンスはいい。 「……抱かれたいの?」 うーん、まぁ、このレベルなら俺的にもオッケーだけど。 にやにやと訊いたら、テーブルの上のガラスの灰皿を振り上げられる。危ない危ない! 頭割れるってお前それ! 「違うって! なんでわかんないんだよ!」 なんとか灰皿を下ろさせると、そんなことを言ってもう一度雑誌を顔の寸前まで押しつけられる。 「わかるって、何が――」 「これ、アメリカだぞ!」 hiding from your sight 「……アメリカ。アメリカ、ちょっと」 こいこい、と手招きすると、不思議そうな顔で奴は柱の陰までやってきた。 「なんだい」 「これなんだけどな」 言って俺は、問題のページを開いたまま半分に折りたたんでカバンの中に忍ばせていた先ほどの雑誌を取り出した。 「これ、お前?」 「ああ! そういえばそんなのもあったね。よく見つけたねそんなの。……そういう雑誌、普段買うんだ?」 なんでもないことのように目の前の青年はにこりと笑う。俺は少し気が抜けてしまった。写真のコイツと目の前のコイツがあまりに別人だから、てっきり隠してでもいるのかと思ったが、どうやらまったくそうではないらしい。 「どうしたんだよ、こんなの」 「ああ、街で歩いてたら声かけられたんだ。雑誌のモデルやらないかって」 「お前が? あの、いつもみたいな格好してて?」 「うん。面白そうだからついていったんだ。その雑誌も送られてきたけど、ろくに見なかったからなぁ……そうか、今月のだったんだ」 俺は、いつも似たようなジーパンにTシャツ(季節によってポロシャツになったりただのダサいチェックのシャツになったり、それにセーターがついたりするが)姿のアメリカを思い出した。 それも酷いが、目の前のスーツ姿のアメリカだって決してモデル向きには見えない。つくづくこの写真を撮った時のスタイリストの腕を尊敬した。 「お前、耳、穴とか開いてたっけ?」 「ああ、それはね、ピアスに見えるようなただのイアリングなんだ。すごいだろ? スタジオってやつも初めて行ったけど、面白かったなー。っていうかメガネ外されてからは全然見えなかったんだけどね」 そうか、メガネか。 俺は写真の中のアメリカと、普段見ているアメリカの決定的な差異はそこにあることにようやく気がついた。 っていうか、こいつって、磨けば光る原石だったんだなぁ……。 俺は思わずアメリカの顔をまじまじと見つめてしまう。頭の中で眼鏡を消して、へらへらした顔をきりりと修正してみる。 「それよりその雑誌、君が買ったのかい?」 「え、ああ、……まあな」 俺は言葉を濁した。 ――イギリスの奴め。 真相を究明して来いだなんて。 自分で行けよ、と言ったら、「くれぐれも俺が関与していることは内密に」だなんて大層な脅しをかけて下さった。何を交換条件に出されたのかは俺の名誉のために黙っておくが……いいじゃねぇか、お前が訊けば。お前が見つけたんだし。なんなんだよ一体。 またなんかウジウジ考えすぎてるのかねぇ。 「へー、ちょっとびっくりしたよ。そんな雑誌、俺の知り合いはどうせ買わないだろうと思ったから、すっかり忘れてたんだけどね」 一応こいつも、普段しないオシャレというやつに照れくささがあったりもするのだろうか。かわいいじゃねぇか。 俺はニヨニヨといつもは小憎らしい年下の男の顔を眺めた。 「……ああ、お前が嫌なら言いふらしたりしねぇけどよ」 ここいらで大人の余裕ってやつ、見せといてやるか。 「そうかい? よかった。なんかその格好、ゲイみたいだもんね?」 にこり、と含みのある笑顔で笑ったアメリカに、俺は思わず自分の気合いの入ったスーツ姿を見直し、チッと舌打ちした。 これだからアメリカ人は! 男がオシャレに気を遣って何が悪い! 「な、なぁなぁ、アメリカ!」 次の日議場の片隅で、妙にそわそわした声を出しながら、何やら資料を抱えたイギリスがアメリカに駆け寄っていくのを、俺は目にした。 「お、お前さ、そろそろコンタクトにとか……しないのか?」 「えー、嫌だよ面倒くさい。なんだい、いきなり」 「またそんなこと言って! 絶対お前、コンタクトの方が似合うぞ」 ああ、またそんなお節介な物言いして。こちらに背を向けてはいるが、アメリカの渋い顔が目に見えるようだ。 「そんなダサい眼鏡やめちゃえよ。ほら、昔だってお前はかわいかったしさ……」 色々調べてみたんだ、とイギリスは、手にしていたパンフレットを開きだした。どうやらコンタクトレンズについての資料だったらしい。 「使い捨てのやつとか便利みたいじゃないか! これならそこまで面倒じゃないし」 なんて、ぺらぺらとパンフレットをめくっていく。相当読み込んでるぞありゃあ。 他人のコンタクトについて、相談を受けたわけでもないのに勝手にそこまで話を広げていく奴なんてこいつくらいだろうな。……いや、たまにお節介な親戚のおばちゃんとかがお見合い写真をいきなり取り出してくるようなもんだな。 ――お節介な親戚のおばちゃん。 あまりにもその言葉が、アメリカの前ではしゃいでいるイギリスのイメージにかちりと当てはまっていたので、俺は思わず噴き出した。 「な、まずはこれから――」 ついにアメリカは、パンフレットを指さして少し頬を紅潮させているイギリスを置いて、くるりと踵を返した。 ありゃあ相当機嫌を損ねたな。 こちらを向いたアメリカの顔を見て俺は思った。 「おい、聞けよ!」 イギリスを振り返りもせずアメリカはスタスタ歩き去る。 どうやら完全無視を決め込んだらしい。 そのまま議場を出て行った二人を見送って、俺は伸びをした。 まったくあのバカ親子は、いつ見てもこちらがじれったくなるような行動しかしないのだから。 お互い好き合ってるくせに、お互いどこかズレている。 まあ、自分に火の粉がかかってこないうちは、どうでもいいことだけれど。 なんてそんな余裕ぶったことを考えていたら、意外にも火の回りは早かった。 「なんなんだよ、イギリスの奴!」 こいつがこういう飲み方をするなんて珍しいな、と俺は思う。イギリスならばしょっちゅうこんなヤケ酒して悪酔いするのだけれど。 親子は似るものなのか……こんなところばっかり……。 「何が『昔はかわいかった』だ!」 ダン、とアメリカがテーブルを叩くと、テーブルの上の水が少し零れた。 アメリカはぐいぐいとグラスを空け、おかわり、と胡乱な目で言った。 「おい、ハナから飛ばしすぎ――」 俺がアメリカのグラスを引ったくると「なんだよー」だなんて唇を尖らせるが、あいにく俺はイギリスじゃないのでその程度ではやめてやらない。 その時、アメリカの胸ポケットからバイブ音が響いた。 「ああ、マナーモードのままなのか」 さっきまで会議だったから。 「いや、ちょっと、ね……いい加減しつこいなぁ……」 アメリカはつまらなそうに振動し続ける携帯の画面を眺めて、やがてピ、とボタンを押した。 てっきり電話に出るのかと思いきや、そのままおとなしくなった携帯をポケットに戻した。 「まさか、切った?」 「そんなことより今日は飲むんだから、返してくれよフランス……!」 呆れ返る俺の手からグラスを取り戻したアメリカは、ドボドボと酒を注ぎ足していく。 今回の会議はアメリカの家で、しかも半月近くに及んで行われている。 今日も朝から夕方まで会議だった。5時に会議が終わるなり、恐い顔したこいつが「フランス、付き合ってくれ」と俺をこの店に引っ張りこんだのだ。 それからずっと飲み通し。 「俺のテキサスに何の文句があるっていうんだ!」 どうやら不機嫌の原因は、いつも通りイギリスらしい。休憩時間の一件があってから、こいつはずっと不機嫌だった。 「そん、なに、昔、が、懐かしいのかって話だよな!」 呂律の怪しい声が言う。 そうだよな、イギリスの奴、なんでいきなりコンタクトだなんて言い出したんだか……。 俺がワインを傾けながら考えていると、ガタン、とアメリカがグラスを倒した。 ほんの少し残っていた液体がこぼれる。 「おい、お前……」 もうアメリカは相当に酔っている。俺が介抱することは誰にも変えられない運命だったんだな、と俺は観念した。 はぁ。 本日何回目のため息だろうこれ。 ハンカチを汚すのも嫌で、何か拭くものはないかとカバンの中を漁った。 「あ」 カバンの中に押し込まれた冊子状のものを見て、俺はひらめく。 まさかあの坊ちゃん、この写真に触発されてコンタクトだなんて言い出したのかぁ? が、すぐに自分の中でその可能性を打ち消す。 「まさか、な……」 だいたい、この雑誌だって「返せ」とは言ってこないし。イギリスの性格からいって、この写真が本当に気に入ったのなら、絶対に俺に預けたりしない。 俺のカバンの中で、雑誌はずいぶんとぐちゃぐちゃになっていた。今返せと言われても、もうたいした保存価値はないだろう。 今回のコンタクトレンズの件と、この雑誌の件は無関係だ。そう思う。 誰だって、いつものセンスゼロなこいつとこの写真のギャップはおもしろく感じる。それだけのことだ。 この雑誌も、帰りにそこらのゴミ箱にでも捨てていくか、もう用済みだしな。 俺は結局ハンカチでテーブルの上の水滴を軽く拭き取る。 この騒ぎもおおかたいつもの懐古趣味。アメリカが怒るのも当然といえば当然。悪いが今回はフォローしないぜと、俺はどこにいるんだかわからないお坊ちゃんにテレパシーを送った。 「っとに、俺も人がいいよな……」 べろべろに酔ったアメリカを運ぶのに疲れた俺は、とりあえず見つけたベンチにアメリカを寝かせ、念のために財布を預かり、タクシーでも呼ぼうと大通りの方へ足を伸ばした。 その辺を流しててくれりゃあ楽なんだけどな。 さすがにこの時間だし、そんなにはないか……。 さみぃしな、と俺は自分の白い息を見つめた。 空からは白い塊がひらひらと音もなく舞い降りてくる。 雪かぁ……。 携帯を取り出そうとしたその瞬間、人通りまばらな歩道に、見知った影が突っ立っているのが見えた。 おいおい、マジかよ……。 「……っくしゅ」 「風邪か?」 小さくくしゃみをした彼に声をかければ、寒いのだろう、鼻先や頬を赤くした顔がこちらを向く。 頭にも肩にも、白い雪が降り積もっていた。 「何時間突っ立ってんだよ、何待ってんだ? バスならもう……」 「ちげぇよ、アメリカの奴が……」 「アメリカぁ?」 俺は三メートル離れたベンチに残してきたアメリカをちらりと振り返ったが、ここからでは建物に隠れてよく見えなかった。 体の芯から冷え切っているのだろう、かたかたと歯の根を鳴らしながら、イギリスは手袋の上から手先を温めようというのか、はあーっと息を吐く。 「6時に来いって言ったのに……7時間経っても来ないから」 「な……1日の4分の1以上ですけど!」 「だってアイツいつも遅刻してくるし」 もはや遅刻とかいうレベルじゃないだろう。 「電話とか……」 「何度かけても出なかったんだよ、それで俺も心配したんだけど」 「けど?」 「初めは留守電メッセージが応対してくれたんだけどな、五回目あたりから、『この電話は、ただいま電波の届かないところにあるか……』って」 「それって、7時ごろ?」 「……あー、たぶん、そんくらい」 なんてことだ。思い当たることがありすぎた俺は、重い重いため息をついた。ため息は目に見えて真っ白に、ほわほわと辺りにただよっていく。 「電池でも切れたのかなって、心配で……でも、待ってたら来るかもしれないだろ」 今真実を告げるのは酷すぎる。どうして天は俺にばかりこんな役目を負わせるのだろう。 「アメリカとどこ行くつもりだったんだよ」 「だっ、だからその、例の、コ……コンタクト? 見に行こうって」 「……お前なぁ、またお前が一方的に盛り上がってたんだろ。あいつ嫌がってたぞ」 「なんでだよ! 俺にはそれがわかんないね! あんなにかっ……」 イギリスはふいに押し黙る。 「あんなに?」 「なんでもねぇよ。とにかく、今時あんなダサイ眼鏡……」 「あいつがダサかろうが何しようがお前には関係ないだろ。ほっといてやんなさいって」 そのせいであいつは今べろべろなんだぞ。 とは言わない。 どうせイギリスのことだから、「こんなに心配させて、フランスと飲んでるなんてどういうことだ」って怒り狂うに決まってる。 「だって……」 どうもはっきりしない物言いだ。俺はイライラしてきた。 「お前ね、いつまでも懐古主義でいると、アメリカに愛想尽かされるよ」 「……懐古主義? 俺が? いつ」 「昔はかわいかった、とか言っただろ。あいつ相当落ち込んでたぞ」 イギリスは目に見えてうろたえた。 「な、そんなのいつも言ってることっていうか、深い意味はないっていうか……」 「じゃあなんで今更そんなに眼鏡にこだわるのよ。アメリカが怒るのも当然だと思うよ、お兄さんは」 イギリスは何も言わない。目線をせわしなく宙に彷徨わせている。 「とにかく帰りなさいって。アメリカは怒ってた。だから来ない。はい、風邪ひくぞ。俺がタクシー呼んでやろうか?」 肩の雪を振り払ってやると、イギリスは涙目になった。唇を噛みしめ、何か考え込んでるようだ。 「そんなつもりじゃなかったんだ……」 「なら、本人にそう言ってやれ」 タクシー呼ぶぞ、と携帯を出した俺に背を向けて、イギリスが力なく言う。 「いい。俺のホテルすぐそこだから」 「……そ?」 「うー。頭痛い……」 翌日、休憩に突入するなり、アメリカはぐったりと会議机に顔を伏せた。 「そりゃあれだけ飲めばな」 俺が冷ややかにコメントすると、日本が穏やかに問いかける。 「昨日は飲みに行かれたんですか?」 「こいつに付き合わされて、午後6時から夜の1時までだぜえ? ホント貴重な時間を、勘弁してほしいよ……」 「6時じゃあ会議が終わってすぐだったんですね。まだまだ会期はあるというのに、お元気で羨ましいですホント」 苦笑した日本が「おや、イギリスさん」と言ったので、見れば怖い顔をしたイギリスがいつの間にか目の前に立って、俺を見下ろしていた。 「お前、昨日……アメリカと飲みに行ってたのか」 ……しまった。 せっかくアメリカイギリス両名のために隠していたのに、ここがイギリスもいる議場だということを忘れていた。 俺がしどろもどろしていると、アメリカがわざとイギリスの癇に障るような口調で後を継ぐ。 「君には関係ないだろう?」 ああもう、またこいつは余計なことを……。 「……っ、ああそうだよな! 関係ないよ! 悪かったな、お前の返事も聞かずに一方的に約束取り付けた気になってて! 電話だって何回もしてウザかったよな!」 「やっとわかったの? そういうの行動する前に気づいてくれよホント。いい迷惑さ!」 「あー、もうハイハイ、やめやめ!」 俺は疲れ切った体にムチ打って、気色ばんだ二人の間に入った。 二人はフン、と互いに顔を背ける。 「それから一つ言っとくけどね、俺はこの眼鏡が気に入ってるんだ。これは君から独立して、一生懸命勉強した証なんだから、君なんかの思惑には乗らないよ」 釘を刺すように、冷たい口調でアメリカは言った。 イギリスは傷ついたように瞳を揺らし、ぐっと左手で自分の右腕を掴む。 「……わかってるよ……もういい」 ああもう、ホント子供だな、この二人は! 会議はアメリカ、イギリス間のブリザードのような冷気のせいで、散々な空気だった。 誰もが精神的に疲れ果てて、すぐにはホテルに戻る元気もない。休憩室で思い思いに身を休めていた。 当のイギリスはぼーっと手帳らしきものを眺めながら、吹き抜けの手すりに肘をついていた。 何かに心奪われるかのように手帳を見つめては、はあ、なんてため息をついたり、ふるふる首を振ったりしている。 アメリカじゃなくても気になるところだが、やはり最初に耐え切れなくなったのはアメリカだった。カランとコーヒーの空き缶をゴミ箱に投げ入れて、足音も立てず足早にその背に近づいていく。 「何見てるんだい?」 背後が隙だらけだったイギリスから、軽々と問題の手帳を奪取することに成功した。 「な、え、アメリカ……ッ!」 一方のイギリスは問題を把握するのに時間がかかったらしい、本格的な攻撃に移るのがワンテンポ遅れた。 「ちょ、返せよバカァああああ見るなッ!」 繰り出された突きを軽くかわして、アメリカはほんの少し、表情を変えた。奪い取った手帳を見て、である。 その時二発目のパンチがアメリカを直撃した。 「ぐ……」 テキサスが宙を舞う。 「あ、悪いっ、まさかそんなにクリーンヒットするとは思わなくて……!」 さっと手帳を取り返し、懐に隠したイギリスは、本気で顔を覆ってうずくまったアメリカを慌てて心配し出した。 「イギリス、それ……」 「えっ、違うぞ、これはその、ほら、なんていうか……研究? そう、研究! ほら、敵を知って己を知る、みたいなって何言ってるんだかわかんねぇよ俺ぇえええ!」 顔が真っ赤である。よほど見られたくないものだったんだろうなあ、それならこんな人がいるところで広げなきゃいいのに、俺は思う。 「君って、そういう雑誌見るの?」 「え、ち、が……」 雑誌、という言葉と、もはや茹でダコ状態でぱくぱくと口を開いたり閉じたりしかできていないイギリスを見て、俺はようやくイギリスが何を見ていたのかがわかった。 例の雑誌のアメリカの写真だ。あれを切り取って手帳にでも忍ばせておいたのだろう。 なんてことだ、さすがイギリス。俺は正直開いた口が塞がらない。 「それとも、フランスが言ったの?」 じと、と恨みがましい目を向けられる。テキサスのない顔は、いつもの柔そうな青年の顔ではなく、妙にアメリカを大人びて見せた。 俺はあっさりとイギリスを捨て、自分の身を守ることにした。 「違うって! そもそもあの雑誌は、イギリスが最初に見つけてきたんだもん!」 「ちょ、お前言うなって言っただろうが!」 ここへ来て、至極単純な疑問が湧き上がってきた。 「……あれ? っていうかおかしくねぇ? お前に渡されたあの雑誌、俺が捨てちゃったよ? なんでお前、切り抜きとか持ってるの?」 問えばイギリスは、ぎくり、と肩をこわばらせる。 「え、あ、う……そ、それは……」 挙動不審にそわそわし出したイギリスに、優しい声がかけられた。 「保存用、閲覧用、予備、の3冊セットは基本ですよね、イギリスさん」 にこやかに笑ったのは日本だった。 ああ、思わず何冊も買っちゃったんだ……。イギリスならやりかねん。俺は心底脱力した。 「あーあー……、君には隠してたのに……」 がしがし、と頭を掻いて、きまり悪そうに、アメリカが言った。 「え、俺だけかよ!」 「なのに、なんで君が見つけちゃうのさ」 「なんで隠すんだよ! 意味わかんねぇし!」 ヤケになったかのように怒るイギリスに、アメリカは目を伏せ、拗ねたように口を尖らせた。 「だって、なんかカッコ悪いじゃないか……こんなカッコつけたの……」 「そんなことねぇよ! 超かっこい……あ……」 失言だ。 俺が代わりにイギリスの心の言葉を代弁してやりたくなった。 イギリスの顔がこれ以上ないほどに真っ赤に染まる。おいおい、耳まで赤いぞ。 ――ああ、やっぱりこの写真のアメリカに惚れて、コンタクトだなんて言い出したのか……。 まったく俺も、くだらないことにいつもいつも付き合わされるもんだ。正直泣きたくなった。 アメリカも同じことを思ったのか、どことなく機嫌がよくなったように見える。コンタクトにしろと言ったのは、昔のアメリカに未練があってのことではなかったのだ。 「――はい、というわけでこれ、没収ね」 うろたえるイギリスの懐から再び手帳を取り出すと、アメリカはその中から一枚の紙を抜き取った。ぐしゃりと握り潰してゴミ箱へ放る。 「あ……」 間抜けな声を上げてイギリスはその放物線を見送った。ところがそこまで残念そうに見えないのは、やはり1冊ならず家にまだ保存版があるからだろう。 勝手にやっててくれ、俺は思った。 「……それと君、ホテルまで送るよ」 アメリカは床に落ちたテキサスを拾い上げ、定位置に戻しながら言った。 「え?」 「君、なんか微熱あるみたいだからさ」 昨日はごめんね、と、蚊の鳴くような小さな声で言われても。 俺は「ごちそうさま」と声に出さずに呟くしかできない。 まったく本当にくだらない。 俺は涙で潤んだ瞳でアメリカを見つめるイギリスを見ながら、ため息をついた。 結局イギリスは眼鏡があろうがなかろうが、アメリカに夢中なんだから。 アメリカは、ホテルまで送ったついでに残りの雑誌も処分する計画です。 恐れ多くもヘタ小説大先輩(勝手に尊敬!)のりろのん様からリクエストをいただきまして、猛烈にドキドキしています。「こ、こんなおいしいネタを私ごときがいただいちゃっても本当によいのだろうか……むしろあたしが読みてぇよっ!」と恐縮しまくりですホント……もうすごい楽しかったです……はしゃぎすぎた感もあります……ありがとうございました!! なんかもうアイデアの段階から格の違いを思い知ったんだぜ……! 世界って広いな……!(結論) あと私はアメリカのビジュアルとイギリスの乙女度に夢を見すぎだな……! 反省はしません! りろのん様、リクエストどうもありがとうございました!! (2007/10/6)
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