我想和好〜I wanna make up with you〜



「まったく、中国さんったら……」
 日本が憤りながら歩いていると、前方から駆け寄ってくる人物がある。
「聞いてくれよ日本! イギリスの奴が……」
 同じく何かに腹を立てた様子のアメリカに、とりあえず日本はお辞儀をした。
「どうしたんです?」
「イギリスの奴、俺の立てた作戦に文句ばっかり言ってきてさ、あげくに『昔からお前はバカだ』だのなんだのって! あまりにムカついたから、『君が育てたからバカになったんだよ』って言ってやったら、怒って出ていっちゃってさ! 俺なんか間違ったこと言ってるかい?」
「バカであることは認めるんですね……」
 日本の指摘に、アメリカはぐ、とのけぞった。
「そ、それは言葉のアヤっていうか……」
 とにかく、とアメリカは気を取り直して続ける。
「まったく、いつまでも親面して干渉してくるんだから、勘弁してほしいよ。こっちの方が全然力は上だっていうのにさ」
「ああ、その気持ちは少しわかるかもしれません……」
 ため息をついた日本に、アメリカが首を傾げた。
「君も何かあったのかい?」
「中国さんったら、勝手に人の家に上がりこんでたかと思ったら、楽しみにとっておいた人のプリン勝手に食べてぇえええ! もう許しません、って言ったら、家族みたいなもんなんだからケチケチするなって怒るんですよ! もう理論が意味不明ですよね!」
「なんか争いのレベルが低俗だなぁ……」
「あなたに言われるとものすごく傷つくんですが」
「プリンくらいあげればいいじゃないか」
「そうやって甘やかしてると、図に乗って今度は何要求されるかわかったもんじゃないでしょ」
「単に寂しいんじゃないの? 君に構ってもらえなくて」
「それを言うならイギリスさんだってそうでしょう」
「……まったく、ほっといてほしいよなぁ……」
 うんうん、と二人でため息をついた。
「……もう、こんな話はよしましょうか」
「……そうだな……。あ、そうだ日本、そういえば君に話しておきたいことがあったんだ」
 思い出した、と言うように、アメリカは手を叩いた。
「なんです?」
「戦闘意欲を減退させる例の機械なんだけど、君の意見を受けて改良したから、ちょっと見てくれよ!」
 言ってアメリカが取り出したのは、いつぞやの水鉄砲のような代物だった。
 アメリカが銃口を天に向けて引き金を引けば、ビーとレーザー光線のようなものが現れる。
「何ですかまた……」
 日本は疑わしげな目をアメリカに向けた。
 それもそのはず、その装置は前回「人を恋に落とすもの」として日本に紹介され、恋は戦闘意欲減退にはつながらないと一蹴してやったものであるからだ。
「今度は人を恋に落とすんじゃないぞ。ちょっと俺も、心理学を学び直した!」
「ハァ……」
 どうやら装置の根本的な機能を変えてきたらしい。
 あまり期待せずに日本は続きを促す。
「何でも、人には幼い頃の経験が深層心理となって根づいていてね、それが、その人の性格や行動パターンを決めているらしいんだ!」
「学び直したって偉そうに言うから何かと思えば……! そんな図解雑学みたいな浅はかな心理学知識で軍事兵器を開発しようとするのはやめて下さい!」
「今度のは自信あるんだよ! その人の深層心理を呼び起こす作用があるんだ!」
「それが、戦闘意欲と何の関係があるんです?」
 問えば、アメリカは沈黙した。
「……さあ? 相手の深層心理がわかったら便利かと思って」
 どうやら大した考えはなかったらしい。
 日本はチッと舌打ちした。
「だいたい、深層心理を呼び起こすって……具体的にはどうなるんです?」
「さあ。実験はまだなんだ。それで日本、君にも実験に参加してもらいたいと思っ……」
 ああ、読めたぞ、日本は思う。
 日本の深層心理を把握して、今後の米日関係に利用しようとしているのだ。
「断固拒否します」
「NOと言えない日本人じゃなかったのか!」
 アメリカがショックを受けたような顔で食い下がるので、日本は迫ってくるアメリカを押し返した。
「あなたの影響ですよ!」
「ええい、もうこうなったら実力行使だ!」
 言うなりアメリカは銃口をこちらに向ける。
 卑怯な、と思う間もなく光は発射された。
 ビー。
「うわ、ちょ、やめて下さ……!」
 まぶしさに顔を腕で覆うものの、光線が体に当たってしまっていては意味がないのだろう。
「ハハハハ、正義は勝つ!」
 日本はさっと懐に手を入れた。
「それはこっちのセリフです!」
 サッと鏡を向けてやれば、案の定、光線はアメリカめがけてはね返った。
「うわっ」
 慌ててアメリカは引き金から指を離して、そうしてアメリカを襲っていた光線も消える。
 ふぅ、と息を整えながら、お互いに起こりくる事態を待った。
「……何も起こらないじゃないですか」
「あれえ、おかしいなぁ……」
 やれやれ、と日本が一息つこうとしたその瞬間、ぐらり、と地面が揺れたかのような感覚に襲われる。
「……っ!」
 頭が割れそうなほどに痛い。
 助けを求めてアメリカを見やれば、彼もまた頭を抱えてうずくまっているのだった。
 視界が歪む。
 ぐるぐるぐるぐる、様々な色が混ざり合って。
 マーブリングに使う液のようだ、と思った瞬間、日本は意識を手離した。



 そこは、見たこともない妙な形の、カラフルな建物の前だった。
 いや、見たこともないというのは嘘かもしれない。
 形だけは、日本や中国のところで見た寺院などに似ている気がしたが、こんなに色鮮やかできらきらと金色に光るのは初めて見た、というのが正しい。
 屋根瓦の先についたドラゴンのようないかつい彫刻を見上げる。
 あれは「龍」というのだったか。
「日本、日本何してるあるか?」
 遠くから中国の声が聞こえた。ではここは中国なのだろうか。
 首を巡らせると、やたら重くて動きにくそうな格好をした中国がこちらへ歩いてくる。昔出会ったばかりの中国が、こんな格好をしていたなぁ、と俺は懐かしく思い出していた。
 そういえば日本はどこへ行ったんだろう、とぼんやり思っていて、だんだん近づいてくる中国に唖然とした。
 君、いつの間にそんなに大きくなったんだい。
 問おうとして、その前にふと自分の体を見下ろせば、そうではなく、俺の方が縮んだのだとわかった。
 そして身にまとっている服もおかしい。中国の着ているそれに似た、重苦しい布地、ダボダボとしていて、裾も袖も何もかもが長い。
「こ……れ……は……」
 ひょっとして、日本の深層心理?
 やった、実験は成功だ。
 俺は内心飛び上がった。
 まさか被験者の幼い頃の思い出に入りこむ形で深層心理を覗けるなんて。
「何してるある?」
 中国は俺の手前でぴたりと止まって、先ほどの質問を繰り返した。なるほど、俺は今「日本」なのだ。
 きらびやかな東洋風の衣装をまとい、今の俺の何倍も背の高い中国は、とてつもない威厳に溢れていた。
 イギリス相手に「ちょっと考え事してただけだぞ!」と言うのとは訳が違う。俺は、少しだけ身構えた。
「ちょっと……考え事……を、してまし、た……」
「好。梅がキレイあるな」
 笑った中国はそれでも風格を崩さない。彼の視線の先には、ごつい枝に白く小さい花をオマケのようにつけた木が立っていた。
 そんな地味な花のどこがキレイなんだい、と俺は言おうとして、言葉に詰まる。
 やわらかな陽光を受けて、小さな小さな花を愛で、それを俺に見せられて嬉しいとでも言うような中国の眼差しに見覚えがあって、俺は何も言えなくなった。



 水車が回るのどかな村だった。丘陵がなだらかに続いて、のみこまれそうな青空の下に地平線が見えた。各戸の脇に囲われた馬や鶏などの家畜が時折声を上げ、暖かな風が木々を揺らす。
 ふと振り返れば、大きな大きな西洋風の屋敷が建っていた。石と木で造られたそれは、風景にとけこんで、まるで村全体を優しく見守っているようだと思った。
 しばらく見守っていると、その屋敷の木戸が開いて、イギリスさんが出てきたので、私はいつものようにお辞儀をしてみせた。
 イギリスさんは一瞬不思議そうな顔をしたあと、「どうした? 腰でも痛いのか?」と笑ったので、私はおかしいな、と思いながら、イギリスさんを見上げる。見上げて見上げて、自分の体がやけに小さいことに気がついた。
「アメリカ?」
 愛おしそうにかけられた声に、私は「あぁ」と自分の身に降りかかった事態を悟った。
 これは、アメリカさんの深層心理なんだ。
 そうか、これが彼の現在の行動を規定している幼い頃の体験といいたいわけか。
 ふわりと微笑んで私の手を取ったイギリスさんを見て、私は思わず笑ってしまった。
「平気か? やっぱり散歩はやめて、家にいるか?」
 私は一呼吸置いて、普段よりも若干大きな声を出した。
「ううん、行こう!」
 にこやかに私の手を引いて歩きだしたかと思うと、イギリスさんはいきなり私を肩車して、地平線を示す。
「広いなぁ……。アメリカ、この広い大地みんな、お前の街になるんだぞ」
 あぁ、またそんなこと言うからこの子供は調子に乗るんですよ、と私は呆れたが、私の足をしっかりと支える大きな体と、親しみを込めて弾んだ声が、なぜだかひどく胸を打って、私は素直に「うん」と頷いていた。



 中国は「ご飯ある」と俺を食卓に連れて行くと、箸を差し出した。
 自慢じゃないが、俺だって中華を食べるときくらいは箸を使うのだ。
 まかせてくれよと箸をおかずに伸ばした瞬間、ぱしりと手を叩かれた。
「箸は交差させない」
 俺は自分の手元を見やる。箸は見事にXの字を描いていた。
 だがこれ以外にどうやったらモノが掴めるというのだろうか、俺が二本の棒と格闘していると、中国はするりと背後に回って、そっと俺の右手に手を添えた。
「こうあるよ。……そう! 好、日本は物覚えのいい子あるね」
 そうか、今の日本のあの見事な箸さばきは、こうして形成されたものだったのか。
 俺は感動してしまった。
 中国の子育てはすごい。誰かさんとは大違いだ。
 俺は尊敬の気持ちを込めて、大きな中国を振り返った。
「ありがとう! ……ございます……」
 慈しむように細められた目と、頭を撫でる大きなてのひらに、なぜだろう、ひどく既視感を覚えた。



 散歩のあと疲れて眠ってしまったらしい、目覚めるとイギリスさんが「ご飯だぞ」と言った。
 手伝いくらいすべきだった、と私は寝入ってしまったことを恥じたが、イギリスさんは一向に気にしていないようだった。
 食卓について料理を目の前にすると、自分がひどく空腹だったことに気づく。
「いただきます」
 手を合わせていると、イギリスさんは「アメリカ、それ何のおまじないだ?」と親しげに問いかけたので、私は慌てて「いえ、なんでも……なんでもない、んだぞ?」と笑ってみせた。
「お祈りしよう」
 あぁ、そうか。西洋ではそうするのか、と見よう見真似で手を組んだ。
 アーメン、だかなんだか言った後(本当はもっと色々文句があったのだが――韓国さんあたりなら詳しかったのかもしれない)ようやくぱくりと一口食事にありついて、私は思わず絶句した。
 どうしよう、これ以上咀嚼できる気がしない。
 あのワガママなアメリカさんがこんなものをおとなしく食べていたわけがないのだから、素直に残せばいいのだろうけど、さてどうしたものか。
 ふと顔を上げて、本当に愛しそうにこちらを見つめているイギリスさんが目に入ってしまった。
「それ、この前おいしいって言ってたから、また作ってみたんだけど、うまいか?」
 なんてはにかみながら訊いてくる。
 あぁ、これ、ものすごく不味いけど、アメリカさんのために一生懸命作ったんだな……。よく見れば、イギリスさんの手にはいくつも火傷の跡があった。
 バカだ、私は。
 アメリカさんがこんな大切ものを無駄にできたはずないのに。
 ごめんなさい、でも私には無理です。
 私は心の中で深く深く親友に詫びながら、そっとフォークを置いた。
「ごめんイギリス……お、俺、おなか痛いかも……」
 案の定、彼はさっと顔色を変えて、ガチャン、と落としたフォークが鳴った。
「だ、大丈夫か? 今医者を呼んで――」
「だっ大丈夫ですから! あ、その、イギリスの美味しい紅茶飲んだら、治る気がする……ぞ」
 言うとイギリスさんは、泣きそうな顔で笑う。
「バカだなぁお前、そんなんで治るわけないだろ……」
 そう言ったくせに、すぐに美味しい美味しい紅茶を淹れてくれて、しきりに「大丈夫か?」と心配してくれた。
 アメリカさんはいいなぁ……こんなに愛されて。なのに彼ときたら、そんなありがたみもわからずにイギリスさんの愛情にあぐらをかいているのだから、まったくけしからない。
 中国さんは、こんな風にあからさまに心配をしてくれたことなどなかった。だから私には、それがものすごくくすぐったくて、罪悪感を掻き立てる。
 ああ、ごめんなさいごめんなさい。
 内心申し訳なさとありがたさでいっぱいになりながら、私は、こんな思いをしたのは一度や二度ではなかったような、そんな気がしていた。



 食事を終えた俺に、中国は食器洗いを手伝わせた。
 イギリスは、全部やってくれたのに、と俺は思って、慌てて首を振った。
 そうだ、本来ならこういう風に自立を促す教育の方が立派に決まっている。
 まったくイギリスは、甘やかすばっかりで。それで俺が「バカ」だとか「ワガママ」だとか、全部俺に責任を押し付けるのだ。教えてくれなきゃわかるわけがないのに。
「それが終わったら、昨日の続きをするよろし」
「昨日の続き?」
「史記の写しある。昨日は列伝に入ったばっかりで終わったあるな」
 目の前に用意された筆と墨を見て、俺は昔日本にやらされた(まぁ俺がやってみたいと言ったんだけど)「書道」とやらを思い出した。
 自慢ではないが、俺は三十分以上正座をしたことがない。
 俺が青ざめていると、さっと中国はあぐらをかいて座る。
「どうしたある? 早く座るよろし」
 中国が正座してないんだから、たぶんいいんだよね?
 俺が恐る恐る中国のように座っても、中国は何も言わなかった。ああ、どうやらこれでいいらしい。
 で、俺は自慢じゃないが、その時以来漢字を書いたことがない。あんな画数の多いもの、はっきり言ってものすごく非合理的じゃないか。
 だいたい目の前に並んだみみずのような文字は、その時書かされた漢字とは似ても似つかない。正直、どこまでが一字なのかすらわからない。こんなものを写せと言われても、正直何が何やらさっぱりである。
 俺が途方に暮れていると、中国はそっと、筆を持って固まった俺の手に自分の手を重ねた。
「彼の西山に登り、その蕨を採る。暴を以て暴に易うも、その非を知らず――」
 優雅な仕草で、白い毛筆にたっぷり墨を含ませたかと思うと、そのまま俺の右手を道連れに、紙の上にさらさらと文字を書いていく。
「これは伯夷・叔斉兄弟の辞世の歌ある」
 誰だその兄弟、中国の知り合いか? 辞世の歌っていうのもよくわからないし。そんなもの考えてる暇があったらなんとか生きる方法を考えろ。
 俺がむすっとした顔をしていることに気づいたらしい、諭すように中国は続ける。
「これは一臣下の身でありながら、君主である殷の紂王を討った武王を諫め、周を認めず殷への忠誠を守って餓死していった兄弟の話ある。昨日も教えたはずあるよ」
「餓死? 食べるものがなかったの? ……ですか?」
「……いいあるか、日本。伯夷・叔斉兄弟は、周という国を正当なものとは認めなかったある。君主を殺して、臣下が国を乗っ取るなどと天の道理に悖ると。そんな周が治める大地の収穫物を食べることは、潔いことではなく……」
 ああもう、意味がわからない。
 これならイギリスが話してくれたアーサー王の話とかの方がよっぽどおもしろかった、と俺は正直、帰りたくなった。
 いつまで日本の思い出に付き合っていたらよいのだろう。



 一応お腹が痛いということになっているので、おとなしくベッドに寝転がっている。
 遠くから、イギリスさんが後片付けをする音が聞こえてきていた。
 ああ、食べ物を無駄にしてごめんなさい。
 やがてガチャリとドアが開く。
「アメリカ、まだ痛むか? やっぱり医者を……」
「も、もう平気だよ! 心配かけてごめんね!」
 私は慌てて跳ね起きて、元気であることを示すために軽く飛び跳ねてみせた。
「そうか! よかった……」
 その顔が心底ほっとしたように見えたので、私は微笑ましく思った。
「何かお手伝いすることはありま……あるかい?」
 今まで私には何も声をかけずにきびきびと家事をこなしていったイギリスさんに申し訳なく思って、私は訊いたが、イギリスさんは軽く笑うだけだ。
「なんだ、珍しいな。俺がいるときくらい、お前は遊んでていいんだよ」
「でも……」
「それにもうだいたい仕事もないし。あ、そうだ。昨日の話の続きをしてやろうか」
「昨日の話?」
「アーサー王の話、お前あれ好きだろう?」
「ああ……」
 なんとなく聞いたことはあったが、詳しい中身までは知らない。この機会に教えていただくのも悪くないなと、私は素直に頷いた。
 イギリスさんは紅茶を淹れてくれてから、すとんと私の隣に腰を下ろした。
「……で、ランスロットは見事グィネヴィアを助け出したんだ!」
 数十分後、にこにこと語るイギリスさんを前に、私は混乱する頭を悩ませていた。正直、カタカナの長い名前は把握するのに時間がかかる。
「ええと、グ……グィネヴィアさんっていうのは、アーサー王のお妃さまじゃなかったのかい?」
「そうだよ」
「で、ランスロットさんっていうのが……」
「アーサー王の臣下さ」
「どうしてランスロットさんが助けちゃうんだい? アーサー王が助けた方が……」
「そこが禁じられた二人の愛の切なさなんだよ、ロマンチックじゃないか?」
 た、確かにロマンチックだとは思うけれど、そんなことをこんな子供に堂々と教えてもよいものなのだろうか……。主君の妻に横恋慕など、思いっきり不倫だ。
「だいたい、どうしてグィネヴィアさんは助けてくれたランスロットさんを素直に受け入れないんだ?」
「それは、ランスロットが途中で馬を殺されてしまって、仕方なく荷車に乗ってやってきたからだな」
「……よくわからない、ぞ」
「ええと、それが騎士道っていうもので……、当時荷車には罪人くらいしか乗らないものだったんだな、でも、ランスロットはグィネヴィアを助けるために、仕方なく荷車に乗ったんだ。でもそれを見られてしまって、国中で噂になるんだな、それは騎士にとって耐えがたい汚辱なんだよ」
「ふーん……そういうものかい?」
 武士ならば、たとえどんな姿に身をやつしても、主君や大義のために苦労することは立派な振る舞いのような気がするのだが。
 恋人ならば、そんな姿に感動すらするだろうに。
「だから、それはグィネヴィアの方にも誤解があったっていうか……って、お前今日やたら突っ込んでくるなぁ」
 その後、湖の騎士ランスロットに惚れたエレイン姫とやらが魔法の薬を使ってグィネヴィア妃になりすまし、ランスロットの子を身ごもる話など、物語がファンタジーなんだか昼ドラなんだかよくわからなくなってきた辺りで、私は理解を放棄した。
 こんな話ばかり毎日毎日寝物語に聞かされていたら、そりゃあああいうファンタジックな自信の持ち主が形成されるだろう、と私は正直思った。
 中国さんだっておもしろい話をしてくれないわけではなかったけれど、私が堅苦しい政治の話を知ることばかりに憧れていたせいか、そういう話の方が多かった。
 だってあの頃の中国さんは、本当にかっこよくて知的で、絶対に叶わない、それこそ雲の上の天帝のような人に見えたのだ。



「おやすみ、日本」
 大きな手が頭を撫でる。
 ふわりと俺を包み込んでくれるぬくもりはとてもあったかかったけれど、俺はおやすみのキスがないことに、どうしようもない寂しさを感じた。
 中国の腕の中で考える。
 ああ、イギリスの腕の中もこんなふうに温かかった。
 さっき、イギリスは俺に何も教えてくれなかったと思ったけれど、決してそんなことはなかった。
 せがめばアルファベットもテーブルマナーも議会制度も教えてくれたし、俺が危ないことをした時には、俺を容赦なく殴って、そうして後で自分が泣くのだ。
 どうして忘れていたんだろう。
 庭の薔薇が咲いたら真っ先に見せてくれた。
 壮大な話が好きな俺のために、そのくせ忘れっぽい俺のために、クソ長い話を繰り返し繰り返し、何度だってしてくれた、あの慈しみに満ちた彼の愛を。



「おやすみ、アメリカ」
 額に軽くキスを落として、イギリスさんは笑った。
 それが少し照れくさくて、私は身じろぐ。
 おそらく無意識にだろう、軽いリズムで背を叩いてくれるのが、なんだかひどく安心感を誘って、同時に懐かしい。
 ああ、中国さんだって、本当は私をいっぱいいっぱい甘やかしていたのだ。
 子供だと侮らずに、難しい貴重な文献もみんなみんな見せてくれたし、面倒くさがらずに、私がわかるまで丁寧に説明してくれた。どんなに下手くそでも、「日本は物覚えがいい」と、心の底から褒めてくれた。
 具合が悪いと言えば、普段の手伝いはすべて免除されて、あれもこれもなんでもしてくれた。意思表示が苦手な私の意を、何も言わないのに汲み取って、押し付けがましくもなく、そっと望むことをしておいてくれるのだ。たとえば熱にうなされ目覚めれば、枕もとに一杯の水が、というように。
 どうして忘れていたんだろう。
 私はあなたをとてもとても尊敬していた。ちょっぴり怖くて、それでいて傍にいるととてつもない安心感をくれる、優しくて大きなあなたのことを。



 気がつくと、日本が目の前にうずくまっていた。
 アメリカはガンガン痛む頭を押さえて、ふらつきながら立ち上がる。
「……こ、れは……もう二度とやりたくないな……」
 痛み止めがほしい、今すぐに。
「だ、から……あなたの考えるものはロクなモノじゃないんですよ……」
 日本が恨みがましい目を向けてきた。
「でもまあ、実験は成功ってとこかな。君の深層心理、ばっちり覗かせてもらったぞ!」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
「え、君も見たのかい? 俺の深層心理?」
「と、いうより、幼児期の体験ってとこですかね……。ちょっぴり尊敬しました、あなたのこと」
「やっぱり! 俺は子供の頃から才能に溢れていたからな!」
「違いますよ。……毎日頑張って食べてたんですね、ご飯」
「……それか。ああ、それは忘れてたな……」
 嫌そうな顔をしたアメリカに、日本は思わず噴き出してしまった。
「君のことも尊敬したよ。あんな怖い人と小さい頃から一緒にいたなんて」
「……ええそうですね、昔はとても怖い人でした」
 そしてとても、大きかった、と遠い目をして言った日本に、アメリカは苦笑した。
「――俺、このあと用事ができちゃったんだけど、君もそうだろう?」
「……あなたにしては、気の利いた言い回しですね」
 顔を見合せて爆笑した。
「その機械はお蔵入りにしといてください」
「そうするよ」
 軽く手を振って二人は別れた。
 最愛の育ての親に、何と言って謝ろうか、それだけが頭を占めていた。
















 米英以外の国が出てくるとタイトルを考えるのが楽しいです。まさしく下手の横好きというやつで。「ニー」は文字化けしたらいやなのでwith you部分を省略。こういう時パソコンってイライラしますね。日本なんだから日本語でしゃべればいいんだけど、なんかそれじゃつまらないので(私が)。
 日本においては奈良時代前半くらい、アメリカにおいてはフレンチ・インディアン戦争くらいを目安に……。

 これ、アメリカが見たのが中国で、日本が見たのがイギリスだったからこそ、二人は素直に謝る気になれたんだと思います。
 アメリカがイギリスを見て、日本が中国を見ていたのだったら、もう少し素直に感謝するのに時間がかかる、と思うのです。

 なんかアメリカは小難しい話がキライ、みたいな扱いになっていますが、そんなことはなくて、精神的な云々の話にあまり意味を見出さないだけではないかな、と思います。小さな頃のアメリカも、今のアメリカも、たぶん向学心に溢れた子だったような感じがしますし。ただ実利に直結する話の方が好きそうではありますが……。
 日本だって不倫だのドロドロの愛憎劇だの、そういう話も結構好きなはず。でもすごくアメリカを大事に甘やかして育ててきたイメージのあるイギリスからそんな話を聞かされてびっくりしているだけです。

 って全部イメージなので軽く受け流してください……。
 自分、米英を「親子愛」だけに留めておけるだろうか……と心配していましたが、い、意外となんとかなったような気が自分ではしています。いかがでしょうか……。
 愛理様、リクエストありがとうございました!


(2007/10/5)



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