「バカにしないでよ!」
 俺の頬を張り飛ばして、彼女は去っていった。
 往来で人に恥かかせやがって、少し面倒くさがって電話に出なかったくらい何だ。
 それくらいの感慨しか湧かなかった。
「あーあー、いいことないなぁ……」
 女の子と遊ぶのは楽しかった。彼女たちはかわいいし、「自分はモテる男だ」とか「いい男だ」と俺のプライドを満足させた。
 けれど「どうして何もしないの」と言われた瞬間に、もう何もかもが面倒くさくなるのだ。
 冗談じゃない、こっちは君たちのことを、そんな対象として見てなんかいない。そんなことのために近づいたんじゃないんだ。ただ安らぎがほしくて、ただ楽しければよかった。
 心にぽっかり空いた穴が、若者らしく女の子と大笑いして大騒ぎすれば、少しは埋まる気がしていたのだ。



まちがってなどいない



 いくら女の子と遊んでも、寂しさは全然紛れないということを知った。
 自宅に帰った俺は、パソコンの前でマウスをいじくっていた。
 映し出されているのは、日本から借りたエロゲーだ。
 けれど、画面がいくら肌色になっても、こんなんじゃちっとも満たされない。
 文字も大して読まずにマウスをただただ連打していく。
 体の中に、吐き出したい熱があって、内側から俺を駆り立てるのに、俺はどこにもその熱を放出できないままもてあそんでいる。
 パソコン脇のスピーカーからは、かわいらしい女の子の声がしていたけれど、俺の中の凶暴な気持ちが求めているのは、そんなありきたりな嬌声ではなかった。
 だんだんと、単調な作業に眠気すら催してきて、俺はハーッ、と深いため息をついた。
 眉間を指で軽くもむ。
 それと同時に、もう外はすっかり暗いのに、カーテンも閉めず電気も点けていなかったことに気がついた。パソコンの画面から放出される肌色の光だけが煌々と明るい。
 何やってるんだかなぁ……。
 そもそも何でこうなったのだろう。考える。
 そうだ、俺はもともと、そろそろ溜まってきていたものの自己処理をしようと思ったのだ。まぁ、手っ取り早く言えば自慰だ。
 昔は興味本位で彼女を作ったりもしたけれど、最近俺は、どうしても女の子を抱く気分にはなれないでいた。それが冒頭でビンタを食らった理由でもあるのだが。かといって、この歳で夢精でもしようものなら、屈辱で死ねる。
 それならば、やはり男の義務として、定期的に自分で出してやらねばなるまい。
 そう思って、アダルトビデオを調達しに出かけたのだが、パッケージを目の当たりにしてもなんとなくその気になれなくて、結局手ぶらで店を出てきてしまい、それなら、と寄った本屋でもちっとも食指を動かされなかった。
 下半身にもやもやするものを抱えながら俺は帰宅して、ベッドに寝転んで、ダメもとでいじってもみたけれど、大して気分も盛り上がらない。すぐに飽きて起き上がると、日本に貸してもらったゲームが目に入った、というわけだ。
 しかしやはりこれも違った、俺は思う。
 カーテンを閉めて電気を点けると、世界が変わったかのように部屋が明るくなって、俺は目をしばたいた。
 明るくなって部屋の様相が健全さを取り戻したところで、うずく体はどうしようもない。かといってやはり、二次元では役に立たないことは先ほど判明したばかりなので、おとなしくパソコンの電源を落とそうとしたところで、玄関のチャイムが鳴った。
 俺は、やましい行為の途中で人に会うのが後ろめたいながらも、しぶしぶ玄関に向かった。
「……どうしたの」
 冷やかに問えば、イギリスは若干うろたえた。
「い、や、その、通りがかったっていうか……」
「ふーん」
 嘘か真かは知らない。ただ、この人が俺に会いに来るのに、特に理由などないということを俺は知っていた。俺に会いたいから来るのだ、それだけ。
「忙しかったか? だったらまた……」
 出直すけど、と君。
 そうしてくれと言ったら、傷ついた顔をするくせに、よくもぬけぬけと言えたものだ。
「いいよ別に。入りなよ」
 いったん許可してしまえば、あとは「勝手知ったる」というやつだ、応接間以外の場所にも彼はひょいひょい入り込んで、何かと世話を焼いていく。
 俺はその後を気だるい足取りでついて回った。
「今日は珍しいのな。お前いつもデートデート言って留守にしてるだろ」
「ああ、そうだね」
 先ほどまで俺がいた部屋に首をつっこんだ君は、そのままの姿勢でえらく動揺した声を上げた。
「うわ、お前、コレ、な……」
 何だろうと視線を追えば、肌色ばかりのままクリックを待っているパソコンの画面。
「ああ……、日本から借りたんだ」
 なんでもない口調で返せば、それが彼に遠慮や恥じらい以上に興味を呼び起こさせたらしい、イギリスはパソコンの側まで歩み寄って、しげしげ画面を眺めた。
「へぇー……。あいつホント、二次元、二次元だな……」
「最初からやってみる?」
 あまりにイギリスが画面に食いついて離れようとしないので、俺は提案した。
「いいのか?」
 そんなに目を輝かせないでくれよ。君も大概……好きだよね。
 俺はため息をついた。
「へー、ゲームっつっても……選択肢が出たら選ぶだけなんだな」
「操作そのものを楽しむって感じではないよね。媒体はあくまで媒体というか」
「声まで出るのか……」
「何興奮してるのさ」
「しっ、してねぇよバカ!」
「言っておくけど、選び方がヘタだと、肝心のエロシーンまでたどり着かないぞ」
「え」
 くっくっ、と俺はパソコンの前の椅子に腰を下ろしたイギリスを見下ろしながら笑った。笑っていたら、お前も座れよ、と怒られたので、仕方なく別の部屋から椅子を持ってきて、イギリスの後ろに座る。
 しばらくイギリスがプレイするのを眺めているだけだった俺も、彼が間違った選択肢を選ぶたび、くすくす忍び笑いをしては振り返られ、「なんでもないよ」と顔を作ってみせることを繰り返していたら、「もうお前ここに来い!」と椅子をイギリスの隣に移動させられてしまった。
「イギリス、この子好きなの?」
 無邪気でワガママなお嬢様タイプ。少しウェーブのかかった金髪が、肩のあたりで揺れている。すごく美人でナイスバディなのだが、それを自分でもわかっているらしい性格が嫌らしい。
「あー……うん」
「へー。俺は興味ないなぁ……」
「何だよ、落とし方教えろよ!」
「そんなこと言ったって……興味ないし忘れちゃったよ。……あ! 日本から攻略本も借りた気がする」
 立ち上がろうとする俺の腕をイギリスが掴んだその時、俺はずくん、と俺の中心がうずくのを感じて、慌ててその手を振り払った。
「何?」
 声が上擦ってしまったが、どうやらイギリスは気づいていないらしい、よかった。
「お前、そんなズルして落としてもおもしろくねーだろ」
「それが人に落とし方聞こうとした奴のセリフかい?」
「うっせー! くそ、絶対落としてやる」
 おかしいくらい真剣な顔で画面に向き直ったイギリスの横顔を見ながら、俺は少しだけ椅子をずらして、イギリスから距離を取った。
 体が熱い。どうかすると他のことに頭が回らないくらい、イギリスの軽く開いた唇や、むき出しのうなじを凝視してしまっている。
 ごくり、と溜まった唾を飲み込んで、俺は自分の求めていたものが何だったのか、まざまざと思い知らされた。
「おっ、やった! 俺スゴくないか?」
 バシバシッと肩を叩かれて、ようやく我に返った頃には、画面の中で先ほどのキャラクターが下着姿になっていた。
「やっぱり俺の恋愛スキルは相当だなー」
「……このキャラの嗜好がおかしいんじゃないの?」
「しっつれいな奴だな!」
 カチカチ、と君がマウスを鳴らすたびに、彼女の肌はあらわになって、ひっきりなしにあえぎ声。
「……だらしない顔」
 画面に釘づけなイギリスの横顔にぽつりと感想をこぼすと、「う、うるさいな……」だなんて慌てて取り繕おうとする。
 ……嘘。
 だらしないというか、……とても色っぽくて、どこを見ていいのかわからなくなったんだ。
 俺が隣にいることも忘れてしまったかのように、パソコンの中の薄っぺらい女に君は夢中。
 なんだか胸が苦しい。
 ふと目を伏せて、イギリスの股間がどことなく膨らんでいるのが目に入って、俺は目の前が真っ暗になった気がした。
 思わず身を引けば、ガタン、と椅子が鳴る。
「俺、少し出てるよ。あ、抜くなり何なり勝手にしていいからね。ティッシュはそこだから」
「えっ……おい!」
 振り返ったイギリスを無視して、俺は部屋を後にした。走って走って、廊下の先のトイレに駆け込んだ。
 密室に閉じこもった瞬間、涙があとからあとからこぼれてきて、顔がぐちゃぐちゃになった。
 それなのに、俺の中心は熱くて熱くて、俺は気づけば狂ったようにベルトを外しファスナーを下ろし、自身を激しくしごいていた。
「……っく、う……」
 涙が止まらない。
 頭の中は、決してこちらを見ないイギリスの色っぽい顔や膨らんだ股間、握られた腕のぬくもりでいっぱいだった。
「ふっ……うっ……、っく……! イギリス……!」
 俺は泣いた。
 泣いて泣いて、そうして果てていた。
 気づけばトイレの壁に、少し白い飛沫がかかってしまっている。
 けれど一度きりでは、この熱は収まりそうになくて、俺は途方に暮れた。
 ああ、イギリスじゃないとダメなんだ。
 イギリスだけなんだ。
 あの人は俺なんかじゃなくてもいいのに。
 ああ、あのまま「二人で抜き合いっこでもしようか」と声をかける選択肢もあったのかもしれない。
 こんな風に、この気持ちから逃げたりせずに。
 そうしてまんまと、イギリスの大切なところに触れることに成功したなら、とろけさせて、ぐちゃぐちゃにキスして、そのまま押し倒してしまえた。
 でも。
 ――そんなズルして落としてもおもしろくねーだろ。
 でもきっと、これでよかったんだ。

 俺は、まちがってなど、いない。
















 エロ大使イギイギ。でもあの子は二次元じゃ抜くところまではいかないと思う(爆笑)。
 イギイギが「超鈍感」っていうカンジがあまり出なかったんだぜ……メリカがただの変態なんだぜ……エロゲーネタはどこかでやっていそうな気がするんだぜ……
 本当に申し訳ありません!!
 万一気分が悪くなった方いらっしゃいましても当方一切関知いたしませんのでご了承くださいませ……、なんて……orz 


 イギイギでしかたたないメリカも大変そうですね。無事にくっつくまで、自慰は全部想像でやらなきゃいけないんですよ。うわ、笑えてきた……。
 イギイギは割と何でもオカズにできる子だと思います。カラダを許すのはアメリカだけだといいなー、とは思うけれど。

 Z様、リクエストありがとうございました!


(2007/10/5)



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