「リトアニアは俺の嫁なんだぞ!」 とかなんとか、余所でアメリカがのたまったらしいから、説教してやった。 「お前な、冗談でそういうことを気安く言うもんじゃない。お前に結婚の重大さがわかるかッ! だいたいな、お前に嫁なんて一万年早いんだよこのメタボッ! 結婚生活っていうのは楽しいだけじゃないし、一筋縄じゃいかないんだ、夫として家庭を持つにはな、広い心を持ち、何が起こるかわからない社会を立派に生き抜いてゆく深い知性と……」 とまぁ、俺も興奮していたので細かいところは覚えちゃいないが、こんなような主旨のことを、くどくどくどくど言ってやったわけだ。結論、お前が結婚なんてとんでもない、もっとマジメに働いて出直してこい! と。 そうしたらアメリカは、やけに不機嫌な顔になって、こめかみを震わせて、挑発的に言い返してきた。 「ハァ? 冗談じゃないよ、俺が家庭を持つにふさわしくない度量の狭い小さな男だって? どうして君にそんなこと言われなきゃいけないんだい、君に俺の何がわかるっていうんだ?」 「わかるに決まってるだろ! いつもいつもバカばっかりやって、あれのどこが『家庭を持つにふさわしい』って? 笑わせんなよ!」 アメリカは相当頭にきたらしい、声を震わせながら、かなり子供っぽく怒気をあらわにした。 いつも思うのだが、こいつは俺に「子ども扱い」されることにヤケに敏感だ。独立からむこう、このネタで何回ケンカしたことか。 「そこまで言うなら、じゃあ君やってみるかい? 俺が家庭を持つにふさわしい大人の男だって証明してあげるよ!」 「ああ、やってもらおうじゃねぇか!」 売り言葉に買い言葉で、深く考えずに言ってしまった。 それがこの悲劇の始まり。 結婚しようよ 「ただいまー」 俺が仕事から帰って玄関のドアを開けると、扉の向こうに不機嫌な顔をしたアメリカがいた。 なんだかよくわからないが、こういう時のアメリカは関わらないに限る。無視して通り過ぎようとしたら、道を阻まれた。 「なんだよ、どけよッ!」 「君ねぇ、今何時だと思ってるんだい!」 「何時って、11時だろうがボケ、時計見ろ!」 「そうじゃなくて!」 「じゃあなんだ!」 「君ねぇ、君は今俺の『嫁』なんだよ癪だけど! その嫁がこんな時間までフラフラフラフラ出歩いて、仕事から帰ってきた旦那さまのお出迎えをしないとはどういうことだい? これじゃ逆じゃないか!」 俺は愕然とした。 俺だって働いて疲れて帰ってきてるのに(しかも自然イギリス本国での仕事が多い俺は、ニューヨークのここまで帰ってくるのに普段よりも余計に時間がかかる、それだけでもうずっと寝不足だ)、俺より早く仕事を上がって帰ってきたような、こいつにそんなことを言われる筋合いはない。1インチだってない。 イラッとして怒鳴ろうとした瞬間、開いたままだったドアから、「こんばんはー」と挨拶される。見れば上階の奥さんで、俺たちは慌てて笑顔を取り繕った……と思っていたのは俺だけで、顔を戻して見れば、アメリカはこんなとき愛想笑いができるようなキャラではなかったらしい、残念なことに。育てた俺が言うのもなんだけれど。 俺とアメリカが「新婚さんごっこ」を始めたマンションは、ニューヨークの真ん中でもなくはずれでもなく、というそこそこのマンションだ。アメリカも州によっては同性婚もできる国だし、ルームシェアもさかんだから、いい歳した男が二人で越してきても、隣人は特に抵抗なく受け入れてくれたようだ。 俺はとりあえずドアを閉めようとして、アメリカにぐいっと両肩を掴まれる。 「わ、おい……!」 抗議する間もなく、ぐるりと二人の位置が入れ替わった。 「よし、やり直し!」 言うや否やアメリカは俺の寸前でバタンとドアを閉める。 は……? やり直しって……。 俺が戸惑っていると、ブーッと玄関ブザーが鳴る。無論、アメリカが押したに決まっている。 な、なんなんだいったい……開けるのか? 開けろってことなのか? 俺は五秒くらい考えて(いやだってアメリカの思惑にそのまま乗るのは癪だし、かと言って他に策も思いつかないし)、結局恐る恐るドアを開けた。 「ただいま」 にこやかに言われて、もう一度ドアを閉めたくなった。 ところがどこで覚えてくるのか、ガッと足をはさんできてそれも阻まれる。 「『おかえり、ダーリン! 寂しかった!』は?」 「なんでそんなことを俺が言わなきゃいけないんだよ……!」 帰ってきたのは俺であって、言ってほしいのはこっちだ! ドアを閉めようとする俺と、開けようとするアメリカ。結局馬鹿力なあっちが勝って、俺はしばらくぜえはあと息を切らした。 「……もういいんだぞ。次行こう、次。『ご飯にする? お風呂にする? それともあ……」 』が来る前に顔面を殴り飛ばそうと右手を出したらガードされたから、無防備だった腹に左手をお見舞いする。 「ぐあっ……」 リアクションはオーバーだが、あまり効いた感触はない。このメタボめ。 「まったく、ちゃんと新婚生活してくれないと、俺が所帯を持つに足る男かどうか、君に知らしめられないじゃないか。マジメにやってくれよ」 実はもうご飯作ってあるんだ、と俺の先を歩きながら、アメリカが呆れたように言う。 呆れたいのはこちらだ。 どこまでがマジメでどこまでがふざけているのか、不覚にもこいつがあんなに小さな頃から一緒にいた俺にもまったくわからない。 「お前、メシなんか作れたのかよ」 「君が作るよりは数倍マシさ」 「あーはいはい、言ってろよ。だいたい、今の夫婦は『おかえりなさい! 寂しかった!』なんて言わねぇんだよ、男女同権の時代だからな! 共働きだ共働き! 貴重なことを学べてよかったな!」 「君はホントに世界のエロ大使かい?」 「失礼だな違ぇよ!」 「男のロマンってやつを君は……」 ぎゃいぎゃい騒ぎながらテーブルについた俺を、アメリカは言葉を止め、嫌な顔で見つめた。 「……なんだよ?」 ネクタイを緩めながら問う。 「何で俺が給仕するみたいな流れになってるんだい、ホント興醒めだな! 君こそ亭主関白タイプなんじゃないのか?」 「ハァ? つか、作った奴が盛りつけからテーブルセッティングまで担当するもんだろフツー!」 「仕事で疲れていながらも、そこはパートナーの家事を手伝うのが夫婦として当たり前だろう! 君は奥さんのことをフランス五つ星料理店のシェフだとでも思ってるのかい? ……ああ、そうか、フランスにそうしてもらってた時代が長いもんな君は!」 「な……っ、今フランスは関係ねぇだろ!」 「いいや関係あるね! 君がかわいくない理由がやっとわかったぞ、フランスに甘やかされてきたからだ!」 か、かわいくないだと……! ショックで口をぱくぱくさせるしかできない。ああもう、ここでフランスとの嫌な過去とか持ち出してくるし、本当最悪だコイツ。確かに俺もちょっと仕事で遅くなってイライラしていたとはいえ、ふてぶてしかった、悪かった。だからってこの言い草はないだろう。 「わかったよ、手伝えばいいんだろ手伝えば!」 投げやりに言い放ってガタンと席を立つ。 途端くらりとめまいがして、思わずアメリカの胸に倒れこんでしまった。 「……イギリス?」 アメリカは相当驚いたらしい。 「え、ちょ、君大丈夫かい? 気分悪いの?」 なんて、額に手を当てたり背中をさすったりしてきて、相当きまりがわるい。 「平気だ……ちょっと立ちくらみ」 「疲れてるんじゃないのか? ちゃんと食べてる?」 だから疲れてるとはさっきから言ってるじゃねぇか、なんだコイツは。 あぁ、顔には出したが口には出してなかったかもしれない。 「いいよ座っててよ、俺のご飯食べれば、すぐに元気になるんだぞ!」 俺を椅子に押し戻して、急にきりきりと働き出したアメリカを呆然と見つめて、俺は思わず、不覚にも、その……感動してしまった。 まぁ、出された飯は盛り付けもぐちゃぐちゃだし、味だって別に普通だったけれど、アメリカが自分の分も用意しているのを見て、一人で先に食べてしまわず俺が帰ってくるのを待っていてくれたのだとわかり、とても嬉しかった。 ご飯のあと、「俺はもう済ませたから」というアメリカに言われてシャワーを浴びる。 窮屈なネクタイやベルトを外し、スタイリング剤を落としてしまうと、ものすごく解放的な気分になる。一日のうち、こんなに幸せな時間ってそうないと思う。 思わず鼻歌なんか歌ってしまったりして、リビングではアメリカがテレビを見ていることを思い出した。シャワールームで歌うたうようなダサい奴だと思われたくないからな。危ねぇ危ねぇ。 「イギリスー」 と、思ったら急にドアが開いて、俺は思わず前を隠した。 「なんだよ急に開けんなバカ!」 「タオル、俺が使っちゃったから、新しいのここにかけておくぞ」 「わかったから早く閉めろ!」 アメリカはドアの内側についた取っ手にバスタオルをかけると、素直にパタンとドアを閉めた。 なんだったんだ……。脱力した俺にシャワーが降り注ぐ。 タオル持ってきてくれるとか……気がきくじゃねぇか気持ち悪い。 今の行動って……ちょっと……ちょっとだけ、新妻っぽかったよな? うわ……! 俺は図らずも興奮してしまって、その場にしゃがみこんだ。先ほど「エロ大使」という死ぬほど不名誉なあだ名で呼ばれたことを思い出し、自分の思考回路にものすごく嫌気がさした。 「ふー」 疲れ果ててシャワールームから出てくると、いつの間に着替えたのか、おそろいのパジャマを着たアメリカが(これも「新婚」の気分が出ないじゃないか! と形から入るタイプのアメリカのワガママで購入したものだ)「長かったね」なんて言うから、思わず言葉に詰まってしどろもどろしていたら、「中で倒れてでもいるのかと思った」と少し真剣な口調で言われて、またしてもほだされてしまった。 心配して、くれたのか……。 もう、俺カッコ悪いことばっかりだ。 顔を隠したくて、髪を拭くふりをしてタオル被ってうつむいた。 「本当は君と久々に向かい酒でもしたかったんだけど、もう夜も遅いし、君も疲れてるみたいだし、寝ようか」 穏やかな声で言われて、思わず素直に頷く。 髪を乾かしてくるから、といったん別れ、しばらくしてベッドルームに足を踏み入れて、俺はそこにあるベッドがダブルベッドだったことを失念していた自分を心の中で猛烈に責めた。 「なぁ、こ、ここで寝るつもりなのか……?」 「当たり前じゃないか、他にどこで寝るんだい」 「あ、ほら、ジャンケンで負けた方がリビングのソファってのは……」 「はぁ? 君『結婚生活』の意味わかってるのかい? 本番はこれからじゃないか」 「ほ、ほんば……ッ?」 まさかアメリカがそこまで考えていたなんて、俺は全然そんなっ、心の準備とか……っ。 俺がものすごく動揺していると、アメリカはさっさと自分だけベッドにもぐりこみ、「おやすみ」と言った。 「え……?」 おやすみ、ですか。 「何マヌケな顔してるんだい。何もしないよ」 「……だってお前今……ッ!」 「君は本当にスケベだなぁ。あくまでも『新婚さんごっこ』なんだから、気分だけ味わえばいいだろう、気分だけ」 「あ、そうかよ……」 余計な緊張させやがって。 まぁ、よく考えたら明日だってコイツより全然朝早いんだし? 当たり前だよな! 俺は気を取り直して、恐る恐るベッドの端に滑り込んだ。 はぁ……疲れた体に、ふかふかの布団は殺人的に気持ちいい。 「そんな端にいると落ちるよ」 「お、おう」 少しだけアメリカの方に体を寄せると、そのままぐいっと引き寄せられて、「何もしないよ」と言われたばかりなのに胸が高鳴る自分を浅ましいと思った。 「じゃあ、気分を味わうために夜通しピロートークでもするかい?」 楽しそうにアメリカが笑って、「愛してるよ」と囁いたから「バカ野郎!」と返しておいた。 しかし仕事の疲労とは恐ろしいもので、あんなにドキドキしながらも、あっさり寝てしまったらしい、気づけば一瞬で朝だった。 ふと隣を見やれば、メガネを外したアメリカが、のんきな顔で寝息を立てている。俺はその顔に苦笑して、そっと金の髪を梳いた。 うん、たまにはこういう朝も、悪くない。 アメリカを起こさないようにベッドを抜け出し、腕をふるって自慢のブリティッシュブレックファーストを。 ラップをかけてメモを残して、ガチャンとうるさい音を立てる玄関のドアを、できるだけそっとそっと閉めた。ああ、今日はがんばって早く帰ってこよう。 ――Good morning, darling 結婚、新婚、蜜月……甘い響き! だけど米英の二人がおとなしく「あなた、おかえりなさいV ご飯にする? お風呂にする? それともア・タ・シ?」とか「はい、ア〜ンv」とか「あなた……早く帰ってきてね……!」「もちろんさマイハニーッ!」ちゅっV とかするわけねぇよなぁ……と、暴走機関車な私の妄想も今回ばかりは二人のツンデレぶりに少しばかり頭を悩ませ、「結婚といえば仏英、リトアニアは俺の嫁……はっ、これだ!」と、T●EIC帰りのバスの中で悶々と考えておりました(ごめん隣でマジメに勉強してたおじさん)。あぁ、でも今更「男女同権の時代」と「リトアニアは俺の嫁」は同時代なのか怪しくなってきた……まぁ、気分です、気分。今だって怪しいですもんね!? アメリカはバカでヒーローかぶれな子供なので(ひどい)、「新婚生活」にもステレオタイプをバリバリ持ち込んでくる奴だと思います。で、一通り試したら飽きる(最低だ……!笑)。 蛇足:イギリス〜アメリカの東海岸あたりは飛行機で9時間くらいかかるという話を聞いたことがあるようなないような。あー、今適当に調べたら、伝説のコンコルドの話とかでてきましたが、まあそれはさておき(これも米英としてはオイシイネタではあるけれど……)、少なくとも5時間以上はかかりそうです。そんなとこ往復してたらそれだけで一日が終わってしまいますね。国ってどうなんだろう、個人的には「普通の人間と同じ交通手段で移動することが基本」だけど、やっぱり特別な存在なので頻繁に他国に行けなくては困る、ということで、「なにか特別な秘密の道を持っている」という場合もアリじゃないかなと思っています……。正直奴らはよくわからん……! あれ、リクエストに「甘々」の文字が見えるのは気のせいでしょうか……甘々……。……教えて〜甘々の定義〜ツンデレ貫くことかな〜♪ って歌ってみてもごまかせない……! あんまり甘くないです……よ、ね……!orz ご、ごめんなさい……。 まひる様リクエストありがとうございました! (2007/10/1)
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