夏の王様 ここは世界W学園。国に生まれた以上、一度は通わなければなりません。 世界中から国が集まるこの学園で、おやおやおや? 何やら始まるみたいですよ。 少し覗いてみましょうか? ほら、遠慮しないで。 「さぁー、始まりました、『ドキッ☆男だらけの水泳大会』! 司会進行は私、二年ヨーロッパクラス、ハンガリー、解説は一年アフリカクラス、セーシェルがお送りいたします。……いやぁ、今年も始まりましたねぇ、セーシェルさん」 学園のマドンナ、ハンガリーさんがマイクを握り、プールサイドのテントでにこやかに言えば、隣のセーシェルさんは、少しうつろな瞳でこうコメントしました。 「こんなの、毎年やってるんスか」 「今年で三回目です☆ ……ってスク水オーストリアさん萌ェエエ!」 にこやかに答えた先輩のハンガリーさんでしたが、準備を終えてぞくぞくとプールサイドに終結しつつあった選手諸君の凛々しさに、とても感動して、思わず我を忘れてしまったようです。マイクのスイッチはこまめに切っておきましょうね。 選手の話が出たところで、私たちも少し目線を転じてみましょうか。 「おい、オマエ、なんだよそのフツーなスクール水着は」 そう、目を光らせたのは一際目立つ蛍光ピンクの水着を纏ったムッシュウ。とても高校生には見えないフランスさんですね。 「なんだよって……、ぎゃああああっ! お、お前こそ蛍光ピンクのビキニとか穿いてんじゃねぇよ! 気色悪いモン見せんな!」 声をかけられて振り向いた生徒会長は、顎が外れそうなほどのオーバーリアクション。いつも思うけれど、あれって疲れないかしら? 「サービスだよサービス、これってそういう企画だろー? だから本来ならイギリス、お前も変態代表として、ユニオンジャックな一昔前の競泳用でも着てくるべきなんだ! おぉい、頼むぜ生徒会長ォ!」 「知るかッ!」 「アメリカもッ! 何さりげなく普通の人を装ってんだ! お前は星条旗柄のトランクスタイプで来るべきだろうが!」 今まで静かにフランスさんとイギリスさんの言い合いを傍観していたアメリカさんですが、ふいに話を振られて、ムッとしたように口を尖らせました。ご自慢のメガネも今日ばかりは度入りのゴーグルにモデルチェンジです。 「君に水着まで指図されたくないな。それに俺だってもちろんそうしようとしたけど、日本が『スク水の方が、ラブシーンやったときに萌えるんですよ』って言うから……」 ちらりと見やった日本さんは、目が合えば深々とお辞儀をしてくれますが、話題によっては譲らない一面も見せる立派な日本男児です。 「にッ、日本……。奥が深い……」 最近とやかく日本さんの「萌」文化を輸入しようとしているフランスさん。まだまだ道のりは遠そうですね。 「とにかく! 優勝は我がAチームだからな」 さすが、いつも話を本題に戻すのは生徒会長であるからこそできる気配りなのでしょうか。イギリスさんが腕を組みながら言えば、負けじとアメリカさんが声を上げます。 「何言ってるんだい、ヒーローなこの俺がいるCチームだよ」 ホワイトボードに貼られたチーム編成を見ながら、フランスさんが呆れたご様子。 「明らかにCチーム頼りねぇだろ……ま、総合力でBチームってところかね。お・れ・の!」 どれどれ、私たちも少し見に行きましょうか。 Aチーム:1.ポーランド、2.ラトビア、3.トルコ、4.韓国、5.オーストリア、6.日本、7.イギリス Bチーム:1.ロシア、2.ドイツ、3.エストニア、4.中国、5.スペイン、6.フィンランド、7.フランス Cチーム:1.リトアニア、2.イタリア、3.ギリシャ、4.スイス、5.ロマーノ、6.スウェーデン、7.アメリカ うーん、見事に男だらけですね。標題に偽りはないようです。 「ただ競ってもおもしろくないからな、賭けしようぜ、賭け」 先ほどの三人のところへ戻ってみれば、フランスさんが何やらおもしろい提案を始めたようです。 「発想がオッサンだな……」 おやおやイギリスさん、それは禁句ですよ。 「オッサ……!」 「正々堂々、青春のイベントを楽しめないのかお前は」 「ししし、心外だなぁ……お兄さんはイベントをさらに盛り上げようとしているだけじゃないか……」 動揺甚だしいオッサ……ムッシュウを横目に、若いアメリカさんはいつだって自信満々です。 「なんだかよくわからないけど、なんだっていいじゃないか。どうせ俺が勝つんだし」 「お前の根拠のない自信が、お兄さんはたまにすごくムカつくよ……」 脱力したフランスさんの代わりに、やはりその場をまとめたのは生徒会長でした。 「じゃあこうしようじゃねぇか、ビリの奴が優勝した奴の言うこと聞く!」 「乗った!」 二人ともいいお返事です。 ああ、そろそろ競技が始まるようですね。もう一度テントに戻りましょうか。 「ハイ、ここでチーム編成を確認しておきましょう」 ハンガリーさんは手元の進行表に軽く目を落として、美しい声で言います。 「はいはい、しつもーん」 そこへ元気よくセーシェルさん。 「チーム分けはどういう基準ですかぁ?」 そうそう、私たちもそれは気になりますよね。 「厳正なるアミダくじの結果です♪」 あらあら、ずいぶん原始的。 それでは、と一際大きな声を出して、ハンガリーさんはマイクを握り直しました。会場には張りつめた空気が流れます。いよいよ開会のようです。 「競技は25m自由形リレー形式で行われます。それでは、泳者順に確認していきましょう。Aチームッ! ポーランドさん、ラトビアさん、トルコさん、韓国さん、オーストリアさぁぁんっ、頑張ってくださーいッ♪ 日本さん、イギリスさん。Bチーム! ロシアさん、ドイツさん、エストニアさん、中国さん、スペインさん、フィンランドさん、フランスさん。Cチーム! リトアニアさん、イタリアさん、ギリシャさん、スイスさん、ロマーノさん、スウェーデンさん、アメリカさん。以上3チームが挑むドリームマッチ! 果たして勝つのはどのチームかっ!」 プールサイドから「オーッ!」と鬨の声が上がります。盛り上がってきましたね。 「それでは各選手、用意をお願いします。第一泳者は校舎側、Aチーム、1コース、Bチーム、3コース、Cチーム、5コースについてください。第二泳者は校庭側、Aチーム、2コース、Bチーム、4コース、Cチーム、6コースにスタンバイして下さい」 「奇数番目の泳者は校舎側、偶数番目の泳者は校庭側に集合することになりますね」 ええっと、と指を宙に躍らせながら、セーシェルさんが選手の配置を確認しています。 「はい、その通りです」 各選手、準備運動をしたりゴーグルを調整したりしながらプールの両端に分かれていきました。選手は各チーム7人なので、校舎側からスタートして、ゴールは校庭側ということになるようですね。 それでは、スタート前の各チームの様子でも覗きにいきましょうか? ああ、やっぱり! そろそろ皆さんも気になってる頃じゃないかと思ったんです。 では、イギリスさん率いるAチームから……。 「ポーランド、お前はまっすぐあっちに辿り着いてくれるだけでいいから」 第一泳者のポーランドさんに、イギリスさんは必死に作戦を授けているご様子。 でもポーランドさんは聞いているのかいないのか。 「それより俺すごい泳ぎ方開発したんよー、その名もポーランドクロールッ! マジいけてると思わん?」 「それは、大会が終わったら見せてもらうことにするよ……」 「なんでイギリス倒れそうな顔しとんの?」 お次はフランスさん率いるBチーム。 「頼むぜ、ロシア」 第一泳者はロシアさん、相変わらずひまわりのようにほんわかした笑顔。これは頼りになりそうですね! 「任せてよ。……ところでこれは、途中で選手がケガした場合は代理泳者で続行? それとも失格?」 「……ケガさせた奴はとりあえず失格だと思うぞ」 最後にアメリカさん率いるCチーム。第一泳者のリトアニアさんは、一緒に泳ぐAチームのポーランドさんが心配で心配でたまらないご様子。さっきから心の声が全部口に出ています。 「ポーランドの奴、心配だなぁ……あぁ、心配すぎて隣のコースでリードしてやりてぇええ……っていうかロシアさんと一緒に泳ぐのか……ポーランドの奴、コースアウトしてロシアさんにぶつかったりなんかしないよな、しそうだな……ああ、胃ィ痛ぇ……」 そんな心配症のリトアニア。アンカーのアメリカさんがぽんと肩を叩きます。 「頑張ってくれよリトアニア! 期待してるぞ!」 「あっ、アメリカさん! はい、ご期待に添えるかわかりませんが、やるだけやってみます……」 あ、こんなことしてる間に、ハンガリーさんが号砲用のピストルを持ってテントから出てきましたよ。世界W学園、第三回ドキッ☆男だらけの水泳大会、いよいよ競技開始です! ポーランドさん、ロシアさん、リトアニアさんが所定のコースにつきます。 「それでは張り切ってぇー……、よーい、ドン!」 ざっぱん、と水しぶきが上がり、各選手水に飛び込みました。 華麗に泳ぎ出したロシアさん、リトアニアさん。あらあら、ポーランドさんは、体をまっすぐ伸ばして、ぐるぐる体を回転させているのかしら? 推進力はバタ足だけだというのに、体力だけはものすごく使っていそうですね……。 「ポーランドクロールッ!」 少ない息つぎの機会に、わざわざ少し止まって技名まで披露して下さいましたよ。ああ、すごくいい笑顔……! 「あはははは……」 思わずロシアさんまで、顔に満面の笑み。 リトアニアさんが息つぎのたび、泣きそうな顔を見せるのは気のせいかしら? 「変わった泳ぎですねぇ……セーシェルさん?」 「はいっ、カジキマグロもびっくりです」 初めてセーシェルさんが解説者らしいことをしましたが、みんな競技に夢中で気づいていないようですね。 「ああもう……!」 Bチームのロシアさん、それに続くCチームのリトアニアさんに、大きく離されてしまったポーランドさんに頭を抱えたイギリスさんと、ニヨニヨそれを見守るフランスさん。うーん、蛍光ピンクが眩しい! 一方、第一泳者が向かっている校庭側に目線を転じてみましょうか。こちらでは、第二泳者が飛び込み台に立って、準備万端というところ。 腕が鳴るぜ! とばかりにぐるぐる肩を回したのはCチームのイタリアさん。 「よーし、泳ぐぞー」 お隣は、Bチームのドイツさんです。 「一回の息つぎにかかる時間が0.5秒……ブツブツ」 どうやら、25mの間に何回息つぎをしようか計算している様子です。ああそうそう、水泳のリレーってこういうこと必死で考えますよね。人はどこまで息つぎをできずに泳げるものかと……! え? 0.5秒なんて数字は普通持ち出さないって? 一気に最下位になってしまったAチームの第二泳者は、ヨーロッパクラスの中では比較的小柄なラトビアさん。今日も例外なく小さな体で精いっぱい震えています。 「あぁ、ポーランド遅いな……」 ちょうどその時、Bチームのロシアさんが校庭側に到達しました。プールの壁に手をついて、第二泳者のドイツさんがスタートしたと同時に、ざばあっと顔を水から上げました。 そんなロシアさんとうっかり目が合ってしまったラトビアさん。同チームのポーランドさんはまだまだ到着しそうにありません。 「ぴぎゃあああああ!」 ふら。 眩暈を起こしたかのように、ラトビアさんはプールに落っこちてしまいました。 そんなラトビアさんの様子を、反対側から見ていたBチームの第三泳者エストニアさんが、すかさず叫びます。 「ラトビアァァァァァッ!」 いつもながら絶妙のタイミング。 ハンガリーさんは感心しながらも、司会として笛を吹きました。 「ピー! ラトビアさん、プールから上がって用意し直してください」 プールでは、リトアニアさんがそろそろ泳ぎ切ろうかというところ。 いよいよCチームのイタリアさん、出発です。 ばちゃん。 ……すごい音がしました。 「ひぎゃあ! 痛い! 痛いよドイツ!」 ああそうそう、飛び込みって失敗すると結構きますよね。 前を泳ぐドイツさんは、一瞬振り返ってくれました。いつもながら優しいですね。 「……バカかあいつは……!」 泣く泣くイタリアさんも泳ぎ始めたころ、ようやくAチームの第一泳者、ポーランドさんがゴールしました。 気を取り直して飛び込み台にスタンバイし直していたラトビアさん、震えながらもきれいな飛び込み。 では、各チーム第二泳者がスタートしたところで、第三泳者がスタンバイする校舎側を見てみましょうか。 「プールでまで仮面つけるな、キモイ」 Cチームのギリシャさんに言いたい放題言われているのは、Aチームのトルコさんですね。 「てやんでぇ! これは水中ゴーグルを兼ねて……」 なんですって? トルコさんったら、今すごいことをサラリと言ってくれました。 世界は広いですね、皆さん。 そんなことを言っている間にも、早くも一位のドイツさんが到着してしまいました。Bチームのエストニアさん、出発です。 イタリアさんとラトビアさんの泳力はどっこいどっこいのよう。リトアニアさんとポーランドさんの時についた差をほぼ保ったまま、こちらへ近づいてきます。 そのため、イタリアさんが先に泳ぎ切りました。 ギリシャさんは「死ねトルコ」と言いながら、水の中に消えていきました……。あぁ、筋肉質な体がとても眩しいですね。 「テメ……ッ!」 生存権を否定されたトルコさんは、怒って思わずギリシャさんを追いかけそうになりましたが、その時、逆サイドにいたCチームの第四泳者、スイスさんの怒号が飛びました。 普段は引きこもり……もとい、自宅学習中のスイスさん。滅多に見ないその姿に、誰もがびっくりしています。 「我輩を引っ張り出したからには、1ミリたりとも不正は許さないから者ども心するように! 前の泳者がプールの壁に指先だけでなく、てのひら全体で片手をつく前に、両足が飛び込み台から完全に離れた者には容赦なく発砲する!」 水着姿なのにどこから出したのか、25m先からトルコさんに銃を向けました。 これにはトルコさんも冷静になったご様子。 「分ぁった! 分かったから物騒なモンしまえや!」 ここは大人の余裕でラトビアさんの到着を待たなければなりません。 「す、すいません……」 ガクブルと震えながらラトビアさんもゴールです。トルコさんは言われた通り、ラトビアさんが右のてのひら全体で壁に触ったのを見届けてから、スタートを切りました。 初めは「大丈夫か?」と危ぶまれたAチームですが、トルコさん、意外と泳ぐのもお得意なんですね。ギリシャさんに抜かされてしまっていたエストニアさんにぐんぐん近づいていきます。 「おっと『このまま最下位ィ?』と思われたAチーム、すごい追い上げです!」 ハンガリーさんのマイクがうなります。 「フン……次の泳者は韓国だし、形勢逆転だな、ザマーミロ!」 第四泳者の韓国さんのたくましい体と、中国さん、スイスさんのそれに比べればやや頼りなげな体つきをちらりと見ながら、イギリスさんが安心したように言いました。 「エストニア! 抜かれるアル! 頑張るよろしー!」 あぁっ、ついにエストニアさんがトルコさんに抜かれてしまいました。 これで、Cチーム、ギリシャさん、Aチーム、トルコさん、Bチーム、エストニアさんの順になりました。 「兄貴兄貴、俺兄貴に勝ったら、兄貴のおっぱい揉ませてもらっていいですか?」 韓国さんったら、同チームのトルコさんの泳ぎを見ながら、余裕綽々の表情。 同チームのエストニアさんが抜かれたばかりの中国さんは、必死に拒否権を発動します。 「ダメに決まってるある! っていうかこれはチーム戦ね、我に責任はないアル!」 アジア組が騒いでいると、同じく第四泳者のスイスさんが再び物騒なものを取り出しました。 「黙れ。我輩の前で卑猥な話をするな!」 ジャキッ。 もうすぐ水に飛び込もうというのに、油断も隙もない御方ですね。 「きょ、脅迫なんだぜ……? 謝罪と賠償を……」 ダンッ! 青空に凶弾が放たれました。せっかくの決め台詞、最後まで言わせてあげてほしいですね。 何はともあれ、順位に大変動のあった第三泳者はわずかの差で、ギリシャさん、トルコさん、エストニアさんの順でこちら側に次々到着してきます。 凶器をどこかにしまい、スイスさんが出発、若干怯えた顔で韓国さんも飛び込み、呆れたような顔で中国さんが続きます。 まぁ誰もが予想していたことですが、あっという間に韓国さんはスイスさんを抜き、トップでゴール。Aチームのオーストリアさんが飛び込んだ瞬間、スピーカーから黄色い声が……。 「きゃああああっ! クロールするオーストリアさんも、なんてステキなの!」 中国さんも小柄な方ですが、やはりさすがに引きこもりには負けません、頭一つ分抜きん出ました。 「くっそ、やっぱ韓国の方がガタイがいいか……。でも次はスペインだしな! 行けスペイン、やっちゃえ!」 中国さんの到着を待ちうけるBチーム、フランスさんの期待を一身に背負う次の泳者はスペインさんです。 「まかしたって!」 スペインさんが、きらりと輝く太陽のような笑顔を見せてくれた瞬間、中国さんが壁に手をつきました。 飛び込もうとしたスペインさんに、5コースから声がかかります。 「ス、スペインてめ……おいてくなぁあっ!」 おやおや、Cチーム第五泳者のロマーノさん。ビリになって置いて行かれるのが嫌なご様子。 スペインさんも、無視して行っちゃえばいいのに、本気で困っているあたりさすが「親分」です。 「え、えええっ! そんなこと言うたかて、これ競争なんやし……」 「だぁっ! いいから早く出発しろよ!」 ついにはフランスさんに思いっきりケツを蹴っ飛ばされてプールにダイブするハメになりました。 しかし時すでに遅し、スイスさんが来てしまいました。 色々ありましたが、やっぱりオーストリアさん、スペインさん、ロマーノさんの中ではスペインさんがダントツの運動神経を誇っています。みるみるうちに遅れを取り戻し、オーストリアさんに迫ります。 結局ほぼ同時に次の泳者にバトンタッチです! 校舎側からプールを渡って、応援の声が響きます。 「いけーっ、日本ーっ!」 いよいよ次はアンカーのイギリスさん。オーストリアさんの次を泳ぐ日本さんに、プレッシャーがのしかかります。 「くっ……明らかに、北欧諸国の皆さんの方がガタイいいじゃないですか……ムリですよ……っ!」 それでも必死の形相で水に飛び込む日本さん。それでこそ日本男児です。 一方、Bチームのスペインさんの後続はフィンランドさん。スウェーデンさんと並んでいることが多いために小柄なイメージがありますが、実は結構上背もあります。 「スーさん、お先に失礼します」 「……ん、すぐ行ぐ」 「えぇと……これ競争なんで……」 奇妙なやり取りのあと、日本さんとほぼ同時に飛び込みました。 あっという間にフィンランドさんに差をつけられ、それでも必死に泳ぐ日本さん。Cチームもロマーノさんからスウェーデンさんにバトンタッチして、さあ、次はいよいよアンカーです! ようやく責務を果たして、プールサイドで息を切らすロマーノさんに、「置いて行ってごめんな」という優しい顔で、スペインさんが屈みこみます。 「よう頑張ったなぁロマーノ……!」 「うるせーっ、触んな!」 あらあら、頑張ってよかったですね、ロマーノさん。 三番手だったスウェーデンさんは、これまたあっという間に日本さんを抜き去り、フィンランドさんに迫る勢いです。結局抜くことはできずに、B、C同時にアンカーへ! 「ナイスだよスウェーデン! あとは全部、ヒーローである俺に任せてくれ!」 笑顔を輝かせながら、Cチームアンカー、アメリカさんスタート! 怒涛の反撃を見せ、チームに大きく貢献したスウェーデンさんは小さく頷きました。 「でかしたフィンランド! あとは任せろ!」 負けじとBチーム、フランスさんが追いかけます。 「す、すいませんイギリスさん……っ!」 少し遅れて到着した日本さんに、イギリスさんは真剣な顔を返しました。 「大丈夫だ日本、島国の意地、見せてやろうぜッ!」 ざばんっと水しぶきを顔に受けながら、日本さんはデッドヒートを繰り広げるアメリカさん、フランスさんを負うイギリスさんの背中を頼もしく見送りました。 それでも、なかなか差は縮まりません。イギリスさんの顔には「おっさんとメタボのくせに……!」とでも書いてありそうな苦渋の表情が浮かびます。 泳ぎ終わった選手誰もが息を飲んで結末を見守ります。 ところがそこで、異変が起きました。まぁお約束ですよね☆ 「……あ、っ」 ざばんっ、と5コースで水しぶきが上がりました。 3コースを行くフランスさんは気づかずに、そのまま泳ぎ続けて行ってしまいます。 一瞬遅れて、司会者のハンガリーさんも異変を察知しました。 「ああっと、ここでCチーム、アメリカさんに異変が……っ! って溺れてませんッ? 大変!」 フランスさんがようやくプールサイドのざわめきに気づいて振り向いた頃には、なぜか1コースで遥か後ろにいたはずのイギリスさんが、もう5コースのアメリカさんに泳ぎ寄っていました。 「アメリカっ! 大丈夫か!」 なんだか完全にのけ者にされた気分です。フランスさんは心の中を冷たい風が吹き抜けるのを感じました。 「おい! アメリカ! しっかりしろ!」 沈みかけたところをイギリスさんに抱え上げられて、アメリカさんはプールサイドに引き上げられます。プルプルと腕を震わせて辛そうなイギリスさんですが、今は笑っている場合ではありません。日本さんがタオルを持って駆け寄ります。 「がっ、がぼ……っ」 広げたタオルの上に寝かされたアメリカさんは、軽く水を吐いて呻いています。大丈夫でしょうか……。 イギリスさんが、アメリカさんの頭を抱え上げて膝の上に乗せます。 「アメリカ……!」 しばらくむせ返って、アメリカさんは苦しそうにイギリスさんを見上げました。 「イギ……ごめ……足、つった……」 切れ切れながらもきちんとしゃべっています。どうやら、もう大丈夫のようですね。 イギリスさんは泣きそうな顔になって、震える声で言いました。 「メタボのくせにロクに準備運動もしないで無茶するから……っ!」 語尾が一際大きく震えて、ぽたり、と水滴がアメリカさんの頬に落ちました。イギリスさんの前髪から垂れたプールの水なのか、イギリスさんの瞳から垂れた涙なのか、それは誰にもわかりません。 「ハハ……やだな、泣かないでくれよ……」 そっとアメリカさんの手が、イギリスさんの頬に伸びます。 見つめ合う二人を、プールサイドの誰もがまた見つめていました。約一名はプールの中からでしたけれども。 どれくらい時間が経ったでしょうか、そっと身を起して、アメリカさんがイギリスさんをぎゅっと抱きしめたところで、プールは割れんばかりの拍手に包まれました。 普段は人がイチャついているところなんてウザくてしょうがないものですが、青春のイベントの空気というものは、時に集団の魔力を発揮して、なんでもないことを感動的に飾り上げるものです。イタリアさんやスペインさんに至っては涙ぐんですらいました。 こうして、第三回ドキッ☆男だらけの水泳大会は、勝利チームなしのまま、大きな拍手に包まれて幕を閉じました。 あとで賭けを思い出したフランスさんが、腹いせにそのときのことでイギリスさんをうるさくからかったのは、また別のお話。 かなり真剣に「ドキッ☆男だらけの水泳大会!」をタイトルにしようとして、すんでのところで思いとどまりました……危ねぇ!! オールキャラと言いながら、プロイセンとドイツを同時に出すことに抵抗があって、プロイセンが入らなかったです、すいません……。っていうか誰か素で忘れてたら本当にごめんなさい! 一応あみだくじをやったのは電車の中でだったものですから、「男だらけの」って言っておきながらハンガリーとセーシェルを入れたり……色々いっぱいいっぱいで……(爆笑)。チーム編成は本当に神の思し召しですが、泳順は話がおもしろくなるように色々いじりました。いやぁ、楽しかったな……かなり趣味に走りましたけどね……韓中とか……。 心の相方(←勝手に)が得意なのですが、一度こういう口調の物語をやってみたかったんで、今回かなり楽しかったです。でも慣れないので気を抜くとすぐ「フィンランドが……」とか呼び捨てにしてるんですよね。見つけたら笑ってください。 今回もご多分に漏れず、ご期待を170度くらい裏切ったような気がものすごくするのですが(「こんな謎のギャグは欲しくねぇ!」という声が聞こえてきそうで……あうぅ、すみませ……)、よろしかったらもらってやってください、もひゅ様、リクエストありがとうございました! (2007/9/30)
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