クリスマスには何が欲しい? アメリカ。

 えー? 俺はイギリスがいてくれるならそれだけでいいよ

 またお前はそんなこと言って! いいから、何でも言ってみろよ

 そうだなぁ……




vouloir la lune



12月2日 午後3時47分 ニューヨーク
「本当に、これ以上まからないのかい? 1億ドルって……二人じゃ2億じゃないか、勘弁してよ」
「そう申されましても……飛行機を用いた海外旅行とは訳が違いますので、お客様」
「じゃあこの、『保険料』っていうのいらないよ。どうせ大丈夫だから」
「お客様、当社では、月旅行に参加されるお客様皆様に、保険加入していただくことにしておりまして、例外はございません」
「……それから、俺も連れも仕事が忙しいんだ。どうしてもこの『訓練』っていうの参加しなくちゃいけないのかな? 半年以上も?」
「本格的な宇宙旅行ですから。お客様の生命の安全を第一に、我々はフライトを行いたいと考えております」
「第一ね、訓練場所がロシアっていうのが気に食わないんだよね」
「当社はロシアのガガーリン宇宙飛行士訓練センターとタイアップしておりますので」
「だって、『月旅行』って言ったって、月の周りを回るだけだろ?」
「……お客様、当社のプランにご不満がおありのようでしたら、今回のご旅行は見送られたらいかがでしょうか?」
 ついには強面の「責任者」とやらが出てきて、俺は旅行代理店から追い出された。


12月2日 午後4時22分 ニューヨーク
「……と、いうことがあってね」
 アメリカはアイスコーヒーをぐるぐる無意味に掻き回しながら、事の顛末を話した。
「お前……自国民を困らせるのはやめなさい」
 俺は厄介なのに捕まった、とため息をつく。ちょっと仕事がてらニューヨークで買い物でもしようとふらついていただけなのに、背後から「フランスー!」と体当たりを食らったかと思いきや、「お茶しよう!」とそのままスタバに引きずり込まれたのだ。「奢るから!」ってスタバごときで何を偉そうに。
 第一、ストライプシャツに黒のスカーフ、毛皮のコートにサングラスの色男が、子供みたいな(子供だが)Tシャツ、スタジャン、ジーパンの男とスタバでお茶って……何この図。さながら「今日アラブ出張から帰ってきてね」とでも言いたげな金持ちのおじさんと、「わぁ、おじさんすごいや!」な甥じゃないか?
 せっかく知り合いに見つからないようにサングラスまで買ってきたのに、アメリカに言わせれば「男がオシャレしてると目立つんだよ。あ、あれはフランス人だなと思って」だそうだ。
「第一、なんだよ急に。月旅行って」
「昔の夢を見てね……」
 こいつが「昔」と言えばイギリスがらみに決まっている。そういえばもうすぐクリスマスだったな、とコーヒーの入った紙のコップを見ながら思った。
「はぁーん、それをイギリスへのクリスマスプレゼントにしようってか」
 からかい口調で言ったのに、案外素直に「うん」と頷かれて困る。
 こいつは、本人がいないとたまにものすごく正直だ。
「どんな夢なんだよ」


「そうだなぁ、俺、お月さまが欲しいな!」
「月ィ?」
「なんてねっ!」
「なんだよ、冗談か……」
「……ほんとはね、一人で寂しい夜は、月を見るんだ。ほら、月ってどこまでもついてきてくれるだろ? それに、イギリスの髪の毛みたいな色して――」
 言葉半ばで、イギリスはアメリカを抱きしめた。
「ごめんな……俺、寂しい思いばっかりさせて……」
「……っ、平気だよ、俺! すぐ大人になって、イギリスよりずーっとずーっと大きくなるんだから!」
「アメリカ……」
「そしたら、俺がイギリスに月をプレゼントしてあげる。俺はイギリスとずっと一緒にいてあげるから、お月さまが空になくても、寂しくないんだぞ!」



「――っていうの」
「俺はこのコーヒーに砂糖を入れてしまったことを今ものすごく後悔している」
 ちょっと店内暖房ききすぎじゃないかなぁ。
「この前ネットサーフィンしてたら見つけてさ、ついに時代は『月旅行』かと意気込んで、上司に視察だとか無理言って1万ドルせしめたのに……!」
「そのままネットでちゃんと調べろよ。つぅか1万ドルで行けると思ってたお前がスゲェよ」
「……もう、月を星条旗で埋め尽くすしかないだろうか」
「全力で拒否権を発動してやろう」
 アメリカは、ぶーたれた様子でアイスコーヒーをぶくぶくと泡立てるから、俺は気分が悪くなって目をそらした。
 いい歳してコイツは本当にもう……!
「よぅし、お兄さんから提案だ。少し規模を落として月のストラップにしよう。あいつきっと喜ぶぞ。十年経ってボロボロになるまで肌身離さず使い込むに違いない」
「えー、なんかロマンがないじゃないか」
「ロマンとかいう段階じゃないだろお前ら。……つぅか、お前イギリスにクリスマスプレゼントなんて贈る習慣あったんだな」
 素直になれない子たちだと、呆れかえっていたのだが。意外にも仲良くやっているらしいと感心した矢先。
「ないよー」
 さらりと言われた。
「い、一度も?」
「独立してから、一度も」
 俺は頭を抱えた。真剣に。
「それでいきなり月旅行というのは……重いと思うぞ」
 1億ドルだろ。ダイヤの指輪贈られるより重い。
「だって夢みちゃったんだからしょうがないじゃないか」
「しょうがなくねぇよ! 悪いこと言わないからストラップ程度にしよう! よし、これからお兄さんと買いにいくぞー!」
 俺は「えー」と月旅行に固執しようとするアメリカを引きずって、無理やり店を後にした。
 ああ、なんて世話の焼ける親子だ。


12月2日 午後6時5分 ニューヨーク
「なぁ……それもダメなの?」
 本日5度目に遭遇した、月をあしらったストラップ。今度のは金と銀と黒の三種類がある。
「なんか女の子っぽいじゃないか。イギリスには似合わないよ」
 お兄さんはもう二時間近くお前に付き合わされてへとへとなんですけど。あー、足痛ぇ。
「休憩しようぜー」
「……ったくしょうがないなぁ。オッサンは」
 ベンチに腰かけて動かない俺に、少しは気をきかせたのか、アメリカは数歩離れた自販機でガションガション何かをやっている。
 戻ってきた手に握られていたのは……。
「冬に野外でコーラを飲もうというお前の気が知れねぇよ」
 俺は受け取ったコーラをベンチ脇に置いて、見向きもしなかった。
「飲まないのかい?」
「飲むかボケェ!」
「ふーん……」
 アメリカは俺の隣に腰かけて、自分の分のコーラを開けている。
「イギリスは……」
「あ?」
「イギリスは、『冬にコーラなんか買ってくんなバカ!』って叫んだあと、『ったくしょうがねぇな……』ってぶつぶつ言いながら、結局コーラ飲むぞ」
 俺は返答に困って、結局深いため息をつくにとどめた。
「――あれ? お前ら何やってんだ?」
 そこにかけられた聞き慣れた声。
 ……おいおい、お前らほんと、赤い糸ででもつながってんの?
「二人一緒か?」
 戸惑ったような声を出しながら、イギリスはこちらへ歩み寄ってきた。
「やあ、イギリスじゃないか、奇遇だね」
 奇遇だねも何もお前の家だぞここは。
「し、仕事だよっ」
 坊ちゃんも訊いてないのに言い訳しなくていいから。仕事って格好じゃないぞお前それ。
「わかってるよそんなこと」
 完全に売り言葉に買い言葉だ。
「お前らこそ何してるんだよ」
 アメリカが考えるように沈黙する。「仕事だよ」と言える雰囲気も醸し出しちゃいないし、正直に「クリスマスプレゼントの買い物に」なんて言ったら、どんなボロが出るかしれない。
 俺は仕方なく、イギリスが深いことを理性的に考えられなくなるような爆弾を落としてやることにした。
「デートだよデート、な」
 アメリカは俺の案に賛同するかのように頷いた。
「まぁね」
 案の定、イギリスがすごく面白い顔をする。ああ、ちょっと気の毒だったかもしれない。しかもこのシチュエーションでは、完全に冗談だとは言いきれないから。
「お前は? ひょっとしてアメリカん家行く途中だった?」
 右手に提げた紙袋が気になって訊いてみる。ほんの少し甘い匂い。
 俺、ひょっとしなくてもお邪魔だったかねぇ。
「べ、別にそんなんじゃねぇよ!」
 サッと紙袋を後ろに隠すイギリスが、もう哀れで哀れでしかたなかったから、俺は「冗談だよ」と言ってやろうとしたが、それより早く、イギリスは立ち直った。しかもいつものごとく間違った方向に立ち直った。
「は、デートだったならよかったじゃねぇか、もうすぐクリスマスだしな!」
 街頭のイルミネーションを一瞥してイギリスが言う。どうでもいいけど、強がりは相手の目を見ながら言うもんだ。
 アメリカもアメリカで、クリスマスプレゼントを探している最中に、当の本人に遭遇してしまって気まずいのだろう。早く行ってほしいとでも思っているのか、フォローもしない。
 どうにかしてくれこのお子様コンビ。
「勝手にやってろ!」
 捨てゼリフがそれって、アメリカが相手じゃなかったらとっくに愛想尽かされてると思う。
 ……あぁ、俺もか。
 大概優しいよな、俺も。
 ため息をつく。
 イギリスの姿は、雑踏にまぎれてもう完全に見えない。
 ――月は、手に入らないからこそ美しいのさ、アメリカ。


12月2日 午後6時40分 ニューヨーク
「ああ、これがいいな」
 なんて、アメリカは嬉しそうに顔を綻ばせてストラップを引っくり返しては指先でいじくる。
「おお、やっと気に入ってくれたか! お兄さん嬉しいよ!」
 もう足がパンパンだよ!
 達成感に泣きそうになりながら、ふと目線を転じると、5メートルほど先から街灯に隠れるようにして、こちらを見守る影があった。
 ……イギリス?
 俺と目が合うとぴゃっと隠れて、そのまま駆けるように行ってしまう。
 あーあ。あの距離じゃこっちの会話も丸聞こえだな。どうせなら、お前へのプレゼントだよってことを、もっとほのめかすような会話してやればよかった。
 ちょっとお兄さん疲れ果ててあんまり口が回らなかったんだよ。
 ムダにネガティブシンキングが標準仕様のあいつのことだから、「まさか俺へのプレゼント……?」なんてそんなことは夢にも思いつかないんだろう。またバカな勘違いしてるに違いない。
 はしゃぎながら会計を済ますアメリカを横目で見ながら、俺はすっかり暗くなった空を見上げた。
「……ま、あと23日の辛抱だしな」
 月を探したが、あいにくと見つけられなかった。


12月24日 午後7時2分 ロンドン
「イーギーリースー」
















 もちろんイギイギは「月が欲しい」なんてそんな些細なエピソードは覚えてないと思う。
 アメリカだけが覚えている。それが萌。

 月は手に入らないからこそ美しい、というフランス人の月への考え方に「兄ちゃんかっけぇえええ!」と感動して書いてみました。たぶん「英←仏」。さすがアムールの国なんだぜ!
あ、仏が右側なのは、普段「米英←仏」と書くのに慣れているからであって、米をカッコに入れて省略してしまったら、「仏→英」と書くのが正しいのでしょうか。まぁ受け攻めとかあんまりこだわりないんですけど。

 やっぱりフランス兄ちゃんはいい人ですね。彼がいるからこそ米英もあるというかなんというか、そんな風に感じました。
 イマイチ二人の愛の暴走具合がぬるかったかなぁ……と反省しております。もっと暴走してほしいのに!
 朱姫様、リクエストありがとうございましたv


(2007/9/28)



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