俺はとぼとぼと元来た道を辿る。よくよく見れば、いつもは走ろうともしない遅刻常習犯で溢れ返っているはずの通学路も、廊下も、朝からサッカーボールやバスケットボールが乱舞するはずの校庭も、皆宇宙人に根こそぎ攫われでもしてしまったかのように、シンと静まり返っているのだった。
これは本格的に休みだぞ。
俺は目覚ましにそそのかされるままに跳び起き、普段の行動を無意識になぞった自分を悔やんだ。
創立記念日か何かだったかな。思いながら校門を過ぎ、赤信号も構わずに、ひょいと軽く左右確認をする。普段ならばうるさいくらいクラクションの鳴り響く交差点が、今日に限って自転車一台通過しないどころか、チリ一つ落ちていない。
「…………?」
ああ、いつものあの大混乱は、すべてこの世界W学園関係者が巻き起こしていた交通事情だったのか、なるほど。
だなんて納得できるはずもない。校門を抜けて駐車場へ向かいたい車もあれば、そのまま直進したい車もある。だからこその朝の大バトルではないのか。
やっぱりナショナルホリデー、か。
しかしながら、全世界の「国」を集めたこの世界W学園は、そんじょそこらの学校とはちょっと事情が違っている。ナショナルホリデーってどこのナショナルだ、という疑問符がすぐに浮かび上がってくるように、この学園のカレンダーはどの国の政府にも縛られない。
たとえば、クリスマスやイースターにはヨーロッパクラスのほとんどが休暇届けを出す、という形で休むので、日は各人1日から1週間ほどズレるにしても、実質ヨーロッパクラスはその間休みみたいになるし、逆に他のクラスも他のクラスで、やれ正月だやれ断食明けだやれ犠牲祭だと、それなりにまとまって休む。
そうした「絶対に外せない」休日以外――たとえばごくごく「個人」的な祝日である「建国記念日」「独立記念日」などは、各人それぞれ個人的に欠席して国に帰って祝うか、敢えて「俺今日誕生日なんだ!」とふれ回ってそれなりに祝ってもらうために欠席しないか、毎年の気分で決めるのである。
かくいう俺の「誕生日」は昨日だった。ちょうど日曜だったこともあって、俺は上司のパーティに出席して、普通に楽しい4th of Julyを過ごした。夜には宿題をやってなかったことを思い出して、早めに寮に帰った。カナダに見せてもらうつもりが、アイツが妙にのんびりしてるのはいつものことで、結局深夜までのろのろやってたから、俺はそれをゲームしながら待った、というわけだった。え? 自分でやれって? やーなこった! せっかくの誕生日だぞ。
それで、カナダ以外の生徒には会わなかったし、カナダも「宿題終わったの?」と繰り返すばかりで、一言も「誕生日おめでとう」なんて言わなかった。もともと俺たちの誕生日なんて、よほど仲がよくなきゃ覚えてられないし、政治的なしがらみも多いから、祝ってやらなきゃ友達じゃない、なんて責められるものでもない。自分が知ってて、自分の国民たちが祝ってくれればそれでいい、そういう、至極「個人」的な性質のものだった。
ちなみにそれ以外では、メーデーなど、そうした思想を広めるために、敢えて集団で休む休日もある。
とにかく主権を持つ独立国ばかりを集めた学校というのは、休日一つとっても非常に複雑なのである。ちなみに周囲のほとんどの生徒は土曜、日曜は休みで当然、と思いこんでいる節があるが、宗教によっては木曜、金耀が休みで、彼らは土日も普通に授業に出ている。
ついでに言えば、始業時間、終業時間も各地の慣習によって異なったりするのだから更に話はややこしい。
よって正確な意味で全校生徒が休み、部活すら禁止される日――それは創立記念日をおいて他には有り得ない。
「創立記念日……いつだったかな」
せっかく皆が休みになるんだから皆で遊びに行こう、と進んで提案するのはいつだって俺だから(まぁ、仲の悪い国には断られるけど)、創立記念日が迫っていたのなら、俺が忘れるはずもない。
唸りながら頭の中でカレンダーをめくる間も、いつもの活気溢れる通学路には、人っ子一人いなかった。それどころか犬一匹、アリ一匹いないようである。
学園から寮は実はものすごく近い。4車線の道路が間に横たわっていることを除けば、ほぼ隣同士のようなものである。校門から校舎までやや距離があることと、寮自体もものすごく大きく、部屋まで辿りつくにも時間がかかるというのが、遅刻者たちの言い分だ。
面倒くさいんだよな。こんなに近いんだから、渡り廊下でつないじゃえばいいのに、寮と学校。
思いながら俺はガラスの自動ドアをくぐり、明るいホールを抜けた。いつもなら管理人が常駐しているはずのデスクも、今日に限ってはもぬけの殻だった。談話室もカフェも勉強室も食堂もだ。
おかしい。皆学校に行っているというならまだしも、学校にだって誰もいなかったじゃないか。
「なんだか世界にひとりぼっちな気分だよ……」
自分を鼓舞するために口に出したのが、かえって俺の孤独を際立たせた。
くそ、どうなってるんだこれ。
とにかく部屋に帰ってみよう。ひょっとしたらカナダがいるかもしれないし、周囲の部屋も片っ端からノックしてみればいい。
俺は東館のエレベーターへと足を向けた。東館が男子、西館は女子寮となっている。
いつもならなかなか一階まで下りてこないエレベーターも、今日はすんなり俺を乗せて上がっていく。まったくもって奇妙だ。奇妙な状況に慣れたら、喉が渇いた。エレベーターホールの自販機で、コーラを買う。ガタン、と機械が缶を吐き出した音が、やけに大きく響いた。
何かがおかしいのはわかる。でも、何がおかしいのかわからない。とにかく俺一人じゃどうしようもない。
俺は一気飲みしたコーラの缶を腹立ち紛れにゴミ箱に放り投げ、途方に暮れて顔を上げた。
→またあのフランスのエイプリルフールとかじゃないのか、これ。あのオッサン、見つけたらバラひんむいてリバティから吊るしてやる。
→とりあえず部屋に戻ってみよう。カナダの奴、もし見つけたらデコに星条旗貼ってやる。俺に何も言わずにどっか行っちゃうとかひどいじゃないか!
→これ、ひょっとしたらロシアのいやがらせじゃないのか。また誰かを脅して協力させて、俺をびっくりさせようとしてるに違いない。
→イギリスがいたら何かわかりそうなのになぁ……。っていうかむしろこれ、またイギリスの変な幻覚のせいなんじゃないだろうな……。
→どうせなら頼れそうな人に会いたいなぁ、日本とか。これが質の悪いドッキリだとしても、日本は最後は俺の味方してくれそうだし。
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