HAPPY INDEPENDENCE DAY!!! from Thirteen Colonies


※4巻ネタバレ注意!
※曜日はグレゴリウス暦(イギリスでは1752年9月に導入しているようです。アメリカは資料によっては1783年というのもあったのですが… 普通植民地も統一しないと不便よね? と思ったのでイギリスと同じという説で…)として計算。






And God said, Let there be light: and there was light.
And God saw the light, that it was good: and God divided the light from the darkness.(Genesis I III. I IV)



 それは、ペンシルベニア州議事堂前、1753年7月4日、何の変哲もない水曜日のことであった。
 夜と昼が混じる曖昧な時間。東の空がうっすらと明るみ始めたころから、勤勉な植民者たちは沈黙の眠りから覚める。
 Wednesday、すべての創造主にして戦いと死を司る古き異教の最高神オーディンの日。だがこの新大陸で、そんな苔にまみれた謂われなど意識して今日を過ごしている者はいなかった。目の前にはやるべきことが山積み、そんな新天地での労働の日々は、人々に生きる希望を与えてくれる。
 教会を建て街を作り、議会を整え自由を謳歌する。本国との貿易も順調だ。フランスの動きが不穏ではあったが、本国の軍事作戦に間違いはない。そう、きっとそのはずだ。
 天を指す塔は、絵はがきでしか見たことのない海の向こうの本国の様式と、寸分違わないだろうか。見上げたのは、登庁してきた議員というには幼すぎる少年だった。日に透ける金の髪が、まだ淡い朝もやの中で、ざっくばらんにフィラデルフィアの風に揺れる。
 視線の先には重たい銅と錫の合金を吊した尖塔だ。
 不慮の事故により試し打ちでひびの入った鐘は、再び鋳造し直されて、風薫る初夏の頃、晴れて少年の兄弟とも言うべき入植者たちを見守る時計台の上の鐘楼に収まった。
 PROCLAIM LIBERTY THROUGHOUT ALL THE LAND UNTO ALL THE INHABITANTS THEREOF――ここフィラデルフィアはもともと、信仰の自由を求め本国から渡ってきたウィリアム・ペンらクエーカー教徒が建設した居住区である。ペンシルベニアの州都となった今では北米最大の都市であり、太陽の沈まぬ大英帝国の領土の中でも、首都ロンドンに次ぐ、二番目の都市であった。
 LIBERTY――耳を打つ響きは麻薬のように甘く、釣り鐘のように重かった。しかしながら希望を湛えた少年の、果てしない青空を閉じこめた瞳は、まだそのひび入る自由を知らない。もがき苦しみ、様々な対価の上に成り立つ、真の自由を。浮ついた聖書の中の楽園ではない、この罪深き地上の自由を。
 誰にも縛られず、自分らしく生きる。それを孤独と言うのだと気づいたとき、引き返す道は既にない。
 まだ知らない。誰も知らない。
 手に銃を鋤を手綱を握って労働に汗する新世界の住人も、肥大し続ける女神の威光に疑いを抱かない臣民も。
 そして、幼き体躯にたくさんの好奇心と希望を詰め込んだ、やんちゃ盛りの少年も。生まれた頃から立ち止まる暇もなく、奪い続けることで、大切なものを奪われまいと剣を振るい続けた七つの海の覇者も。
 まだ知らない。
 この地でやがて、後に世界最大最強の独立国となる「自由の国」のための、独立宣言、憲法が編まれることを――。
 鐘が鳴り響き、反逆者たちは創造主となる。自治のための智慧を集め、独立のための武器を取る。

 賽は投げられた。ルビコンの川の代わりに大海原を渡り、二つの想いが交わるところ、戦火は繰り返す。
 既にこの時、修復を施され、何事もなかった顔をして発展途上の街を見下ろしていた鐘に、ひびは入っていたのである。

 フレンチインディアン戦争、一年前の出来事であった。





(11/7/9)

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