[メイプル 独白]

 アメリカが、求めていることならわかっている。
 同じベッドで寝ることが多くなった僕たちだけど、指の先を絡め合って、くすくす笑みを交わすだけの夜に、君が意味ありげな視線を寄越すこと、僕が気づいていないわけがない。わけないんだけど、いや、でも、ちょっと待ってくれよアメリカ。
 僕にはまだ、心の準備なんてできてやしないよ。
 だって考えてもみてくれよ。まさか君が、本気で僕のこと好きだったなんていうのもまだ晴天の霹靂、信じがたい出来事だっていうのに、いきなり君を「そういう目」で見ろって?
 いままでずっと僕たち、仲のいい兄弟で親友だったじゃないか。
 ちょ、ちょっと、ほんとに待ってくれよ!

[場面転換 パリ路上]

「……こんにちは、フランスさん」
「うわ、アメ、カナダか……びっくりした……」
 がっしりと捉えた白いスーツは僕の指の形に沿って、ドレープを形成している。
「呼んでも呼んでも、止まってくれないんですもん……」
 僕は走って走って走り疲れた。ようやく捕まえたスーツを離さずに、大きく深呼吸を繰り返して息を整える。
 優雅なパリの街角で、全力疾走する人間はそう多くない。僕たちはすっかり注目の的だった。向こうの道路から、風船を握りしめた子供が僕を指さして笑っている。あっちではキャンディを売っていた赤ら顔のおじさんがにこにこ。
 ああ、いつ来てもあったかい街だ。ここは。
「どうしたのよ、こんなとこで会うなんて」
 ああ、それは本当に僥倖だった。見知らぬ外国で一人きり。途方に暮れていたところに、知り合いの背中を見つけられたのは、ひとえに普段の僕の行いがよかったからに違いない。違ってもそういうことにしておく。違いない。
「アメリカを、見ませんでしたか」
 僕は、息が整うと、さっさと本題に入った。
 当然のことながら説明不足で、フランスさんの顔には盛大にクエスチョンマークが浮かんでいる。
「アメリカ?」
「二人で遊びに来たんです。でもアメリカのやつ、勝手にうろちょろするから、迷子に」





どうしたんだい、カナダ。あ、これ、写真撮る?



好きにして……




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