小説パート↓↓


 ちゅんちゅん、と屋根の上で小鳥が鳴いている。目を閉じたまま心地よい静けさに身を任せ、いやに静かだな、と思った。そうだ昨日はイギリスの家に押しかけて、そのまま泊まったから、そろそろ口うるさい保護者気取りのあの人が庭で一仕事終えて、俺をお節介にも起こしに来る頃なのに。
 寝坊かな、珍しい。そしたら思い切り「君、遅いんじゃないかい?」とバカにしてやろう。勢い勇んで目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。少なくとも、いつもイギリスが俺に与えてくれるゲストルームじゃない。
 いや、どこか見覚えがある。懐かしいこの感じ。ベッドサイドには手作りの粗末な椅子。体を起こせばぎしりと鳴くベッドも恐らく手作りだ。反して、イギリスが好みそうな重厚で繊細な造りのタンスに机。実に色々ミスマッチな、ここはそう、ボストンにあった昔の俺の家じゃないのか? 開発の波に呑まれて、とっくの昔に手離したはずなのに。
 ある日突然、荒野で人の声を聞き自我に目覚めた俺は、それからもちょくちょく、海の向こうからやってくる人々が建て始めた村や町を覗きに行った。そのうちにイギリスに見つかって、港のすぐそばに家を与えられ、いつしか、そこで生活し殖えていく人々が、自分の血であり肉であると自覚するようになった。ここは俺が、普通の人とは違う「なにかそういった人」だと気づいてからの、最初の家である。その後は体も大きくなって行動半径も格段に広がり、各州に拠点としていくつか家を持つようになったし、その中にはイギリスに内緒のものもいくつかあった。
 でも、一体なんでこんなところに? 俺、夢でも見てるのかな。昔に戻れればよかったなんて、考えたこともなかったのに。いや、考えてはいけないのだ。7月4日が近づくたびにあの人が祝いの言葉でなく呪いの言葉を吐く限り、俺だけは、そんなことを考えてはいけない。俺だけは、俺が選び取って歩んできたこれまでの歴史を否定するわけにはいかない。だから、きっとこれは夢じゃないんだろう。
 床に足を突こうとして、バランスを崩しかけた。
「びっくりした……、このベッド、やけに大きくないかい?」
 飛び降りるようにして床に着いた、自分の足に叫び声を上げそうになった。
「……ワオ、俺……小さくないかい?」
 わざとおどけた声を上げてみるも、ここには生憎、観客も監督もいないのだった。
「鏡はどこだい?」
 きょろりと部屋を見回す。視界も低い。
 ひょっとするとこれはひょっとするのかもしれないぞ。俺ってば未来を救うヒーローなのかい? 数時間後、地球に隕石衝突かい? 俺が独立後数百年、健やかにヒーローをやっていられたのも、こうして俺が過去で活躍したからなのかも……。
 俺は即座に自身の使命を悟ると、この興奮を誰かに伝えたくて堪らなくなった。そうだ、イギリスに電話! 聞いてくれよ、俺タイムスリップしちゃって、今、過去にいるんだぞ! 君きっと喜ぶぞ、君、好きだもんな幼児! DDDD!
 で、俺のスマートフォンはどこだい?
 ……ああ、そうか、そうか。うん、そうだよな、ヒーローはいつも孤独なものさ。
 肩を落としていると、背後で息をひそめるみたいに、そっと木製の扉が開く気配がした。びっくりして振り返ると、そこには見慣れた顔があって、同じく驚いたような顔をしていたが、すぐに、見たこともないような笑顔になった。
「アメリカ! 起きてたのか、早起きだな」








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