(正宗空)

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 最近、こう思うことがよくある。
 僕って、アメリカの何なんだろう。
 家が近いってだけのお隣さん? 境遇のよく似た兄弟? 誰かさんの言うように子分? なんだかんだで腐れ縁? 気心知れた親友? 実は一番肚の見えない仮想敵国?
 指折り数えて、意味のない思考に酸素を使ったな、と思う。考え事をしてる時、息を止めるのは君の悪い癖だね、とどこか高らかな声を思い出しながら、ぷは、と息を吐いた。
 逆に、アメリカは僕の何だ?
「――遅かったあるな」
 タクシーを降りて、聞こえてきた第一声が英語でもフランス語でもなかったときの脱力感といったら大きい。
 ねぇ、君は僕の何なの?
 こんなことを聞いたって意味なんかない。彼は世界中に別荘を持っている。ここもその一つだというだけのことだ。
 どこにいたって自分らしく強く生きていける。その生命力と満ち溢れる自信が、実は少しだけ羨ましい。
 玄関ポーチへと続く階段の手すりに手をかけると、塗装の剥げかけたそれはひやりと冷たかった。
「美国から電話があったあるよ」
 玄関を抜けて廊下を歩きながら、中国が言う。部屋の中は、彼が調節したのだろう、すでにすっかり暖まっていた。
 勝手に電話に出ないでよ、という抗議が何の効力ももたないことはもう何年も前に実証済みであったので、僕はマフラーを解きながら、軽く頷くに留めた。
 ああ、いったいどうして僕の周りにはこういうタイプしか集まってこないんだろう。いや、実は世界は大部分が「こういう」性格の人間で構成されていて、おかしいのは僕の方なのかもしれない。類は友を呼ぶって言った奴出てこい。この大嘘つきめ。僕はいつだって少数派で――いや、この際、数は関係ないのだろう、とにかく、目立たない。話は聞いてもらえない、存在を忘れかけられる、無論主張は通らない。
 君と俺の仲じゃないか!
 何がおかしいのか、きらきら青い瞳を輝かせて大きな笑い声を上げる君が、頭の中を占めた。
 仲がよければ何をしたっていいのかい。
 それに、僕たち仲良しこよしだよね、なんて確認をし合った覚えもないし――。
「加拿大。息を」
 ぷす、と頬を突かれて息が漏れる。また考え事に夢中になってしまっていたらしい。
「します。しますします」
 別に「君」じゃなくたっていいんだよなぁ。頭の中をさっきからぴょんぴょん跳ねまわっている金髪に話しかけてみる。「君」は頭の中で拗ねたように口を尖らせた。
 いつまでも昔と同じじゃない。こうやって僕の癖をまた一つ、君以外の人が知っていく。
(神川ゆた)

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 ―――すこし昔の話をしよう。

 人で云えば第二次性徴の、僕の身体が成熟した大人へと変化していた、思春期みたいな時期。
 アメリカと、まるでそうする事が当然のように一緒にいて、まだ笑って何も考えないでいても良かったそんな頃。ふたりでいればどんな夢も叶うと、この世界が、幸せ以外の要素でも出来ている事を、まだ知らなかった幼い頃。
 大きな部屋に、小さなひとつのベッド。
 ふたり分の重さに揺れる、寝床の中。
 眠る前の、布団の中でのコソコソ話の途中。
 僕の背中に浮き出て見える肩甲骨を指して、いつかここから羽根が生えるんじゃないかと、アメリカが言ったことがあった。
 宗教画の中の天使のように、大空を飛翔する大鷲のように、大きな羽根が生えるのではないかと。だとしたら人は、人という存在も、いつか空を飛べるんじゃないだろうかと。
 でもそんな事を言われて、普通の子供だったらどんな反応をしただろうか。
 同意しただろうか?
 いや、きっと同じ事を考えただろうと僕は思う。
 至極真面目な顔をされて、まるで世紀の大発見をしたかのように言われても、いつも僕は、アメリカの意見に同意する気に成れなかった。
 何故ならアメリカの発想は突拍子もなく、その事にいつも驚かされたが、大体が荒唐無稽の空想劇ばかりだったからだ。この時も例外じゃなく、確か言い募るアメリカに「そんな事、ある筈ないじゃないか」と、僕は言ったような気がする。
(どうして人が空を飛べる?)
(どうして飛ぶ事ができる?)
 突然湧き出た、憎しみに近い拒絶。
 夢物語を語るそんな『君』を僕は拒んだ。
 その時の僕には、それを許す事ができなかった。
 だから、酷い言葉を投げた。
 ―――でもこれは昔の話。
 人で云えば第二次性徴の、僕の精神が幼さを脱しようともがいていた、反抗期みたいな時期。
(御影白夜)



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