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朝起きたら片方が布団に潜り込んでるシリーズ(※タイトル)仏米編
その日、フランスはいつものように優雅な目覚めを迎えた。
秋を迎え、新調したばかりの淡いローズ色のカーテン、丁寧に織られた肌触りのよい生地は繊細な美しいドレープを描く。合わせ目から仄かに漏れる朝の光。映し出されたクリーム色の壁は一点の曇りもなく、飾られた絵画は神話の一場面のように神々しい色を抱いている。
そして彼の愛するここパリでは、鳥の囀りさえも、シャンソンの歌声のように甘美なのである。
軽くはだけたワイン色のローブの襟元を直すと、薔薇の香りさえ漂ってきそうな、清潔な布団をめくりあげた。優美なタッチで描かれた模様は、よく見れば蝶と花をあしらったシノワズリ風のエキゾチックなデザイン。それでいて模様は決してうるさすぎず、落ち着いた色調を保ち、部屋のほぼ中央に位置するベッドは、パリジャンの寝室にあって実に見事な指揮者の役割を演じていた。
もちろん隣には、柔らかで真っ直ぐな金髪を散らして穏やかに眠る、最愛の天使――。
「っておぉおお、アメリカ!」
フランスが、計算しつくされた美しい目覚めに似合わぬ素っ頓狂な叫び声を上げてしまったのも無理はない。
ぱちりと開いた天使の目はそれこそ透き通るような青であったが、彼はまったく天使などでなく、この朝の舞台において招かれざる客人であることはわかりきっていたからである。
「おま、なんでここに……」
闖入者は尋問にも答えずに、もそり起き上がると、暢気にベッドサイドに置かれていたシルバーフレームの眼鏡を手に取った。
「あー、もう朝かー」
ふあぁああ、と欠伸をした姿などは、空色の飾り気も何もないパジャマ姿とあいまって、完全に子供である。
「なんでここにいんだって聞いてんだろ! 無視するとお兄さん泣いちゃうよ!」
「夜中にちょっと散歩に出たら、俺の部屋がわかんなくなったんだぞ。もうここでいいかと思って」
そうだった。フランスは頭を抱えた。
何を隠そう優雅なパリにあるこのフランス邸、この度の会議の賓客を迎えていたのである。
「よくねーだろ……ああ、もう全然気づかなかったわー……」
賓客はどいつもこいつも一癖も二癖もある奴らばかりだったが、まさかここまでどっかりとプライベートに押し入ってこられるとは思っていなかった。油断していた。
「いいかー、アメリカ。男は狼なんだからな、軽々しく人のベッドに入っちゃいけません」
冗談めかした説教も痛烈な嫌味も、この我が道を行くヒーローなお子様には馬の耳に念仏なのである。
「狼なのは君だけだろう。この世の男すべて代表するかのような口ぶりはやめてくれよ、迷惑だから」
「くっそぉおおお、何なのこの子、腹立つぅうう!」
こんな憎まれ口さえなければ、まさに飛んで火に入る夏の虫、この色男フランスがおいしく頂いてしまうというものを。まったく、アメリカほど性の匂いをまとわずカラリとしている青年も珍しい、と思う。
性的魅力に欠けるのかといえばむしろ逆で、薄手のパジャマから覗く白い首元、若々しい筋肉質な体、天賦の造作は、絵画の中に閉じ込めてしまいたいほど美しい。
いや、嘘だ。
フランスはため息をついた。
本当はそんなことを思っていない。ああ、神様。だってそうでしょう。
他でもないこのフランスが、小さな頃からまるで天使のようだと見守ってきた可愛い可愛い子供を、いったいどうしてこんな小さく非力な手の内なんぞに、納めてしまいたいだなんて思うだろうか。
愛を紡ぐのは人が弱く不完全だから。だからこそ愛は脆く美しい。儚く散りゆく星々の一瞬の輝き。そのように。
アメリカはきっと、そんな矮小な次元など超越したところに立つべき存在なのだ。
「ほら、今日のところは大目に見てやるから、さっさと朝食の時間までに着替えて来いよ。遅刻するとまたイギリスにどやされるぞ」
いつまでもベッドの上に座り込んでいる若者に声をかけると、アメリカはなんだか気分を害したようだった。彼の育て親、イギリスに言及したのがいけなかったのかもしれない。
まったく朝からとんでもない目にあったものだ。
グラスに注いだ水は生温く、フランスの喉を滑り落ちる。半分ほど飲んだところで、強引に手の中のグラスを奪われた。
「ちょっと零したでしょうが! どうしてお前はそう強引なの!」
実に気持ちのいい飲みっぷりでグラスを空にしたアメリカは、フランスの抗議などなかったように、「じゃあ、また後で!」という晴れやかな笑顔とともに、フランスの右頬に軽いベーゼを送って去って行った。
まったく、嵐のような暴君ぶりであった。
あれで正義の味方と自称するのだから恐れ入る。
*
パタン、とドアが閉じて、細長い廊下に一人放り出される。振り返っても、どうせ一度閉じたドアは再び開いたりしない。だからただ前を見て歩いた。
自分に宛がわれた部屋がどこかなんて、そんなのを一度や二度寝たくらいでコロリと忘れてしまうほどには耄碌していない。
アメリカが夜中にふらりと散歩に出るという趣味を持ち合わせていないなんてことは、イギリスあたりには分かり切ったことである。眠れない夜にはただじっと丸まって、楽しいことを考える。それが実現可能なことであろうがそうでなかろうが。
それでもフランスは今朝の出来事を決してイギリスに話したりはしないだろうことも知っている。だからアメリカの真意も顕在化しない。
アメリカの声にならない無数の訴えは、こうして水面下のうちに黙殺されていくのだ。何度も何度も。何年、何十年と。
いくら無敵のヒーローだって、くじけそうになるときくらいある。せめてそれだけでも、少しくらいはわかってくれればいいのに。
ああ、ああ、「狼だ」なんて言い聞かせるくらいなら、いっそのこと実践してみせろ。そうすれば「懲りる」だろう。
ひょっとしたら始めから、ただの勘違いで火遊びで、漠然とした憧れにすぎないのかもしれなかった。
「おい、忘れ物だぞ」
誰も見ていないと思ったからこその、英雄らしからぬとぼとぼとした足取り、ため息すらついたその瞬間、急に背後から声がかかって、アメリカは文字通り飛び上がるようにして振り返った。
「え、なに、なんだい」
そこにはまだローブ姿のままのフランスが立っていて、ぽりぽりと髭を掻いていた。その手には何も見当たらない。心当たりもなかった。
ぽかんと見つめていると、ふいに左頬でチュ、と軽い音。
「夜の散歩は程々にな、青少年」
ぐしゃりと掻き混ぜられたのは頭なのに、なぜだか胸の方が痛くなって、溢れ出しそうになる涙を必死でこらえた。
「うわー……おっさん……」
「なんだとコラァ!」
本当に、大人の魅力というやつは恐ろしい。
これほど実感しているのはきっと自分くらいなものだ、と悩める青少年は考えた。
(09/11/08)
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