|
拍手御礼!
朝起きたら片方が布団に潜り込んでるシリーズ(※タイトル)土希編
実に爽やかな目覚めであった。カーテンの隙間から優しい朝の光。清潔なシーツは心地よく肌を包み、室温は暑くもなく寒くもない。
意識は完全に覚醒していたが――そうまるで昨夜の深酒が嘘のように――、もう少しだけ、このまま怠惰を貪っていたかった。幸いにして、今日は麗しき連休の始まりである。
しかしながら、腹部に感じた若干の違和感を、やはり無視することができずにトルコは起き上がった。決して尿意などという凡庸な理由ではない。もっと外部からの物理的な――。
「何してやがんでぇ! クソガキ!」
この祝福すべき朝に、思わず叫んでしまったのはトルコの過失ではない。断じて。
掛け布団をめくれば、そこに横たわっていたのは、飼い猫が紛れ込んだようなものと自分を誤魔化すには少々大きすぎる厄災であった。
「んん……うるさい……。朝くらい、静かに……しろ……バカトルコ……」
「いやいやいやそういう問題じゃねぇよ! 起きろ! このクソガキ!」
なんだかこちらが悪いような気すらしてくるが、そんなことはないはずだ、そう、確か。頑張れ俺。
引き剥がしたはずの布団に再びくるまって寝息を立て始めたクソガキこと隣人ギリシャに、真上から枕を叩きつけてやる。ぼふん、と大袈裟な音がした。
「どっから入った!」
相手は一向にこちらの尋問に答える気はないようで、すでに、覗いているのは黒とも茶ともつかないような髪の毛ばかり。
「おいコラ、そこは俺のベッ……」
「俺は……おいコラ……じゃない……」
寝ぼけた頭で、ここまで人の神経を逆なでしてみせるのには大概感心する。
「アァ? いい度胸だこの野郎、表ェ出ろぃ!」
とにかくこの聖域たるベッドを取り戻さなければ。
トルコは渾身の力を込めて、シーツとその中身の分離に取りかかったが、これがなかなかどうして手ごわい。
こんな攻防が実に五分弱続いて、トルコの爽やかな目覚めは台無しになった。
寝癖だらけの頭を晒して、床に転がり落ちたギリシャ。かといってその眼前に仁王立ちすることもない勝者の方は、額に汗を浮かべながら、ベッドに大の字になっていた。
「ムダに……デカくなりやがって……」
かろうじて上体のみを起こし、下方のギリシャを見やれば、その瞼はしっかりと閉じていた。なんとも図太い神経の持ち主である。
「コラ、床で寝んな」
肩口を容赦なく蹴り飛ばすも――単に手が届かないという理由で足が出たに過ぎない、二人の間ではよくあるやりとりだった――、ギリシャはおかまいなしだ。昔から、どこでもかしこでも昼寝を決め込む子供だった。よく言えば、マイペースなのだろう。
「あーッったくよぉ……」
結局大の男をベッドに引っ張り上げる作業に従事する羽目になるのなら、始めから無駄な体力を使わなければよかった。後悔先に立たず、と言うが、いつものことともなれば、乾いた笑いしか出てこない。
がしがし、と頭を掻いて、トルコ自身は乱れに乱れてしまったベッドを離れた。着替えや洗顔が終わる頃には、この不法侵入者が目覚めてくれているといいのだが。
*
ぱたん、とドアの閉じる音がして、トルコのにおいの染みついたシーツに顔を埋めていたギリシャは、ちらりと顔を上げた。
「トルコの……バカ……」
呟いてはみたものの、ただただシーツに吸収されるばかりで相手には届かない。さっさとギリシャを置いて出て行ってしまった勝手な男には。
客人が来ているというのに、少しはもてなすとか歓待の意を表するとか、何かあるだろう。
確かに自分の訪問の仕方もいけない。いけないとは思うが、トルコ相手に今更玄関から、なんて考えただけで笑いが止まらなくなるのだから仕方ない。
ちょうど早起きして眠かったところだし、ちょうどいいかと思ったのだ。毎度毎度のことであるのに、いちいち律儀に騒ぐトルコもそろそろ煩わしい。ようやっとベッドに引き戻してもらえたかと思えば、今度はこうして一人残される。
これではいつもの昼寝と大差ない。ここまで足を運んだ意味がまるでないではないか。
いや、完全にいつもと同じというわけでもない、か。
ふわりと香ってくるにおいに、スンと鼻を鳴らした。今しがたまでそこに人がいたという温もりが、じんわり伝わってくる。ぐしゃり丸まっていた掛け布団を引き寄せてくるまれば、この上ないほど気持ちよかった。
加えてこの爽やかな陽気、昼寝にはもってこいの日だ。
すりり、と頬を枕に寄せれば、いっそう強く香る。今すぐにでも夢の世界に旅立てるほど快適なのに、胸だけが締めつけられるように苦しい。トルコの傍にいると、いつだってギリシャはこの相反する二つの感覚の狭間に、ぼんやり浮かぶ羽目になるのだった。それでいて、トルコ本人はそんなことなどまったくお構いなしなのだ、腹の立つことに。
「おい、いつまで寝てんでェ! 茶ぁ飲むか?」
ほら、今だって淹れたての茶の香りをまとって、いつもより少しだけ柔らかい声。
ああ、今ならいい夢が見られそうだ。
「ねむ……い……」
「ああそうかいそうかい! え? 茶が冷めるから今すぐ起きたいって?」
正直に今現在の心情を忌憚なく述べただけなのに、トルコは突如ギリシャの頬を信じられない力で引っ張り始めた。一瞬で目も覚める。
「……ッ……! 痛い……離せこの、バカトルコ……」
「痛くしてんだから当たり前だろうがよォ! どうせまた夜更かししたんだろ」
ああ腹が立つ腹が立つ。少しはこちらの状況にも配慮してほしいものだ。今にも気持ちよく眠りにつこうとしていたというのに。
ああ、そういえば一体自分はどうしてトルコのところになどいるのだったか。
むりやり起こされた頭で考えてみても、うまくまとまらない。手渡されるがままに受け取った茶を口に含む。自分ではあまり茶を入れる習慣はないから、この香りと味に、トルコだなぁと間抜けな感想を抱く。
ひとつ海を越えてきただけなのに、なんだかものすごく遠くまで来てしまったような。
そう、ここは人が言うように、ちょうどアジアとヨーロッパの境なのだ。きっと自分たちの間には、想像もつかないほど大きな溝が横たわっている。
そんなとりとめもない思考に陥っていると、熱い茶を注意深く冷ましていたギリシャの頭が、突然乱暴に掻き混ぜられた。
「またくだらねぇことごちゃごちゃ考えてんだろぃ」
「……やめろ……」
図々しくも隣に腰かけたトルコが、ギリシャの背中を乱暴にさすり出す。振りほどけばそれで済む話だが、それも何だか大人げない気がして、熱い茶を飲んでいる最中でもあるし、とは誰にともなく言い訳して、好きなようにさせてやった。
「いっつもこんぐらい大人しきゃあ、可愛げもあるのにな」
調子に乗ったトルコは、ギリシャの頬や耳や髪を好き勝手にいじくっている。それらもすべて、茶があるから、と黙殺した。節くれだった指が予測のつかない乱暴な動きをするたびに、腹のあたりがむずむずするのは、きっと気のせいだ。
すべて天気がいいからで、それでギリシャの気分も最高にいいからで、普段ならこんなことは絶対に許さないのだ――と、トルコもきちんとわきまえているといいのだけれど。
かさついた指の感触。異国の香り。
もうとっくにカップの中などは空で、ただ顔を隠すように僅かに残った香りに浸っている。
それに気づいたトルコにカップを取り上げられ、代わりに寂しい唇を塞がれるのは数秒後のことである。
(09/10/16)
BACK
|