Tin Waltz 5









やせ細った大地の上を、黒雲が物凄いスピードで通り過ぎる。
吹き荒ぶ風の音が鼓膜に響いて、その不快さにアメリカは身体を震わせた。
嵐が近づいているのだと気が付く。
ぬかるみに尻餅を付いただけで大した衝撃を受けなかったアメリカは、遠くの方に投げ出されたカナダを見た。
ぐったりとした様子のカナダに駆け寄ってその身体を助け起すと、小さな唸り声が聞えた。ただ気絶しているだけのようだ。ほっと胸を撫で下ろして、心細さにカナダの身体をぎゅっと抱きしめる。どうして良いか分からず、ただアメリカはその場所で呆然とした。

風の音に紛れながら、細切れになった暫撃音が響く。
金属がザリザリと擦れて、高い音を立てて離れた。

目の前の戦いから目が離せない。

黒に近い灰色の景色の中、朱色が舞う。
流れた鮮血がどちらのものかは分からなかった。
イギリスもフランスも、どちらも同じように傷付き血を流しながら、それでも剣を振るい続けている。

(血が、)
そう呟こうとしたが、唇が強張って声が出せない。

目の前の恐怖にただアメリカは震えて、流れでる血の鮮やかさを目で追った。
イギリスの米神から赤色が滴り落ち、肩を切り裂かれ、左腕が真っ赤に染まっていた。それでも顔色に敗色は無く、それどころか見開かれた目がギラギラと輝き、イギリスがこの状態を楽しんでいるようにすら見えた。

(でも血が、あんなに血が流れて、)

切るような風の冷たさにすら、アメリカは痛みを感じたのに。それなのに本当に切り裂かれて、あれほどの血を流したらどれほどの痛みを感じるのだろうか。
それなのにイギリスは痛がる素振りも見せず、何でもないことのような表情で剣を振るう。そして。きっとそれは全て、アメリカとカナダを守る為だ。
途切れる事無く響く暫撃に、胸が圧迫されるように息が苦しくなる。胸が詰まって、喉が痛くて、呼吸をする事すら忘れそうになった。
イギリスは強い。その事をアメリカは知っている。

けれど。

(血が流れている!)

視界が霞む。冷え切った頬を熱いものが流れ落ちた。
渦巻く感情が溢れる。
不安。
恐怖。
後悔。

憤り。

(どうして何もできないんだろう?)

自分の無力感に、アメリカはただ涙した。






両手で柄を握り締め、足を踏み込んだ重い一撃をフランスが叩き込む。その衝撃に耐え切れず、イギリスの剣が手元を離れ地面に突き刺さった。
「ははっ!今度は俺の勝ちだな!イギリス!?」
切っ先を相手に向けて、フランスが勝ち誇ったように言った。
しかしイギリスは「ニッ」と笑う。真っ直ぐにフランスの刃が眉間を狙うが、それを予期していたように身を沈ませその懐に潜り込んだ。
「なっ!?」
フランスの目が驚きに見開かれる。

「バーカじゃねぇの?!」

至近距離で嘲りながら、イギリスはフランスの首元に短剣の刃を滑らす。二本の短剣をクロスさせ、鋏のように首筋に食い込ませると、フランスの喉がグビリと鳴った。
「油断するのが早ぇーんだよ!てめーはいつも!」
勝者の笑みを浮かべながら、イギリスがフランスを哀れむように見つめる。握り締めていた剣を手放し、フランスが溜め息と共に目蓋を閉じた。

勝敗は決した。

明確な敗者としての姿を見て、イギリスは剣を収める。
その様にフランスが「・・・相変わらず詰めが甘い」と呟いたが、別のことに気を取られていたイギリスにはその言葉が届かなかった。少し離れた場所で呆然としている子供を見つけ、既にフランスへの関心をなくしたイギリスは、そちらへ駆け寄る。
「アメリカ!カナダ!」
名前を呼ぶと、アメリカがびくりと身体を震わせた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を見て「怖い思いをさせたな」と、少しイギリス反省する。再度ちょっかいをかけてこないよう徹底的に叩きのめしたのだが、子供の前だった事を思うと、もう少し手加減するべきだったかと思う。特にアメリカは今までこういった争いに無縁だったから、その衝撃は大きかったかも知れない。
しかしそれでも、これでもうフランスが何かしてくる事は無いだろう。最後で手を焼かされたが、これで完全に英領としての「カナダ」を手に入れた。
カナダを抱きしめたまま、こちらを見上げているアメリカに小さく微笑んで、安心させるようにその頭を撫でた。
「・・・大丈夫だ、もう終わった」
失神したままのカナダを抱き取り背負うと、アメリカに向って手を差し向ける。既に血は止まったが赤く染まった腕に、スカイブルーが怯えた様に大きく揺れ動いた。そっとイギリスの手のひらを握り締めて、子供はただ俯く。
冷たく凍えたアメリカの小さな手のひらを、確かめるように握りこみながら、湿りを帯びた大気を感じ虚空を仰ぎ見る。嵐がもう直ぐここまでやってくる。
その前に帰り着かないといけないだろうと思う。
今更に馬を潰した事が悔やまれた。しかしイギリスに後悔はない。背中に背負った重みと、握り締める手のひらの冷たさを感じながら、ただ心の底から良かったと思った。
得がたいものを得、失いがたいものを失わずに済んだ。

心細そうに、アメリカがこちらを見つめていた。
それに微笑んで頷く。


「さぁ、帰ろう」
―――帰るべき場所へ。






ゆらゆらと揺れる世界の中、カナダは夢を見ていた。

とても断片的で、よく意味の分からない内容に、直ぐにこれは夢なんだと思った。夕闇を背中にして、自分とイギリスとアメリカが並んで歩いていた。声は聞えない。けれど夢の中のイギリスは、何か楽しそうな表情でアメリカとカナダに話しかけていた。とても優しくて暖かい空気をまといながら、楽しそうに笑う。その穏やかな雰囲気にカナダも嬉しくなって笑った。しかしイギリスを挟んで向こう側を歩くアメリカは、何が気に入らないのかとても気難しい顔をしていた。何かを思い悩んでいるようにも見えた。いつもと違うアメリカがカナダは気になったが、イギリスはそれには気が付いていないようだった。「どうかしたの?アメリカ?」と聞こうとした途端、まるで拒絶されるように意識が覚醒し、瞬間、カナダは夢から目を覚ました。


(・・・あれ?まだ揺れている・・・?・・・)

グラグラと動く視界に、カナダはまだ夢の中に居るのかと思う。しかし聴覚は音を拾い、体を走る鈍い痛みの痛覚が、これが夢ではないことを教えた。
ぼーっとした頭で、意識を失う前の事を思い出す。
(ああ、そういえば僕、放り投げられたんだっけ・・・)
動物の子供のような扱いに少し悲しくなったが、それでもあれからどうなったのだろうかと思う。
今の自分の状況がいまいち掴めない。
イギリスが駆けつけてくれた所までは覚えていたが、情けない事にその先の記憶がスコンと抜けてしまっている。
(ああ、なんでいつも僕ってこうなんだろう・・・)
こっそり落ち込みながら、それでも身動きすらできないカナダは目の前の背中にぐったりと身体を預けた。
情けないと思いながら、それでも視界の端をチラチラとかすめる金色と、背中越しに感じる体温に安心する。ふと突然、その暖かさに少し甘えたくなって、カナダはもう一度目を閉じてみた。

ゆらゆらと動く、やさしい世界。

ウトウトとしだした意識の中で、アメリカの思いつめたような眼差しを見た気がしたが、睡魔に襲われたカナダは直ぐのその事を忘れた。ただもう一度目が覚めたら、その時はきっと、もう帰り着いているだろうとだけ思う。
自分たちが帰るべき場所へ。


―――きっと。












【終】











(ここまで読んでくださいましてありがとうございます)




一応メインテーマ(?)ぽいので以下に歌詞を載せてみました。
本当はアルバムを聴く事をお奨めしたいんですが、残念ながら廃盤らしいので。
(問題がありましたら教えてください)

「Tin Waltz(全文)」


一番星見つけたら 
誰かにそっと 声かけたくなりそうで
急いで帰るよあの家へ

窓灯すあかり ひとつまたひとつ
点いてはまた暮れる 闇はまた闇へと

はるかな山のかたちは 夜ににじんで
今日できることはしたよと 私に教える赤い月

蝉のこえも今はもう消えて
虫たちのこえが 闇をまた闇へと
太陽昇れば また新しい朝
今日がどんな日でも どんな生命(いのち)にも

いつか雨は止むように
誰にも朝日が来るように

今日に続く明日 山を越えた夜の
そのむこうがわに まだ眠っている
太陽が昇れば また新しい朝

今日がどんな日でも 同じひとつの朝


歌/ZABADK「桜(収録)」
作詞/小峰公子
作曲/吉良知彦






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 御影白夜様のHPロマロマ。の10000hit企画に、厚かましくもリクエストさせていただきましたv
 リクエスト文章から一部抜粋いたしますと…まぁ…
<あ、あのですね、カナダを交えた米英が読みたいんですものすごく…! あ、米英は最終的にはラブラブいちょいちょでお願いします! なんていうんですかね、こう、英は昔、米と同じように加にも顔出してたと思うんですけど、英がうっかりこう米の前で「これからカナダにも寄るから」みたいなことを口走ると、あの手この手で米は自分もついていこうとする気がしませんか!? そんな米を英は「ああ、兄弟想いのいい子だな…」と>
 ……うん、わかってますよ、皆さんの言いたいことは。
「注文細けぇよキモイよ!」みたいなリクエストに、こんなに素敵な小説で応えて下さった御影さまは本当に神だと思いました。
 この時代の米英加って、このほんわか家族が永遠に幸せであってほしいな、みたいな雰囲気を醸し出しているのに、結末を知っているだけに切なくて…というすごいロマンスがあると思うのですけれど、意外とこれを丁寧に書き切っている小説って少なくて、若干欲求不満だったので(自分では書こうとしない怠惰ぶり)、今回天井に頭ぶつけそうになるほどときめきました。夢にまで見た新大陸での日々がここにあますことなく描かれています!!
 あ、ちょ、そろそろ感想長すぎてキモくなってきたんでお暇しますけれど、まだまだ語りたいことはいっぱいあって、カナダの気持ちとか、何も知らない英だとか、米が…(ry

 もうぶっちゃけ読んで下されば言葉はいりませんよね!? 御影さま、本当にありがとうございました!!








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