※注意※
色々史実を無視してます。100%捏造です・・・。







Tin Waltz 4









ビリリと震えた背中に、イギリスはほんの一瞬だけ眉をひそめた。何か予感ともいえるものを感じ、左後方に控える部下を呼ぶ。

「―――現状は?」

「はっ!フランス軍がオンタリオの国境を越えたという報告はありません!以前ケベック周辺で駐留しているかと思われます!」
「ハドソン湾における不審船の確認は?」
「こちらも報告なしであります!」
「そうか。分かった、・・・下がっていい」
「はっ!失礼致します!」

粗末な石造りの小屋の一室、与えられた机にひじを突いたまま手を組む。苛々とした気持ちで、小さな窓の外をじっと見つめた。

薄く陰った空を流れる雲。
その速さに嵐の前兆を見る。

「おい!誰かいないか!」

慌てて人を呼ぶと、直ぐ外で控えていたのか、先ほど下がらせた部下が現れた。
「アルフレッドとマシューはいるか?」
僅かに顔を覗かす太陽は、既に西へ傾き始めている。仕事にかまけてうっかりしていたが、子供たちが遊びに出てからかなりの時間が過ぎていた。
子供たちとも顔なじみである部下は「いいえ」と首を振る。
この近くには居ない。その事にほんの少しだけ血が下がるような気がした。
「嵐が近づいている。・・・呼び戻してくれ」

(ああ、とてつもなく嫌な予感がする)

背中の震えが益々酷くなる。

(何か見落としている)

そうでなければ、先ほどから止まらない悪寒は、何を意味していると言えるのか。この感じは覚えがある。原始の精霊たちの多くいるこの地で何度か感じた、警鐘のための前兆。過去何度かフランス軍と交戦したが、その際何度もこの予兆に救われたものだ。だからこれは、今何かイギリスにとって良くない事が起こるという予感だった。
イギリスにとっての良くない事。それはこのカナダを失う事だが、前線より遠く離れたこの地で奪われる危険性は薄い。普通ならばそれは考えにくい。
内陸を通っての進攻は、このカナダの厳しい自然が天然の要塞となり、そう簡単に成功するはずも無く、また内海に軍船を進めたとしても、世界一を誇る我がイギリス海軍の敵ではない。

そこまで考えて、しかし唯一の例があることに気が付いた。

イギリスも何度か試み、その度に戦局を好転させてきた、ある意味禁じ手ともいえる戦法。


―――「国」本人による奇襲。


座っていた椅子がガタリと後ろに倒れる。
壁にかけられた上着を掴み、執務室のドアを蹴破るようにして外へ飛び出す。子供たちを捜していた部下が、イギリスを見て顔色を青くした。
「閣下!この周囲には居りません!!」

「ああ、わかっている!」
すぐさま召集をかけて戦闘準備の指示を下す。
「フランスが来ているぞ」
「!で、では直ぐに軍を向わせましょう!」
隊列を組み始めた竜騎兵隊に、しかしイギリスは首を横にする。「国」相手にただの「人」が敵う筈もない。

「いやお前たちは待機して、周囲の警戒だけでいい。―――それよりも、誰か馬を!」
イギリスの言葉に部下の表情が変わる。
「まさか」

「ああ、出る」

サーベルとマスケット銃を背中に背負い、腰のベルトに短銃と短剣を差し込む。渡された手綱を握り、粗末な鞍の殆ど裸馬に近いその背中に乗り込んだ。
「閣下!」
「単騎で行く!いいか!お前たちは待機だ!」
馬の腹をブーツの踵で強く叩いた。栗毛馬が大きく嘶く。疾走を始めた馬上で身を低くすると、困惑気味の部下を残して、イギリスはチャーチルの町を後にした。






カナダは後悔していた。

イギリスの言葉を聞いて、ちゃんとアメリカにも強く主張すればよかった。そうすれば今こんな事にはなっていなかっただろうと思う。
「カナダを放すんだぞ!」
足元でアメリカが叫んだ。
身動きの取れるアメリカは、果敢にもフランスに襟首を掴まれた状態のカナダを助けようと腕を伸ばす。身動きも取れず逃げ出す事のできないカナダは、ただ震えた。

「こらこら、お兄さんの邪魔するんじゃないよ?じゃないとお前も攫って行っちゃうぞっ?」
「!そ、そんなの駄目なんだぞ!そんなのひとさらいでようじしゅみなへんたいなんだぞ!」
「・・・何それ。なんて言葉教えてんだよ。でも仕方がないかな〜元ヤンの坊ちゃんだし」
「イギリスの悪口は言っちゃいけないんだぞっ!」
「・・・いや、これ事実だから」
ははっと呆れたように笑って、フランスは足元でまだカナダを助けようとしているアメリカの頭を押さえつける。

「こらアメリカ!いい加減にしないと、本気でお兄さん怒っちゃうぞ!?せっかく見逃してやろうとしてんだから、大人しくママの所へ帰りなさい!」
「うーっ!!」
圧倒的な身長差に、アメリカが口惜しそうに唇を噛んだ。
カナダは既に諦めモードで、襟を掴まれたまま空中で身体をプラプラさせていた。

「・・・イギリスは、ママじゃないんだぞっ」
悔し紛れのようにアメリカが言う。
「んー?そうなの?まあお兄さん的には別にどうでもいいけど、お前さんにそんな事言われたらイギリスのヤツ泣いちゃうかもな〜」

「!イギリスは強いから泣かないんだぞ!」

「強いね〜まあ確かに凶暴ではあるけど。どうかな〜?肝心の爪の部分がこんなに甘いヤツが強いかね?」

馬鹿にしたように笑うと、フランスはこちらを睨んでいるアメリカを見た。

「アイツはね、大事な物ほど隠したがるんだ。誰にも見つからないようにと、無意識に大切に大切にしちまうんだよ。だからイギリスから何かを奪うとしたら、実のところ簡単なのさ。全てはその懐の中に転がっているんだから」

口の端を嘲りの形に歪めて、フランスが失笑する。

「いつまで経っても、あの坊ちゃんは坊ちゃんでしかない。いつまでも内面の甘さを捨て切れない。弱さを。だからいつまでもこうやって裏をかかれる」

やれやれと呟くフランスの声はどこか心配げだったが、しかしそんな些細な変化に気が付かないアメリカは、ただイギリスを悪く言っているとだけしか思わなかった。

「フランスの馬鹿!イギリスは強いんだぞ!」
「そうだよぉ。イ、イギリスさんは、弱くなんか無いよぉ」
憤慨したアメリカに、泣きそうになりながらもカナダが同意する。

「・・・おやおや、健気だねぇ〜。泣かせるねぇ〜」

子供たちの言葉にフランスが哂った瞬間、「ダーンッ」と銃声が響いた。


「っ!」


フランスの左耳下を弾が掠め、彼の自慢の金髪が一房、地面に散らばる。カナダを傷つける事無い、狙い済ましたような一撃にフランスは小さく「来たか」と呟いた。

そして狙撃された方向を振り向いて、声をかける。

「よおっ!速かったな?!」

マスケット銃を構えてこちらを睨む相手に向って、のん気に挨拶をすると、途端に相手の眼差しが歪んだ。肩で息をしながら、それでも構える銃身はぶれる事無くフランスに向けられていた。
足元には馬が泡を吹いて倒れていて、よほど無茶に走らせたのだろう。その有様にいかに彼が急いでここまで来たかが分かった。

「よっぽどいい馬を使ったみたいだな?」
潰れた馬を見てフランスが残念そうに言う。

「・・・ああ、お陰で軍で一番の駿馬を駄目にしちまった」
「あーあ、勿体ねぇーの。潰すくらいなら俺にくれよ?イギリス?」
「てめぇー!誰の所為だと思ってんだ!このエロヒゲ!アメリカとカナダを放しやがれっ!」

イギリスが壮大に怒鳴って、もう一発放つ。
それは絶妙なギリギリさでカナダとアメリカを避け、フランスの鼻先をかすめた。

「はははっ!やーだね!いくらガチンコで負けたからって、ここまで来て「はいそうですね」と引き下がれる訳ないでしょ〜?」
「・・・条約を無効にする気か?」
「そんな事はしないけどねー、ただ」

ぽいとフランスはカナダを放り出すと、ついでにアメリカを押さえつけるのも止めて、イギリスに向き直るように体勢を変えた。対峙したまま一歩、足を進める。
それに対してイギリスもマスケット銃を放り投げ、サーベルを握り締めた。その慣れ親しんだ感覚に、イギリスの気分も好戦的に高まる。

自然と口元に笑みが浮かんだ。

「ただ?」

「そう、ただ仕切り直りを望んでいるだけさ」

スラリと抜かれた鋼色のレイピアが鈍く光った。
追い詰められた獣が牙を剥くように、フランスは笑う。


「―――「国」同士でのな!」





広い湿地帯に、暫音が鳴り響いた。






(そして、全然米英じゃなくてごめんなさい・・・)









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