Tin Waltz 3









頬を切るような冷たい風に、ぶるりと身が震えた。
滅多な事では風邪など引かない「国」ではあるが、痛覚や温度を感じる器官はあるらしい。カナダ最果ての地を取り巻く寒さに、アメリカはほんの少し後悔した。

(上着を持ってくればよかった・・・)

目の前のカナダを見れば、暖かそうな毛皮の上着を身につけている。それを内心で羨ましく思いながら、でもこんなことくらいで弱音を吐いてはいけないと思う。

(ヒーローになるんだったら、これくらいでヘコたれてたらいけないんだぞ!)

拳を握り締めながらそれでも震えるアメリカに、カナダが不思議そうな顔で「寒くないの?」と聞いた。それにやせ我慢の返事をして、アメリカが小さな身体をさらに縮こませて震えていると、暖かな何かがふわりと落ちてきた。

「これを着ていろ」

「イギリス?!」
響いた声に後ろを振り向けば、呆れが混ざったような表情でイギリスが立っていた。

「そんな格好じゃ寒いだろう?」
「う、うんん!そんな事ないよっ!」

あくまで寒くないと言い張るアメリカに、イギリスは少し首を傾け嘆息すると、しゃがみ込んで子供と同じ目線でその顔を覗きこんだ。

「見ている俺が寒くて嫌なんだよ。ほら、腕上げて」

フードの付いた毛皮に縁どられた上着を摘んで、イギリスが仕方がないヤツだなぁと言いたげな顔で笑う。「はいバンザーイ!」と声をかけられて、いつもそうやって着替えさせられていたから、条件反射で思わずアメリカは両手をあげた格好をした。
てきぱきとした慣れた動きで着せられて、前ボタンを閉めるイギリスの指先の動きをじっと見つめながら、身体を包む丁度良い暖かさに、アメリカは直ぐにその上着を気に入った。これだったらもう寒さに震える事は無いだろう。

これなら色々な事が出来そうだった。

「よーし!探検をするんだぞっ!行くよカナダ!」
「えっ!僕も行くの?」
カナダの眉毛が少し困ったような八の字になる。それでも「いやだ」と言わないので、アメリカは気にしないでカナダの腕を掴んだ。

楽しそうに動き出した(主にアメリカが)子供達に、イギリスは「あまり遠くへは行くなよ?」と声をかける。
心配が少し混じったその言葉に生返事を返して、アメリカはカナダの腕を引っ張りながら前へ進んだ。粗末な家並みが並ぶチャーチルの町とも呼べない小さな集落を数分歩くと、どこまでも続く湿地が目の前に広がった。

針葉樹がまばらに生えた貧しいツンドラの大地。

ニューイングランドの肥沃な土地とはあまりに違う環境に、アメリカは少し圧倒された。
当初の思惑など忘れたように、頭の中はアメリカの知らない、未知の世界への関心で一杯になった。世界は広く、アメリカの知らない場所がたくさんある。唯一の隣国であるカナダにこれだけの未開の地があるのだとしたら、西の大地のさらにその先の世界にも、たくさんの珍しくて面白いものがあるのだろうと思う。
そんな事を考えながらしばらくぼうっとしていると、つんつんと上着を引っ張られた。

「・・・ねぇ、これからどうするんだい?」
不安そうにカナダが聞いた。

その顔を見て、この先の事を何も考えてなかったアメリカは、ほんの少しだけ考えるように「うーん」と唸った。

「えーっと。じゃあ、あっちへ行こう!」

取りあえず前に進んでみる事に決める。景色が変わればやりたい事が見つかるかもしれない。

「でもあんまり遠くへ行っちゃ駄目だって・・・」
「だいじょうぶ!ほんのちょっと遠くへ行くだけだぞ!」
「止めようよーイギリスさんが心配するよぉ!」
「イギリスは少し心配性なだけなんだぞっ!それに迷子になっても、絶対見つけてくれるから心配ないんだぞ!」

エッヘンと胸をそらしてアメリカが言うと、カナダは変な顔をして黙り込む。それに気がつかないアメリカは、鼻歌を鳴らしながらどんどん先へと進んだ。






道なき道を元気に歩くアメリカと対照的に、元気をなくしたカナダは引きずられるように歩く。その沈んだ様子に、さすがにアメリカも気になったのか、後ろを付いてくるカナダを振り返った。

「どうかしたのかい?おなか痛いの?」

「別に痛くないよ」
「じゃあ、どうしたんだい?黙り込んで」

「・・・何でも無い」

言葉の割に弱々しい反応するカナダに、眉を寄せてアメリカが「何でもなくないだろう」と頬を膨らます。

「別にアメリカが気にするような事じゃないよっ!・・・ちょっと、その、・・・落ち込んでただけだから」
「??何で落ち込むんだい?」
本気で分からない様子のアメリカに、カナダは何かを諦めたような溜め息を一つ吐いた。

「ちょっとだけ、・・・君がうらやましいなぁと思っただけだよ。だから大したことじゃないよ・・・」

「うらやましい??」

この言葉にもただ首を傾げるので、何だか色々な事がどうでも良くなったカナダは、近くの地面にしゃがみ込んだ。

「・・・君とイギリスさんの関係が、本当、うらやましいなぁーって思って・・・」
ぼそぼそとした声でカナダは言う。

「僕はあんな風に心配してもらったりした事少ないから、心配かけたくないとか思うけど、君は違うんだろう?それより逆に心配させたいとか思ってるみたいだし。そういうのって僕にはできないよー。怒られて嫌われたらって思っちゃうもん・・・」
「うーん。確かにイギリスは怒るけど、いままで別に嫌われた事なんか無いんだぞ?」
「それは君だからだよー。アメリカって今まで、ずーっとイギリスさんと一緒だったんだろう??それって好かれているって事だよねー。何だかいいなーって思う」
「そうかなー。確かにイギリスはよく遊びに来てくれるけど、でもそれだったらカナダだって同じだろう?同じ顔だし」
「・・・顔は関係ないと思うよ?」
「だってイギリス、今回ここへ来る時だってギリギリまでカナダのとこに行くって言わなかったし。よくよく聞いてみれば、何度も君のトコにも遊びに行ってるみたいだし。その上どんなに頼んでも連れて行ってくれなかったから、密航して付いて来たけど。俺のほうこそ、ずーっとうらやましいと思ってたんだぞ」
「・・・アメリカが?」
「そうだぞ!しかも今回は1ヶ月も居るって言うし!」

「それはだって」
カナダが「仕方がないことだ」と言おうとして瞬間。

「ママの大事なお仕事の為だもんな〜?」

言葉に覆いかぶさるように、背後から声が降ってきた。

「「!?」」
アメリカとカナダは勢いよく後ろを振り返る。
その慌てた様子の子供たちを見て、振って湧いたように現れた存在が楽しそうに笑った。
サラサラと流れるような、カナダと同じ髪質をした金髪を日の光に透かしながら、無駄な仕草でかき上げるようにしているその存在。

イギリスの仇敵にして、今現在の敵。


「よっ!久しぶり!皆のフランス兄さんだよ!」



ヨーロッパの大国、フランスの姿がそこにあった。






(あと少し、あと2話くらい・・・)









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