時は、天が罪深き人類にかの聖なるお子を遣わし、再び正しき教えを授けて後1200年。 深く青き流れを湛える堂々たる国際河川。人を乗せ糧を乗せ野望を乗せ、大小様々の船が水を掻き分け進んでいく。 その両岸に、流れの恵みを受けて広がる棚田、聳え立つ堅牢な城の数々。 背後には要塞のような、鬱蒼と茂る森。日々絶えることなく往来する商い船が落としてゆく貢納。降り注ぐ太陽、大地の発露。 この恵まれた土地で、悲劇は繰り返された。 幾多の血が流れ、焦土と化した青く深い霧に沈む故郷。荒廃し切った土地に立ち、人々は胸に憎しみと、堅い掟を宿す。 すなわちこれより先、人は堕天使の領分たる、その禁じられた秘術には手を染めないと。 そうして憂いを取り払った君主たちの、停滞した支配が続く――。 thou wilt get thine innocence tainted A LITTLE, not in body but in MIND 「西の森にまた悪魔の使いが出たそうだ」 「おお怖い。我々人間がかの邪法に手を染めるのは罪深き過ぎた業と我らの祖先が禁じて早数百年、それなのにあいつらは畏れもなく神を愚弄する」 「この間も町が一個消えたってなぁ」 「今に神の裁きが下る」 「悪の帝国の手先を見つけたら、我々が神に代わり裁きを下すのだ!」 「違いない! そうだろう、正義のさすらい人。お前も王国が召集した邪術狩りの戦士だろう?」 浮かれ酔い騒ぐ人々のひしめく酒場で、一人杯を傾けていた男は、急に水を向けられてハッと顔を上げた。見れば町の男たちなのだろう、血気逸る様子で熱弁を振るっている。 「も、もちろんだとも! 俺はヒーローだからね!」 「ああ、その短銃とやらをようく見せてくんな、旅の人。かっこいいねぇ、これが荒くれ者ののさばる砂漠を切り拓く新兵器ってやつかい」 「短銃じゃないよ、拳銃さ。俺の早撃ちが見たいかい?」 得意げに言い放った男の手から、愛用の拳銃を奪って、人々は我先にと眺めたり撫で回したり。その勢いにやや圧倒される。 「これぞ人間の技術の結晶さね。やはり人は罪深き禁断の業になど頼るべきじゃない。こうしてコツコツと神のために働き、いいものを作っていく」 「その通りだ。清貧と勤勉こそが我らの誇り」 「過ぎたる欲、身に余る力は破滅への序章」 「今こそ驕った帝国の奴らに思い知らせてやろうぞ! 我ら自由と正義の王国が!」 オーッ、と酔った勢いの無責任な鬨の声。男は渡りに渡った自らの拳銃を酒場の端まで回収しに行かねばならず、人知れずため息をついた。 魔術を禁じ、何百年とかけてこの土地を再興してきた諸王国連合。その富を我が者にせんと、封じられた禁術に手を染め反旗を翻した帝国軍との戦いは、既に十年に及んでいた。ようやく平穏を取り戻した緑の王国に、再び恐怖を植えつける帝国軍は、ついに神の理の及ばない、遠く東方の秘術にすら手を染めたと聞く。 たまりかねた王国は、純に物理的な技術と武力のみを己の誇りとする猛者を募り、王国の勝利に貢献した者に莫大な富を与えると請け負った。そこで、男ははるばる海を越えてこの地にやってきたというわけだった。実力一つで未墾地を開拓し事業の大幅拡大を夢見るのと、ここで「悪の帝国」とやら相手に活躍して一攫千金を夢見るのは、そう大差ない。 だがここが、つい先日まで馬を駆り走り回った乾いた大陸と違って、ここまで生々しく魔術と技術の対立が叫ばれ憎しみの声飛び交う世界になっているとは、思ってもみないことだった。 何を隠そう、男はこの連合に与する王国の一で生まれ育った。その頃には戦端は開かれておらず、極めて停滞しきった、しかし長閑な日々が営まれていたものだった。そう、生き残った魔術師がひっそりと森の奥に暮らせるくらいには。 興も乗らずに酒場を出ると、目の前では、武器を調達してくると言い放って別れた連れが、木陰で若い娘とよろしくやっているところだった。 「……フランス」 出歯亀も邪魔も趣味じゃないが、思わずため息が出てしまったのだからしょうがない。 「おっ、お前、宿にいないと思ったらこんなところにいたの。いつの間に大人になっちゃって」 恥じらいに顔を赤く染め、はだけた服を直しながら駆けて行く娘に心の中で頭を下げる。 連れはそんな娘にごめんな、と声をかけ、にやにやとこちらに向き直った。 「そんなに飲んでないよ。君こそ、武器の調達は」 「あー、これから」 「もう店閉まってるだろう!」 「正直やる気起きないんだよねー、どうせお前いるし」 連れはその生業を「剣士」と自称しているが、その正体は単なるナルシストな女たらしに過ぎないと思う。彼ほど戦に疎く、軟弱な剣士を男はほかに知らない。まぁ、確かに女性の目は引く、が。 もうずっと前にこの土地を飛び出し海を渡った男に、賞金の話を持ちかけ呼び戻したのは彼であった。曰く「お前がいりゃ楽かと思って」、ということらしい。 確かにあちらの開拓地じゃ早撃ちの凄腕ガンマンで通ってはいるが、所詮は成り上がりの若造だ。だが、連れが一回りも年下の男をここまで頼るのには、訳がある。男はその「訳」に思い至って、ぎゅうと心の臓を絞り取られたような気分になった。 「……酒場じゃひどい言われようだったよ、こんなところじゃ、魔法の魔の字を唱える前に、帝国側のスパイとみなされてリンチに遭いそうだ」 「バレないように使えばいいだろう。何のための術だ。お前は、かの有名な最後の大魔術師の教えを直々に受けた愛弟子だぞ。過去最大の魔術狩りを経てほとんどの術者は死んじまった。その数少ない継承者、最後にして最大の魔術師と言われたあいつが、そのあいつが、お前ほど出来のいい弟子はいないと公言して回ってたんだ」 「やめてくれよ! そんな話、人に聞かれたらどうするつもりだい。それに、俺はもう魔法は捨てた。俺にはあんなの性に合わないよ。今の俺にはコイツがあるし、それに……あの人のことなんか、思い出したくもない」 手の中のピストルを握り締めて、男は苦々しげに吐き捨てた。何度不快感を露わにしても、連れはどうせまた、明日には同じ話を繰り返すのだろう。うんざりだった。一攫千金なら、故郷を飛び出してこの手一つに身につけた、この技で。忌まわしい秘術など使うものか。 「ところで、酒場で聞いた話だけど、一個町が消えた西の森っていうのは、昨日俺たちが寄ったところかい?」 「ビンゴ。そうそう、俺もさっきのマドモアゼルに、それを聞いてたってわけよ」 「君の場合、主たる目的と従たる目的は逆な気がするけど……。まぁいいや、それって結構ヤバいよね」 「奴らの手がこのすぐ近くにまで及んでるのは間違いねぇよ。逆に言えば、ここで俺らが奴らを一網打尽にすれば、一気に王家の寵臣ってわけだ。ひょっとすると西の町を消した帝国の手先が、もうこの町に潜んでるかもな? 闇に乗じて一気に火を放とうって肚かも……」 「火を放とうとしてるかどうかはともかく、この町に潜んでるのは確かみたいだね」 「……え、お? 何でお前そんなことわかんの? 魔法使いは魔法使いの気配がわかんのか?」 「その忌まわしい術の初級さ。君たちが魔法と呼んで特別視しているものだけど、多かれ少なかれ誰だって持ってる力だ。だから『魔法使いの気配』なんてものはない。だけど術が使われる気配はわかる。どんなに上級の術者が、巧みに覆い隠してもね」 連れは軽薄な口笛を吹いた。 「俺もせっかくあいつと腐れ縁だったんだから、習っておけばよかったかなぁ」 「君があの人に頭なんか下げるタマかい、それにこんなの、知らなくていいよ」 町と外部を隔てる深い森。闇の向こうで、確かに白い光が灯っている。魔法と呼ばれる秘術特有の。まだ肉眼で捉えられるほど近くはないが――。 悪意を持った力ではないようだが、この土地のものではない、不思議な気の操り方だとは思う。男は拳銃に込めた弾を確認し、静かに構えた。 「……二人……いや、三人? 気配が脆弱でよくわからない……でも、二人いるのは確かだと思うよ。かなり、強い」 「マジで? お兄さん全然わかんないけど」 緊張した面持ちで二人、風に揺れる木陰の奥を見据える。やがて連れも、腰にさげた剣を鞘から抜いた。 ガサガサガサッ! 盛大に下草を鳴らし、足下に滑り出してきた人影がある。慌てて銃を向けるが、どうやら飛びかかってくる様子もなかった。 「ヴェーッ! いたいー! ドイツードイツー!」 現われたのは細身の優男。木の根にでも躓いたのか、地面に蹲ってべそをかいていた。 「何をしているイタリアァ! 静かに近づけと言っただろうが!」 後に現れた大男は寸分の隙もない動作で、銃を向けたままだった男に気が付くと、サッと鋭い視線をこちらに向けた。途端、ガチン、と手の中で鉄が跳ねるような感覚に、男は愕然とただ立ち尽くした。隣でかなり腰を引きながら剣を構えたままの連れは気づいていないが、もうこの拳銃は使い物にならない。そのように、変えられてしまった。 間違いない。突然森の奥から現れたこの大男、相当の魔術の使い手だ。 あちらの大陸では、いつも飛んでくる矢や石や落とし穴を相手にしており、たまに呪術を纏っていたとしてもせいぜいが吹き矢や境界や天候に関する呪いだったから、久々の強大な術に体が震える。 こんな術が、まだこの世に。 呆然として動けない男に、大男がゆっくりと近づいてくる。手の中にはもはや鉄屑同然の拳銃一丁。足に隠した予備の銃も、どうせ歯が立たないだろうとわかった。わかってしまった。 一体どうすれば。 「何してんだよアメリカ、コイツはヤバイだろなんか! とりあえず撃て!」 事情を知らない連れが、男の名を叫ぶ。だがアメリカは、唇を噛み締めることしかできなかった。 バカ言え。撃てば暴発してこっちが痛い目を見る。 「……それが貴様の武器か、撃たないのか?」 ニ、と精悍な顔つきを歪めて、見下ろされる。――敵わない、とても敵わない。そう思った。 どうしてこんな玩具みたいな武器一つで、あの人と同等いやひょっとするとそれ以上の術者と渡り合えるなどと、一瞬でも考えたのだろう。 やむをえない。魔法を――いや。でも、それは。 あの人が授けてくれた術を磨き続けることを怠っていた身に、もはや生きる道はない。圧倒的な力の差に、肌を刺す空気が痛い。 「……フン、お前の武器はその程度か。まるで赤子だな」 男は言い放つと、それきりアメリカに興味をなくしたように踵を返した。ボソリと、アメリカには理解できない独白を吐いて。 「心を込めて育てれば、もっと強くなるだろうに。お前を守る、唯一無二の武器に」 男がスタスタと歩み寄るのは、未だ地面に這いつくばったままの、ブリュネットの青年だった。 「ヴェエー、ドイツー、痛いよぉー!」 抱き起してほしい、とでも言うように手を伸ばした青年に、容赦ない蹴りが入る。その様は、見ている方が哀れになるくらいだ。 「バカ、いつまで伸びてる! バカ、バカ、早く立て!」 だが男の方も手加減はしているようで、これはひとえに、青年の方が痛がりすぎなのだろう。 「だって石がぁあー! あ痛い痛い痛い!」 「明後日には王国の中枢にたどりつくと言ったろう! でなければ、かつて我らと袂を分かったあの東の大教会の、史上最悪の魔法陣が完成するぞ。そうなれば味方の少ない我々は壊滅だ」 男が威圧的に味方であろう青年を怒鳴りつける姿に、撃てと命じるのも忘れて、連れも呆然と剣を下ろした。どうやら彼らに戦う意思はないと、連れも悟ったらしい。こちらが彼らの道を阻まない限りにおいて。 だがアメリカの意識は別のところに捕らわれていた。 東の大教会だと? まさか。 あそこは異教徒との戦いに手いっぱい、力も随分落ちたはずだ。 「ったく王国の奴ら、秘術の独占だかなんだか知らないが、よりにもよってとんでもない奴を囲いやがって……最悪だ! この世の終わりだ! あいつが王家のためになど動くわけがないというのに! まったく揃いも揃ってバカばかりか! わかってるのかイタリア! わかったら早く立てぇえ!」 「わかりました! 俺たち急いでるんだよね! うん、わかったから踏むのやめてぇええ!」 引きずり起こされたブリュネットと、憤然とした様子のブロンドが何事もなかったかのように立ち去ろうとするのを、アメリカは思わず大声を上げて留めていた。 「待て!」 「何だ? 見逃してやったんだ、感謝してほしいくらいだな。貴様らも所詮、王国のバラまきに飛びついた魔術師狩りの輩だろうが。時間があれば、容赦はしないところだぞ」 振り返った男の目には軽蔑が露わだった。金目当て――確かにそうだった。先程までは。 「君たちの、目的は何なんだい?」 男はスッと目を細め、隣の青年を見やる。その表情に一瞬去来した感情を読み取る前に、もうその顔立ちは先程のただ憤然としたものに戻ってしまっていた。 「我らの望みか? 失われた帝国の再興だ。これは魔力こそ弱いが、皇帝一家の子孫。帝国の正当な血筋を汲むもの」 「ヴェ、ヴェー……『これ』って何だよ……あ、俺、イタリアだよ。よろしくー。えっと、俺はただ、魔法使いもみんなと仲良くできたらいいな、って……。ドイツはすっごくいい奴だし……」 にこにことのんきに吐かれたセリフに、さっき君踏まれてたじゃないか、とは言えないアメリカである。 強面に似合わず照れたのか、ドイツ、と呼ばれた男は顔を背けた。 「今の王国連合は魔法を忌み嫌うフリをしながら、その実、その目的は魔法の独占にある。それくらいのことはお前たちにもわかるだろう。大きすぎる力は時に人の目を欲で眩ませる。俺たちは、魔法使いが王国の権謀術数のために振り回され奴隷となる日々は御免だと、そう思うだけだ」 なんだかひどく筋の通ったことを言っているが、アメリカはそもそも、魔法使いという類の人種を信用できないのだった。思い出したくもない諸々の理由によって。 「君たちは帝国の悲劇を忘れたのかい? みんな仲良く暮らしたいだと? それで、罪もない人々が暮らす町を一つ二つ消すぐらいはどうってことないっていうのかい! そこに暮らす人々はみな魔法の使えない凡人だから? 君たちはみんなそうだ! 才能だの、伝統ある秘術だの! 万人に開かれない技術なんて意味がない! フェアじゃないし、夢も希望もないよ」 思わず連れの剣を奪い取って、弱そうなイタリアの方に突き付けた。するとふわり眩い光が、つるんとその切っ先を滑らせる。 「え……」 明らかな防御魔法。 なぜだ、この青年からはまったく魔力が感じられないというのに。 「困りましたね……あれは不幸な事故、王国側の防衛魔法の実験が、経験の少なさゆえに暴発してしまったのでしょう。我々の意図は町を消すことにはありませんでした。痛ましいことです」 強大で見たこともない類の力は、森の奥から近づいてきていた。顔を向ければそこに立っていたのは、見慣れない格好をした、子供のような背丈の。 「誰だ!」 軽く首を傾げた彼の、夜の闇ほどに真っ黒な髪が頬にかかる。 「日本ー! 待ってたよー、俺、怪我しちゃった」 いましがた擦りむいた膝小僧を指して歓喜の声を上げたのはイタリアだった。どうやら奴らの仲間らしい。見慣れない顔立ちだが――。 あぁ、これが正しき神の加護が及ばない、遠く東方から至ったという、例の。 「やれやれ、イタリアくんはいつもしょうがないですね」 にこり、と彼が微笑むだけで、イタリアの傷が癒えていく。 見たこともない魔術だった。少なくとも、アメリカのかつての師はこういう類の術を使わない。 「アメリカさん、我々の神術の真髄は、傷つけることにあるのではありません」 名前、言ってないのに。 「理解してはいただけませんか」 黒い瞳は、まるでこちらを吸い込もうとしているかのようだ。 「俺は、魔法を使う奴らは嫌いだよ」 アメリカは耐えきれずに、視線を逸らした。 「あなたも相当の術師とお見受けします。そのようにおっしゃるのは――」 こちらは一ミリたりとも魔力を使ってはいないのに、なぜ。 少なくともアメリカは、魔法を使わず静かに暮らしている人間の力量など計れない。アメリカの師もまたそのように言っていたと思う。 はったりか、それとも。 アメリカが返答に窮していると、ドイツとやらがフンと鼻を鳴らした。 「そうなのか? こいつが? 俺にはそうは見えないが。ただの成り上がりのガンマンだろう。武器の愛し方も知らん」 「何をおっしゃいますドイツさん、この方は、今は術からは遠く離れていらっしゃるようですが、かつては……」 はったりなどではない。なぜだかそう感じた。彼にこのまま喋らせておいては、なんだか自分の過去がすべて明らかになってしまうような気すらして――。 「黙れ!」 思わず叫んだので、連れもびっくりしたようだった。 「俺は……もう魔法なんて使わない」 怖い。 このままでは済まない気がしている。まさか十年近く前に決別したはずの力を、また目の前で見せられることになるなんて。フランスから呼び寄せられた時に覚悟していたはずなのに、ちっともわかっていなかった。 アメリカは、ぎゅっと拳を握り締めて、胸の内側から襲い来る衝撃に耐えた。 「フン、端から理解など求めていない。俺たちは俺たちの望みを遂げるまでだ。行くぞ、イタリア、日本」 一番背の高い彼が低い声でそう言えば、細身の二人も後から続く。ざっざっ、と普通の人間と同じ足音を残して、彼らは町の灯りの中へと消えていった。 途端、酒場から漏れ聞こえる喧噪が耳に戻ってくる。張り詰めていた空気がふと緩み、ぶわり、と冷や汗が噴き出す。 「……なぁ、なんだったの、あいつら」 お前何で撃たなかったの、と言われて初めて、手の中の銃の形をした鉄くずを思い出し、草むらに放った。いや、誰かが拾って試し撃ちでもしたら大変だと思い直し、再び拾い上げる。 「それより、王国が東の大魔法陣を――」 「それ、ナニ?」 連れはかつての師と違い、本当にそういったことには疎い。まったく今時の都会人という風情だ。アメリカもそうなったはずだった。のに。 「さあ。ただ、東にはそういう術がまだ残ってるんだって聞いた。一人の魔術師が扱うには強大すぎる危険な力ってやつさ。実際に使える魔術師は限られてるんだそうだけど、古代にはそれでいくつもの国が滅びたって」 だが、頭ごなしに魔術を否定し忌み嫌わないのは、やはり連れも「彼」の古くからの知り合い、と言うべきところか。 「それヤバくない? それを、俺たちに魔術を禁じてる他でもない王国が使おうとしてるって? やっぱりあの噂、ホントだったんだなぁ……。俺たちこんなところであいつら相手に賞金稼いでる場合じゃないよ」 「君に言われたくないよ! どうしろって言うのさ! 急に手のひら返して奴らの仲間になれって?」 「そうじゃなくてさ、ほら、やっぱり俺たちも、こういうのは得意分野の奴に任せた方がいいんじゃねぇ?」 先程から、頭の片隅をちらついている人影。 はっきり名前を言われたわけではないが、直接的な言及に、追い詰められたような気分になる。 会いたくない。会いたくない。ずっとこの時を避けていた。 「……俺は嫌だぞ! だいたい、あの人まだ生きてるのかい?」 「ひどい言いようだねお前。仮にも育ての親でしょう」 否定しようのない事実を、駄々をこねる子供のように撥ねつけた。 「俺は嫌だ!」 * 「で……あの人どこに住んでるんだい」 鬱蒼とした森の中、いくら満月に近い明るい夜とはいえ、ほいほい外を出歩く時間ではない。まして土地勘すらないというのに。 「お前が気配で捜してくれよ……あいつ、妙な結界張って、よほど気分がよくなきゃ俺を通してくれねぇんだ。お前が出て行ったりするからだぞ」 「関係ないだろ。君は昔から嫌われてたじゃないか」 「あれは腐れ縁の気安さっていうのー」 先程から同じところをぐるぐると回っている気がする。どうしても自然と足は月明かりの差す明るい方へと向いてしまうのだから、偶然たどり着けないのもしょうがないのかもしれない。 二人が捜し求める人物は、どちらかといえば暗闇を好むように思えたので。 「お前ら、何してるあるか」 絶対に分け入りたくない真っ暗闇を見つめていると、そのすぐ脇から、ガサリと白い物体が顔を出したものだから、二人はゆうに三メートルは後ずさった。 「うわぁー! 出たぁー!」 よく見れば出てきたのは無害そうな小さな人間である。見慣れない衣装を着て、背中には何やらガチャガチャと何でもかんでも背負っている。そんなに欲張るなよ、と言ってやりたくなるが、バクバクと心臓がうるさいのでそれも叶わない。 「我は旅の商人あるよ。中国って言うある。道に迷ってしまって。お前らは何あるか? 追い剥ぎ? 山賊? 夜盗?」 道に迷ったという相手に道を訊いても仕方がない。失礼千万な嫌疑は聞かなかったことにして行き過ぎることにした二人だったが、商人の小さな体から感じるただならぬ空気に、思わずアメリカは足を止めていた。 「そ、それ!」 「ん? 何ある?」 「背中の変な枯草だよ! 何だいそれ、すごい魔力を感じるけど……」 既に「魔力」だなんだという世界とは十年前に決別している身だ。普段なら、こんな風に明らかに魔術絡みのコメントは控えることにしているのだが、彼が背負う野草はそんな心がけを軽く忘れさせる程度には魅力的だった。 「お、お客さん見る目あるあるね。これは我が国四千年の……」 「すごい、こんなの見たことないぞ!」 興奮するアメリカに対し、フランスは胡散臭そうな目つきだ。 「よかったよかった、この国に来てから、どうも見る目ない奴らばっかりで困ってたあるね。この国では『気』の力には頼らねーあるか? 天子の徳の及ばない世界ってのはまったく、意味わかんねーある。でも今日は、この仙木のすごさがわかる奴に二回も会ったある。幸先いーあるね」 「待てよ、二回?」 「そうある。さっき森の奥の気味悪い小屋に住んで、ドロドロの鍋掻き回してた奴にちょっと売ってきたあるよ。あいつ、仙術には長けてそうあるけど、料理の腕は最悪あるね」 アメリカとフランスは思わず、顔を見合わせた。 「それイギリスだよ! どこ! どこで会ったの!」 * 「あはは……そうだな、月が綺麗だな……」 鬱蒼と茂る森。町の人間すら滅多に近寄らない最奥。そこには幼い子を取って食らう魔女が棲むという。 新月の夜には生贄を鍋に落とし儀式を行い、悪魔を呼び出し酒宴を繰り広げる。その宴を見た者は、決して生きては帰れない――。 「さっきあの商人から買った薬草、煎じて魔法薬にしてみようか? これほどの魔力を持った薬草は、世界を二つに隔てる険しい山の向こうにしか生えないと聞くぞ。今日はいいものを手に入れた」 めらめらと燃え盛る炎。覗き込むものの陰影を火影に映し出す。 「ああ、お前の角もそれですぐに治る」 慈しむように宙を撫でていた男は、ふと、頭からすっぽり被っていた黒いマントを肩まで落とした。さらり、と布に擦れた金髪が揺れる。 「今日は来客の多い夜だな」 呟いて、木戸へと向かいかけた足を止め、男は部屋の中を振り返った。不気味に揺らめく炎が室内を照らすのみだが、男は虚空に向かって微笑んだ。 「俺の目くらましを掻い潜ってここまでたどり着くとは……この国の魔術もまだまだ捨てたものじゃない」 彼の師の師の師の代から受け継がれているという宝剣を手に取り、外の様子を窺う。山奥に引っ込み人との関係を絶って早数年。力は衰えていない。外にいるのが先程のように無害かつ希少な商人ではなく、どんな招かれざる客だったとしても、対処してみせる自信があった。 ぼそぼそと、厚いドア越しに複数の話声。まったくこちらを憚る気などないようだ。 「……ここだな」 「明らかにここだね」 「……何だ、その手は」 「案内料あるよ。見たとこお客さんら、この不気味な結界に手ぇ焼いてたみたいあるし、これは我くらいの道士でなければ見破れねーある」 「やったらどうだいフランス……じゃ、俺は帰るよ……」 「いや待て待て待て! こんな雰囲気の中で一人にしないで!」 「だから俺は嫌だって言ったじゃないか! 君が一人は嫌だって言うからここまでついてきてあげただけだぞ! 何で俺があの人に会わなきゃいけないんだよ! 俺はもうとっくの昔に――」 なんだか揉めているようだ。だが男の胸は早鐘のように打って、冷静な判断を下すどころではなかった。 大切に握りしめた宝剣も放り出す勢いで、かたく閉ざされた扉に体重をかける。 「……アメリカ?」 キィイ、と軋んだ音を立て、あっさりと扉は外界の様子を切り取った。そこに立っていたのは三人の男。だが男の目に映るのはたった一人だけ。 ああ、どんなに大きくなっても、決して見間違うものか。 孤独には慣れたはずの視界は濡れ、苦々しげに顔を逸らしたかつての愛弟子の顔を映し出していた。 * 「薄気味悪いところに住んでるんだな……」 薄暗い室内を見回して、アメリカは心持ちフランスに身を寄せた。だがちらりと見やったフランスの顔の方がげんなりしていたので、やはり自分がしっかりしなくてはいけないらしい。 部屋の主と、道案内役の商人は落ち着き払った様子でお茶をすすっていた。 「魔力を研ぎ澄ますためだ。薬草を煎じようと思ってたから……。お前らが嫌ならちゃんと灯りをつける」 「何それ、お兄さんのときはそんなサービスないくせに!」 「当たり前だヒゲ調子乗んな!」 騒ぎ始めたおっさん達は無視をして、アメリカはとにかく、自らの純粋な知的好奇心を満たすことにした。 明らかに年下なのに、妙に堂々と構えている黒髪の男。 「そういえば、君が道すがら言ってた仙術っていうのは何なんだい? 俺の知ってる魔術とはまた違うな。……あ、そういえばさっき君みたいな雰囲気の奴に会ったよ、確か――日本、とかなんとか」 その名を挙げた途端、澄ましたままの男の瞼が、ぴくり、とわずかに動いた気がした。 「……日本? あいつがこんな遠くまで来てるあるか?」 「知り合いかい? 道理でなんか似てると思ったんだ」 だがにこりと笑ったアメリカの顔を睨めつけて、中国は不機嫌そうに息を吐き出した。 「あんな奴は、我とはなんの関係もねーある! あいつはこともあろうに、師たる我に禁断の奥儀を向けた奴ね! だから我は、今じゃ自ら術を使うことのできねー体になったある。ただ薬草を煎じるだけ……」 苦々しげに吐き出されたため息。その闇のような瞳には、赤い炎が映り込み揺らめいている。 「え……」 つい先頃向けられた、凛と涼やかな漆黒の瞳を思い出した。あんなに大人しそうな顔をして、人とはまったく見かけによらない。 そうだ、そういえば自分たちが会いたくもないイギリスに会いに来たのには、理由があったのではなかったか。 「ええと、そうだ、その日本って奴は、史上最悪の魔法陣を止めに行くんだって言ってたけど。王家の誰かが、東の教会の大魔導師を雇ったらしくて。なんか、魔術で滅びた古代帝国の正当後継者だって奴とつるんでさ。王国を倒して古代帝国を復興するんだって。まぁ、肝心の後継者ってやつは肩書きの割にすごく弱そうだったけど」 なんのオーラも感じなかった、と呟けば、黙ってアメリカの報告を聞いていたイギリスが、アメリカの知らない遠い過去に思いを馳せるような、アメリカの大嫌いな顔をした。 「……伝承によれば、あの帝国の末裔は今も永代呪文をかけられて、一切の術が使えないらしい。ただ一つだけ、禁断の魔術を体に宿すのみだと聞いたけどな……」 表情はどうあれ、内容が聞き捨てならないことは確かだった。 「禁断の、魔術?」 「俺も詳しくは知らない。かつて魔術により比類なき栄華を誇った、失われた帝国の子孫だけがその子細を知っている。まぁ、――この世をサラにできるくらいには、強力な魔術らしいぜ」 * 王宮を目指すのは夜が明けてから。 イギリスの断固とした主張で、一同は狭苦しい小屋に寝床を求めることになった。 明け方近くになっても寝付けず、アメリカはこっそりと小屋を抜け出し、白み始めた空を眺めていた。少し肌寒い。 ぶるり、と震えたところで、背後から聞きたくない声がかかった。 「なんだ、その銃は」 顎でアメリカの腰のホルダーを示して見せた彼は、両腕をさすって身を縮めている。寒いのなら、昨夜身にまとっていた怪しげなマントでも羽織ってくればよかろうに。 ホルダーから取り出した銃を眺める。なんだ、とはなんだろう。 ああ、そういえばこの銃、帝国の一味に妙な魔法をかけられて――。 「変な魔法がかかってる」 気づけばイギリスはまだ寒そうに震えながら、アメリカのすぐ傍に立っていた。こんなに近くにこの人を感じたのは何年ぶりだろう。 やや複雑な思いで、尋ねた。 「変な魔法……悪いものかい?」 そういえばこの銃をいとも容易く使用不能に陥らせたあの男。いかつい体躯に厳めしい顔。銀の甲冑を身にまとい、常人にはとても振り回せないであろう大きな斧を提げていた。 我々魔術師が権謀術数の奴隷となるくらいなら、か――。 「いや? 武器の扱いに長けたものの魔法だな。ちょっとツボを突くみたいな、簡単なものさ。かけた奴は腕のいい武器職人なんだろう。悪意は感じねぇよ」 「職人? そんなの魔術師とは対極の存在じゃないか」 「そうでもないぞ。昔はみんな、自分の武器に魔力を込めて育てていったものさ。それが上手ければ上手いほど、武器は使い手の特性に合ったものになって、100%の力を発揮できるようになるもんだ。優れた職人はマスターとかマエストロとか呼ばれて尊敬を一身に集める。長い長い修行が必要な、繊細な技術さ。その時代に比べりゃ、今の武器なんてただの鉄クズみたいなもんだ」 よこせ、とでも言うように差し出された手の上に、恐る恐る拳銃を乗せる。 とんとん、とイギリスが二回銃身を叩いただけで、ぽろり、と固まった土が筒からこぼれ落ちた。 「ほらよ、これでもう大丈夫。俺は職人じゃねーから、大した魔力は込められねーけど」 手渡された愛用の拳銃を上から下から矯めつ眇めつする。どこが変わったようにも見えないが、確かに感じるのは。 「……認めたくないけど」 なんだか前よりも、手になじむような気がする。どんなピンチにも、アメリカの思い通りに動いてアメリカを助けてくれそうな。 「あ?」 やっぱり、この人はすごい。 「やっぱり、君は……相変わらずオカルトだなって思ってさ!」 「あんだと?」 やがて遠くで鳥が啼く。そろそろフランスたちを叩き起して出発せねばなるまい。ヒーローたる自分が、世界を救うために。 「なぁ……お前ほんとに、もう魔法は使わないつもりか?」 背中にかかった声に、振り返ることができない。 自分たちの間にはまだ、深い溝が横たわっている。 「言ったろう。俺は新大陸で新たな時代を築くんだよ。……強い魔力を持つ者だけが、この世の富と権力を独占するなんて時代は、終わりにしたいんだ」 ああ、朝日が眩しい。 「そ……か……。お前は俺の弟子の中で一番の実力を持ってた……でもお前がそう言うんじゃ、仕方ねぇな……」 きっと寂しそうな顔をしているのだろう。誰より孤独を嫌った彼だから。 だがアメリカは、振り返るわけにはいかなかった。 やがてごそごそと、フランスや中国が起き出す音がする。彼らのためにも朝食を作りに行かねば、と言うイギリスを引きとめた。彼の朝食は確かに昼食や夕食に比べれば美味しかったが、それよりもあの二人に任せた方が得策である気がしていたからだ。 ならばその間に旅支度をする、と腕まくりを始めたイギリスを手伝って、埃っぽい古文書をホイホイと布袋へ詰め込むことになった。 まさか彼と旅をすることになろうとは。十年前、彼のもとを飛び出した時には想像すらしなかった。もう一度、自分が「魔法」なるものと関わることになろうとも。 「……お前が言ってた、王宮にいるっていう東の術者。たぶん、ロシアだろう」 容赦なく怪しげな道具をアメリカに手渡しながら、イギリスはぽつり言う。 「知ってるのかい?」 「同じアカデミーを出た」 イギリスが進んで自ら過去のことを話すのは、アメリカの知る限り初めてだった。少しは、大人と認めてもらえたということなのだろうか。 これまでは違ったのだ、と思うと、やはり嬉しくもない。 「……東の教会って言ってたぞ、君とは宗派が違うんじゃないの」 「自慢じゃないが、昔は俺も随分ヤンチャした。色んな秘術に手を出してな。俺も力に魅入られた者の一人だったってわけさ。でもお前に出会って、魔法が作り守る清く正しい社会を、お前たちの代に残したいと思った……それで、そういう危ない術は捨てたんだ」 初めて聞くイギリスの想いに、返事ができない。 だから何だと言うのだ。イギリスがどう思っていようと今更、アメリカの気持ちは変わりはしない。 そんなアメリカの心中を知ってか知らずか、イギリスは話を続ける。 「……俺はあいつのことは好きじゃねーが、妙に子供っぽい無邪気なところのあるやつだった。案外、王家の奴らに利用されてるだけかもしんねーな。何にせよ、今んとこ現存する古術に一番精通してるのはあいつだと思う。アカデミーでの成績はいつもトップだったし、たまに教授の知らない秘術まで知ってた。古文書を漁らせると右に出る奴はいなくて。――とにかく敵に回すと碌なことがない。取り込めるなら、こちら側に取り込むのが得策だと思うが」 こんな風に他人を認めるイギリスを見たこともなかった。 あんなに近くで寄り添っていたようでいて、自分はまったくイギリスのことなど知らなかったのだと思い知らされると、なんだか複雑な気持ちになる。 ――ロシア。アメリカの知らないイギリスを知る、強大な異教の魔術師。 香ばしいにおいを漂わせながら、二人が「朝飯だぞ」と呼ぶ声が聞こえた。 「よし、行こう!」 世界を救う旅に出る。 決して逃げだしたりするものか。だってアメリカはヒーローなのだから。 たとえこの旅路で、目を背けていたものすべて、暴かれようとも。 ええと、続きません……orz イタちゃんは公式設定で使えない子だが(いつも棺桶入ってるので経験値入らない、という)、この話の仏兄ちゃんの使えなさヤベェ……ごめんなさい……! たぶん女の子をたぶらかして情報収集する役だよ! きっとそう! このあと、結局連合パーティと枢軸パーティは王国と帝国の上層部に位置する、魔術を独占して悪だくみしようとする人々を一緒に倒すと思います……ご都合主義ー……だって世界は仲良しが一番だよね! ええと、ファンタジーなので、勢いと雰囲気で読んでください。時代設定とか、特に整合性はなく、全部イメージで構成されています(ラ●ン川クルーズすばらしい!)。最初の解説部分は何かそれっぽいBGMをご自分で補ってお読みください(……)。 どの辺が米英なのかというくらいドイチュに愛を注ぎすぎたのはもうバレていると思いますが…うん…ドイチュ語もできないくせにドイチュ語タイトルをつけたいと血迷ったくらいには…(最終的になんかカッコイイの思いつかなくて、「心は少し汚れますが」を自分なりに英訳してみました。中途半端に擬古文気取ったらたぶん間違いだらけ…英語キライ)。中世っていえばイギイギもだけどドイチュもだよね。 ぶっちゃけ私のRPG経験値が少なすぎて「RPGって何だっけ……」と途方に暮れた末、こんなんなりました。もっと勇者とか王様とか姫様とかドラゴンとか出た方がよかったんですかね……それとも月が落ちてきて地球が滅亡するのを食い止めるとか、未来と過去を行き来して核戦争で滅びる地球の未来を変えるとか……どれも全クリしたことはありません。誰か自動でレベル上げしてくれないかなー…あと目的地までの明確な地図を提示しろ。とか言うときっと本田さんに怒られるな…。 the本2のおまけRPGはずっと気になっていたので、こうして練りに練ったパロディができてとっても楽しかったです! 求められている以上に変な気合いを入れてしまった気がしますが(そして中身もなく設定説明に終始した気がしますが……あ、あんまり闘ってない! しまった!)、一続さま、どうぞもらってやってください!! リクエストありがとうございました! *おまけ ガーッザザッ、とトランシーバー特有の雑音が耳のすぐ傍から聞こえ、フランスは一同に対し、手を挙げて黙るよう指示した。 『あ、あー……皆さん、プレイ時間が十時間を超えましたので、いったん出ましょう』 イヤホンから流れる穏やかな低い声を聞いた途端に、ヒーローらしく神妙ぶっていたアメリカが、顔を崩してぶーたれ始める。その口の中には朝食のトーストが詰め込まれたままだ。 「えーっ! なんでだい、ここからがいいところじゃないか! 俺今日一発もガンマンしてないんだぞ!」 「お前がザコキャラ全部お兄さんに倒させるからでしょーが」 「だって君の攻撃は弾もMPも使わないだろ。原始的に剣振り回すだけでさ」 「なんだとぉ! お兄さんの華麗な剣技をナメんなよ」 十時間――もうそんなに経ったか、といつもの癖で腕時計を確認してしまうが、当然、中世の騎士さながらの衣装にそんなものはついていない。フランスは色男もつらいね、と人知れず肩を竦めた。 『お気持ちはわかりますがアメリカさん、いけませんよ、これ以上やったら廃人です』 日本の妙に同情的な取りなしにあっさりと保護者顔で賛同したのは、センスの欠片もない暑苦しい真っ黒な衣装に身を包んだイギリスだった。 「そうだな、明日も仕事だろ、アメリカ」 『ではまた、日曜に』 日本の常識的な提案に、一同は名残惜しいながらも納得し、騒いでいたアメリカも、「早く全クリしてエンディング見るんだぞ!」と合言葉を吐いた。 では、との掛け声に従って、スムーズな意識のスライドのために目を閉じる。ゲームをやめるためのリモコンは、一括して開発元の日本が操作することになっている。これで、一人ゲームの世界に取り残される心配もない。 が。 『……あれ、おかしいな、あれ……』 カチカチカチ、とイヤホン越しにボタンを連打する音。 なるほど、一人取り残される心配はないが、皆仲良く取り残される心配はあったわけだ。 フランスはどこかのんびりと考えた。 『何、日本製のくせにまさかの故障か?』 「何やってるあるか日本!」 『そんなはずないんですけど……ちょっと待って下さいね……っ、……あああああぁ、え、あ、でも、そんなはず、そんなはず……』 『もういいよー、こうなったら最後までやっちゃおうよー』 それよりお腹すいたよー、といつもの調子でわめくイタリアに一同なごみ、フランスもそれを援護した。 「そうそう、クリアしたら出られるかも、しれないしな」 その頃のロシア、独白(魔法陣脇、セーブポイントを見つめながら)。 「あれ、なんか変な設定いじっちゃったかも……まぁいっかぁ、おもしろそうだしね! コルコルコル……あ、僕なんだかラスボスみたいになってるけど、一応、最後に合流する最強のパーティメンバーだよ☆ ……でも、大体その頃になると、それまで使ってたキャラに愛着湧いちゃって、なかなか新キャラって使う気になれないんだよねぇ……♪ フフッ……どうして僕、こんな役なのかなぁ……」 (2009/6/4)
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