「イギリスさんが……その……食材を扱いますと、素材の味を殺してしまうと言いますか何といいますか……。まずは素材そのものの特性を知ることです」

「イギリス、お前の味付けにはセンスがない。美意識がない。んでもって愛がない。ソースは女性を慈しむように作れ」

「男ならガーッとブァーッと、タイミングあるよ! 何あるか、そのたどたどちまちました手つきは! ほら、火力を上げる!」

「スパイスとかハーブとか、うまい使い方、習ったりしねぇのかぃ? こういうのは年寄りの知恵に従っときゃあ、たいてい美味いモンが出来上がるってもんよ」

「まずは落ち着いて、美しい音楽を聴き、森の自然を眺めなさい、このおバカさんが。そうすれば自ずと感性も磨かれるものです」

「辛さが足りない気がするんだぜ!」

「ヴェーエエエエ、ごはんまずいよぅあううう!」

「メイプルかけるとおいしいですよ」

「うっわー、トマトそうやって切る奴、初めて見たわぁー」

「イギリスー、塩はないのかい? あとケチャップ」

「……っああもうッ! お前ら、黙れッ!」


料理はheartで勝負!


 音を立てないようにそっと、アメリカがドアを開ければ、中は予想通り薄暗くて、人工的に照らされた廊下とのあまりのルクスの差に、目が慣れるまで数秒を要した。
 壁を手探りでスイッチを探す。パチ、という確かな手ごたえの後に、オレンジの光が降り注いだ。ここは寝室であるし、彼はあまりきつい光を好まないので、部屋はぼんやりと照らされる程度だ。それでも先程のホラー丸出しな状況よりはいくらか、マシになった。
「……ちょっと、何破壊的に落ち込んでるんだい。君が言ったんじゃないか。『お前らマズイマズイ言うばっかりじゃねぇか! 俺はどこが悪いとかどこを直せばいいとか、そういうことが知りたいんだよ!』ってさ」
 ギィ、と自身が踏みしめた床板が鳴ると、ベッドの上の毛布の塊がぴくりと動いた。それで、アメリカは気配を殺すことをやめ、殊更明るい声を出す。
「それで、いざハッキリ言われたらそうやってヘコむわけかい? いい御身分だね」
 そっと触れると、毛布の塊は温かかった。
「……うるせぇよ」
 しばらく遅れて返ってきた声は若干、震えている。どうせまた泣いているのだろう。
「君のワガママに応えてみんな集まってくれたっていうのに、随分じゃないかい。どうして俺がフォローしなきゃいけないんだよ。それに、下に転がってるあの膨大な生物兵器たち、どうするつもり?」
 喚き散らして逃亡してしまった主役について謝り倒し同情的な視線を送られながら、彼らを見送ったアメリカの身にもなってほしい。
 背中と思しき部分を撫でる。毛布をめくって、そこにいるのが確かにイギリスだと確認したわけではないから、なんだか少し不気味ではあったが、この状況でこの塊がイギリス以外である可能性も極めて低い。声だってほら、彼そのものだ。
 ああ、もしこの毛布の中にいるのが未知の生命体だったらいったいどうしよう。
 想像して、少し震える。自身を奮い立たせるように、声はどんどん気丈になっていった。そのことが聞き手にどういう効用を及ぼすかはわからないが。
「そもそも感想なんて、逐一口に出すもんじゃないだろう。君は誰かの料理を食べるとき、いちいち『おいしい』とか『イマイチ』以外の評論をひねり出すかい? 料理番組のコメンテーターじゃないんだからさ」
「お、俺は……できる限り気づいたことなら言う……」 
「それは料理それ自体が目的の集まりだったり、そうでもしないと話が広がらない時だろう。君の料理なんて慣れっこになっちゃったら、いまさら何を言う気にもならないよ」
 たまに気分が乗れば、自分の都合のいいようにけなしてみる。それが、深い精神的なつながりの表れみたいでなんだか心地いいと思っていたのはアメリカだけだったのだろうか。ああ、きっとそうなのだろう。面と向かって言われることは少ないが、アメリカも大概、育て親によく似て「素直じゃない」とか「真の好意を表現するのが苦手」とかいう部類らしい。
 少しは自分も悪いのだろうか、なんて責任を感じてみたりはしないけれど、頭と思しき箇所を執拗に撫でて、せめてもの罪滅ぼし。
「人はいろいろ言うけど、結局好みなんて人それぞれだし、わざわざ俺の好みに合わせてくれなんて、よほど近しくなくちゃ言えないだろう。いざ言われたら、こんな風に落ち込んじゃうんだし?」
 ちょっと言い過ぎたかな、とアメリカは口を止める。これじゃまるで、普段自分が彼の料理を散々言っているのは君に近しい証なんだよ、と自惚れているみたいだ。
 今、彼に気づいてほしいのはそんなアメリカのみっともない甘えなどでは決してなくて、つまり、そうだ、面倒くさいから早く立ち直ってほしいだけなのだ。
「まったく、君は何を期待してたんだよ。君の料理は世界一だ! とでも言ってほしかったの?」
 殊更バカにしたような口調を心がけると、それは見事にイギリスの逆鱗に触れた。
「……っ、お、俺だってなぁ! この千切りは前より上達したね、とか、ここで塩が少し足りなかったからいけないんだ、とか、優しく懇切丁寧に教えてくれたらだなぁ……っ!」
「お料理教室でもないのにそんな論評する奴いないよ。そういうのを求めてるんだったら金払ってよそでやるんだね。まったくいったい何様のつもりなのさ。それでいざ、皆を集めてアドバイスしてもらったら逆ギレなんて、まったくいい大人が呆れちゃうぞ」
「ま、まずはよかったところから入るもんだろうが……! あいつら、口を開けば失礼なことばっかり言いやがって……」
「よかったところがないんだからしょうがないよ。『ちゃんと料理の前に手を洗うなんて偉いです!』ってところから始めてほしかった? それもそれで、ムカつくだろう」
 要は誉めてもらいたかっただけなのだ。この人はまったく、子供っぽいんだか大人っぽいんだか。
 言葉になんか出さなくたって、確かなものがちゃんとあるのに。どうしてこの人は気づかないんだろう。いや、気づいてほしくないのだから、それでいいのか。
 静かにため息をついて、意識して優しい声を出した。
「ほら、起きてよイギリス。一緒に始末してあげるからさ」
「何を」
 ちら、と闇の向こうに緑の光が覗く。
「フランスがよく言ってるぞ。片付けも料理のうち。あんなにたくさんの食材を無駄にしたんじゃあ、農家の人に失礼だ」
 その光に最高の笑みを向けると、さっとまた毛布の隙間は閉じてしまったので、アメリカはため息一つついて、強引にそれを剥いだ。
「ぎゃあああ!」
 まるで露出狂に遭った乙女のような声を出す人だ。なんとも失礼な。
「ほら、早く」
 構わず腕を引いて立ち上がらせる。イギリスは泣き顔がきまり悪いのか、必死に顔を背けていた。
 トントントン、と二人分の足音が規則正しく階段を鳴らす。彼の包丁がまな板を叩く音は、こんなにリズミカルではない、とちらり、考えた。
 先程ちょっとした悲劇の起こったキッチンに近づくにつれ、バターの香ばしいいい匂い。
「それに、最後に作ってたヨークシャー・プディング、俺がオーブンの設定いじっといたから、まだ焦げてないはずだよ。ほら、いい匂いがする。……あれ、焦げてなければサイコーなんだよなぁ」
「え……」
 足音に紛れて呟いたはずが、そういうところだけはちゃっかり拾うらしい。なんとも現金な人だ。
「ローストビーフもあるし」
「お前、肉ばっかりだな……」
「君のマリネやピクルスやぐちゃぐちゃスープはあんまり食べる気にならないんだよ」
「悪かったな……」
「でも、朝食のフルーツは好きだぞ」
 上げて、落として、また上げて。
 本当に疲れる性格だ。彼も、自分も。
 春はアスパラガスにラム肉、夏はサマープディング、秋は鹿肉、冬はターキー。ドライフルーツたっぷりのクリスマスプディングも忘れちゃいけない。
 口の中で崩れる加熱しすぎた食材、色も味も抜け落ちて、そこに自分の好みで塩をかけたり、果実を煮詰めて作ったソースをかけたり。
 他では絶対に味わえない、彼の味。
 アフタヌーンティーには、クロテッドクリームたっぷりのスコーン。胡瓜を挟んだフィンガーサンドイッチ。毎回変わらない茶葉のブレンドは、彼の最上級のもてなしの証。ああ、彼の元を飛び出してなお、こうして彼に歓迎される自分はなんて贅沢なのだろうと何度思ったことか。
 確かに、感動するほどおいしくはない。大きくなって、自分の足でどこへでも行けるようになって、誰とでも対等に付き合えるようになって、世界に散らばる美食の数々にも出会った。世の中にはこんな風に料理に情熱を燃やし多彩な味を生み出してきた人々がいるのかと、まったく想像もつかない世界に目を奪われ、香りに誘われ、舌鼓を打ち。
 けれど帰ってくるならこの場所がいいと、心に決めている。誰かの愛を受けて育つというのはそういうことだ。
 君はもっと自信を持て。君の作る料理にだって、君にしかないいいところがたくさんある。声には出さなくたって、言葉にはしなくたって。
 簡単に人と比べて落ち込むなんて、ばかげている。
 アメリカがこう考えていることを逐一、優しい口調で語り聞かせてあげたなら、イギリスは飛び上がって喜ぶだろう。それとも、どうしたんだよ、熱があるんじゃないのか、なんて騒ぎ出して、本気にしてくれないかもしれない。
 ほら、そういうことじゃないか。
 それこそが精神的なつながりだ、切っても切れない、深い深い。今更改まって嘘臭い美辞麗句を舌に乗せる必要もない。乗せるのは君の相変わらずな料理だけで。そうだ、きっとそうに違いない。心の中でそう決め込むと、一生懸命眉を寄せて作った、怒ったような表情が崩れるのをもう止められなかった。
「あと3分だね。まだ焦げてない」
 最近新調したという最新式のオーブンは、律儀に設定温度と設定時間を守って、イギリスお手製の、ぐしゃぐしゃっと丸めた紙のようなヨークシャー・プディングをくるくる回していた。これで焼き加減を失敗する奴はなかなかいない。
「ここでずっと見張ってる気かよ」
 こんな、どうしようもないコンプレックスだらけのネガティブでウザい人に付き合ってあげられるのも、きっと俺くらいなものだ。何せ年季が違う。こちとら幼い頃から、存分に刷り込まれてきている。舐めるなよ。
「君はローストビーフを切ってたらいいよ。パーティの仕切り直しだ」
 正直、朝っぱらから大量の食材に囲まれて、それでいて大してつまみ食いも許されず、腹が減っていた。このヨークシャー・プディングだけは失敗したくない。
 オーブンの前で腕組みをして、軽く作業台に体重をかけて、徐々に膨らみながらじりじり回るオーブンの中身を眺める。イギリスは、あんな彼でも失敗することの少ない、焼くだけという素朴さでありながら世界に誇れる伝統料理、ローストビーフを切り分ける準備をするでもなく、ぽかんと傍らで口を開けていた。
「パーティ?」
「パーティだろう。こんなにごちそうがあって」
 キッチンだけでなく、リビングのテーブルにも、先程までの騒ぎで犠牲にされた食材たちが、それぞれなんとかいう料理名を一応つけられて、放置されたままだ。
「ご……ごちそうって、おま……どうせ俺が作ったもんだし……」
「俺、こんなに世界各国の名物料理がテーブルに載ってるの見たことないぞ! まぁ、ほとんどできそこないだけどな!」
「一言余計なんだよバカァ!」
 そうこうしているうちに、オーブンがピー、とマヌケな電子音を上げて動作を停止した。勝手知ったる冷蔵庫脇のフックからミトンを掴むと、オーブンをの前扉を手前に引く。
 香ばしい、バターの香りが広がった。
「ほら、肉を切ってってば!」
 熱い鉄板から、シュークリームの弟分みたいなそれらを適当な皿にざらざらと移して、いまだにぼけーっと突っ立ったままのイギリスに指示を飛ばした。
「え、あ、ああ」
 反射的に頷いたイギリスの目尻には涙のあと。オーブンから取り出したばかりの一つを口に放り込みながら、バカだなぁ、と思った。

「あ、うまい」
















 かなさまへv
 ほのぼの、とかラブラブ、を書くのに慣れていないのですごく緊張しました…! たぶんほのぼの、とかラブラブ、になってないと思いますけど…
 やっぱりアメリカのイギリスに対する愛情はすごく、もう傍から見てて「なんでなの!?」と両肩ひっつかんで揺さぶって問いただしたいくらい、常人には理解できないレベルで刷り込まれてるんだと思います。米にとって英の料理はやっぱり最高、みたいな。
 ほんと何でなんですか!? そんな一途なメリカが美しすぎて眩しすぎてキラッ……!(←末期)
 メリカかわいいですねメリカ。あれおかしいな、気づけばメリカ語りに…。
 イギイギの料理はメリカの心のふるさとです。

 そんなわけで、心洗われる素敵なリクエストをありがとうございました!! そのピュアな心はどこに行けば手に入りますか…ッ!!


(2009/3/28)



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