第三の誤算


 これだけ長生きしたんだから、そろそろいいだろうと思う。
 そろそろ、俺だって神様みたいに、人間の感情の機微や、次に起こる事態なんかをちょちょいのちょい、と見通せるようになってもいいんじゃないか?
 もう何百年とそう思っているのに、それでも神様は俺のことをまだまだだ、とお考えらしい。俺の人生は、昔に比べればまだまだマシだとは思うものの、やはり常に大誤算の連続なのであった。
 所詮、人の歴史なんて神様の気まぐれボードゲーム。だからこそお兄さん、この世界が楽しくて楽しくて、まだまだやめられそうにないんだよね。


<第一の誤算>

 アロー、みんなのフランスお兄さんだよ。
 あー、みんな、イギリスって知ってるか? 知ってるよね、俺のお隣の、味オンチでエロ大使で元ヤンのツンデレ眉毛野郎。本当、あんなのとお隣で腐れ縁なせいで俺がいつもどれだけ苦労を被っていることやら……。
 あいつが子育てに大失敗したってことも、知ってるよな?
 何が一番大失敗かって、溺愛しすぎて束縛しすぎた挙句、独立という極端に手荒な最終手段を取られてしまった上に、ここからがポイントだ、かつ、自らの教育方針に対してそこまでの衝撃的結果を突き付けた子供に、あらぬ感情を抱いちゃった、ってところだな。まったく救えない。ハナからあいつに子育てする資格なんてなかったってことだ。そうだろ、マドモアゼル?
 そんな気持ち悪すぎる変態エロ大使にも、やっぱりアメリカは、育ててもらった時代の恩とか、思い出とか、摺り込みとか? 色々あるんだろうなぁ、いまだに冷たく突き放して「イヤ! お父さんキモイ!」って言えずにいるんだ。
 俺に言わせれば、あんな筋肉メタボの空気読めないうるさいお子ちゃまの、どこにそんなに性的魅力を感じるのかさっぱりわからないけど、ともかくそういうことなんで、俺もちょっぴり、アメリカに同情してしまったりするわけだ。
 ああ、やっぱりあそこで俺を選んでおけばよかったのにねぇ。
 だが、常人には理解できない突飛な選択の連続でここまでのし上がってきたのがアメリカというやつなのだから、実はそれでいいのかもしれない。本人も満足しているのかも。
 俺は、まるでカエルを睨みつける蛇のような視線で一心に一点を見つめるグリーンアイズに、ため息をついた。
「……おい、イギリス。知ってるか? 聖書には、こうある――みだらな思いで他人の妻を見る者は誰でも、既に心の中でその女を犯したのである――」
「それくらい知ってる! だからなんだ!」
 イギリスは目線をぴくりとも動かさない。
「もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい――」
「何が言いたい、っつってんだよ」
 イライラと、ようやくイギリスはこちらを向いた。
 そこにすかさず、スペインののんきな声。
「視線と妄想でアメリカを犯すのはやめたったれやー、って、言いたいんやろ? フランス」
「さすが我が同朋」
「誰が、いつ、あんな純粋で清廉潔白な俺のアメリカを、みだらな思いとやらで見たってェ?」
 頬を染めて慌てられても気持ちが悪いが、「心外だ」とでも言いたげにここまで居直られるとかえって腹立たしい。
「お前」
 ビシリ、と二人の声が重なって、俺とスペインは断罪するようにイギリスを指した。
 憤慨してさっさと席を立ってしまったイギリスを見送って、先ほどまでイギリスが一心不乱に眺めていた対象をちらりと見やりながら、スペインはため息をつく。
「アメリカなんかのどこがいいねん。同じ弟分なら、ロマーノの方が何倍もかわいいわー、調子乗って世界中巻き込んだりせんし」
「まぁ、百年に一度現れるか現れないかのモノズキが、たまたまイギリスだったのがアイツの運の尽きだな」
「ここまで幸運絶好調やったもんなぁ、まぁええか……」
「これくらいはな……いくらイギリスとはいえ、日々の気持ち悪ーい妄想を実行に移したりはしねぇだろうし、アメリカの方にも、応えてやる気はないようだしな」
「えー、あいつわかっとるん? そういう妄想の対象にされてるってこと」
「さすがに、アメリカもそこまでバカじゃないからなぁ」
「そこまでバカやと思っとったわ」
「……お前もだいぶひどいよな」
「ひどいのはどっちやねん」
 さらりと笑顔で吐き出したスペインは、時代は移ろってもやはり一時期の覇者であった。
「時代の趨勢は移りゆく運命だったんだよ。お前はパーッと、手に入ったもの全部使い切っちゃうタイプだからなぁ」
「あっちは倹約家ってか。はぁ……」
「俺はあいつのそういう努力家なところ、嫌いじゃないけどね」
「絶対本人には言わんくせに……いやぁ、しかし、世界のヒーローさまはモテモテやんなぁ」
「いやいや、俺のは純粋な、父性愛だからね」
「いくらフランスが変態でも、イギリスと一緒にしたりせんよー、いややなー」
 あはははは、と隣国の島国には若干ひどい笑い声が響いたところで、フランスはふぅ、と息をついた。
 アメリカはいまや世界の誰もが嫌でも注目せざるをえない、超大国である。あれで謙虚で堅実ならば世界は平和だっただろうし、それこそ世界中の尊敬と好意を、集めに集めまくっていただろう。が、彼はいかんせん、そういう静かで奥ゆかしい性質とはおよそ無縁の男だった。純粋と言えば聞こえはいいが、若い理想で世界を引っかき回し、能天気な傲慢さを隠しもしない。どんな場でも大声で、自分の主張をがなり立てる。
 フランスとて、あのやり方は気に食わないし、何度も対立したことだってある。あのイギリスでさえそうだ。
 だがどうしてか、決定的に彼を嫌い抜く気になれないのは、彼が本当に世界の「せ」の字も知らないような幼い頃、ほんの少し関わったことがあるからではないだろうか。これはまったく国民の意思とは関係ないはずだ。フランス個人の、妙な情。
 それさえなければ、フランスは彼をもっと毛嫌いしていてもおかしくなかった。それくらい、アメリカには男としての、いや、人(国?)としての魅力がない。はっきり言おう。
 島国ってのはやっぱりアレか、ああいう広大で奔放なのに憧れちゃうのかねぇ。
 と思っていたところへ、本日の会議ホストであるいまひとりの島国が、何やらバインダーを抱えてやって来るところだった。目が合うと、ぺこりと無言で頭を下げる。
「お疲れ様です。お昼のご注文を承っているのですが……。今回はですね、特製松花堂弁当、中華盛り合わせ、フランス料理、サーロインステーキセット、ベジタリアンランチの5種類から選べますが……」
「お兄さん松花堂弁当」
 手つかずだったミネラルウォーターのキャップをひねりながら、日本にウインクしてみせる。
「えー、珍しい、フランス料理じゃないん?」
「ち、ち、ち。それぞれの土地には、それぞれの風土に合った美食、ってものがあるんだよ。それを理解してこそ、真のグ・ル・メなのさ……」
「せやったら俺はステーキ!」
「……おい、人の話聞いてた?」
 突っ込んではみたものの、既に様式美と化している面がある。今さら俺が何を言ったところで、「じゃあたまにはお前の意見を尊重して」なんてことにはならないのが、この住み慣れきったヨーロッパのいいところなのである。
 よく言えば落ち着くが、悪く言えば、ときめきや新鮮さに欠ける。
「松花堂弁当とステーキ、と……」
 スペインもいい加減、同じメンツでわいわいやることに飽きているのか、ありがとうございました、と去っていこうとする島国を、持ち前の人好きする笑顔で引きとめて、内緒話でもするように、楽しそうな様子で声を落とした。
「なぁなぁ、もうアメリカの注文って取った?」
「まだですが」
「せやったら賭けせぇへん? あいつが何選ぶか!」
 すぐ賭けごとに持っていこうとするのは、先ほどまで変態変態とけなしていた某島国を彷彿とさせるが、まぁ、俺だってこの程度の他愛もないお遊びは嫌いでない。
「どーせステーキだろ。賭ける価値もねぇよ」
 ス、と取り出した10ユーロ札を軽く指で弾いてから、テーブルに置く。
「いやー、敢えてここはベジタリアンかもしれんで。最近流行っとるし」
 スペインがポケットから取り出した10ユーロはややくったりとしていた。にやにやと、腐れ縁ならではの笑みを交わし合って若干下品な暇つぶしに興じていたところで、事の成り行きを見守っていた日本が、よどみない所作で懐に手を入れ、にこりと笑った。
「では私は、『えーっ、ハンバーガーはないのかい日本! 来る時見かけたぞ、君、そこで買ってきてくれよ!』に、1000円」
 見慣れたピンクの紙幣の上に、やや褐色の紙に緑の印刷がほどこされた長方形が重ねられる。
「……え、そんなんアリ?」
「まさかなぁ、いくらアメリカでも……」
 ふ、と笑って去っていった日本の後ろ姿は、まるで「アメリカさんのことをちっとも理解していませんね」とでも言いたげで。
 俺は少し、居心地が悪くなる。隣のスペインは、何も感じなかったようだけれど。
 アメリカのところへにこやかに近づいていった日本を見守ることしばし。日本の声はこの距離ではちっとも聞こえなかったが、アメリカの声を聞き取るにはなんら不自由はなかった。
「えーっ、ハンバーガーはないのかい日本! 来る時見かけたぞ、君、そこで買ってきてくれよ!」
 俺とスペインは、しばし言葉を失った。まるで今、日本がアメリカにそう言えと指示でもしたのではないかというほど、一言一句の違いもなかったからだ。
「そんなこと言ったって、俺はハンバーガーが食べたいんだぞ、ほら、お金は払うよ、これで文句ないだろう?」
 アメリカが財布から取り出した褐色の紙片を受け取った日本は一言二言発したあと(それに対するアメリカの返答は「あ、シェイクもいるー」だった)、会場の外へ出て行った。ホストの日本はまもなく会議を再開しなければならない。アメリカごときのハンバーガーを自ら買いに行ってやる余裕などないだろうから、恐らく誰かに頼みに行ったのだろう。
 ぽかーん、と大口を開けて言葉もない。二人して衝撃から冷めやらないうちに、テーブルの上に積まれた3枚の紙幣に、すっと手が伸ばされた。
「私の勝ちですね」
 いつの間に戻ってきたのだろう日本が、俺たちの背後でにっこりと笑っていた。一見するといつも通り表情に乏しいようだが、こんなに嬉しそうな顔を見るのは、実は珍しい。
 無論、日本ほどのいい大人が、20ユーロ程度の収穫が嬉しいというわけでもあるまい。これはあれだ。
「俺たちより、わかってるってことに対して、か……」
 無意識に、とんとんと指先が忙しなくテーブルを叩いていた。議長席に収まった日本の横顔が、なんだか昨日までとは違って見える。
 ああ、日本はいつも、あの横暴坊やに振り回されて迷惑しているだけのかわいそうな世界の良心だと思ってたんだけどなぁ。
「……島国ってのは、みんなああいうのが好きなのか?」
 ああ、理解できない理解できない。
「はぁ?」
 隣でスペインが素っ頓狂な声を上げたところで、背後からごつん、と軽く殴られた。
「『島国』ってのは、俺のことか?」
「ああ、坊ちゃん、いたの? 忘れてたわー」
「それは結構」
 フン、と鼻を鳴らしながらイギリスは椅子に腰かけ、愛想もなく資料に目を落とした。
「……おい、お前、昼飯何にした?」
「何でもいいだろ別に」
「フランス料理やでー、俺日本のメモちらっと見えたー」
 スペインの余計なひと言に、イギリスは苛立たしげに机を叩く。
「別にお前の料理だから食べたかったとかじゃなくて、今日はアメリカと日本に招かれて懐石料理を食べに行く予定なんだ。それで」
「松花堂は避けたってわけね、それはまぁいいとして」
 そんなことはわかっている。お前の料理だから食べたかったんだ、などという態度を取られても気持ち悪すぎるのでまったく異論はない。だが、俺が言いたいのはそこではないのだ。
「お前、あの中から、お前の愛しのガキんちょなら何を選ぶと思う?」
「……サーロインステーキ……いや、待てよ、太った太ったって騒いでたからベジタリアンか松花堂かも……あ、でも今夜は」
 ぶつぶつと披露される推理は、今夜日本の懐石料理を食べに行く予定だという情報を握っているという以外では、俺たちのものと大差ない。
 俺は背筋を伝う冷や汗を隠しながら、さりげなくヒントを与えた。
「あいつ、ハンバーガーが食べたい気分かもしれないぜ?」
「……いくらあいつでも……」
 鼻で笑いかけた坊ちゃんはしかし、急に神妙な顔になって、考え込み始めた。
「……いや、そうだな、あいつ、日本相手だと妙にワガママだからな」
 ハンバーガー買ってこい、とでも言ったのかもしれねぇな、とイギリスは難なく答えを弾き出した。その様子はどこか切なげだ。
 おや、おやおやおや。
 まさか俺の知らないところで、こんな三つ巴が展開されていたなんて……。こんなに長く生きているのに、世界のすべてというやつは、どうしてこうも掌握し難いものなのだろう。まったく予想外なことが多すぎる。何が一番屈辱的かって、イギリスの方が俺よりこの件に関しては情報通だったということだ。この件って、アメリカの件だけど。……そんな情報通になっても嬉しくないか。
 俺が結論づけているところへ、坊ちゃんはぽつりと続ける。それはまるで、独白のようだった。
「お互いわかってんだろ、アメリカは日本が自分に甘いってとこ利用してるし、日本も、利用されることで精神的な繋がりとか貸しを作って、それでよしとしてるんだからな」
「……嫉妬?」
 からかう色は含ませなかった。真剣にイギリスの本音を引き出したいときには、ふさわしいトーンというものがある。俺もこいつも、それをわかっていた。
「……日本はいいやつだよ。今夜だって、アメリカだけ誘えばいいのに、二人きりはアメリカが嫌がるって知ってるんだ。俺を呼べばお互いの牽制にもなるって意味もあるんだろうけど、単純に、呼んでくれたのは俺のためでもあるんだろうな、っていつも思うよ。それに何より」
「何より?」
 それでは、会議を再開したいと思います――どこか遠くで日本の声が響いている。
「あいつは……俺にも日本にも、応える気なんかさらさらねぇんだ」


<第二の誤算>

 イギリスはああ言ったものの、俺にはどうも、二人の気持ちを知ってなお、手玉に取るような真似をするアメリカ、というのが想像できなかった。
 あいつはもっと単純バカだろう。
 イギリスの気持ちは知っていて、決定的別離を図ろうとはしないまでも、時々辛辣な言葉で突っぱねている――これはわかる。アメリカはイギリスの気持ちを受け入れるつもりはなくとも、完全に切り捨てることはできないのだ。良くも悪くも、イギリスはそれだけアメリカにとって特別な存在なのだから。
 だが日本はどうだ?
 日本がアメリカに対して少なからず独占欲を抱いているというか、他国よりも強い結びつきを、と願っている。それも政治的戦略からではなく、個人的に――?
 それを知っているなら、俺の思う「あいつ」ならどうするだろうか。
 たぶん「俺は君の気持ちは理解できないし、君の望むような行動も取れないよ。これ以上君が俺にそういう気持ちを抱くんだったら、俺は君と今まで通りではいられない。君も新しい恋を見つけなよ。なんだったら、ゲイの友達、紹介してあげようか?」とでも言ってのけるんじゃないだろうか。
「……アメリカ」
 議場から少し離れたエレベーターホールに、大きな窓があって、そこから差し込む光はすでに茜色だった。
 強い西日を受けてきらきら輝く金髪が、ちょうど気にかけていた人物のものだったと知れたのは、彼が振り向いて、透き通るような青がこちらを向いたからだ。
 後光に背負っているオレンジとは対照的な色でありながらも、どこか調和した美しさがあった。
「なんでこんなとこに」
「こっちのセリフだよ。向こうのエレベーターから行けばよかったじゃないか」
 議場のすぐ傍にはメインとなる3基のエレベーターがある。対するこちらはサブ的なものなのだろう。1基しかないし、装飾も質素だった。すぐ脇には非常階段もある。
「考え事したくて。人のいない方に歩いてきたら、ってところかねぇ」
「俺は、今日の会議はああだこうだって、イギリスがしつこいから逃げてきた」
「ハッ……」
 エレベーターのボタンを押すでもなく、アメリカは横目で窓の外を眺めている。その白い顔が夕陽に染まっていた。逆光で、表情まではよく見えない。
 背景がこんなに落ち着いているからか、いつもバカ騒ぎしている子供、というようには見えなかった。むしろ、こんな面も見せるのか、とこちらがハッとさせられるような、大人びた雰囲気。
 ああ、こいつなら、ひょっとしたら。
 今の、このアメリカなら、イギリス、日本二人の気持ちを知ってなお、直截的に拒絶したりはしないだろうな、と思えた。
 こいつも、実は色々考えているのかもしれない。人の気持ちとか、そういうこと。
 事実、あの二人は「想っているだけ」で満足しようと努力しているのだから、その内面の「想い」まで、咎める必要もない。
 俺はボタンを押すべきか迷って、結局押した。遥か彼方に待機していたエレベーターが動き出す。
「……今日、日本と出かけるんだって?」
「イギリスもね。どうせ、その席上で散々言われるんだろうさ。だから今くらいは、逃げたっていいだろう?」
 肩を竦めた様子は、まったくいつもと変わらない、「親の小言にうんざりする子供」なのに。
「……君は?」
 だんだんと差し迫ってくるエレベーターの表示を、いつの間にか二人して見つめながら無言でいたところに、ぽつり、とアメリカが訊いた。まるで、散々躊躇った末に訊いたかのような間だった。
「俺? 特に予定はないけど。どうせスペインあたりと飲みに行くかなぁ」
「繁華街で、女の子引っかけて?」
 こういう話題を向けられたとき、俺が取るべき態度は反射的に決まっているのだろうと思う。俺はいつものように相好を崩して、「すべての女性、いや、すべての肉体ある者を愛してやまないお兄さん」として相応しい言動を開始しようとした。だがなぜか、一瞬、躊躇してしまった。
 その一瞬に、チンと高い音がして、エレベーターの扉が開く。自動的に、二人で乗り込むことになる。
 なぜだか、アメリカが望んでいるのは、いつも通りの返答ではない気がした。だからといってどう答えるべきかもわからない。不自然に間が空いてしまったが、しょうがない、いつものように切り返そう、と決意したところで、アメリカが口を開いた。
「……スペインとも、そういうこと、したことあるのかい」
「え……」
 いったいこれはどういう話の運びだ。アメリカのテンションがわからずに顔を向けると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「珍しいな、お前、キヨラカだからさ。そういう話、嫌いかと思ってた」
「……事実を知らないのは不愉快だよ。ありもしない下世話な話を、俺をからかうためだけに聞かされるのも不愉快だけど。……ずっと避け続けてきたけど、やっぱり一人で悶々と考えてても埒があかないな、って。ほんとのところは、どうなのかと思ってさ」
「あー、そんなに、過去の不浄な世界が気になりますか……」
 こいつには許せないだろうな、と思う。俺にはもう、仕方がないと言えるだけの、堕落しきった寛容さが身についてしまったけれど。
「イギリスとも、君はそういうことしたことあるんだろう? ……と、俺はなんとなく薄々、勝手にそう思ってるけど」
「んー、あー……」
 事実を話したらイギリスに間違いなくフルボッコどころかミンチにされてしまうだろう。俺は言葉を濁した。
 時代が時代だったんだ。今とは違った。
 どう言えばイギリスの名誉を傷つけずに、生まれも育ちも自分たちとはまったく違う、このアメリカを納得させられるだろうか。俺の考えがまとまるより、アメリカが常日頃から考えていたであろう皮肉を発するほうが遥かに早かった。
「相手も選ばず、よくやるよ。君は本当に、誰にでも『愛』とやらを振りまくんだね」
 ああまぁ、命は有限だし、せっかく肉体を与えてもらったからには、精いっぱい、できる限り、愛を振りまいて生きるべきだろう?
 本音を言うわけにもいかず、俺は黙り込んだ。ああ、こういうのを「ダメな大人」の見本というのだろう。よくわかった。
「それなのに、君は……」
 言葉を切って、もぞり、と居心地悪そうに、アメリカは身じろいだ。
 ちょうどその時、チン、と高らかな音が鳴り響いて、エレベーターが停止した。
 それなのに、何だよ。
 続きを言わないまま、彼はするりとエレベーターの外へ、滑り出て行ってしまった。
 静かにドアが閉まり、また上昇を開始する。
「それなのに、俺は……?」
 それなのに、とは逆接だろう。ではその前の内容はなんだったか。その前の内容と、逆接をなす内容が、後には続いたはずだ。
 ひとつ、愛のリップサービスに慣れ切った脳みそが、面白おかしい答えを弾き出したが、相手はアメリカなので可能性はゼロに等しいといったところか。そんなことを一瞬でも考えてしまった自分が恥ずかしい、というか大人として最低だ、と首を振った。
 ああ、でも――常とは違う、先程のアメリカの様子が思い起こされる。あいつは、俺が思っているような奴では全然、ないのかもしれない。
















 小●坂ボイスでお楽しみください(笑)。そんなことするといちいち物語の進行が滞りますね……。急に時計の針がゆっくり進み出しますよねあの人が登場すると……。
 そんな話はさておき、アメリカがモテてモテてしょうがない、っていうの、書いててとても楽しかったです!! 妄想が暴走しすぎてなぜか仏←米風味になりましたが誰か止めてください……orz
 アメリカは、プライドの塊だから「何番目でもいいから傍に置いてくれ」なんて絶対に言えないけど、でもフランスが自分にだけは本気で手を出そうとしないのが実はすごく嫌なんだ、とか考えていたら半日経っていました。えらいことです。
 主眼は英米と日米でしたね。英米はもはや私が語るべくもないでしょうが、日米ってやつはまた語り甲斐がありますよね!!
 私は、頭の中では「どこの同●誌?」みたいなすっげー鬼畜監禁妄想とかしてるんだけど、絶対に実行には移さないどころか「好きです」も言わないしキスもしないし手も繋がない本田さんと、そんな本田さんを理解してるメリカが好きです。あ、でも他のパターンも全然アリです。
 っていうかメリカが愛されていれば何でもいいです。

 すっごくお待たせした挙句に妄想が爆発しすぎてえらく脱線した気がいたします…本当に申し訳ございませんでした…orz
 書いていてとても楽しかったですv 真喜屋さま、リクエストありがとうございました!! もう本当に米は世界中から愛されていればいいと思います。


(2009/2/5)



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