カレーを4人分 今日はカレーを作ろう! カレーといったって、市販のルーを使って簡単に。具も、バラ肉と人参とじゃがいもと、玉ねぎだけの。 スーパーからの帰り道、二人で袋を押しつけ合いながら歩く。 「電柱10本で交代って言ったじゃないか! 俺、もう12本も持って……」 「ばか、曲がり角のは計算に入れねーんだよ」 「そんなこと、ひとことも言ってないじゃないか」 「はぁ? 常識だろ。だいたいデカいナリして、体力ねぇなぁ」 「べつに持てるけど! ここは公平性の話をしてるんだろう?」 「何が公平性だ。俺が持ってあげるよ、くらい言えねーのかよ。ガキだなぁ。だいたい、テメーのコーラのせいで重くなってんだろうがよ」 ちゃぷん、と2リットルボトルの中の、黒い液体が揺れる。 「君だって飲むだろ」 「俺は別に、なくても困らなかった」 「もう、いいから交代だぞ!」 ずい、と押しつけられた袋。受け取るや否や、アメリカはズカズカと先に行ってしまった。 「おい……」 ずしり、と細くなったビニールが指先に食い込む。 格好悪いから言いたくなかったのだが、結構、イギリスには重い。 すぐ拗ねるんだから、まったく。ため息をつきながらも、湧き上がる笑みを抑えきれない。 こんなふうに甘え合ってケンカするのも、悪くないだなんて、思えるようになったのはいつからだろう。これってずいぶん、いいカップルになってきている証なんじゃないかと、イギリスは時たま思ったりして、一人で赤面している。 「持つよ」 すっかり先に行ってしまったアメリカの背中が見えなくなった頃――どうせきっちり10本目の電柱の下で待っているに違いない、と踏んで、大して心配はしていなかった――、ひょい、とイギリスの腕を軋ませていた荷物が宙に浮いた。 「え? え?」 混乱するイギリスの背後で、ビニール袋を掲げてにっこり笑ったのは、見知らぬ年上の男だった。いや、「見知らぬ」と言うにはあまりに見覚えがありすぎる目鼻立ち。スカイブルーの瞳。ハニーブロンドの甘く明るい金髪。きりりと顔を引き締めた眼鏡。年代物のフライトジャケット。 「イギリスー! 見つけたー!」 背後から現れた不審者は、見上げるイギリスを差し置いて、さらに背後にぶんぶんと手を振った。二十代も後半、いや、三十代か? 少なくとも、フランスやギリシャやスペインよりは年上に見える。 とにかく「いい大人」の振る舞いとしては、少々子供っぽい。 「デカイ声出すんじゃねぇよバカ!」 その彼が手を振っていた先から、ゆっくりともう一人、これまた三十代の男が近づいてくる。主張の強い眉、落ち着いた色の金髪。瞳の色は逆光になっていてよく見えないが――目が合うと、気まずげに逸らされた。 イギリスもまた、彼の目をまじまじと見ることができない。 なんだろう、人前で鏡を見ることが躊躇われるような、そんな感覚に似ていた。 「な? ここだって言ったろ?」 「肝心のオマエがいないじゃねぇか」 「肝心の? 俺は過去の君に会えただけで満足だぞ!」 言いながら、フライトジャケットの男は、イギリスの肩を引き寄せる。強い力に、咄嗟に抵抗することができなかった。 もう一人の男が、眉をひそめてイギリスを見下ろしてくる。 「ばぁか、俺は俺に会ったって楽しくも何とも……」 やはり、二人は目を合わせることができなかった。 彼は落ち着かない様子で、きょろきょろと辺りを見回した。 「なぁ、いいから早くオマエ見つけて帰ろうぜ。こんなの軍規違反だ。見つかったら上司に何言われるか……」 「じゃあ今すぐ帰ればいいじゃないか」 「だから、まだ俺はお前を見てねぇだろうが!」 「別にいいだろう?」 「よくねぇよ! 何のためにここまで来たと思って……」 「へぇー? やっぱり若い方がいいんだ? そうなんだ? このショタコン」 「ばっ……、お前がそう言うと思って、独立前に行こうって言う主張を紳士的に取り下げてやったってのに、なんだその言い草は! っていうかその手離せ!」 ようやく、イギリスの肩から重みが消えたかと思えば、その腕は単純に叩き落とされただけであったらしい。 なんだか、関わらない方がいいような気がする。海千山千の大英帝国様の天性の勘がそう告げている。運よく解放されたことだし、二人が言い争っているうちに、さっさと行ってしまおう。 イギリスがこそこそと脱走準備を進めていると、進行方向から、ありがたくない声がかけられた。 まったくあいつはいつもタイミングが悪い。 「イギリス! 遅いぞ! まったく君はのろまだな!」 * 「タイムマシン?」 それぞれ「アメリカ」、「イギリス」だと名乗った二人組は――まぁ当初から予想がついていたことではあったが――ちゃっかりアメリカ邸に上がり込んで、事の顛末を説明し出した。 「そう。特別に俺たちが実験許可をもらって、こうして過去に来たってわけだ」 するするとジャガイモの皮を剥きながら、「未来のイギリス」とやらは言う。その手つきに、「今のアメリカ」が「うわー」と感嘆の声を上げた。 長く連なった皮が、しゅるしゅると生き物のように量産されている。 「すごいぞイギリス!」 「あ? そ、そうか?」 なんだよ、「俺」にはそんなこと言わないくせに。まぁ、確かにあんな風に手際よくじゃがいもの皮を剥いたりはできないけれど。 「おだてちゃダメだぞ、この人、すぐ調子に乗るんだ」 目をきらきら輝かせて、賛辞をやめないアメリカに、イギリスが嫉妬し出した頃、つまらなそうに「未来のアメリカ」が吐き捨てた。 未来においても、アメリカのイギリスに対する認識はなんら変わっていないらしかった。些細な事実ながら結構ショックだ。 いや、今はそんな些末事に構っている場合ではない。もっと重要なことを聞き出さねば。よく考えれば、未来からの情報がもたらされる、これはすごいことだ。軍事的にも、ぐっと有利になるに違いない。 「タイムマシンの実現か……なんだか夢でも見てるみたいだな。それって、どれくらい後のことなんだ? つまり、お前たちは何年後から来たんだ?」 見た目年齢的には、10年後といったところだが、もとよりイギリスたち「国」の成長スピードなどそれほど当てにならない。 「それはトップシークレットだぞ、いくら君でもね」 イギリスが問えば、「未来のアメリカ」はおもしろそうにウインクするのみだ。あっさりとかわされて、やや落胆するイギリスの頬に、ついで、とばかりにキスが降ってきて、不覚にも心臓が跳ねあがったその瞬間、じゃがいもの澱粉がこびりついたままの包丁が、音を立ててまな板に突き立てられた。 「そういう、不必要なことをするな」 怖い。「俺」怖い。 百戦錬磨のイギリスでさえ、背筋に悪寒が走るほどだ。 「不必要? 君が、ちょっとばかり人並に近づいた程度の料理の腕を見せびらかすのは、不必要じゃないのかい?」 それなのに目の前の男はにやにやと笑ったままで、怖がる様子など微塵も見せない。 「は? テメェ表出るか?」 バキバキ、と「未来のイギリス」の拳が鳴る。 「フン、そんなんで若い俺をたぶらかそうったってダメだぞ。まったく君は浅ましいっていうかなんていうか……」 お互いしか見えなくなっているらしい大人二人を諌めたのは、果敢にも殺気みなぎる二人の間に入った、一番の若年者であった。 「ちょっとストーップ! 俺、もう腹ペコだぞ。カレー食べてからにしてくれよ」 相変わらず、能天気で空気が読めなさすぎる。恐れ入りながらも、イギリスは内心胸を撫でおろした。「未来のイギリス」も、アメリカのバカな発言には毒気を抜かれたようで、すぐにしどけない笑顔になった。 「あ、ああ、悪かったな。すぐ作るから」 しかしながら、「未来のアメリカ」の機嫌はそれでは直らなかったらしい。むすっとした顔つきのまま、仲良く調理を再開し出した二人を睨みつけている。 あれ、これはひょっとしなくても、「今のイギリス」の出番なのか? おいおい、勘弁してくれよ、と思う。 しかしながら「未来のイギリス」の機嫌を「今のアメリカ」が取った以上、残された選択肢はそれしかあるまい。 しかし、ここで「ごめん、あいつまだまだガキで」と当の本人(時間軸的にはずいぶん先を生きているそれではあるけれども)に謝るのも、事態をややこしくしかねない。 どうすればいいんだ、おいアメリカ、お前もそこで談笑ばっかしてないで一緒に考えろ。 途方に暮れて見つめた風景に、ふっとイギリスは寂しくなった。今よりずっと大人びて落ち着いた風貌に、一層洗練された身のこなし。年上ならではの落ち着きと包容力が、全身からにじみ出ているような気がする。今のイギリスには、到底叶いそうもない。 アメリカも、ああして嬉しそうにひっついているからには、やっぱりあんなふうに甘やかされるのが、なんだかんだいって一番好きなのかもしれない。「今のイギリス」では役不足だと言われたようで、なんだか悲しかった。 「なに、暗い顔してるんだい?」 ふいに、目の前に、見知ったようで見慣れぬ、「未来のアメリカ」の顔が現れる。イギリスの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、彼は大人びた笑みをイギリスに向けた。 「俺たちは、人参でも切ってるかい? 玉ねぎは嫌だよね、しみるからね」 気遣われたのだ、と悟り、一気に顔が熱くなる。 子供っぽい振る舞いも、敢えてそうしているのだとわかる。アメリカがそう振る舞うことで、気安く明るい空気が、たちまち生まれていく。彼はそれを知っているのだ、と思った。 ――アメリカのくせに。 アメリカが、イギリスのこんな些細な嫉妬や、寂しさや、不安に気づいてくれることなんて、これまでほとんどなかった。それでいい、これはイギリスの勝手な感傷なのだし、アメリカは子供っぽくいつも何も考えずに笑っていてくれれば。 そう思っていたはずだが、これは――。 反則だろ……胸に湧き上がる狂喜じみた感情を一生懸命押さえつけ、イギリスは「あ、ああ」と声を絞り出した。 アメリカが、イギリスの些細な心の動きに気づいてくれること、かけてほしい言葉をかけてくれること、これがこんなに嬉しいなんて、思ってもみなかった。 「ピーラーって進化しないよな。電動のも何個か作ってみたけどさ、結局野菜って一つ一つ形が不ぞろいだから、費用対効果に見合わないんだよね」 ピーラーを使ってさっさと皮を剥きながら、おかしそうにアメリカは笑う。 「そ、そうだよな」 どぎまぎと返事をしながら、こちらはやや引っ掛かりつつ皮を剥く。ああ、そういえば、アメリカはこんなに手際よく人参の皮が剥けるような奴じゃなかった。 「手、切らないでね。危ないよ」 それはいつもかけられるような、からかい交じりの言葉ではなく、本当に心配そうな労わりの言葉。守られている、と感じて胸が温かくなる類の。 「……ん」 どうしよう、こんな幸せに慣れていないからか、不覚にも泣きそうだ。 体中が熱い。 そんな幸せな気分に浸り切っているそのときに、対岸から「イギリスはマヌケだからな!」という刺々しい台詞が聞こえて、イギリスは頭から冷水を浴びせかけられたような気持ちになった。 「は? テメェには言われたくねぇんだよ」 まったくどうして、こうも子供っぽさ丸出しなのだろう。それは「未来のアメリカ」とは対照的な、誰かを救い上げるための純粋ではなく、誰かを傷つける純粋。 「なんだい、ニヤニヤしちゃって。天下の大英帝国が聞いて呆れるよ! どうせまた、しょうもないエロいこと考えてたんだろう?」 「お、おま……」 かあっと顔が熱くなる。そりゃあ普段のイギリスの行いも悪いかもしれないが、そんなことを今言わなくたっていいと思う。「未来のアメリカ」が、そんなことを信じてしまったら――。 切なすぎて泣きそうだ。 じわ、と涙が滲み出たその瞬間、弾けたような爆笑が、キッチンに木霊した。 「ぶっ……はははははは!」 「あはははは……っ、ひー、苦し……」 笑い声は未来のアメリカと、未来のイギリスと、ふたり分。「現代」組はぽかんとその様子を見つめるしかない。 イギリスの涙も、思わず引っ込んだ。 「何笑ってるんだい?」 訳が分からない、といった体でアメリカは首を傾げた。今のイギリスの代わりに、既に涙目の「未来のイギリス」は、なおも爆笑し続けながら言う。 「いやー……なんつーか……」 その続きを継いだのは、「未来のアメリカ」。 「俺たち、ちっとも変わってないなぁ、と思ってね」 なんとも失礼な言い草だ、とイギリスは思った。 * 「できた!」 キッチンには既に、おいしそうなカレーの匂いが漂っていた。 炊き立てのご飯の匂いと相まって、ぐっと食欲を刺激するそれに、アメリカ二人組などは、ちゃっかり鍋の前に陣取って、「味見」と称しては着々と鍋の中身を減らしていたが、ついにイギリスたちの口に入れてやってもいいと判断したようだ。 「これはイギリスが作るより絶対おいしいぞ!」 にこにこと笑って皿にカレーを移していく「未来のアメリカ」は、ダブルイギリスに野菜を切る以外の仕事を一切させなかった張本人だ。 「さすが俺だな!」 その「未来のアメリカ」に、ご飯を盛りつけたお皿を渡していくアメリカは、自信満々に言った。所詮、自意識過剰で自己中なアメリカが二人集まると、こういう結論に達するらしい。 ま、いいか、とイギリスたちは顔を見合せて笑った。 「おいしい!」 「だろ? ま、イギリスとは腕が違うからね、腕が」 「言ってろよバカ」 イギリスとアメリカがいつものような言い合いを続けている傍ら、「未来のアメリカ」が、ふと思いついたように「未来のイギリス」へ、カレーを一すくい、差し出した。 「はい、イギリス、あーん」 「ばっか、恥ずかしいことすんなよ」 文句を言いながらも、ちゃっかり口を開けている未来の自分に、赤面を隠しきれず、イギリスは俯いた。隣のアメリカも、なんだかおとなしい。 ちら、とアメリカを見れば、目が合った。向こうもちょうど、こちらの様子を窺っていたところらしく。 ぷ、とスプーンをくわえたまま小さく笑い合って、そのまま、いちゃつく未来組は放っておくことにした。 「ごちそうさま! あー、残念ながら後片付けには参加できないんだけど、そろそろ時間だから」 食事が終わる頃、水を飲みながら「未来のアメリカ」が示した腕時計は、何やら赤く点滅していた。 よくわからないが、「時間」なのだろう。 「悪いな、急におしかけて。楽しかった」 口を拭きながら、「未来のイギリス」も立ち上がる。 「お、送ろうか?」 どこに帰るんだか知りはしないが、とりあえず家の前まで。 おずおずとなされたイギリスの提案はにこやかに却下された。 「いいっていいって。それに、ここから先はトップシークレットだからな」 「じゃ、帰ろうかイギリス」 さりげなく腰に回された手を、叩こうともしない「イギリス」。 「おう」 羨ましいなぁ、と思いつつ、イギリスは自身も立ち上がって見送る体勢を取った。 「仲良くやるんだぞ!」 「ケンカすんなよ!」 にこにこと笑いながら、二人は玄関口へ消えていった。玄関の戸が開く音もせず、ふいに静寂が訪れる。そのまま家を出ることなく、未来へ帰ったのかもしれない、と漠然と思った。 「ウソみたいだったよなぁ……」 食卓には、空になった食器が4人分。 「あれ、ドイツの罠かなんかかな」 呆然とするイギリスを差し置いて、アメリカはさっさと食器を片づけ始めている。 「違うだろう……」 「ほんとにほんとに、未来の俺たち?」 「なんだろうな。俺たち二人が、そろって夢をみてたんでなければ」 お互いに頬をつねり合った。むにゅ、と変形した顔がおかしくてたまらない。 ぷっ、と噴き出して、思考停止。 考えるのはやめにした。 「あいつらも言ってたけどさ、……相変わらず、だな」 「……だったね」 「あー、やばい、なんか俺、すごく、さ」 「うん、きっと言いたいことは同じだと思うよ」 「じゃあ一斉に言うか?」 「……いくよ? せーの」 幸せだ。 重なった声に微笑んで、そのまま唇を重ねる。 4人分の食器は、シンクの中に鎮座したまま。もう少しだけ、この幸せの証として。 洗い流してしまうには、あまりに、もったいない。 二人には、何年経っても子供みたいな言い合いを続けててほしいな、と思ったらこんなガラの悪い感じになりました(笑)。 あと、きっとメリカはスーパーまで車で行く子なんだろうな、と思いましたが、国土狭すぎ生活が私の標準装備だったので、なんかどっかの島国の住宅街みたいになりました…orz 現在のイギリスが未来のアメリカのかっこよさを褒めまくって現在のアメリカが嫉妬する、とか、未来のイギリスの料理がちょっとおいしくて現在のイギリスがふてくされる、とか、なんて素晴らしい妄想をなさっているんでしょう。サコ様すげぇ、と感動しました…! 素敵なネタ、書かせて下さってありがとうございましたv (2008/8/2)
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