「アメリカさんって、見かけによりませんよね」 日本が持ってきたばかりのホラーゲームに興じるアメリカの背後で、唐突に日本は感慨深げに呟いた。 アメリカは思わず、スタートボタンを押して振り返る。 「どういう意味だい?」 「ほら、性格ガサツそうなのに、家の中とか、結構細かに整頓されてるじゃないですか。さっき、ようかん切るのにお台所お借りして、びっくりしました。あの、『塩』とか『砂糖』とか書かれたストッカー」 すごく几帳面なんだな、と思って。 珍しく感心した様子でにこりと微笑んだ日本に、「ああ」とアメリカは爆弾発言を落とした。 「あれは俺じゃないぞ、気づいたら、なってたんだ」 「……は?」 「整理整頓とやらもそうさ。その辺に散らばしておくとね、きれいに整頓されて、棚に収まってるんだよ」 「あ、あの、おっしゃってる意味がよく……」 わからないのですが。 こともなげにアメリカは首を傾げ、日本が持っていたようかんを一切れ、口に運んだ。 「それって、普通じゃないのかい?」 何騒いでるんだい、とアメリカは、心底不思議そうに言った。 僕の兄弟を紹介します 「ああ、それってイギリスさんじゃないんですか?」 この、だらしない男の育て親であるイギリスの過保護っぷりを思い出し、まだまだ子供扱いされてるんだなぁ、と、笑ってしまいたくなる。 日本が納得、という顔でホッとため息をついたのも束の間、アメリカは二切れ目をひょいとつまみ上げた。 「いや、違うぞ」 「え、えぇ?」 「イギリスが文句言いながらやってる時もあるけど、イギリスがいない時も、勝手に部屋はキレイになるんだぞ。イギリスがこっそり来てやってる、なんてこともないぞ。さすがに、イギリスがいたらわかるし」 あの人うるさいからね、とアメリカは笑った。日本に言わせれば、笑い事じゃない。 「ちょ、それっておかしいですよ! 絶対におかしいです! いいですか、物は勝手に整理整頓されたりしません! なんか気味が悪――」 「お茶のおかわり、いかがですかー?」 「あ、どうも。とにかく、アメリカさん、その話をもっと詳しく……」 淹れてもらったばかりの新しいお茶を口に含み、ふぅう、と深呼吸。 あれ。 何かがおかしい。 ナチュラルすぎる展開の運びだったが、何かがおかしい。 ばっ、と振り返ってみる。――気のせいか。 「いいですか、とにかく……」 視線を戻した先で、日本はごしごし、と目をこすってみた。なんとなく違和感を感じたからだ。 間違い探しのように注意深く目の前の光景を見つめて、違和感の正体に気づく。 おかしい。アメリカが二重に見える。いや、アメリカが二人見える。 「あ……」 よくよく見れば、アメリカに瓜二つな青年が、再びゲームに熱中し出したアメリカの横で、彼が食べ散らかしたお菓子のゴミを拾っている。 「カナダさん……いらっしゃったんですか……」 「何言ってるんだい、日本? 僕はずっと、ここで君たちとおしゃべりしてたじゃないか!」 にこにこと、温和そうな顔が笑う。 ひどく申し訳ない気分になりながら、日本は完璧な笑みを返した。 「そうでしたね。ええと、アメリカさんのおうちの整理整頓は、いつもあなたが?」 「アメリカってだらしないから。こうやって、僕が定期的に来てキレイにしてあげないとね」 はにかんだ顔は、まんざらでもなさそうだ。 この仕事に誇りを持っています、というテロップでも流れそうな。 私ならこんなすっとこどっこいのお守なんて御免ですけどね、と心中毒を吐いて、日本は同情を寄せて笑った。 「本当に。アメリカさんったら、『勝手にキレイになる』なんて」 「いいんだよ、僕、いつもアメリカに忘れられちゃうから」 「ちょっと日本、さっきから何ひとりでブツブツ言ってるんだい? うるさいよ!」 「ひとりじゃありませんよ、お話を――」 「誰とさ! 君までイギリスみたいな、気持ち悪いこと言い出さないでくれよ!」 日本はカナダと目を見合わせる。 笑ったものかどうか、迷っていると、カナダの方が先に笑った。 「あー、コーラ飲みたい」 アメリカが何気なく呟けば、カナダは立ち上がる。恐らくコーラを取りに行くのだろう、と日本は思った。 よくもまぁ、こんなすっとこどっこいに、感謝もされず、認知すらされず、甲斐がいしく世話してやるものだ。 「腹が立たないんですかねぇ……」 ぼそり、と呟いた言葉は、盛り上がったゲームのBGMに消えた。 * 「アメリカー、アメリカー、いないのー?」 勝手知ったる家の中、というより、この家の「勝手」はむしろカナダが作り出している。どこに何をしまうのか決めるのもカナダだし、残り少なくなった生活必需品を管理して補給しておくのもカナダだ。 だから、この家の秩序は、おそろしくカナダのそれに酷似していた。ハウスキープする人間が同じなのだから、当然といえば当然なのかもしれない。 声をかけても、アメリカが出迎えに来てくれることなど稀だから――そもそもアメリカどころか、ほとんどの国がカナダの来訪に、すぐには気付いてくれない――、勝手にあがるのももはや常態化している。 第二の家、と呼んでも差し支えないほど、カナダはアメリカ邸に頻繁に出入りしていた。アメリカがだらしなく、「僕がいなきゃ」という庇護欲を掻き立てられる、という理由のほか、単純にお隣で近いから、という理由もある。小さい頃からともに、親元離れた新大陸で育った兄弟だ。仲はいい。お互い、精神的に依存しながら育ってきた、と、カナダは思う。 家主のアメリカは、ゲームをしたまま寝てしまったようだった。一昨日、日本が遊びに来ていたのはカナダも見たから、おそらくその時借りたゲームだろう。 ほぼ毎日、一日の半分はアメリカの家にいるのがだんだん当たり前になってきていたから、一昨日から一度も訪れていない、なんていうのはむしろ稀だった。 少しカナダが目を離すと、こうして自堕落な生活を送っているのだから、しょうがない奴だ。 家の中も相当ちらかっている。後で片付けるか、と計画を立てつつ、かけっぱなしだったアメリカのメガネを外した。 「しょうがないなー」 2階の寝室から、毛布を持ってきてかけてやる。どうせ目覚めたらお腹がすいているのだろうから、今のうちにホットケーキでも焼いておいてやろう。 時間があれば、アイスクリームを手作りするのもいい。 冷蔵庫を開けて、カナダはぎょっとした。 いつもならば冷蔵庫を開ければ電気がつくはずだが、今日は暗いまま。それにどこか、何かが腐ったような臭いがする。 まさか、と思い、下方に視線を転じれば、ああ、やはり。 冷蔵庫のコードが抜けていた。 あらかた、アメリカがつまづいて、元に戻さなかったのだろう。 最近、酷暑が続いていたから、冷たくもない冷蔵庫の中で二日放置された可能性のある牛乳や卵は、もう処分した方がいいかもしれない。 「食べなよ、って言っておいたのに……」 カナダが作って帰った夕飯も、ラップをかけて冷蔵庫にしまった二日前のままの姿で発見された。 「どうして気付かないんだよ……」 これも、もう捨てるしかないだろう。 どことなく切ない思いを抱えながら、皿の中身をゴミ箱に移動させる。 「あんな風に、ぬるいコーラのボトルとお菓子抱えて、ゲームばっかりやってるから……」 だんだんとイライラしてきた。 まったく、今日こそは、生活を改善するよう厳しく言ってやらねばならないかもしれない。 そんなことを考えながら、冷凍庫に移動する。 そこにはでろでろに溶けたアイスが、冷凍庫を汚している光景が広がっていた。 「うっわ、一度水拭きしないとだめだな……」 取り出したアイスを片っ端から捨てていると、「何してるんだい?」と、寝ぼけた声をかけられた。 「あ、アメリカ。起きたの?」 「あ! 何で捨てちゃうんだよアイス!」 カナダの手元にあるものに気がついたアメリカが、急に大声を上げたから、カナダはびっくりして、「ああ」と笑った。 「それは君が……」 冷蔵庫のプラグ引っこ抜いたまま、気づかずにいたんだろ、見ろよ、すごいことになってるぞ、と一緒に笑うつもりだった。 それなのに、アメリカはカナダの話も聞かず、一方的に怒った様子でまくしたてる。 「信じられないな! なんだよこれ、溶けちゃってるじゃないか! 君がやったの?」 「はぁ? 聞けよ人の話! 君が――」 「俺は知らないよ! もう! 勝手に人の物いじくりまわさないでくれよ! ほんとに君はグズだな!」 心底軽蔑した、という口調で言われ、ザァッと全身の血の気が下がるのを感じた。 衝撃で、うまく言葉が出てこない。 「……は? はぁ?」 「まったく、俺のアイスを……ぶっ!」 気づけば、どろどろに溶けてべたべたになり、少しすえた臭いすら発するアイスの箱を、思い切りアメリカの顔面めがけてぶつけていた。 「ふざけるなよ! 全部、君がだらしないのがいけないんだろ! なんでも僕のせいにするなよ! いつもいつも、全部やったらやりっぱなしで! 誰が片付けてると思ってるんだよ! いい加減にしろこのガキ!」 実に何十年かぶりに激昂し、そのまま出て行ってしまったカナダを、アメリカはぽかん、と見つめていた。 * 「アメリカのバカ、バカバカバカ」 感謝なんて、されなくていいと思っていた。 カナダが勝手にアメリカの世話を焼きたいだけで、そのポジションを他人に取られるくらいなら、多少損な役回りでも、自分がやる方がいいと。 けれどほんの少しだけ、期待していた。 アメリカにはカナダがいなければダメなんだと思っていたし、そう思うことは気持ちがよかった。アメリカにも、そう思っていてほしかった。 家政婦を頼めば、おそらく月に何十万と飛んでいく仕事だったが、カナダが代償に望んだのはたったのそれだけ。 だから、カナダは自分がまったく献身的な聖者であるかのような勘違いをしていた。 けれど違ったのだ。すべてはカナダの押し売りでしかなかった。 ほんのそれっぽっちの報酬さえ、望むことは過ぎたことだったのだ。 いかにアメリカからカナダが軽んじられていたのか、まざまざ見せつけられた気がした。 不覚にも、涙が出てくる。 アメリカの中で、カナダなんてちっぽけな存在だった。 カナダがいなければアメリカはダメになってしまうだなんて、なんておめでたい勘違いだったのだろう。 ――これは罰だ。 身に余る勘違いをして、浮かれていた罰。 伴侶気取りでパートナー気取りで、アメリカの生活を管理しようと、調子に乗った罰だ。 「もう、アメリカなんて知らない……」 このまま、あのバカは、部屋は勝手にキレイにはならないし、ご飯は勝手に出てきたりはしないし、服は脱ぎ捨てておけば自動的に洗濯されて戻ってくるわけではない、ということを知るだろう。そしてやがて、カナダなんていなくても、なんとか生きていけるようになるだろう。 本来、それが正しい。 彼はカナダのような都合のいい人間の前では少々甘えてしまうだけで、やればできる立派な男なのだ。いや、むしろ、進んで甘やかしていたのはカナダだ。そうでもなければ、アメリカにとっての自分の存在価値を、確認できなかった愚かしい存在だった。 自分がいなければアメリカはダメになるだなんて――なんてバカな。それどころか、アメリカをダメな男にしてきたのは――、敢えて甘やかして、カナダがいなければダメになるように仕向けてきたのは、紛れもなくカナダ自身だ。 本当は、アメリカがいなければダメなのはカナダの方だ。 まったくアメリカはしょうがないな、と笑いながら、傍に立って世話を焼くことを許されなければ、気が狂ってしまいそうになるのは、カナダの方だ。 それをこんな風に、勝手に怒ったりして。 「だって、ひどいよ……」 あまりにも、彼がカナダの気持ちを無視し続けるから。そりゃ、一方的な浅ましい、卑怯な気持ちだったかもしれないけれど。 「アメリカのバカ……」 言ってみたところで、彼には届かない。 * 「なんだよ……」 アメリカが、自分に瓜二つな兄弟の存在を、しばしば忘れてしまうのはそう珍しいことでもなんでもない。 だけれど、彼はいつもにこにこ穏やかに笑っていたし、いつだって隣にいてくれた。 どこかに行ってしまうかも、なんて心配はまったく無用だったから、だからついつい忘れてしまうし、蔑ろにもする。 その安心感に、甘えていた。甘えるのが好きだった。 べたべたになった顔を、キッチンにかかっていたタオルで拭き取る。 どうしてこんなひどい仕打ちを受けなければならないのかわからない。 ああもう、冷凍庫の中がベタベタに汚れていてすごく汚い。 まぁ、放っておけばまた、勝手にキレイになるだろう。 「……ふん、なんだよ、急に怒鳴っちゃって。まったくあいつはいつもいつも、訳がわからないな! べつに、俺はカナダなんていなくても……あー、コーヒー飲も」 コーヒーサーバーの前に立つ。どうせ豆はこの辺の棚に入っていた気がする。 ガサゴソと探ってみるも、出てきたのは、ほぼ空の袋のみ。どこかに新品の袋がストックされているに違いないのだが、どうやら場所が違うらしい。 コーヒーを飲むのは諦めて、気分転換にシャワーを浴びることにした。 少し冷ための水を浴びると、頭がすっきりする。 むしゃくしゃした時にも、気持ちを落ち着けてくれる、シャワールームがアメリカのお気に入りだった。 いつもその辺に放置して、でろでろになってくっついたり、タイルを変色させたりしてしまうせっけんを、カナダが買ってきたカエデ型のせっけんホルダーに置くようになったのはいつからだったか。 そんなことはもう忘れてしまった。そんな事実があったのかどうかすら曖昧だが、確かにそこにあるせっけんホルダーが、そうした事実を類推させる。 この家には、カナダがアメリカのために用意したものがあまりに多すぎる。 どこかしんみりした気分でシャワールームを出る。いつもなら、干したてでふわふわのバスタオルが用意されている場所には、何も置いてありはしなかった。 「……あれ?」 なんとなく、シャワーを浴びて出るといつもそこにバスタオルが用意されていたから、それは自動で出てくるものだとでも思いこんでいたらしい。よくよく考えれば、カナダが出してくれていたのだ。 「……っ、つくづく暇人だな、あいつは……!」 ありがとう、だなんて思うものか。彼が勝手に、好きでやっていたことだ。 だいたい、バスタオルくらい自分で用意できるのに。 しかしながら、適当に脱衣所の棚を探ってみても、バスタオルは出てこない。 どこに隠してあるのだろう。 途方にくれたアメリカは、仕方がないので、洗面所の脇にぶらさがっていたフェイスタオルで体を拭く。そんなことをやっているうちに、体がずいぶん冷えてしまった。 「……ぴっぷしょん!」 すかさずブレスユー、とかけられる声もない。 がらん、とした家で、いつもアメリカは一人だったはずなのに、なんだか今日は、無性に寂しかった。 「ああくそっ、Tシャツがどこにあるかもわからないよ!」 いやその前に下着だ。 クローゼットをひっくり返して、頭を掻き毟る。 どうしてこんなに、何もかもがスムーズにいかないのだろう。アメリカはいつだって自立してひとりで生活してきたはずなのに。 何か足りない。 「カナダ……」 寂しいよ。 寂しくて寂しくて死にそうだ。 「ごめん、ごめんごめん……」 グズだって言ったこと怒ってるのかい、バカだな、君だってわかってるだろう、あれは俺の甘えなんだよ、どんなにひどいことを言っても、どんなにひどい扱いをしても、君は絶対に俺の隣にいてくれるって、俺が、誰が気付かなくてもいつも傍にいてくれるって、それを確認したいだけの甘えだ――。 「……そんな格好でうろついたら、風邪ひくよ、バカメリカ」 「もうひいてるよ……っぴぷっ」 「ああもう、ほら、着替え出しといたから、早く着なよ。冷凍庫も掃除しといたし、新しいアイスも牛乳も卵も買っといたから」 目の前にきちんと畳まれた、ひとそろえの着替えを手に取る。ああ、なんだ、俺は何を探していたんだっけ、ここにあったじゃないか。 「うん」 「……何泣いてるんだよ、ばかだなぁ」 「……泣いてないよ」 差し出されたタオルで、ぐず、と鼻をかむ。 ああ、心地いいこの感じ。次にしたいと思ったことが、スムーズに実現されていく。 日常が、戻ってきた。 「アメリカ」 なんで泣いていたのかもわからない。 ああ、突然寂しくなることが、人生にはあるもんだって、フランスあたりが言っていたかもしれない。 なんだか猛烈に自分の行動を反省していた気もするけれど、よくよく考えれば、アメリカに反省すべき点などあるはずもない。まったくばかげた感傷だった。いったい何だったのだろう。 「ごめんね」 ぎゅ、と温かな人肌に包まれる。心地いい、抱きつきやすい――抱きつき慣れた体躯だった。まるで小さな頃から添い寝し続けたぬいぐるみのような。 「……あれ、カナダ。いたのかい?」 ようやくそれが兄弟であると認識したら、相手はなぜか、泣き笑い状態だった。 一度書いてみたかったカナメリ喧嘩編です。 絶対、メリカはカナとケンカしたら生活できないと思う(どんだけダメ男なのメリカ…)。自分の家なのに、どこに何があるのかわからないんだよ!(笑) で、メリカは「いつもカナダにやってもらってたからな……。いいさ、今日くらい自分でやるんだぞ」ってわかってる部分と、わかってない部分があるんです。割合は半々くらい。 たとえばコーヒー豆を買い足してくれてたのはカナダだって知ってたけど(そこはむしろ確信犯的に買い足させてた)、風呂上りにバスタオルを出しておいてくれてたなんて、あまりに毎日当たり前に起きてた現象すぎて気づいてなかった、みたいな。 すごく語ってしまいましたが、私の中の理想の加米ってこんなのです(え、カナダかわいそすぎないか…?)。メリカはべったべたに甘やかされているといい。そして報われないようで報われている(本人的には)カナダ萌え。 愛する白夜さまへ。またいっしょに加米語りしてくださいv いただいた素敵リク、とはちょっぴり何かが大幅に違ってしまった気もしますが、りりり、リクエストありがとうございました! (2008/7/31)
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