不機嫌な休日



 じじじじ、と放置されたパソコンが、抗議するように音を立てた。
 それまでアイスティ片手にソファでアメリカと歓談していたイギリスは、それに気づいたように立ち上がる。
「悪ぃ、朝まで仕事してて。電源消してくる」
 いそいそと、ノートパソコンへと歩み寄ったイギリスの背中を眺めて、アメリカは微笑んだ。
 まったく幸せな休日だった。
 幼い時分よりずっと恋い焦がれたイギリス。世界で一番理想的だと思ったその男と、今こうして時を過ごすことができる。
 それも至極、穏やかに。
 イギリスが閉じていたノートパソコンを開いたところまで、今日は最高の休日だと信じて疑わなかった。
 今日は珍しくイギリスの紳士的で大人っぽい面しか見なかったから、そう思っていたのだろう。現れたデスクトップの背景画像を見て、アメリカは一気に気分が盛り下がるのを感じた。
「ちょ、ちょ、ちょっと……!」
 何気ない様子でパソコンをシャットダウンしようとしていたイギリスを、慌てて呼び止める。
 せめて、隠すとかしようよ。
 アメリカは痛む頭を押さえつつ、「何だ?」と心底訳がわからなそうに振り返った、「理想の恋人」を凝視した。
「それ、それは何だい?」
「パソコン?」
「そうじゃなくて、その中身」
「中に人は……」
「そういうことを言ってるんじゃないんだよ! その写真は何かって訊いてるの!」
 ついに本日初めて声を荒げれば、イギリスはきょとん、とした顔をした。
 なぜ怒鳴られたのかわからないという顔だ。
 ディスプレイに目を走らせた彼は、「ああ」と途端にでれっとした顔つきになった。
「こないだお前がイッた後気絶しちゃった時な、あまりにかわいかったから、日本にもらったデジカメで撮っ……」
 思わず手近にあったテレビのリモコンを思いっきり投げつければ、イギリスにはすんでのところでかわされて、代わりにパソコンのディスプレイが軽くパリン、とひび割れた。
「お、お前……! 何するんだよ! 危ねーだろーが!」
「危ないのは君だよ! 君には常識ってものがないのかい! まさかそのパソコン、外にも持ってってるんじゃないだろうね!」
「これは家用だよ……心配しなくても、こんなかわいいお前を、他人に見せたりなんかするもんか! 減る!」
「当たり前だよ」
 はぁあああ、と深すぎるため息が出た。
「消して」
「ハ?」
「そのデータだよ、あと、他にも俺の写真コレクションがあったら消すこと! 全部だ! 今俺の目の前で!」
「お、おま……っ、何言ってんだよ……」
「俺はねイギリス、君が大好きだけど、君のそういう、……その、変態なところにはちょっとついていけないんだ!」
「へんた……っ」
 イギリスは呆然と口を開けたまま立ち尽くした。
「変態ってお前、なんてことを……」
「変態そのものだろう」
 ひび割れたことで、ようやくまともに直視できるようになったパソコンを顎で指す。
「恋人の写真撮って何がおかしいんだよ! みんなやってるだろうが!」
「君の場合ね、普通の写真じゃないんだよ! この間もトイレに隠しカメラ仕掛けてたろ! 通販でコレ買っといてよかった!」
 あの時の心境を思い出すと今でもゾッとする。
 興味本位で買ってみた不審電波探知機が、まさか自宅トイレで鳴り響くとは思うまい。
 便座につながる電源プラグで、不審な英国製の小型カメラを発見したときは、思わずその場で泣きそうになった。
「ちっ、バレたか……」
 この様子だと、一か月前、無事撤去したことには気づいていなかったらしい。受信した画像はどこに蓄えているのだろう。見られる前に消さなければ。徹底的に殲滅しなければ。
「あとね、言いたくなかったけど、君の部屋から押収した物品だよ」
 リビングの戸棚の奥に勝手に隠しておいた袋を取り出す。中には真っ二つに割られたCDやデータカードが詰まっていた。
「あ、おま……! それ、どこ行ったのかずっと探してたのに……!」
「俺があと二歳若かったら、有無を言わさず犯罪だぞ! 頼むからこういうことはやめてくれよ……」
「いやマジ、お前それないと俺がどれだけ苦しいのかわかってないだろ! ホントは毎日だってお前を抱きたいのに、それが叶わないから、それで我慢してるんだろ!」
 そんな偉そうに言われても困る。
「あのねイギリス、俺は君のこと、世界で一番かっこいい男だって思ってるよ。だからそんな人が、こんなエロ画像……しかも俺の、でニヤニヤしてる姿なんて見たくないんだ」
「アメリカ……お前には、そんな姿絶対に見せないから安心しろ! お前がいるならやっぱ生で……ゲフッ!」
 思わず顔面にストレートを入れてしまった。
「大丈夫かい!」
「お、お前……鼻折れるかと思っ……」
「とにかくね、もう俺にその痕跡を見つかってるところで失敗してるんだよ!」
「わかった、今度からはもっとうまく隠す! 正直今まではな、『恋人なんだから』って甘えて油断してたところがあったよ。お前が嫌なら完璧に隠す。わかった」
「何もわかってないじゃないかぁあああ!」
 ソファ脇にあったクッションを振りかぶる。
「アメリカ!」
 腹立たしくも、俺の投げたクッションをキャッチしたイギリスが、ソファに追い詰めてくる。
「なぁ、何怒ってんだよ、俺が写真なんかで満足してるから怒ってるのか?」
 アメリカは、体勢を崩して思わずついた手が、ふわりとしたソファの感触だったことに半ば絶望した。
「悪かったよ、ちゃんとお前も気持ちよくしてやるから」
 顎先に手をかけられる。
 きらきらと輝くエメラルドグリーンは、この世のものでないみたいに綺麗だが、しかし。
「そ、そういうことを言ってるんじゃなくて……」
 アメリカは思う。
 俺はずっと君のことをかっこいい理想の男だって思ってたんだ。強いし、頭はいいし、ちょっと貧弱だけど容姿も凛々しくて美しい。
 君が振り返って「アメリカ」と、太い眉を下げ気味に微笑んだ顔に、きゅううっといつも心臓が縮み上がりそうになるんだよ、幸せすぎて、だ。
「俺の理想を返してくれよ変態エロ大使ー!」
















 雨屋様宅の英が男らしくて変態で大好きなので、すごく目指してみましたが、どうにも私が書くと温い感がいなめません…
 こんなイギイギが好きなメリカはおかしいよ、というコンセプトで書いています(え。
 リクエストくださってありがとうございました!


(2008/7/24)



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