誰もが心待ちにするクリスマスまでは、あっという間にあと一日を残すのみとなった。
 夜には山のようなごちそう。ツリーの下にはプレゼント。
 イヴにはこっちから行くからお前は決して外出するなと連絡してあったので、アメリカの家にはきちんと灯りがともっていた。何時に来るんだい、迎えに行くよ、とアメリカはしつこかったが、全部はぐらかした。
 そうこうしている今も、携帯電話がひっきりなしに着信を告げていて、キリがないので電源を落とした。
「この日のためにとっておきのお前を召喚したんだから、上手く頼むぞ」
 うまいことアメリカ宅の庭に侵入することに成功したイギリスは、肩口の妖精にちらりと視線を向けた。赤い服のよく似合う、白髭の老人の姿をしたその妖精は、人のよさそうな笑みを湛えてはいるが、やる時はやる頼れるやつなのだ。特にこんな特別な日には。
「あとはお前たち、アメリカを二、三時間ほど引きつけといてくれ。このプディングを蒸し直さないといけねぇからな」」
 金と赤地のクリスマスカードを託した小さな少女たちは、にこりと微笑んだ。
「イギリスのクリスマスプディング、大好き!」
「大好き!」
「余ったら食わせてやるよ」
「余るかしら?」
「余るかしら?」
 クスクスクス、と高い笑い声が遠ざかっていく。
「さてと、パーティにはサプライズがなくちゃ、だよな」
 大人げないのも、たまにはいい。いや、この日だけは立派なファーザー・クリスマスを務め上げるのが、大人の義務というものだ。



「おかえり、遅かったな」
 ガタ、ガタガタン、と騒々しく玄関を鳴らした家主を内側から出迎えると、家主は何か言いたげにイギリスの手のミトンに目線をくれたあと、漂う甘い香りに不審そうな顔をした。
 やがて我に返ったように、握りしめていたカードをずずいと眼前に突き出してくる。そのカードはたった二時間前にイギリスの手元を離れたばかりのものだったので、手に取らずとも中身はわかる。それでイギリスは、それを黙殺して身を翻した。
「何のつもりだいイギリス! いきなり君のカードが宙に浮いてて、追いかけて追いかけて女神のとこまで行っちゃったじゃないか!」
 ああ疲れた、とアメリカはありったけの声量で状況説明を終えたあと、盛大にむせた。外は相当寒い。それはイギリス自身も二時間前の経験から知っている。
「そんなとこまで行ってたのか? ああ、あいつら一度、女神に挨拶しときたいって言ってたからな」
「……不法侵入っていうんだぞ。どうやって家のセキュリティ切ったんだい? 俺、確かにかけて出たのに」
「それはコイツらが手伝ってくれたんだよ」
「……また幻覚の話かい?」
「その幻覚とやらを追いかけて出て行ったんだろ?」
「違うよ、君のカードを追いかけていっただけだ。何が書いてあるかと思えばメリークリスマスの一言だけ! こんなに苦労したのにさ!」
 アメリカは忌々しげに、コートやら帽子やら手袋やらをリビングのソファに放った。
「カードが一人でに浮くわけねぇだろ? 何言ってんだ。おい、そこ片づけろよ、メシにしようぜ」
「それを言うなら妖精なんかいるわけないだろ! あとそれ、何のつもりだい? 君が来てくれたら、気に入ってる店のピザ取ろうと思ったのに」
 食卓に並んだ、相変わらず見てくれの悪い料理。料理ってのは見た目じゃない、味だ味、とイギリスはアメリカの何ともいえない表情を敢えて視界に入れないようにしながら自身に言い聞かせていた。
「お前なぁ、よりによってピザ! それで人をもてなしてるつもりか?」
「それはこっちのセリフだよ! 君まさかそれを、人に食べさせるつもりかい?」
「うるせーよ! とにかく座れ!」
「あとさ、あのツリーの下に落ちてる諸々だけど……」
「落ちてんじゃねぇ、置いてんだ!」
 カラフルなケーキにキャンディ、チョコレート、大瓶のコカコーラ、スプライト。手作りのクリスマスプディングに、スケボー、バスケットボール、クリスマスクラッカーといったおもちゃの数々。
「メリークリスマス、アメリカ。待ってろ、今プディングも持ってくる」
「ひょっとしてあのぐっちゃぐちゃしたやつかい!」
「うるせー黙って食え!」
 作り手のイギリスですら元は何だったのか定かでない、皿の上の黒い物体にフォークを突き刺しながら、アメリカは、蒸し上がったばかりのプディングにうっかりブランデーをかけすぎたイギリスをじっと見ていた。
「んだよ、なんか文句あんのか!」
「俺としたことが、ついいつも通り本音言っちゃったけどさ、……ホリデーを一緒に過ごしてくれるってことは、『イエス』ってことなのかい?」
 眼鏡の奥の青が、陽光を反射した湖みたいにきらりと光る。
 ああ、ああ、アメリカ。
 その昔、自分たちが出会えたのはきっと奇跡みたいに尊いことだった。自分たちはその奇跡に対してずいぶんな態度ばかり取ってきたけれど。それでも、出会ったことには感謝しかしたことがない。本当に。
「本音ってなんだよ、失礼な奴だな……」
「愛の裏返しだよ、悪かった、ごめん。……それで? 君の、返事は」
 アメリカは、どうだか知らない。愛だなんて軽々しく告げてくる、小憎らしい若者。どうしてそんな風に手のひら翻せるのか、イギリスにはさっぱり理解ができない。イギリスが恐れている魔のスイッチの、なんと恐ろしいこと。
 ああ、自分はアメリカの保護者保護者といいながら、いくつもその責任を取りこぼしてきた。たとえばこの世はすべて思い通りにはいかないものだと教え損ねたのも、きっとそう。
 手についたブランデーを舐め取りながら、イギリスは肩を竦めてみせた。
「その話だがなアメリカ、何か勘違いしちゃいねぇか。――お前の質問に答える義務なんぞ、俺にはない」
 息を呑んだように――実際に呑み込んだのは、味のない、改め素朴な味のふやけた野菜だったわけだが――イギリスを見つめていたアメリカは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「はぁ?」
「俺はただ、お前がそんなに俺とクリスマスを過ごしたかったのかと感動して、子供の頃にしてやれなかったことをしてやりに来ただけだ」
 腕を振るって食べ切れないほどのごちそうを用意する。デザートは特大のクリスマス・プディング。ツリーの下には山と積まれたプレゼント。そしていい子には、ファーザークリスマスの奇跡を。
 家族と過ごす、温かな夜。当たり前の子供なら、誰もが享受できるささやかな。
「そ、それじゃだめなんだよ!」
「何がダメなんだ、お前言ってたろ、このままの延長がいいんだって」
 久しぶりに作ったカスタードクリームは、なんだかダマっぽかったけれど、まぁこんなものだろうと諦めて、プディングの端に添えた。
 アメリカはいつものように固形の料理を、野菜の切れ端が浮かんだお湯みたいなスープで流し込むことにしたようだった。まるでそれを全部食べたら、イギリスが「嘘だよ」と笑い出すことを期待でもしているかのようだと思った。やっぱりこいつは理想主義者でまだまだ甘い。
 三枚舌と呼ばれたこのイギリスが、易々と他国の思い通りになど行動するものか。
 それから「好きなんです付き合ってください」なんてセリフにドキドキするほど清純な子供でも、ない。残念ながら。ああ、そうだ残念ながら、お前はこの連合王国を測り損ねている。
 イエスかノーか、二択しかないのなら三択目を作ればいい。
「いくら名前を変えたって、俺は俺だ。お前はお前。ある日突然、ポンと変われたりしねぇよ」
「君ねぇ! そうやってはぐらかすつもりかい?」
 かちゃん、とアメリカの握ったスプーンが音を立てる。抗議の音にも似たそれは、忌々しい隣国のお節介を呼び覚ました。
 大丈夫、言われなくたって、アメリカがイギリスに心の底からの気持ちをくれるというのなら、それを無下にしたりなんかしない。
 だってきっと、イギリスはずっと「それ」が欲しかった。お互い指す名は違っても。根底にあるのはきっと同じような、執着にも似た、甘く苦い気持ち。
「俺は確かに、アメリカ、お前のことがこの世で一番大切だよ。好きだって言われて、一体何の暗号だろうと思うくらいには嬉しかった。ずっと、嫌われてると思ってたからさ」
「……それなら、『俺も好きだ』って言ってくれればそれでシンプル、ハッピーエンドじゃないか」
 ヒーローとヒロインは最後に熱いキスを交わして、エンドロールだ、なんて乱暴な論理を披露する、相変わらずせっかちで大雑把、おめでたい世界に生きている。ああ違う、こいつこそちっともわかっていない。イギリスのアメリカへの気持ちは、そんな、どこにでも転がっているような陳腐なものでは決してないのだ。
 勝手にお前の物差しに当てはめて、見くびるなよ、若造が。
「好きかって聞かれたらそうなんだろうと思う」
 アメリカが望んでいるシンプルな答えを口にすれば、お子様は単純にもにわかに色めきだった。それを目線で制して、聞けよ、と釘をさす。
「そうなんだろうと思うし、いや、もうなんつぅか、そんな一般的な安っぽい感情と一緒にしてほしくない。だってそうだろ、好きだの嫌いだの愛してるだの、付き合うだの、そんなのはみんな――いつか終わることだ」
「君が皮肉屋なのは知ってるけど――それはずいぶん、シニカルなご意見だね」
 どことなく拗ねた顔をしていたアメリカは、いつの間に真剣な顔をしてこちらを見ていた。まっすぐな視線に、射抜かれる。
「お前が今どう思っててもな、現実を見ろ、アメリカ」
 自分の答えがこの子の望んだ通りではないと知っている。彼はもっとシンプルで美しい概念を好む。
 けれど、物分かりのいい親のフリをして、はいそうですかと折れるわけにはいかないのだ。
 イギリスはアメリカと、ずっとこうしていたいのだから。
「俺は皮肉を弄びたくて言ってるわけじゃない、お前がその、す、好きだから、つっぱねてるんだ。お前の思い通りの『俺のことが大好きなかわいくて明るいガールフレンド』とやらになるわけにはいかない。……わかるか?」
 自分を好きだというのなら、この気持ちを理解してみせろ。
「始まりがあって終わりがある。結婚が契約書にサインすることなら、付き合うってやつはそれが口約束に置き換わっただけだ。名前をつけた時点で、終わりの可能性を示唆してるようにしか見えねぇ。『もう終わりにしよう』と言うことができる。スイッチ一つで始められて、スイッチ一つでやめられる。まるで舞台を上り下りするだけの。……そんな関係じゃ、俺はいやだ」
 契約も審判も全部、曖昧な言葉で濁して誤魔化して、このまま二人で世界の終わりまで、引き離す呪文のない爛れ切った縁で結ばれていたい。
 それが何百年とかけて、毎日毎日、二人で築き上げてきたもの。皮肉と嫌味をぶつけ合うたびに、それでも決して互いに無関心でいることを、離れていくことを選ばなかった二人の。
「どうしてこのままじゃいけない? 曖昧な、名前なんかない関係で、それでも確かに俺たちは他人じゃなくて、ずっとこのまま一緒に年を重ねていけるんだと思ってた。変わらない気持ちで。契約もスイッチもない。だから、どうやって離れたらいいのかわからない。しつこくて重たくて面倒で、わかりにくくて、そういう今のこの関係に、俺は固執してる。名前をすり替えただけで、他の誰も代わりになんてなれない、させない。そういう、俺とお前の今の立ち位置が」
 ――意味がわからないよ、要するに君は俺の告白を断るってことなのかい?
 そうとでも叫んで出て行ってしまえば、きっとこの子は二度と戻ってこないだろう。彼のプライドを、自分が傷つけた。愛しているのに、分かり合えなかった。
 けれども、愛しい子は考え込むように、スープの表面を見つめて黙ったままだ。
 いたたまれずに、フライングでプディングに手を伸ばした。じわり、口中に広がる苦い甘み。あぁ、今年もクリスマスがやってきた。何度繰り返しても、最善の方法はこの手に掴めないまま。無為に年輪ばかり重ねていく。
 でも、だからといって、こんなところで、終わりにしたくない。
 ――アメリカ。
「要するに、君は『妻』より『愛人』になりたいんだ」
 最後の審判を待つような気分で見守っていたアメリカがようやく口を開いたと思えば、また予想だにしなかったすっ飛んだセリフを吐き出したので、イギリスは盛大にむせることになった。
 本当に、コイツの考えてることはイギリスには計り知れない。
 だからこそこうやって何度もぶつかって、それが悲しくて、離れられないのかもしれない、だなんて思った。だとしたら、世界はずいぶんうまくできている。
「なんだそれ、意味わかんねぇよ。喩えが卑近だしよ……」
「ずるい、なぁ……、そういう考え方って、ほんとに君らしいよね」
「無視か」
「愛人には契約も他人の目も関係ないんだ、だって枠外の秘密の関係なんだから。二人を繋いでるのは婚約届でも『恋人』っていう名前でもない、目に見えない『愛』だけが、二人を結んでる。始めから結婚してないから、離婚しようとは言えない」
 アメリカが真剣な顔でごにゃごにゃと御託を並べている。御託といっても、先程イギリスが並べてみせたそれを、彼なりに一生懸命解釈しようとしているようなのが、なんだか新鮮でこそばゆかった。
 ここまで真剣に、アメリカがイギリスの話を聞いてくれたことなどない。
 考えて、ふと気づく。
 それはきっとイギリスが、ここまで真剣に、アメリカに気持ちをわかってもらおうとしたことがなかったから。自覚すると、泣けてきた。
 ああ、本当にイギリスは昔からダメな保護者だった。
 話しかければ、嫌味にせよ何にせよ、まだ返事が戻ってくると、それだけを毎日毎日確認しては安堵して、決定的に歩み寄ることから逃げ回っていた、卑怯なイギリス。
「確かに君の言うとおり、付き合うだの結婚だのって言うのはさ、一種の契約であって、正しい関係を定義して世間に問うための行為だと思う。だからそこには義務と権利が発生する。二人だけの問題じゃなくなるんだよね。他人の目から見て、そういう関係は正しいとか、正しくないとかそういう問題が発生する。――だからね、イギリス、俺が『恋人』って言ったのは、そういう責任を負いたかったからなんだと思う。俺が君を一生愛するっていう、責任を」
 こいつはいつだって言葉足らずで強引だけど、イギリスよりよほど誠実で勇敢だった。
「軽々しく一回抱いて飽きたりしないっていう、そういう覚悟だ」
 抱く、だなんてこの連合王国様に向けられるにはなんとも不穏すぎる単語を聞いたような気がするが、目が逸らせなかった。こんなに強い眼光を受けたのは、何年、いや何十年ぶりだろう。知らず知らずのうちに、イギリスはアメリカの『真剣』から、目を逸らし続けていた。
「これは俺たちの間の誓いなんだよ、これからたくさん大変なことがあるだろう。時には投げ出したくなる時もあるかもしれない。だけど二人で乗り切っていこうって、相手を理解してやろうと努力しようって、だって『恋人』なんだから」
 気づけば一筋、温かいものが頬を伝っていた。
 ああ、昔独立旗を掲げ、ままごとみたいな連邦政府を立ち上げ、憲法を作ったこいつは、きっとこんな気持ちだったのだ。
 お伽噺より遥かに厳しい現実に、負けないための合言葉。志を同じくする、大切な人たちと唱えれば、それはいつも折れそうになる心を支えた。
「……俺はお前と『別れ』たくない、だから『恋人』にもならない。俺から『恋人』のパネルを剥ぎ取った後、そのパネルを付けられた別の誰かが、当たり前の顔をして俺のいた位置に収まるのも許せない」
 それでもズルイ自分を許してほしい、だってこれは千何百年と生きて来たこの自分が心に築いた、大切なものを守るための長城だ。
 いつの間にか、両手をぎゅっと握りしめられていた。クリスマスのごちそうが並び、キャンドルが灯るテーブルの上で。部屋の隅には色を変え輝き続けるクリスマスツリー。
「俺は君を、君だけを一生、命を賭けて愛すると今ここに誓うよ。だから君を『恋人』と呼ぶし、俺は君の『恋人』だと自負する」
「……バカみたいだな、ただの言葉遊びだ」
 さっきから思っていたことだけれど。
 それに、始めたのはこちらだ。
「でも、ここにある気持ちは、どんな名をつけようと、確かにあるものだろう?」
 そう言って笑った合衆国の顔は、やはり底抜けに明るかった。
「君は君の好きな名をつけたらいいよ。俺もそうする。でも、ずっと一緒にいよう、これだけ誓って」
 一体どこにこんな眩しいものを隠していたのか、傷だらけのくせに、どろどろとした薄汚いものが腹中渦巻いているくせに、それでも決して、この笑顔だけは曇らない。街中をきらびやかなネオンで飾って、飛び交う電波、カラフルな広告、世界を駆けるファーザー・クリスマス。子供の夢を守る、ユーモラスな大人が称賛され語り継がれる矛盾だらけのうら寒い暗黒の社会。
 何度否定されても立ち上がる。理想郷はやはりここにあるのだと。



「さあ、約束通りホリデーはまるごと俺と過ごすぞ!」
 なぜそういう結論に落ち着いたのかはさっぱりわからないが、とりあえず納得したらしいアメリカに、イギリスは内心ほっと息をついた。
 ああ、これで、このままずっと、こいつとこのままでいられる。
「無理しなくていいんだぞ、今まで通りで。あんま一緒にいると飽きも早いだろ」
 大丈夫、自分たちは何も変わっていない、何も。
「これは俺が俺に課した崇高な任務なんだから口出ししないでくれよ! 君を俺のものにしたら、俺しか見えなくなるようにしてやろうって思ってた。これでやっと資格を得て、俺はこの特権を行使できるってわけだ」
 いや、本当に、何も、か?
 本当に尊い使命でも賜ったかのように打ち震えるアメリカに、彼の中では、ずいぶん独特な哲学が横行していたらしいと知る。
「だから、俺は了承してねぇからな! くれぐれもそこんとこ勘違いすんなよ!」
 恋人とはこうあるものだ、という押し付けがましい掟が、彼の中にいったいいくつあるのかと想像してみただけで、なんだかこちらまで気分が重くなる。いや、関係ないはずなのだ、自分はそんな契約書にサインした覚えはないのだから。アメリカ一人で、勝手に縛られていればいい。
「はいはい、とりあえずキスしていいかい?」
 来た。
 思わず体が竦むのがわかる。いったい何だってこいつは。こんなことして、何が楽しいっていうんだ?
 勝手に訳のわかんねぇ夢、見て。
 イギリスなんかとじゃキスも愛の語らいも楽しいわけがない。勝手に理想を作り上げられて、勝手に失望されて、やっぱりいいや、と言い放たれるのは嫌だった。だからイギリスはアメリカの言う「恋人」などにはなりたくなかった。そしてならなかった。そう、今も、違う。そんなんじゃない。
 大丈夫、だからコイツはイギリスを切り離せない。
 何があっても、言葉一つで遠ざけられたりしない。
 ずっとこのまま、ずっとこのままだ、ずるずると、曖昧な関係のまま、隣に立っていていいんだ。
「……やっぱり、ダメ、なのかい?」
 ショックを受けたような顔に、緊張していたのもバカらしくなった。何をこんなイギリスごときに伺いを立てて、浮いたり沈んだり。
 もう、こんなに大きくなったのに。
「お前がしたいことに、いちいち俺の許可なんかいらねぇんだよ。だろ、アメリカ合衆国様? 嫌だったら容赦なくぶっ飛ばすからな、安心しろ」
 この愛しい子供がいわゆる「恋人」じみたステップを一つ一つ踏んでいきたがることに対して、嫌悪感や拒否感を感じるかどうかは、イギリス自身にもわからなかった。逆に高揚感や幸福感を味わえるのかもしれなかったし、まったくの無感動でいられるのかもしれなかった。だからこそ、イギリスはアメリカの単純にすぎる告白に、イエスかノーかで答えることができなかったともいえる。イギリスのアメリカに対する気持ちが、一般的な恋だの愛だのの範疇をも掠めているかどうかなんて、考えたこともなかったので。
 そう、やってみなければわからない――そんな一歩引いた考えを保っていられたのは、ずいぶんと大きくなってしまった手が肩に触れるまでだった。
 唇に熱を感じながら、そろそろ燃え盛る暖炉を破って、聖夜の奇跡が舞い降りる頃合いだ、とイギリスは思った。この子供は、お誂え向きの奇跡を喜ぶだろうか。
 とりあえず、ぶっ飛ばす気は起きなかった。

 メリークリスマス! よい子には、ファーザークリスマスのプレゼントを。


















(2009/12/27)



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