太平の眠りを覚ます上喜撰
ハロー! みんなのヒーローアメリカだぞ☆
今日は日本にアメリカンなゲームを教えに来たついでに、貿易条件を緩めてもらおうかと……
ごつん。
って言ってる傍から敵船来襲!? なんだなんだ!
「おい、くだらないことで俺の良き貿易相手を煩わせるな」
と思ったら、振り返った先、拳骨片手にいたのはただの眉毛だった。
「イギリス!」
殴られた頭をさすりながら唇を尖らせて抗議する。
イギリスはさして気にした風もなく、気取った態度で腕を組んだ。
「こんなとこで何してんだ」
こんなミステリアスな国に来てまで、この辛気臭い顔を見なきゃいけないのかと思うとまったくテンションが下がるよ。
顔にありありと出して、溜息をついた。
「俺はクジラ捕りにきたついでだぞ! 君こそ」
「言ってるだろ。俺は。ビジネスだビジネス」
そう言って笑った顔は悪どい利権屋のそれだ。世界各国を股にかけて、詐欺まがいのビッグビジネスを次々成功させている彼は、どうやらこの、最近世界史にぽっかり顔を出したばかりの東洋の小国にも、あざとく足を運んでいるらしかった。
まぁ、顔を出させたのは俺だけど。
「まったく、俺が開国させたのに、一番儲けてるの君じゃないか。相変わらず君はしたたかというか、なんというか……」
「ビジネスチャンスを逃さなかっただけだ。センスの問題だよ。お前なんかとは年季が違う」
今や日本の貿易相手としてはナンバーワンだ。俺がちょっと忙しかった間に、油断した。儲け話に関しちゃ抜け目がないんだ、この人は。
「はいはい」
「で、何してたんだよ。どうせくだらないことだろうがな。いい歳して『遊ぼー』じゃねぇよ」
君、「俺にはそんなこと言わない癖に」って顔するのやめてくれないかな。俺、結構君にも「遊ぼー」って言ってるじゃないか、君が小言を言ううちに忘れちゃうだけで。
っていうかいつから盗み見てたんだろう。相変わらず気持ちの悪い人だ。
「君だって夢中だったじゃないか、テーブルターニング」
手に持った小さな三脚テーブルを指し示すと、途端に彼の顔は輝いた。そういや昔から魔術だの幽霊だの、そんな話が好きだったっけ、この人は。
「ま、まぁな。俺、テーブルターニングに関しちゃちょっと詳しい自信があるぜ?」
そわそわし出した。子供のようなその様子は、紳士然と着飾った格好が余計に痛々しい。
「混ぜてあげないよ。君なんかと手が触れ合うのはごめんだね」
「な、お、お、俺だってごめんだよバーカッ!」
騒いでいると、近所の娘さんたちとテーブルターニングもどきに興じていた日本が、イギリスに気がついて笑顔になった。
「イギリスさん、こんにちは」
「ああ、日本。元気か?」
「すいませんね、今お茶を……」
すぐさま立ち上がった日本はまだ笑みを崩さない。
あれ? ひょっとしなくても、俺とはすごく対応が違うんじゃないかい?
「そちらのすっとこ……アメリカさんも、ついでにお茶お淹れしますね」
「あ、うん」
俺が来る時は迷惑そうな顔しかしないくせに。お茶だって今の今まで出してくれなかったわけで。しかも、やけに「ついでに」を強調しなかったかい、今。
お茶を淹れに立った日本の背中を見ながらぶーたれていると、それに気づかずイギリスが話の続きを振ってきた。
「だいたい、この国にテーブルはないだろう」
「うん、日本のやつハマっちゃってね、わざわざ似たようなの作ってやってたよ」
日本が抜けた後も、遊びに興じる女の子たちを指し示した。
なんだか丸い洗面器のような木製の入れ物を引っくり返して、三本の竹を組んだもので支えている。あれでテーブルの代わりらしい。
よく考えるものだ。
「……あいつ、吸収早いよなぁ……」
心底感心した顔でうなずいているイギリスがなんとなく面白くなくて、俺は「そうかい?」とぶっきらぼうに返した。
君にとって俺は「出来の悪い」弟だったろうけど、そんな風に比較するのはやめてほしい。ああそうだ、日本もそのうち、もっと反抗的な態度を露わにするといい。そうすればイギリスも、くだらない幻想にこれ以上取り憑かれたりしないだろう。
しかしムリだろうな、と思う。
日本は俺たちの文明を猿のようにただマネすることに忙しく、それこそ本当に傀儡のように素直で、影のように大人しい。
変化の乏しい表情、自己の主張を滅多に紡ぐことのない唇。感情があるのかも、よく分からない。
俺とは、違う。
「素直だし、働き者だ」
俺だって働き者だ。素直ではないかもしれないけれど。
俺がもう一度「そうかい?」と呟いたところで、日本が熱いお茶を持って戻ってきた。
深い黄緑の液体は、少し苦くて苦手だ。
「上等の喜撰をいただいたので、どうぞご賞味ください」
「ありがとう」
イギリスはにこやかに湯のみを受け取って口をつける。
俺も湯のみを手に取ると、熱い液体を一気に飲み干した。
こんなのより、どこかの誰かさんが淹れた紅茶の方が何倍も甘くて美味しいと思った。
「そうだ、皆さんでアレ、やってみませんか?」
「アレ? テーブルターニングのことかい?」
時折きゃらきゃらと、鈴を転がしたような高い笑い声が縁側から聞こえてくる。
「そうです。せっかくアメリカさんが教えてくださったのですから」
皆さんで、というからには当然イギリスも含まれるのだろう。3人なら、必ず手が触れる。
どぎまぎする感情を押し隠すように、俺は笑った。
「いいけど、何を占うんだい? またシロのこと?」
「今度はお二人のことでいいですよ」
「別に俺は、今占いたいことなんて……」
苦笑するようにイギリスと目を見合わせた。
本当は、ある。――イギリスが俺のことを、今でも特別だと思ってくれているのかどうか。
けれど俺はイマイチ、このテーブルターニングというやつを信じていなかった。
世界は自分の手で変えられるものだ。
ならば変えればいい、と結局いつもの結論に達して、俺は内心溜め息をついた。堂々巡りだ。何も変わらない。
「じゃあ、俺の貿易が今後も上手くいくかどうかだな」
俺が黙っていると、勝手にイギリスが仕切り出す。
それって、結局君と日本の関係ってことじゃないか。面白くないなぁ。
触れた小指がなんだか熱い。
「ではいきますよ。イギリスさんの貿易は、今後も上手くいきますか?」
ぐらり、と一度テーブルが揺れる。
腹が立ったので、すかさずもう一度動かしてやった。
「あ、ちょ、テメェ今ズルしたろ!」
「してないよ失礼だな! ヒーローが不正行為を働くなんて……」
「だって俺の好景気が続かねぇわけねぇだろ!」
「そんな自信満々なら訊くなよ!」
「まあまあお二人とも」
日本に制止されて、ようやく引き下がった。ケンカなんかしたくないけど、こうやって言い合ってるのは結構好きだったりする。
相手が俺だけならいいんだけどね。
イギリスはフランスだのスペインだの、誰とだってこんな風に言い合っているから、それはちっとも嬉しくない。
「アメリカさんは? 何か訊きたいことは?」
「うん、そうだなぁ……」
俺は視線を彷徨わせる。
核心に触れずに、俺の知りたいことを訊く術はないだろうか。
「……じゃあ、孤独なイギリスがこれからも孤独かどうか、訊いてみようよ!」
嫌味にかこつけて提案してみる。案の定イギリスは怒ったけれど、こんなことは予想済みだ。
「ハ? テメ、ナメてんのかよ! 別に孤独じゃねぇよバカッ!」
「えー、そうかい? だって君、友達いないだろ?」
「い、い……いるよ……っ」
「へー、誰だい?」
「……お前なんかキライだバカァ!」
キライだって言われるのも、別に嫌いじゃない。だって俺のことを「キライ」だって言うときのイギリスからは、「本当は好きだぞ」って言うオーラが出ている気がする。
君を泣かせて安心してるなんて、俺やっぱり嫌な奴かな。
ちょっぴり罪悪感を覚えていたら、普段は何を考えているのかさっぱりわからない無表情の日本が、宥めるような笑顔で、そっとイギリスの手を取った。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ、イギリスさん。私がいるじゃないですか」
「日本……」
面白くない。
それは俺のセリフだった。俺がいるよ、俺はいつだって君を見ているよ、イギリス。
ぴたりと泣きやんだイギリスに、もやもやとした黒い感情を抱えつつ、俺は二人の手を引きはがした。
「はいはい、結果はテーブルターニングでね!!」
多少強引に事を進めようとした俺に、日本は初めて、不愉快そうな顔を向けた。
「そこまでしなくてもいいじゃないですか。あなただって、そこまで知りたい訳じゃないでしょう? イギリスさんを辱めるためだけにその質問をするというのなら、私は協力できません。私は、イギリスさんの友人であるつもりですから」
日本が珍しく毅然と言い放った。あまりに珍しいことだったので、つい動揺して、感情を抑えることができなかった。
本気で日本を睨みつけてしまう。
「……付き合いも短いくせに、よくそんなことが言えるね」
「短くても、よくしていただいています」
「君によくしてるように見えるとしたら、それは金のためだよ。その人のことを知ってる? 今まで散々、世界で暴れ回って、悪どいことばっかりやってきたんだ」
たぶん傷ついた顔をしているだろう、イギリスのことを、見ることができない。
日本はますます険しい顔になった。身長は俺より頭一個分以上小さいのに、顔だってまるでティーンエイジャーのそれなのに、彼はちっとも臆することがなく、俺を見上げてくる。
「……それは、私への忠告のつもりですか? でしたらご心配なく。お付き合いする友人は、私がこの目で見定めて決めさせていただいているつもりです。私、そこまでバカじゃないですよ。あなた方は色々教えてくださいますけど、引きこもっていたからといって、あまり、私を見くびらないでください」
よりにもよってイギリスの前で恥をかかされた。このアメリカが、あんな弱小国家に威圧されるなんて!
屈辱感でいっぱいになって、俺は足音高くその場を退去した。
「おい、アメリカ!」
イギリスの声が聞こえたが、もちろん振り返ることなどできない。
いちいち靴を履かないと外に出られないのかこの家は! まったく忌々しい。
「ごめんな、日本、あいつ、ほんとバカで……」
「いえ……あ、イギリスさん」
俺はついに、靴をひっつかんだまま外に出た。
すぐに、ぱたぱたと足音がする。イギリスも、靴下のまま飛び出してきたようだ。
「おいアメリカ!」
バカじゃないのか。もう弟じゃないんだから、君は俺のフォローなんかしなくていいんだよ。
振り返ることは、やはりできなかった。
あまりに情けない顔をしているだろうから。
「俺のことバカにするのはしょうがねぇけど、日本にまで、ああいう態度取るなよ」
「どうして?」
想像以上に気丈な声が出たことに安堵して、俺は続けた。
「極東の小国だって、見くびってたのは君も同じだろう? そんなに魅力的な市場でもないだろ? どうしてそんなに肩入れするんだい? ……ああ、中国への足がかりになるから?」
嫌味な口調で畳みかけた。
イギリスが頷けばいい。あんなの、金づる以外の何ものでもないと。
「……何カッカしてんだよ、らしくねぇぞ」
ところがイギリスは思った以上に冷静な声を出して、俺を宥めようとするから、俺は余計に惨めになった。
もう俺は君の弟じゃない。
どんなに気にかけてもらっても、もう泣き喚いて抱きついて、甘えたりできないのに。なんて残酷な。
ああ、君はその残酷さをわかっているのかな。
「君が……っ」
「俺が?」
きっとわかっていない。
「……なんでもないよ、帰る。君も帰りなよ。そんなに大切なら、用もないのに押しかけて彼を煩わせるべきじゃない」
何が「友人」だ。そんなことあるはずがない。
だってあのイギリスだぞ?
親バカでエロ大使で金の亡者で島国根性で古臭いものが大好きで無駄にプライド高くて料理はマズくて酔うと手がつけられなくなって幻覚だけが友達で――あのイギリスだぞ?
寝顔が子供みたいだとか、誰よりも寂しがり屋だとか、意外と面倒見がいいだとか、考えてることが全部顔に出ちゃうだとか、俺のことがまだ大好きで大好きでしょうがないだとか、――あの人のいいところなんて、俺以外に知ってるはずがないんだ。
「お前……自分の行動を省みてから言えよ……ったく。――なぁ」
「何?」
「お前は、俺に孤独なままでいてほしいみたいだけど」
どきり、と心臓が跳ねる。
この人はたまに、さらりととんでもないことを言うんだ。
鈍い鈍いと油断していると、たまに驚くほど近くに立っていたりする、そんな感覚。
「それって、何でだ? 俺が嫌いだから?」
俺は思わず振り返ってしまった。首を傾けて見つめてくる目の色は、幼き日に見たそれとまったく同じだった。俺の行く末を、いつも見守っている目。
「……君は、目を離すと危なっかしいんだよ。どこで誰と、何を企んでるかわかりゃしない」
だから俺の傍にいればいいんだ、とはついに言えなかった。
*
次に日本の家を訪れたら、なぜだか謝られた。
「あなたとイギリスさんのことに、私のような部外者が口出ししたらいけないんですね、ようくわかりましたよ」
「……なんだい、急に」
「前回、アメリカさんがらしくもなく、……なんていうんですかねぇ、こう、『男』の顔をなさってましたから、気になってたんです。フランスさんにも色々お聞きして……」
なんだそれは、と突っ込みたい箇所が山ほどあったけれど、とりあえず当面の問題はたった一つだった。
「フランスに! 話したの!」
背筋がぞっとした。頭の中を、忌々しいニヤけた顔が去来する。
「ええ」
動揺したことで、フランスが吹き込んだであろう俺の情けない葛藤が真実であると証明したも同然だ。日本はしてやったりという風で、にこりと微笑んだ。
「あ、そう……」
失態だった。今になって悟ってももう遅いけれど。
動揺が抑え切れない。ああ、次にフランスに会ったとき、どんな顔すればいいんだろう。
それよりも、この小国が、またイギリスに何か吹き込んだりはしないだろうか?
「私、勉強熱心でしょう? だからイギリスさんも気に入ってくださってるんだと思いますよ」
にこりと微笑んだ子供のような顔を、本当に、侮れないと思った。
「……何が望みだい?」
浮かれ気分で欧米の文物を「教えてやっている」という気分で訪日していた自身が、なんだかちょっぴり恨めしくなった。
「貿易条件を改善していただきたいですねぇ。さすがに、私もバカな子供じゃないってお分かりでしょう? 一人前の国として、当然の権利を与えていただきたく」
「……イギリス、ドイツあたりが、同じ条件を呑むなら、いいよ」
苦虫を噛み潰したような顔で、やっとそれだけを言った。
「さすがアメリカさん! あ、お茶お淹れしましょうね」
イギリスは呑まないだろう、と思ったから、特に損失があるとは考えなかった。あの人は、金が絡むと誰も敵わないんだ。
なんでそんな人が好きなんだろう、と俺は何回目になるか分からない自問自答でいっぱいになって、溜息をついた。
あの人の目の色よりはいくらか薄くて黄色味の強い、緑茶の色を思い出す。
「いいよ、苦いから」
台所へと消えかけた足をふと止めて、日本は振り返った。
「大丈夫ですよ、――今日お出しするのは出がらしですから」
日本がツンデレまゆげとすっとこどっこいのややこしい関係に巻き込まれていくまでのお話。
時代考証とかは面倒なのでテキトーです……テストのときは気をつけろ☆
(2008/7/19)
BACK
Copyright(c)神川ゆた All rights reserved.
http://yutakami.izakamakura.com/