2007年7月4日 ニューヨーク




 たぶん、彼は来ないのだろうと思う。
 二十年目くらいまでは、まだそわそわパーティ会場を見渡す気楽さを持ち合わせていたが、さすがの俺も、百何十回と無視され続けていては、悲観的にもなりたくなる。
 それに、先月サプライズとして用意した電話で話した時も、一瞬で切られてしまったし。
 だから、居づらそうに壁に寄りかかっていた君の姿を見た時には、俺はあまりに動転して、今日が何の日で、ここが何のパーティ会場なのかということをコロリと忘れ、つい、普通の言葉しかかけられなかった。
 何が「ケーキ食べる」だ。俺がいつも食べ物のことしか考えてない奴みたいじゃないか。本当は、君が来てくれたら、言いたいことがいっぱいあったのに。
 言ってから後悔したが、その頃には、君が俺の口出しを許さない勢いでぺらぺら不平不満を並べ始めたから、俺は胸に迫りくる感動を、むりやり押し込めた。感動するのは後で一人になった時にゆっくり、の方がよさそうだ。意地でもこちらを見ようとしない様子からすると、どうやら、本当に彼は嫌々この場にいるようだった。せっかく不調をおして出向いてくれた彼に、恥はかかせたくなかった。いつものように、きっといつものように、何気なく振る舞うべきなんだと思った。
 軽口を叩いて、君を怒らせて。
 たとえ殴りかかられるのだとしても、君に触れられるのは嬉しいな、だなんて思っているのを隠すのに必死になっていたら、君は大きな紙袋を俺に押しつけて、さっさと去っていってしまった。
 言いたいことの半分どころか、一言も言ってない。
 俺は突然の展開にまったくついていくことができずに、素直に君を見送ってしまった。焦って焦って焦った結果、「ありがとう」と、伝えたいことの四分の一くらいは何とか言えた。
 いざ君が帰ってしまうと、後からじわりじわりと、言いようのない高揚感が湧き上がってくる。夢じゃない、これ夢じゃないんだよな?
 俺はついに、やったんだよな?
 イギリスも意外と気が利くじゃないかなんて、浮かれまくった言い訳じみたセリフを吐いて――そもそも誰への言い訳なのかもわからないが、その時、妙に俺は気恥ずかしくて、誰かに言い訳をしないではいられなかったのだ――俺は思わぬ失態を晒してしまう羽目になった。
 突然飛んできたグローブ、メガネをめり込ませる痛烈なパンチ。
 しかも、誰かがその瞬間を目撃して、大笑いしてくれたならまだ救われただろうけれど、生憎と、その場は静寂に包まれており、俺の「ぶごっ」だなんて情けない声も、一人ツッコミも、虚しくて虚しくてしょうがなかった。
 これ以上ないというほどに浮かれ切っていただけに、余計に切ない気持ちになった。――いや、相手はあのイギリスだぞ。パーティ会場に顔を見せてくれただけでも、彼の中でどれほどの決意を要したことか。ついに、イギリスの中でそんな地位を確立したのだと思えば――。
 そこにおずおずと現れた日本が、また得体の知れない顔で俺を呼んだ。
 俺は今忙しいんだよって、見て分からないのかな。
「日本聞いてくれよ! イギリスのくれたプレゼントが、こんな古臭いジョーク物だったんだよ」
 これを俺の中でどう処理すべきなのか考えるのに、今すっごく忙しいんだ。
「それはまた古いですね。あ、でも、そちらはダミーのようですよ」
 へ?
 振り返った先に、もう一つ紙袋が見えた。
 覗くのは、真っ赤な包装紙。金のリボン。
 ああ。

 長かった。

 なんて長かったのだろう。
 俺が誰よりも誇り高くいられる日に、君に傍にいてほしかった。
 他の誰でもない君に、「おめでとう」と言ってほしかった。
 彼に恋をしているのだと気づいてから、毎年毎年、必死で君を招待した。
 君が何をすれば喜んでくれるのか、何に託したら、過去に囚われず、今の俺の気持ちを見てくれるのか。
 プロポーズにも似たそれが、実に百八十数回。
 俺は今ふたたび、今日というこの日を誇ろう。
 7月4日は、諦めなければどんな夢も叶うのだと、君が俺に教えてくれた日だ。


















(2008/7/4)



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