2007年6月10日 ロンドン 嫌がらせも、三回、五回、十回、百回、百五十回と続くと、だんだん慣れてくるもので、最初の頃のようなショックはもはやない。「ああ、またか」と流すことも上手くなって、そうして平静は保たれる。それが心の防衛能力というものだ。 相手も、いい加減反応しなくなった俺に飽きて、ワンパターンの嫌がらせには見切りをつけるものだ。 だが、一年に一度、決まって呪いのように送りつけられてくるそれだけは例外で、何度経験しても、心臓を握り潰されるかのような苦しさが突然襲ってくるのだ。そして相手も、決して飽きることはなかった。 毎年毎年、手を替え品を替え――ある年の招待状にはオルゴールがついていたし、ある年には実際に聖歌隊がついてきたし、ある年には大輪の薔薇の花が添えてあったし、またある年は、そっけない葉書一枚だったりした――俺の自我の最後の砦を崩そうと、ちくちく攻撃してくる姑息な手段。 ああ、なぜ地球は回るのでしょうか神様。 一年ぐるり巡ってまた夏が来るだなんて、いっそ悪い夢であればよかったのに。 これだけは、何百回繰り返しても、慣れることも飽きることもできない。 最初は単なる意地なのだろうと思った。独立してから初めて、戦場で俺と相見えたあいつは、無事に停戦を迎え、落ち着いてきたところで、少し天狗になったのだろう。 立派な独立国になったぞ、どうだ、そろそろ俺を認めたらどうだい――小憎らしい若造の言葉がそのまま聞こえてきそうな初めての招待状を、俺はぐしゃぐしゃに握り潰して季節外れの暖炉にくべた。 二年目に、まったく同じ体裁の、同じ文面の招待状を受け取った時、足が竦んで動けなくなるほどの恐怖を味わった。それはまるで、妙に意固地なところがあるあいつの、「絶対に諦めてなどやるものか」というメッセージのようで、正直ゾッとした。 ようやく、あいつに反旗を翻された傷も癒え、現実を冷静に見つめ、新しい関係を築いていこうという気持ちになり始めていた頃だった。それなのにあいつは、一生俺をあの惨めな独立戦争の中に閉じ込めて、嘲笑い見下ろす気なのだと悟った瞬間、逃げ場のない恐怖に、叫び出しそうだった。実際、叫んだ。 三年目には、封も開けずにゴミ箱に突っ込んだ。 あれは招待状という名の、脅迫状だった。 どうあっても俺がそれに屈伏する気がないのだと知ると、アメリカはますます意地になった。四年目には、まるで親しい者同士で交わされる手紙のような内容を添えて。五年目には、アメリカ行きのチケットまでついてきた。どうあっても奴は、俺をあの悪夢のような趣旨の祭典に引っ張り出して血祭りに上げたいらしかった。その意図を招待状の裏に見るにつけ、俺は温かい思い出と、苦々しい戦闘の記憶の狭間に落としこまれたように眩暈を覚え、吐き気を感じるのだった。 俺がアメリカを失って、二百年以上が過ぎた。今更「裏切り者」も「あんなに優しくしてやったのに」も「どうして」も何もない。俺の国民たちの誰一人、そんなバカげたことは思っちゃいないだろう。時代は廻ったのだ。否が応にも。 それでもただ俺一人だけが、深い時代の淵に落ち込んで、抜け出せないでいる――それは、俺がいけないのだろうか。俺の拘泥が、バカげているのだろうか。俺が折れればすべて終わるのだろうか。 けれど絶対に嫌なんだ、絶対にダメなんだ。お前には分からないだろうけど、アメリカ。 あの頃、お前は俺のすべてだったんだよ、アメリカ。 何よりも大切な拠り所を失った俺に、「おめでとう」と言えなんて、どの口が言えるんだ? ここ数年、聖歌隊が家の前に並んでいるだの、空から無数の招待状が降ってくるだの、等身大のテディベアにくっついて送られてくるだの、ド派手な演出が続いていただけに、俺はついうっかり油断して、ごくごく普通の郵便物に紛れていた、シンプルな白い封筒をモロに視界に入れてしまった。 INVITATION――またか。 今年は逆に初心に返るって作戦か。それとも単純に経費削減か。 シクシク痛み出した胃を慰めるために、俺はとりあえず、郵便物をまとめてテーブルに置くと、紅茶を淹れるべくキッチンに立った。 さて。 一口飲んで、俺はゴキブリでも見つめるかのように、その郵便物と対峙した。 開けるべきか、捨てるべきか、それが問題だ。 迷っている時点で、俺が次に取る行動は薄々分かっていた。慣れない慣れないと思っていたけれど、実はずいぶん慣れているのかもしれない。 始めの五十年なら、こんなことはまずあり得なかった。 宝くじの結果を見るように、恐る恐る開けた封筒の中身は、一枚のカードだった。 それも真っ白の、何の飾り気もないカード。パーティの日時も場所も書いていない。代わりに、数字が並んでいた。 「……電話番号?」 まさかな。うん、ただの番号に違いない。 だいたい、かける訳がない。絶対かけねぇぞ。 『もしもし、イギリスかい?』 俺は携帯の向こうから聞こえてきた、どこか弾んだ声に、内心頭を抱えていた。 ――なんでかけちゃうんだろうな、俺は……。 なんだかんだ言って、自分はアメリカに甘いのだと思う。 『よかった、君、かけてくれなかったらどうしようって。これ、君のためだけに契約した携帯で、ずっと君から電話がないかそわそわし通しでさ……トイレにも行けやしな……』 ブツッ。 アメリカの声が聞こえなくなってしばらくしてから、ようやく俺は、俺の指が電源ボタンを押したのだということを悟った。 ――お、思わず切っちゃったじゃねぇか……! 今起きた出来事が夢か否か、反芻しているうちに、手の中の携帯が震えた。当然、発信元は今かけた番号だ。 俺は携帯の電源を切ってそのままソファに投げると、そのまま寝室に向かい、すべてを夢の中の出来事だったと思い込むことにした。 (2008/7/3)
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