1827年7月4日 ワシントンD.C.




 ドン、パララララ……。
 打ち上げ花火が、隣に立つフランスの顔を染め上げていた。
 その段階になると、もはや俺はきょろきょろとパーティ会場である自宅の庭中に視線を走らせる行為をやめ、フランスの持ってきた上等のシャンパンを傾け、一際明るい声を出した。
「今日は俺のために集まってくれてありがとう!」
「お前、それ今日何回目だよ。酔ってんのかぁ?」
「そりゃあね、こんな素晴らしい日に、羽目を外さないなんておかしいよ」
 言いながら、さらにグラスを傾ける。それはあっという間に空になった。
「上等の酒なんだから、もうちょっと味わって飲めよ。これだからお子様は……」
 たぶん酔っていたのだろうと思う。フランスの零した何気ない一言に俺はひどく動揺して、気づけば乱暴に、フランスの襟首を掴んでいた。
 てのひらから滑り落ちたグラスが、地面でがしゃんと砕け散った。
「……おい」
「あ、ご、ごめん」
 慌てて手を離した俺に、フランスは胡乱な瞳を向けてくる。
「なんだ、『お子様』って言われたのが気に食わなかったのか?」
「……俺は、もう、立派な独立国だろう……なあ、フランス……そろそろ、認めてくれてもいいんじゃないかな……、君たちも、あの人も」
「俺は認めてるよ。だからここにいて、おめでとうと言った」
「あの人は認めてくれてないから、ここにいない。おめでとうとも言ってくれない」
「どうだかなぁ……あいつはもう、とっくにお前のことは認めてるよ。認めざるを得ないだろ。ただここに来ないのは……っていうかお前、誘ったのか、性懲りもなく」
「来てくれるまで誘い続けるよ、何百年でも」
 頭がぐらぐらしてきた。花火も二重、三重に見える。どうやら本当に、飲み過ぎらしい。
「あいつにはお前の気持ちはわからねぇよ。お前にも、あいつの気持ちはわからない」
「どうして?」
 イギリスの気持ちなんてわからない。ただ俺は君に認めてほしくて、俺が立ちたい場所に立てたことを、誰よりも、君に認めてほしかっただけなのに。
「どうしてだい? それじゃ俺は、永遠に独立できないままじゃないか……」
 そう言った俺の顔を――たぶん泣いていたのかもしれない――フランスが何かかわいそうなものでも見るかのように覗きこんでいたことだけを、覚えている。
「あいつは今頃、家で布団かぶって怯えてるよ」
「怯える? 怯えるって、何に?」
 頭がふわふわする、自分でも、うまく呂律が回っているのかわからない。ただ脳裏に、布団に包まって、何かに強迫されるようにガタガタ震えるイギリスの像が結ばれていた。
 怖がらないでこっちへ来て、一緒にパーティをしよう。
 そうして俺の隣で、笑っておめでとうと言って。
「お前の中で、自分の存在を否定されること」
 もはやフランスが言っていることの中身も、うまく咀嚼し理解することができなかった。
 眠い、ひたすらに眠い。
 明日起きたら、こんな嫌な気分はもう消えているだろうか。
 来年こそ、君は来てくれると、いつもの楽観的な自分に戻っていられるだろうか。


















(2008/7/1)



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