1827年6月1日 ワシントンD.C.



「これでよし、と」
 俺はきっちり封をした手紙を、裏へ表へ、何度も返しながら矯めつ眇めつする。
 記した内容を頭の中で反芻する。落ち度はない、はずだ。
 どことなく張りつめていた神経を、ふーっとゆっくり溜め息をつきながら解放する。それでも、まだ心臓のあたりがもぞもぞして、落ち着けなかった。
 今年で五十年目になる独立記念祝祭のパーティに、「彼」を招待するようになってから三年が過ぎた。
 お互いへの無関心から、利害の衝突、米英戦争――、そしてモンロー宣言。欧州への不干渉を誓い、また欧州からの干渉を拒絶した。
 既存の体制を守ることに忙しいヨーロッパ諸国。調和保守主義的な体制の輪を、少しずつ外れ出したイギリス。
 独立から足かけ五十年。植民地と本国の利害。関係調整の戦略変質。
 イギリスは相も変わらず、冷静で功利的に振る舞っているように見えた。
 俺は先の戦争を経て、イギリス依存の経済体制から脱却し、今度こそ、独立して世界を渡り歩くのだという自信を手に入れた。もはや、いざとなれば助けてくれる本国がある、植民地とは違う。
 ヨーロッパがいかにゴタゴタしているのか知らないが、今のところ、俺の利益を彼らに侵食されたこともない。
 広い広い大海原を挟んで、ともに独立してある、俺と、君。
 時期は来ただろう、と俺は思っていた。そろそろ俺は、認められるべきだ。
 上っ滑りの外交文書へのサインなんかいらない。欲しいのは、「おめでとう」、いつか君が心から俺を認めて、発してくれるであろう、ただその一言だった。
 一年目は挨拶程度のつもりだった。
 二年目には、君は迷ってくれればいいと思った。
 三年目には、少しだけ期待した。
 けれどやはり、君は来なかった。
 そして今年は四年目。俺は勝負に出た。何か招待状の体裁に、彼の機嫌を損ねる不備があったのかもしれない。
 便箋は? 封筒は? ペンは? 署名は? 封蝋は? 送る時期は?
 すべてを見直した。今度こそ、君が何の文句もつけられないように。
 上品な紙質の封筒に、願いを込めてちゅ、と軽く口づけを落とし、窓を開け放つ。口笛を吹けば、ばさり、と現れた大鷲が窓枠にその鋭い爪をかけた。
「イギリスのところへ! 超特急で頼むよ!」
 頼もしく大きな羽を広げたその大鳥は、みるみるうちに上昇し、やがてそのシルエットは、太陽に重なって見えなくなった。
 ――今年こそは、認めてくれるだろう? イギリス。
 見ろ、俺はもう立派な、独立国だ。


















(2008/6/29)



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