「あっ、やだ、そこやだ……っ」
ビクンッ、とイギリスの体が跳ねる。
「ここ?」
弱点を探り当てたアメリカはにやりと笑って、執拗にそこを責め立てた。
「ん、や……!」
身を捩ってアメリカの手を退けようとするイギリスを笑って、アメリカは唇を舐めた。
「……っ」
はぁはぁと、息の上がったイギリスは、涙を浮かべた瞳で、アメリカの悪戯を咎めるように視線を向けた。
「……くすぐ、ったいつうの! バカ!」
なんの意味もなく、ただ幸せなだけの。
「敏感だなぁ、イギリスは」
嫌らしい笑い方だと、自分でも自覚はしている。
けれどイギリスが、おもしろいくらいに過剰反応するものだから。
「もぉやめろよな、バカッ!」
真っ赤になって、アメリカを突き飛ばす。
「マッサージしてあげてるだけだろ?」
「逆に疲れる! もういい、今度お前が寝ろ!」
身を起こしたイギリスは、ばさばさと重力に従って乱れた髪の毛を取り繕うように手で撫でつけて、それまで自分がうつ伏せに寝ていたソファを気丈に指さした。
しかし、一度や二度命じられたくらいで、はいそうですかとイギリスの頼みを聞くようなアメリカではない。
「嫌だよ。別に俺疲れてないし。若いからね!」
「なっ……、お前、それは不公平だろ!」
「そんなこと言って、俺に何する気なのさ、このエロ魔人!」
ふざけた口調で。
いちいち本気になって真っ赤になるイギリスも、まったく予想通りなのに、不思議と愛おしい。
「エッ……えろ……ッばか! もう知らねぇよ!」
本格的に臍を曲げたらしい。ふい、とそっぽを向いて押し黙ったイギリスに、苦笑して唇を寄せる。
「怒った?」
囁きながら、先ほどの続きとばかりに、脇腹のあたりに手を這わす。
「ちょ、やめ……」
上ずった声、震える脚先。
ああ、このまま彼を抱いて繋がって、二人で体温を分け合って、とろとろまどろんだらどんなに幸せだろう。
しかし、現実はそんなに甘くはなくて。すぐに二人、体を離して、ひやりとした外気が身を纏う時間がやってくる。
「二人ともー、会議始まっちゃいますよ」
呼びに来た日本に、罪などあろうはずもない。
彼もまた、社会のために戦う一人だ。
「あーあー、まったく、新年早々仕事なんて、冗談じゃないよ……」
誰にともなく愚痴。
「文句言うな、みんなちゃんと出てきてるだろ! お前だけが大変だと思うなよ!」
優等生然とした台詞も振る舞いも、全部アメリカの前でしか見せないものだと知っているからなお、うざったいと言えば、彼はまた憤るだろうか。
「今年も、その保護者面は変わりそうもないね……」
えいっ、と勢いをつけてイギリスを手離した。
そうでもなければ、ずるずるといつまでも、現実と向かい合えそうにはない。
「まぁまぁ、五時で終わりですから、そしたらお二人でごゆっくり」
「俺はその後、もう一つ会議があるんだよ」
クリスマス休暇、なんて浮かれていたツケだ。わかっちゃいるけど腹立たしい。
「それは、大変ですね」
にこやかに微笑んだ日本では、クリスマスより新年の休暇を重んじるそうだから、どこ吹く風なのだろう。
五時で終わって、暢気に祝い言を口にして酒など口にして。
「では、先に行っていますね。お二人も遅刻なさらないように」
言うが早いか、ぱたりとドアが閉まる。鼻歌と足音が遠ざかっていく。
アメリカとイギリスはふと目を見合せた。
行く? 行かない?
意味のないアイコンタクト。
答えは「行く」に決まっているのだ。仮にも責任ある大人なのだから。
恥じらうようにイギリスが目を伏せたから、アメリカは微笑んで、そっとその唇に、自身の唇を重ね合わせた。
せめて、この喜ばしい瞬間を、君と存分に。
一年の節目など、まったく意味のないものなのだろう。たかだか、アメリカたちを乗せて無意味にぐるぐると回り続けるこの星が、一周したというだけのこと。珍しくもなんともない、これからも、ずっとずっと、少なくともアメリカの寿命分くらいは、飽きることなく繰り返される。
けれど、変わらないことこそが大切で、そんな中でも何かが少しずつ変わっていて、それを認めて、否定したいがゆえに節目がある。節目を、作った。
「……今年も、よろしく」
よろしく、と仏頂面で返してきたイギリスの唇が濡れていたことに、どうしようもなく満足して、アメリカはにこやかに仕事に戻ることにした。
ネクタイを締め直して。
意味がないようで、意味があるのだ。
単純な生き物で単純な存在で。だからただ、何も考えずに踊らされていればいい――。
それだけで、また一年、頑張れる気がする。
(2008/1/2)
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