12月24日。 この日をわざと狙ってなのか、突然訪ねてきたアメリカを、イギリスは追い返すこともできたが、そうはしなかった。 「ちょうどよかった……掃除手伝ってけよ」 「掃除?」 先日は、結局掃除を終える前に急遽アメリカに飛んで、色々あったショックもあって、ついに今日まで片付けられなかった部屋。 「俺にはどれが要るもんなのか、わかんねーんだ……」 ドアを開けて中を示すと、アメリカの青い目がみるみる大きく見開かれる。 ――俺が今までのことを全部教えてあげる。そうしてひとつひとつ、たとえ何年かかっても、思い出してくれればいい。 アメリカの言葉を、イギリスは忘れていなかった。「少し頭を整理する時間をくれ」と逃げ帰ったあの日。未だ混乱はしていても、自分の記憶の中の大きな穴が、ようやく自覚できるようになってきていた。 「……全部要る物に、決まってるじゃないか……君が、今日まで大切にしてくれてたんだろう……?」 アメリカは、感極まったように部屋を見渡した。どれもこれも、彼には見覚えがあるのだろうか。 「……どういうふうに大切なのか、お前が俺を納得させられたら、捨てないでやる」 どれもこれも、自分と彼の、思い出が詰まった品々なのだろうか。 「……いいよ。たっぷり話してあげるさ、俺が君から独立するところまで、余すことなく」 イギリスに時々指示を飛ばして、散らばる品々を選り分けながら、ぽつりぽつりとアメリカは語り始めた。初めて逢った時のこと、イギリスを真似して、必死に背伸びしたときのこと。 イギリスは空いた棚を水拭きしながら、懐かしそうに小物を手に取っては分けていくアメリカの背中を眺めていた。 その広い背中。 スケッチの子供とは、似ても似つかない。 にわかには、信じられないでいる。 けれどフランスが言いたかったのはこれなんだろう、と思えばすべてが納得できた。フランスがイギリスを思いやってくれるとき、フランスに任せておけば、すべては大丈夫なのだ。 ああ、フランスよりも、愛せる相手なんているはずがないと思っていた。 それなのに、フランスが身を引く理由として挙げるほど、自分がアメリカを愛していたというのなら、そうなのかもしれない、と思う自分もいる。 現に目の前にいるアメリカに、前ほどの嫌悪は感じていなかった。 こうしてともに過ごす時間も、いちいち癇に障る子供っぽいしゃべり方も、どことなく心地いい。 あんなに酷いことをされたのに。こんなに子供で、こんなに浅はかで、こんなに単純なこの男に、どうして絆されようとしているのだろう。 イギリスは、彼と過ごして幸せだったのだろうか? スケッチの中で微笑む自身に問いかける。 「そういえばあの頃君は、自分のところの得意産業である毛織物業を俺に禁じたりしてね、まったく君は昔からしたたかというかなんというか、よく俺もあんなの納得してたものだと思うよ」 アメリカの話には徐々に熱がこもってきていて、なんとなく半分以上聞き過ごしていたイギリスは、蘇ってきた思い出に苦笑した。 「……確かにそんなこと言ったかもな」 「思い出したかい?」 勢いよく振り向いたアメリカに、「ウザイ」と目で示した。 「いいから続き喋れよ。お前が喋った分だけ、俺は思い出せる」 「そ、そうか……」 そのまま続きを語り出すのかと思いきや、何かに目を留めて「あ!」と突然大声を上げる。 「うわー! これ懐かしいなー! 君こんなの取っておいてたのかい? もうとっくに捨てちゃったかと思ってたよ。これ俺が初めて君にプレゼントした手作りの帽子なんだぞ!」 イギリスはため息をついた。 さっきからこの調子で、脱線してばかりだ。 これはアメリカの性格なのだろうが、アメリカは、なんだかそわそわしているように見えた。 「……お前、なんか俺に言いたいことでもあるのか?」 ストレートに問えば、ぎくり、と肩が揺れる。 十秒ほど、沈黙が流れた。 やがてアメリカは意を決したように息を大きく吸い込む。 「ねぇ、今年こそ俺と……タイムズスクエアで、カウントダウンしてくれないかい?」 恐る恐る、アメリカが消え入りそうな声で言った。こちらに背を向けたまま。 イギリスは答えなかった。 浮かんでくる笑みを押し隠すのに、必死だったからだ。 何秒も経って、いたたまれなくなったかのようにアメリカは振り返った。その頃には、もちろんイギリスの顔は完璧に取り繕えていて。 「……お前って、本当に子供だな」 言えば、アメリカは大いに傷ついた顔をして、黙々と作業を再開するのだった。 その背中に、思わず笑ってしまう。声が出ないように必死で唇を噛み締めた。 フランスとは大違いだ、と思った。 バカで単純で、自信過剰で世間体なんて微塵も気にしないで。天真爛漫に振舞う権利が自分にはあるのだと信じて疑わない。 そのくせイギリスが大好きで、イギリスの愛を失わないように、駄々を捏ねて、都合の悪いことは無視して、顔色を窺って、――いつも必死だ。 フランスからは、一枚のクリスマスカードとヴィンテージワインが届いた。 アメリカが、そんな高級ワインを存分に引き立てる演出に耐えられる大人ではないとは思ったが、それはいかにもイギリスの誰よりも大切な「友人」フランスらしい皮肉で、イギリスはただでさえ心浮き立つクリスマスの夜が、二倍にも三倍にもなったように感じたのだった。 ああ、フランス。 やはりイギリスがフランスに抱く感情は、特別なのだ。いつかこのごたごたがすべて終わったなら、もう一度彼にちゃんと自分の気持ちを告げたいと、そう思う。 イギリスに隠し事をしていたと、謝る必要も気に病む必要もないのだと、伝えたい。 フランスと過ごした日々は確かにイギリスにとって、かけがえのない輝いた時間だったのだから。 一人でカードを見つめてにやにやしていたら、アメリカが不機嫌そうにこちらを見ているのに気がついた。イギリスが視線をやれば慌てて取り繕おうとするから、まだマシなのかもしれない。 「フランスから、カード」 ぴら、と表を向けて見せてやる。 「……なんて書いてあるんだい?」 イギリスは一瞬考えて、そうして意味深に笑ってみせた。 「……秘密」 "Joyeux Noël !" なんのことはない、一般的すぎる一文だったけれども、どうせ頭に血の上った今のアメリカにはわかるまい。 明日になったら「まったく、お前は子供だな」と種明かしをして笑ってやろう。 Décembre miracle The END オマケ程度にエロスがありますので、興味がございましたら裏にございます17.5話もご覧くださいv(苦手な方や18歳未満の方はご遠慮下さい。ごめんなさい) (2007/12/25)
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