フランスが三日ほど、国内視察に忙しくなるというので、久々に日本のところにでも遊びに行くか、と唐突に思い立ったイギリスは、そこで先客の姿を見た。
「おう、アメリカじゃねぇか」
 元植民地のアメリカとは、仮にも他人とは言えない関係である。義理じみた挨拶をすると、アメリカは普段の「我が道を行く」態度からは想像もできないような、動揺を見せた。
「すいません、アメリカさんとはお仕事の話があったもので……今日はイギリスさん、どうなさったんですか?」
 日本が間に入るようににこりと笑ったので、アメリカの様子を怪訝に思いながらも、イギリスはそれに応える。
「ああ、久々に遊びに来たくなって……邪魔か?」
「いえいえ。もうあらかた話は終わったところです。ねえ、アメリカさん?」
「……俺は帰るよ」
 ぼそりと不機嫌そうに言ったアメリカに、日本は眉を寄せた。
 軽くアメリカの服の裾を引いて、「アメリカさん!」とイギリスを憚るような囁き声で、アメリカを責め始めたので、イギリスはますます訳がわからなくなった。
 帰るなということだろうか。やはりまだ仕事の話が終わっていないのかもしれない。
「あ、まだ話があるなら俺、待ってようか?」
「いえ、違うんです。……イギリスさん、アメリカさんと、お話してあげてくれませんか?」
 イギリスと、アメリカが? 何か話すことなどあっただろうか、とイギリスは内心首をひねった。アメリカが慌てたように、日本の腕を引く。
「日本!」
 日本はそれに首を振って、やけに深刻な顔でイギリスに向き直った。
「いいえ、お二人は一度きちんと話し合われるべきですよ。イギリスさん、アメリカさんはまだ、あなたのことを――」
「いい加減にしてくれよ!」
 この場にふさわしくない大声を上げたアメリカに、イギリスは内心ムッとした。この優しい日本に対して、どうしてこういう高圧的な態度に出るのだろう。これだからアメリカは、好きになれない。
「そういう言い方はねぇだろ。日本が何したって言うんだよ。お前、まだ日本のこと脅しつけるようなマネしてるのか?」
 叱るように言えば、予想外にアメリカは傷ついた顔をして、イギリスは虚を突かれてしまう。今にも泣き出しそうに唇を噛み締めている姿に、ひょっとしたらこれはイギリスが関わっていいような問題ではなかったのかもしれない、と短慮を恥じた。
「いいえ、イギリスさん。アメリカさんは悪くないんです、私が差し出がましかっただけで……。でも、ただ私は、お二人にもう一度よく話し合っていただきたくて……。イギリスさんは、本当にこれでよろしかったのですか? アメリカさんは御覧の通りすっかり諦めきっていますけど、でも私には、まだ納得がいかないんです」
「もういいって言ってるだろ、日本!」
「よくないですよ」
「俺は……、イギリスと話したくない」
「アメリカさん……」
 いったい二人の間で何が問題になっているのかわからなくて、イギリスは戸惑う。
「ええと、俺に何の話があるのかわからないけど、当のアメリカが話したくないって言ってるんだから、別にいいんじゃないか?」
 言えばアメリカはホッとしたようだったが、泣きそうな情けない顔は変わらなかった。
「じゃあ代わりに私に質問させてください」
「日本!」
「あなたは本当に、これでよかったんですか? アメリカさんに満足な説明もなしに、あなたがフランスさんと付き合うことにしたなんて……もちろん、あなたがフランスさんを選んだことに文句を言うつもりはありません、ただ、アメリカさんにはしかるべき話があってもよかったんじゃないかと……」
 フランスと付き合っている事実について、初めて親友から言及されて、イギリスは少しどぎまぎした。
「アメリカに、しかるべき話?」
 けれど、日本の言う意味がいまいちよくわからない。イギリスがフランスと付き合うのに、どうしてアメリカが出てくるのだろう。
「もういいよ、やめてくれよ! これでわかっただろう日本も! イギリスは始めから、俺のことを対等だなんて認めてくれたことなんか、一度もなかったんだよ!」
「だって、そんな……いいんですかイギリスさん! こんなときにまで、意地張らないでください!」
 縋りつくような日本の目。彼が何を望んでいるのかわからなくて、イギリスは目を逸らした。
 アメリカはそんなイギリスを見て、自嘲気味に笑う。
「全部遊びだったんだ……俺が勝手に舞い上がって……はしゃいで……バカみたいだったろう? ごめんよ」
「何の話だよ?」
 アメリカと最後に会ったのは、世界会議。軽く挨拶を交わした程度。
 アメリカが一人で舞い上がってイギリスに迷惑をかけたというなら、ひょっとしてクリスマスのディナーの話をしているのだろうか。もしかしたらアメリカは、あれでイギリスと「対等」の意を示したかったのかもしれない。
 まったくなんて意味のないコンプレックスだ、とイギリスは呆れてしまった。「対等」だのなんだの、そんなのはもう百年近く前に無意味になった概念ではないか。イギリスから独立したアメリカはもうとっくに、国として元宗主国イギリスを抜いたのだから。
「『妖精のせいだ』、なんて君らしい最後だったよね。……いいよ、そういうことにしておいてあげる。それが俺と君とのゲームのエンディングには相応しいと思うし」
「妖精? ゲーム?」
 アメリカの口から「妖精」という単語を聞くことが、物珍しくて仕方なかった。この小憎らしい元植民地もまた、イギリスの語る妖精を、鼻で笑い続けた一人ではなかったか。
「帰るよ。ありがとう、日本」
 イギリスの質問には答えず、アメリカはぽつりとそう告げた。アメリカの悄然とした後姿を、日本が切なげに見つめている。
「アメリカさん……」
 事態を把握し切れていないイギリスは、そんな親友に声をかけることもできない。
 カラカラカラ、と小さな音がして、日本の家の玄関が閉まった。
 アメリカはいったい、イギリスに何を思うところがあったのだろうか。結局訳がわからないままだ。
 問おうと口を開いた瞬間、日本の声がそれを遮った。
「……あなたは、もう少しアメリカさんのことを大切にしていると思っていました……、違うのですか?」
「『大切に』も何も、あいつはただの、元植民地だぞ? ……日本?」
 独立してからこのかた、立派に成長し、ヨーロッパ諸国を追い抜いていったアメリカを、元宗主国として苦々しくまた誇らしく、世界戦略上最重要の一国として位置づけ、付き合ってきたつもりだ。イギリス連邦への加盟を望まなかった他の元植民地同様、あからさまに特別扱いをすることもなく、時に手助け、時に利用するというスタンスで。
 アメリカもイギリスのそういうところは知っていたし、別に問題などないはずだった。なぜ今更、日本がそんなことで心を痛めているのか。
 やはり、近頃のアメリカはおかしい。
 はっきりと目には見えなくとも、国として揺らいでいるのかもしれない、となんとなく思った。
 数々の移民を内部に取り込み、膨張を続けた幻の大陸。現代世界経済の中枢を担う――自由と夢と、矛盾と頑迷の国、アメリカ。
「……わかりました……もう二度とこの話題は口にしません……差し出がましいマネをして……本当にごめんなさい……」
 よくも悪くも、アメリカに振り回され続けた隣国日本が、沈み込んでいるのも、きっと自分など入り込めない強い「想い」がそこにあるから。
 イギリスは、親友の力になれない自分に、軽い絶望感を覚えた。


















(2007/12/18)



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