イギリスとフランスが千年近い紆余曲折を経、晴れて「そういう関係」になったことは、瞬く間に世界中に広まったのであって、今更隠すことではない。
 少なくともイギリスは、そう思っていた。
 しかしながら、フランスの方はどうもそうは思っていないらしい。
 たとえば世界会議の時など、あまり嬉しそうに話しかけると、人目を憚るような抑えた声で返事をされるし、いつもの性的なジョークも振ってこない。
 二人きりでいるときなどは、この上なく愛されている実感があるだけに、どうしても違和感を拭いきれなかった。
 イギリスも、仮にも責任ある独立国のつもりであるから、公の場で顰蹙を買うような浮かれ方は慎みたいと思っているし、そうした節度はきちんとわきまえているつもりだ。きちんと常識の範囲内で話しかけているつもりなのに、たまに諫めるように冷静な対応を取られると、舞い上がっているのは自分だけで、フランスは何か隠しているのではないかと思えてくる。
 そう、例えば、イギリスとこうして付き合ってくれていることすら、国家戦略の一なのではないか、と。
 フランスがそのような腹芸を得意としないことは、隣国イギリスの最もよく知るところではあったが――むしろそういう小賢しい手口は、自分の方が得意とするものだ。
 情熱のままによく考えず行動するクセがあるというか、とにかく細かい戦略も詰めも苦手、それが美と愛をこよなく愛する男、フランスであった。だから余計に、よそよそしい態度はそのまま、自分との温度差を表すものなのではないかと思えてしまう。
 そのフランスは今、香ばしい匂いをさせながら、イギリス宅のキッチンに立っていた。
 手伝うな、と冗談混じりに釘を刺されたイギリスは、先日の会議の様子を思い出しながら黙々と花鋏を動かして時間を潰す。
 ずっとずっと、恋い焦がれてきた相手だった。隣に生まれたのは偶然だとしても、このままずっと、一番近しい立場で生きていけたらいいと思っていた。「好きだ」と言うのも今更すぎて恥ずかしくて、こんな風に素直な気持ちで二人時を過ごす日が来るなんて、ずっと夢の中だけの出来事だった。
 今年が始まったその瞬間、彼に抱かれた温もりの中で、「あぁ、俺もやればできるんだな……」とムードもへったくれもない感想を抱いた。素直になろうと思えば、幸せはこんなにも簡単に手に入ったのに。どうして今まで十数世紀も、結ばれぬ歯痒さに心痛めてきたのかわからない。
 あまりにも彼の近くに生まれすぎた自分は一生、こうして彼の「特別」になれることはないのではないかと、無意識の諦めがずっとイギリスを縛りつけていた。ひょっとしたら、その頃の不安が、今現在の幸せを受け容れられなくて、些細なことに違和感を感じさせるのかもしれない。
 こういうことは、はっきり本人に訊いた方がいい。それでこの未曾有の幸せを、存分に享受できるなら。
 そんなわけで、「メシできたぞー」と食卓に呼ばれたイギリスは、おもむろに口を開いた。
「なぁ、お前、さ……」
「んー? あ、ソースそれな。熱いから気を付けろよ」
「おう、サンキュ……」
「で、何か言おうとした?」
「あぁ、うん。……お前、なんでその、たまにテンション低いんだ?」
 フランスは水を飲みながら、怪訝そうな顔をした。心当たりがない、という顔だ。
「いつ?」
「ほら、この前の会議の時とか……」
「ああ! そりゃーだってああいうところでイチャイチャしてんのもウザいでしょ。子供じゃないんだから」
 諭すように笑い混じりでフォークを向けてくる。「子供」と指摘されて、イギリスは妙に気恥ずかしくなった。
「そ、そこまでイチャつこうなんて俺だって思ってねぇよ! 普通に話しかけただけだろうが!」
「いやー、本人たちはそう思ってなくてもね。周りから見たらウザイということが……」
「そうか、ならいいけどよ……なんか……」
 まるで自分とそういう目で見られるのが嫌だ、とそう言われているようで。
 嫌なのか、とさすがにそこまでストレートな質問は、口に乗せるのが躊躇われて、イギリスは頭の中で言葉を転がした。
「ほら、冷めないうちに食えよ!」
 促されるままにナイフを取って食べ始めてしまえば、同じ話題を蒸し返すのもどうかという気がして、結局イギリスのもやもやは有耶無耶になった。


















(2007/12/17)



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