12月31日。
 街は年越しの準備で大忙しだった。商店を彩ったクリスマスの飾りつけも撤去され、ニューイヤーを祝うためのものに変えられて久しい。
 寒くて敵わなかったけれども、こうした浮ついた雰囲気も嫌いではない。
 イギリスの心は弾んでいた。いよいよ今夜はあちこちで新年を祝うためのイベントが催される、そういう日。
 そういう日にこんな風に人と会うために外出していることが、なんだか嬉しいのは、いくつになっても変わらない。
「よぉ」
 待ち合わせ場所に遅刻することもなく現れたフランスは、軽く手を挙げた。
 仕事の話といえば仕事の話なのかもしれない。
 それでも、非公式にしておきたい内容だけに、お互いの格好は至極カジュアルなものだった。それが余計に、イギリスを浮足立たせた。
「結構休みの店も多いけど……どこ行く?」
 イギリスは辺りを見回して尋ねた。
「そこにカフェがあるから」
 デート気分で浮かれていたイギリスと裏腹に、フランスの表情は硬い。
 やはり何か深刻な情報を握っているのかもしれない。よくも悪くも、アメリカが動けば世界中が影響を受ける。ここは慎重に動かなければならないだろう。
「……で? お前が握ってる情報って何なんだ?」
 ホットティーを頼んでコートを椅子にかけながら抑えた声で訊けば、フランスは困ったように微笑んだ。
「いや? 今日は別に、そういう話をしに来たんじゃねぇんだわ」
「……は?」
「お兄さん、久々にお前とお話したかっただけよ?」
「……はぁ?」
 なんなんだよ、気持ちわりぃな、と口では言ったけれど、実は全然嫌じゃなかった。むしろプライベートで誘ってくれたのだ、と思うだけで、心が弾む。
 バカみたいだなぁ、と思う。フランスにはきっと、全然その気はないのだろうに。
 フランスはイギリスとは違う。
 イギリスにはフランスしかいない。けれども、フランスにはもっと多くの気を許せる友人がいる。自分はその一人に過ぎないのだと、十分わかっていた。
 届いたコーヒーを一口啜って、そういえば、とフランスは切り出した。
「お前、妖精って信じる?」
 いきなり何なのだろう。
 イギリスは首を傾げた。フランスからそういう話を振ってくることは珍しい。
 今までさんざん、妖精の話をする自分を痛い子扱いしてきたくせに。
「だから、信じるとかそういうレベルの話じゃないっての、妖精は実在するんだからな!」
「……うん、そうだよな……そうだよね……」
「なんなんだよ」
 どうも今日のフランスははっきりしない。
 しばらくそわそわと店内や窓の外を見回したりして。かと思えば、フランスは意を決したようにイギリスの目を見た。
「……やっぱり妖精はノエルの夜、誰かの願いを叶えたりするのか?」
 何を言われるのだろうと少し緊張していたところにこれだから、イギリスは思わず噴き出してしまった。
「お、お、お前……何を言うのかと思ったら……」
 寒さで頭が凍っているんじゃなかろうか。
「ちょ、汚っ! お兄さん真剣なのに!」
「ばーか! あははははは! そんなの信じてるの、子供くらいだぞ? 迷信だっつうの、ばーかばーか!」
 調子に乗って散々罵倒してやったら、フランスはやや涙目になって、複雑そうな顔をイギリスに向けた。
「そんなに笑うかぁ?」
 ああ、いったいどうしてそんなバカげたことを言い出したのだろう。
「ああもう、ほんとバカだなぁ、お前……くっくっくっく……」
「……お前、泣くか笑うかどっちかにしてくれる? つか泣くほど笑ってんじゃねぇよ!」
「だっておかし……っはははは!」
 腹が痛かった。


 冬の日暮れは早い。もともと待ち合わせは午後だったために、しばらく喋って別れる頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「じゃあ、悪かったな……色々と。……その、アメリカのことは、あいつはまだまだ若輩者っていうかさ、そんなわけだから、あんまり勘繰らないで優しくしてやれよ。そしたら、色々思い出すかもしれねぇし」
 そういえば、今日はそもそもアメリカの話を聞こうと思って待ち合わせたのだった、と今更ながらに思い出す。フランスは本当にアメリカの話どころか、仕事の話を一切しなかったから、イギリスも当初の目的を忘れかけていた。
「思い出すって?」
 どうも今日のフランスは、アメリカの話になるとはっきりしない。やはり何か隠しているのだろうか。だとしたら少し寂しい気がした。
 しかし、アメリカほどの大国が、何らかの大それた動きを隠し通せるはずもない。じきにわかるだろう、とイギリスは内心ため息をついた。
「いやいや、……こっちの話。少なくともほら、年明けには電話くらいしてやれよ、Bonne Annéeってさ!」
「そんなの、どうせまた仕事で会うんだし、その時でいいだろ……なんでわざわざ電話? お前は元植民地全員にそんなことしてんのかぁ?」
「いやいや、だってほら、せっかく誘ってくれたのに、お前断っちゃったんでしょ」
 ニューイヤーはうちでカウントダウンしないかい、というアメリカの声が蘇る。
 アメリカが派手好きなのは知っていたが、なぜそこに自分を巻き込むという発想に至ったのか、未だに謎のままだ。少し考えれば、イギリスがそんな何の得にもならないくだらないことに付き合うはずもないのだが、断った時のアメリカの悄然とした声色といったら、今思い出しても奇妙だ。
 せっかくのイベントなのだから、やはり静かに楽しみたい。たとえばもっとロマンチックで、もっと大人の時間を――。
 そこまで考えて、イギリスは今日が大晦日であることを思い出した。あと数時間もしないうちに、年が明ける。道ゆく人々は皆、ともに年を跨ぐべき人と、浮足立った街を歩いていく。
 期待してはいけないと思うのに、フランスの前では、どうしても虚勢を張り切れないときがある。
「……だって、やっぱニューイヤーは、大事な人と過ごしたいっていうかさ……クリスマスはムリだったし」
 それは、そうした期待が時に報われることがあると、知ってしまったからかもしれない。
 ちらりと顔色をうかがうように言うと、フランスは一瞬眉を寄せて、「お前に『大事な人』なんているのか?」と笑った。
 イギリスは「いるっつぅの!」と怒鳴ることしかできなかったけれど、本当は「このまま帰りたくない」と言いたかった。
 毎年毎年、ひとりぼっちの年末。少し勇気を出せたなら、何か変わるだろうか。
 イギリスが悶々としながら黙っていると、そんなイギリスを笑うでも揶揄するでもなく黙っていたフランスが、恐る恐る、といった様子で口を開いた。
「……それ、俺とか言わないよね?」
 予想外にストレートな質問に、イギリスは黙っていることしかできなかった。
 これは冗談なのか、好意なのか、それとも拒否なのか。どれとも取れるセリフに、咄嗟に切り返す言葉が浮かんでこない。
 きっと顔は、みっともなく真っ赤になっているのだろう。
 沈黙は肯定、と心のどこかで意識している自分もいて、だからこそ余計に。
「……寒いからなぁ」
 俯いて黙りこくったイギリスに、フランスはそんな訳のわからないことを言った。


















(2007/12/13)



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