ノエルのパーティーは予定通り盛大に催された。ド派手なツリーが、アメリカ宅のいたるところで光を放っていた。
 アメリカの家には主要な各国が集い、断る理由もないフランスもまた、久々に会う友人たちとの会話を楽しむべく、着飾って出てきていた。
 イギリスはといえば「招待されてないんだから」と、案の定しばらくゴネていたが、それをなんとか説き伏せて、「それなら文句言いに行ってやりゃあいい」と背中を押してやった。
 たぶんイギリスは、フランスにそういう役割を望んでいるのだろう。実はこんなやりとりも例年のことで、恋人同士になっても何の変化もない二人にいささか呆れた。
 そんなイギリスは、やはり気が引けたのか、少し遅れて現れた。
 何やら大げさな紙袋を提げている。これも毎年のことだ。
「おい、アメリカ! 俺、招待されてねぇぞバカァ!」
「えー? そうだったっけ? ごめん、忘れてたよ!」
 ほら、これだけのやりとりで仲間に加われるのだから、毎年うじうじ悩むイギリスの心情がわからない。アメリカがイギリスを毎年毎年招待しないのも、単に「好きな子ほどいじめたい」心理なのかもしれない。
 確かにフランスも、イギリスのこういう顔は、嫌いじゃないし、かわいいとも思う。
 ほら、アメリカに任せたって平気なのだ。イギリスは、きっと大切にされて、幸せになれる。
 フランスはそう自身に言い聞かせ、ぎゃあぎゃあとうるさい二人に背を向け、友人たちとの語らいに興じた。
「イギリスさん、楽しそうですね」
 日本がちら、と視線を二人の方に遣って言う。その温かな目は、二人のよき友人として何の曇りもない。
「……そりゃあな。今年こそ、ノエルにあいつと『恋人』としていられるんだから」
 フランスもそういう目で、あの二人をきちんと見ることができているだろうか。
「本当に、お幸せそうでよかった……イギリスさんも、アメリカさんも」
「そうか? アメリカの奴は自分勝手だからな」
 あまり晴れの席で言うべきことではないと思っていたが、二人をよく知る日本の前で、思わず言わずにいられなかった。
 イギリスは、そんな無責任な賛辞で片付けられるほど、恵まれた位置にいるだろうか。
「ええ、ですから、こういうイベントの日くらいは、と思って」
 ところが日本は当然のように頷きフランスの言を肯定したので、フランスは笑ってしまった。それは自身の心配を理解してもらえたことへの安堵なのかもしれなかったし、そんな厄介な恋に嵌った悪友を憐れむものなのかもしれなかった。とにかくフランスと日本の二人は、微妙な感情を共有して笑い合った。
 夕方になれば、皆が我が家でノエルを過ごすために帰っていく。そんな中で、当然のようにアメリカとともに後片付けを始めたイギリスを見て、アメリカは始めから、夜にはイギリスと二人きりで過ごすつもりだったのだということを知る。
 なんだかんだ言って、他人が思うほどアメリカはイギリスを軽んじてはいないのかもしれない。本当はものすごく大切にしているのかも。ただ、それを表現できないがゆえに、イギリス本人にすら伝わらないというだけ。
「またね、フランス。来年も来てくれよ!」
「お前、もうプレゼントに卑猥なモン持ってくんじゃねーぞ!」
 帰りの挨拶をしたら、二人揃って外まで送ってくれた。
「いいじゃねぇか。どうせお前に使うんだし」
「だから嫌なんだよ! ……って何言わすんだバカァ!」
 イギリスは顔を真っ赤に染めてフランスの背中に強烈な前蹴りをお見舞いしてくれた。その光景をにこにこと見守っているアメリカを意識した途端、フランスは自身の役割を強烈に理解した。いや、理解しなければならなかった。
「じゃあ、よいノエルとヌーベルアネを」
「うん、じゃあね!」
 なんだかすごく惨めな気分だ。二人の世界に決して入り込めないからではない。むしろそうであればまだマシだっただろうに。
 フランスは確実に、あの二人のために存在するのだった。アメリカの愛は、フランスがイギリスを励ましてやらなければ上手くイギリスに届かず、イギリスの愛は、フランスという間男がいなければいつまでもアメリカに黙殺されたままだったのだろう。
 あの二人はもっと自分に感謝してしかるべきなのに、どうして自分はあの二人のせいでいつも惨めな思いをしているのか。
「ま、わかってたけどなー……」
 一人ごちれば、吐息は水滴となって空に消えた。
 イギリスが幸せなら、結局自分はそれでいいのだ。


 とぼとぼと家に帰って、一人、上等のワインを傾けた。
 今頃あの二人は、甘い聖夜を過ごしているだろうか。
 結局、あの紙袋の中身はなんだったのだろう。往年からの推察で言えば、手編みのマフラーといったところか。
 どことなく晴れない気分でカーテンを開ける。窓の外では深々と雪が降り、近くの教会からは、時折賛美歌の声が漏れ聞こえていた。
 歌声に混じって、どこかでチリチリチリン、とかわいらしい鈴の音がした。次いでゴツン、と軽く窓ガラスが揺れる。
 鳥でもぶつかったのだろうか。
「う、さぶ……」
 恐る恐る窓を開けると、刺すような冷気が部屋に侵入してきた。思わず身震いして再び窓を閉めると、部屋の中を、ピンクの光のかたまりが、行ったり来たりしていた。
「……は?」
 思わずぽかんと口を開けていると、甲高い声がして、ようやくその発光体が、小さな人の形をしていることがわかる。
「大変大変大変!」
 これが噂の妖精ってやつだろうか。昔あの孤島の深い森で、イギリス――イングランドに初めて逢った一度以外、妖精をこの目で見たことはなかった。
「な、何が大変なんでしょーか……」
「大変なの! もうすぐクリスマスの夜が終わっちゃうわ!」
「そ、そーですね」
 至極単純な事実を前に、相槌を打つことしかできなかった。
「ばか! 妖精は聖夜に必ず一つ、誰かの願いを叶えなきゃいけないのよ! できなかったらまたバカにされていじめられる……」
 フランスが事態を把握しきる前に、妖精は顔を覆って泣きだした、ようだった。
「ねぇあんた!」
 かと思えばびしっとフランスに向けて指を突きつけてくる。なんて無礼な小動物だろう。
「お、俺?」
 部屋中見回してみても、あいにくフランス以外に人影はない。
「あんた! そうあんたよそこのあんた! なんでもいいからお願いしなさい、誰もが感動するような、あっと驚くスケールのデカイお願いを! そしてできたら世界平和に貢献するような立派なやつをね!」
「そんなこと急に言われてもなぁ……」
 ノエルに願い事だなんて、子供じゃあるまいし。
 フランスは生憎と、願い事は自分で叶えるしかないのだということを知っている大人なのだ。
「何かあるでしょ! 日頃から思ってるようなことよ! もしもあの時ほにゃほにゃだったら……」
 軽々しく言われたセリフに、少しムッとする。
 そんなことなら、生まれてこの方、星の数ほどあった。けれどすべて胸の奥底に押し込めて生きてきたのだ。そうでなければ生きられないのが、フランスたち「国」であった。
 願っても詮無いことを、願えというのか。
「歴史に『もしも』はないんだ、マドモアゼル」
 小さなマドモアゼルは、まったく応えた様子もなく、続く言葉を言い放った。
「ないことをあらしめるのが奇跡よ! 願いなさい、『かくあれかし!』と」
 甲高い少女の声なのに、その言葉は妙な重圧をもってフランスの胸に響く。
「……何でもいいのか?」
「いいわ。地球が逆さまだったらよかったのにと願うなら、その通りにしてあげる」
 こんな小さな生き物に、そんな大それたことができるとは正直思わなかったが、一つの戯れのような願い事が、頭に浮かんでいた。
 もしも――もしもイギリスの心がアメリカに捉われるとことさえなければ、自分がこの手でイギリスを幸せにしてやれただろうか。バカで子供で自分勝手で意地っ張りで不器用なアメリカを媒介することなしに、イギリスを愛せただろうか。
 もし、イギリスが幼いアメリカと夢の新大陸で過ごしたあの日々さえなければ、賢しいイギリスは、あんな若輩者に拘らなかっただろうか。
 もし、甘やかし甘やかされた二人の歪んだ奇妙な歴史さえなかったなら――。
 ずっと、ずっと知りたかった。
 フランスは、自分こそが最もイギリスに近い存在だと自負していた。イギリスが誕生したまさにその時から、常に心のどこかでそう思っていた。
 フランスはイギリスの兄であり、敵であり、味方であり、友人であり、かけがえのない特別な存在であり続けた。
 イギリスにとっての「もう一人のかけがえのない特別な存在」が現れるその前に、フランスがイギリスを手中に収めることは決してなかった。成り行きで抱きしめたことも寝たこともあったけれど、「恋人」だの「伴侶」だのという言葉でつなぎとめて固く結ばれようとは決して思わなかった。しようと思えばいつでもできたのだろう。けれどフランスはしなかった。上司から「しろ」と言われた時でさえ、冗談めかしてごまかした。
 なぜそうしなかったのだろう。
 その時は、その方がいいと思っていたのだ。いつか自分よりももっとイギリスが心を捧げられる相手が現れるなら、自分はそれを待とうと。
 フランスは知っていたのだ。イギリスが自分に抱く好意は、ずるずるとした甘えからくるもの以外の何ものでもないと。
 自分の愛はイギリスを弱くする。だから、使い時を誤ってはいけない。
 自分はいつもイギリスの心の支えでいたいけれども、その土台がイギリスの足を引っ張ることがあっては絶対にいけない。そこにあることすら気づかれないような、半透明の支えでありたかった。
 だからフランスじゃなくていい。イギリスが選んだのが、アメリカでも構わなかった。
 けれど、あっさりアメリカを認められたかといえば、実はそうではない。
 ずっと、ずっと知りたかった。
 本当にこれでよかったのかどうか。
 アメリカでよかったのかどうか。
 イギリスがアメリカに抱いている感情もまた、単なる甘えなのではあるまいか。あれはアメリカを甘やかすことで、自身を甘やかしているのではあるまいか。アメリカといては、イギリスはダメになってしまうのではあるまいか。
「じゃあ……」
 ずっと、ずっと知りたかった。
 もしもアメリカが現れる前に、心地のよい妙な関係に安住したりせず、イギリスを存分に愛してやったなら、こんな歯痒い思いはしなかったろうかと。イギリスは今より迷いなく幸せを享受できていただろうかと。
「イギリスの中から、アメリカを育てた思い出を消してくれ」
 口に乗せたのはほんの戯れだった。できるはずがない。今も強くイギリスを縛り捕え魅了する大切な過去。
 誰にも、消せるはずがない、奪えるはずがない。
「……そんなんでいいの?」
「そんなんって……、できるのかぁ?」
 揶揄を込めれば、妖精はむくれた。
「何よ、あたしはただ、ずいぶん欲がないのねって言おうとしただけよ! あなた、イギリスをアメリカから奪いたいんでしょう? それならそう願った方が手っ取り早いわ!」
 まったく、フランスの何を知っているというのか、遠慮のない妖精だ。
 フランスは薄く笑って、首を横に振った。
「俺は試してみたいんだよ。イギリスがどうしてあんなにまで、『アメリカじゃないとダメ』なのか」
「その原因は『育てた』何だのプロセスにあると読んだわけね」
「違うなら、俺はイギリスを奪えない。アメリカのことも心から認めよう」
 まったく、どうかしている。こんな勝負を挑むまでもなく、アメリカのは自分に勝ったのだ。とっくの昔に諦めがついているのに。
 心の底では、未練たらたらだったということだろうか。
 今日はせっかくのノエルだから、悪意の言葉遊びを、どうか許してほしい。
 フランスは心の中で、甘い夜を過ごしているであろうアメリカとイギリスに詫びた。
「聖夜にふさわしい素敵なゲームだけれど、それってあたしが他の妖精に自慢できるような世界貢献度はいかほどかしら?」
「アメリカもイギリスの無条件な庇護を失ったら、少しは態度を改めるだろうさ。かなり世界のためだと思うがな。……どうだい?」
 フランスは幼女においしいお菓子でもあげたような気分でウインクした。その程度の認識だった。
「……いいわ。あなたの願い、叶えましょう」
 だからピンク色が窓から出て行ったのを見送って、ワイングラスを洗ってシャワーを浴びて、床に就く頃には、こんな不可思議な出来事のことなど、すっかり忘れていたのだった。


















(2007/12/10)



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