雨がやんだら






 あ、雨だ。
 俺は一人ごちた。
 小走りで異国情緒漂う宮殿に入ると、俺の訪問を察知したのか、仮面の男が壁にもたれかかるようにして立っていた。
「よーぉ、元気にしてるかー? ト・ル・コ」
 茶化すように右手を上げると、相手はハッと笑う。
「なんでェ、珍しいな。いいのか、イタリアは」
「だーって神聖ローマの奴、諦め悪ィんだもん。ちょっと休憩。……さすがのフランス兄ちゃんもちょっと突っ走りすぎたよ。それより済みませんねぇ。いろいろ協力してもらっちゃって」
「いいってことよ、うちのお偉いサンがおたくを偉く気に入ってるみたいだからな」
 そう言って肩を揺らした男の、服装は奇抜だ。
 顔を覆った仮面は、表情が見えず少し怖い。イタリアのおちびちゃんのところの仮面舞踏会を彷彿とさせる。
 別に国民の間では、仮面をつけるのは標準ではないらしいのだが。
 謎の多い国だ。
 この度うちの上司が、天敵イスラーム教のこの国と友好関係を築いたのはちょっとばかしすごいかもしれない。一緒に神聖ローマをぶっ叩いてイタリアをゲットしようぜ、という名目で。
 俺はつい、居心地が悪くてきょろきょろしてしまう。
「それにしても、すげぇ城だな。ちょっと中見せてもらってもいいか?」
 ヨーロッパの城とは違う、けれどもとんでもなく豪奢なそれ。トルコの腰に下げた大振りの剣に少し肌寒いものを感じながらも、好奇心にかられて提案してみる。
 そもそも今日は本当に遊びにきた。偵察だとかそういう意図はまったくない。
 トルコもそれはわかっているのだろう。
 軽く肩を上げて、すぐに「いいぜ、案内してやらぁ」と言った。
「そんなに違うのかぃ、今度俺もお前さんちを見るべきかね?」
 俺の先をスタスタ歩きながらトルコが言う。
「そうだな、歓迎するぜ」
 トルコは本当に宮殿の隅から隅まで「ここは~の間」「あっちは~の間」と親切に案内してくれた。せっせと働く召使や、官吏や王族たちも友好的で、俺はすこぶる気分がよかった。やっぱ来てよかったぜ。それにここにゃ、色んな民族の人間がいて、まさによりどりみどりって感じだもんなぁ……ハァハァ……。
「それでこっちに行くと……」
 トルコが俺の方を向いて何かしゃべっているとき、その背後から布をかぶったオバケのような物体がするすると近づいてきて、そのままドン、とトルコにぶつかった。
 どさ、と衝撃で後ろに倒れたオバケは、皮がはがれて、十代の少年になる。
 すごくキレイな少年だと思った。
「ってぇな……またテメェかギリシャあ!」
 大してダメージを受けた様子もないトルコが怒鳴る。
 ギリシャ――そうかこいつが。
 ギリシャの母親は、ヨーロッパ人なら誰もが知っている、地中海世界の原点だ。その子供がトルコの元で細々暮らしていると、知識で知ってはいたが、まさか本当に会う日が来るとは。
 ギリシャはさっとはがれた布を掻き抱くと、再び頭にかぶり直して、下から精一杯トルコを睨みつけた。
「どいて」
 俺でさえ少し恐怖を感じてしまう、無表情の仮面に対して、臆する様子もない。
「なんでェ、そのかぶりもんは」
 トルコは無情にも、ギリシャが必死で押さえつけていた布切れをいとも簡単に引っ張り上げてしまう。
「やめろっ、返せ!」
 ぼかすかと、ちょっとやりすぎなんじゃないの、というくらい少年はトルコに殴る蹴るの暴行を加えている。それでも体格差のため、トルコは痛がる様子もなく、逆に一発の拳骨で少年を涙目にすることに成功した。
「だぁっ、もううるせぇな……ほら、お客さんに挨拶しろぃ」
「……しないっ!」
 少年は拗ねたようにぷいっと顔を背けると、そのまま走り去ってしまう。
「ハァ? おい、クソガキッ!」
 拳をぷるぷるさせながら声を荒げたトルコに、俺は苦笑いを浮かべた。
「あー、いや、いいよいいよトルコ」
 うーん……すごくキレイな男の子だったけど、ちょっとやんちゃ系?
「……ったく、しょうのねぇガキだな。なにヘソ曲げてやがんでぇ」
「いつもあんな感じ?」
「俺にはな。それ以外には比較的マトモに話すんだが……」
「ふぅーん……」
 やっぱりキリスト教徒がこの国で生活するのは辛いのかもしれない、と俺は思った。

 その後は近くの部屋でごちそうを頂いたり、踊りを見せてもらったりして、俺は最高に楽しかった。ちょっとトイレ、と席を立って一人で廊下を歩いていると、盛大なため息が聞こえた。
 視線をやると、先ほどのオバケがぼんやりと雨の降りしきる庭を眺めていた。
「……ギリシャ?」
 俺が声をかけるとビクッと肩を揺らして、鋭い眼光をこちらに向ける。
 と思いきやすぐに目つきは和らいだ。
「なんだ……トルコかと思った……」
「あー……はじめまして。俺はフランス」
「フランス」
「なんでそんな、オバケみたいな格好してるんだ? いつもそんなのかぶってるわけじゃないんだろ?」
 トルコだって「なんだそりゃ」みたいなこと言ってたしな。
 ギリシャが頭からかぶっている布を指さすと、彼はさらにそれを深くかぶるようにした。
「雨……」
「雨?」
 こくん、と頷く。
「が、降る、と、髪の毛まとまらない、から……」
 見られたくないのか。
「あー、わかるわソレ。美の大敵だよな、雨」
「雨の日って、何もしたくなくなる……」
 そのまま沈黙が下りて、俺は「うわー、このコ、ゆるいなぁ……」と思った。
 ゆるい、ゆるすぎる。
 平和だ。
「あのトルコの仮面の下ってさー、どうなってるのかすっげー気になるよな?」
 しょうがないので、こちらから話題を振ってみる。
「べつに……いつも見てる……」
「えっ、そうなの?」
 なんてサラリと衝撃的なことを言うのか。
「隠してるわけじゃない」
「んじゃーなんなのよ、アレ」
「さあ……」
「雨が降ると眉毛が伸びるから、隠してるのかもな」
 ふと思いついたので軽口を叩いてみる。
 けれどこれは不発で、「えー」という顔をされて終わった。
 うーん、かわいい女の子相手なら、これで「やだ、フランスったらおかしい!」と場が盛り上がること間違いなしだったんだがなぁ。
 どうも場がゆるい。
 どうしたもんかなぁ、と考え込んでいると、今までぼーっと虚空を見つめていたギリシャが、ぱっと顔を上げた。
 先ほどと明らかに目の色が違う。
 なんだ、どうしたんだ。
「トルコ」
「え?」
 視線の先を追って待つこと数秒後、曲がり角から本当にトルコが現れた。
「……クソガキ、またお客さん困らしちゃいねぇだろうなぁ」
 あぁ、いやそんなことないぞ、と言おうと俺が口を開くより早く、ギリシャがテンポよく返答する。
「バカ死ねトルコ」
 ……この子は。
 かわいい顔してなんてことを。
「テメェは他に言うことねぇのかッ!」
「こっち来んな!」
「そういう意味じゃねぇ! もうちっとかわいげのあること言えっつぅんだ!」
「こっち来んな来んな来んな死ねバカトルコ!」
「このクソガキがァ!」
 普段は飄々として感情の読めないトルコと、普段はぼーっとしてこれまた感情の読めないギリシャが、実にリズミカルに怒鳴り合う様は、まるで喜劇のようだ。
 あれ、俺すっごく疎外感?
「だいたいなんでぇ、こんなもんずるずる引きずりやがって!」
 トルコが布の端を軽く引っ張ると、ギリシャはまるでそれが命より大事なものであるかのごとく、必死に引っ張り返す。
「やめろってば! 見るな見るな見るな!」
 泣きそうなその様子に興がそがれたのか、ふいにため息をついてトルコは布を手離した。
「……ったく、いつもながら意味不明なガキだな」
「死ね死ね死ねっ!」
 ギリシャの飛び蹴りを華麗に受け止めて、トルコは顔をこちらに向けた。
「済まねぇな、こいつ機嫌が悪いみたいで」
 あ、やっと俺に気づいてくれたのね。

 まぁ、そんなこんなで、色々あったわけだけれど。
「じゃあ、今日はありがとう。――ギリシャにもよろしく」
 見送ってくれるトルコに軽く手を挙げる。
 雨は相変わらず、やみそうにない。今頃彼は自室にこもっているのだろう。
「おう。あのクソガキがやかましくて悪かった」
 いやぁ、お前も同程度にやかましかったよ、という言葉は呑みこむ。
「いやいや、楽しませてもらったよ」
 うーん、毎日毎日あんなに怒鳴りつけられて、支配下にあるってのはそういうことなのかねぇ……。
 俺がぽりぽりと頬をかいていると、雨を見ながらぽつりとトルコが言った。
「――まぁ、雨がやんだら、少しは機嫌も直るだろぃ」
 俺は軽く首を傾げる。
 まぁ、そりゃ不機嫌の原因はくせっ毛なんだから、そうだろうけど。
 けれど、トルコがそれを理解しているとは到底思えなかった。悪いけど。もちろんあの様子じゃギリシャが言うはずもない。
「……どうして」
「あれは昔っから、雨が降ると猛烈に機嫌が悪いんでねぇ。普段から『来るな』とか『死ね』とかうるさいけどよぉ、雨の日は俺の姿を見るのも嫌みたいで、部屋にこもって髪の毛いじっちゃぶーたれてんでぇ」
 ……あぁ、なんか、核心に触れてはいないものの、なんていうか……。
「トルコってギリシャのこと、よく見てんだなぁ……」
 とりあえず怒鳴りつけとけタイプの、ガサツで責任感のない男なのかと思っていたけれど。
「そりゃ、一応俺が面倒見てっから」
 心底感心して言ったら、不思議そうに返された。
 考えてみれば、強国トルコに対して、ギリシャがまったくひるまず言いたい放題言えるのも、普段トルコがどれだけ甘く接しているかという証拠でもあるような気がする。
「あ、うん、そうだね」
 それ以外に返す言葉がなかったが、なんとなく俺は顔が熱かった。
 ああもうやだやだ。早く帰ってイギリスでもからかおうか。
 あ、かなりの高確率であっちも雨かぁ……。
だからうちの土希は土→→→→←希ですが何か?(なんでケンカ売ってんだ)

なんか、土希は先に裏を書いちゃったので、後ろめたくなって慌てて表も書いてみる。
けどギリシャがまったくトルコを愛してないので、エロスが絡まないとCPにならないことに気づいたんだぜ! 土→→→→←希の「←」は実はカッコ“()”に入れてもいいくらいのファンタジーなんだぜ!
自分で言っといてなんだけど、ギリシャ……うわぁ……。いや、でもしょうがないよね……。
でもきっとうちのトルコさんは「→→→→」の男だから、そんなことはまっっっったく気にしないんだと思います。江戸っ子の大雑把さ。愛!

米英だとどうなんだろう……、配分的には米→→←←←英くらいか? あ、でも実は米→→→←←英みたいな部分もあったりして。なんていうか、米の愛と英の愛は種類がまったく違うものだと思います。ムズカシー。
でもうちの土希はきっぱり「土→→→→(←)希」だと言い張りますよ(カッコ入れちゃったよ!)。

ギリシャは美の追求者くさい。
でもトルコは江戸っ子だから、そんな気持ちはまったく理解できないといい。
そう言えば、ごにょごにょ調べ物をしていたら、オスマン帝国の詩人が各民族の外見上の特徴について述べた詩で、ギリシャ人を誉めまくっていました(男も女も)。だからきっとギリシャもキレイな部類なんだろうなぁ、と。

どうでもいいですが、なんていうか、うちのフランス兄ちゃんは恋のキューピッドだ。
自分は絶対CPには入らないのに、人の恋路には首を突っ込んで森田輝(誰)、っていうのが理想。

時代設定はスレイマン1世、フランソワ1世あたりかなーと思って書きました。まだオスマン帝国が超強くて、ヨーロッパ列強とも対等かそれ以上だった頃。神聖ローマ皇帝はカール5世、ルターの宗教改革あたりです。
(2007/9/5)
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