番外編第三部「セーシェルさんとイギリスくんとアメリカくん」



{文化祭4日目〜後夜祭〜}

「イギリス。準備できたかい?」
「う、るせーよちょっと待……て待て待て! 入ってくんなバカ!」
「なんだ、いいじゃないか」
「まだ髪型が決まんねーんだよ」
「決まってるじゃないか。オールバックも似合うね」
 腰を抱いて額にキスしたアメリカを、軽く押し返してイギリスはうつむく。
「メガネかけようかどうしようか迷ってるんだ。一応コンタクトも作ってきたんだけど」
「なんだよそのテンション……」
 やる気満々かよ、と嘲笑ってみせるが、どきどきしてしまって上手くいかない。
「だって今日はお祭りだぞ。楽しまないと!」
 にこやかに笑って体を離したアメリカに、ちょっと眩しそうに目を細めて、イギリスは照れ臭そうに笑った。
「……お前も……似合ってるぞ、それ。……メガネも、かけたままでいい」
「俺ってば白も似合うからなぁ」
「言ってろばーか」
「君色に染めてくれよ……なんてね?」
 ほんの些細な軽口なのに、頬を真っ赤に染め上げるイギリスが愛しくて、思わず手袋をつける前の指を軽くはむ。
「ん……」
「イギリス……結婚しよう」
 真剣な目に見つめられて、息を詰めたイギリスは、蕩けそうな顔で静かに頷いた。今度はアメリカは、「嘘だよ」とは言わなかった。


「おいおい誰だー、控室にビデオカメラ設置してるって言い忘れたの」
「我はてっきり法国が言ったものかと思ってたある。っていうか毎年恒例ね。忘れてる英国の責任あるよ」
「アメリカも言ってやりゃあいいのになぁ……ってあいつは知らないのか。一年坊主」
「え、それって女の子の控え室にもですか?」
 もはや何の感慨もわかないほど見慣れたラブシーンを画面の向こうに見ながら、私は問うた。
 いや、感慨ならある。まゆげのくせに幸せそうじゃねぇか……!
「いいや、その場合は着替えを手伝う役員が、着替え終わってからスイッチを入れることになってる。で、控室の映像は、疑似結婚式が終わった後に流すんだ」
 あーあ、まゆげの悶え死ぬ姿がありありと浮かぶようだ。しばらくは八つ当たりされそう……面倒くさいなぁ。
『ん……ふ……っ』
 調子に乗って画面の中ではディープキスだよこんちくしょう。
 そろそろロシアさんが怒鳴りこむに違いない、と思って振り返ればもう姿が見えないんだからすごいわ。
 コンコン、とノックの音。スピーカーからだ。
『あのぉー、アメリカさん、イギリスさん、すいません。そろそろ……』
 ガチャリとドアを開けて顔を出したのはリトアニアさんで、口元を拭いながら笑顔を取り繕おうとするまゆげが心底笑える。
 対するアメリカさんはリトアニアさんにウインクなんかしちゃって、余裕だ。空気が読めてないとも言える。絶対リトアニアさんを遣わしたのはロシアさんなのに。
『行こうか、イギリス!』
『……お、おう』
 そう言って手を取り合った二人が、なんだかとても羨ましかったのは、気のせいだということにしておく。
 脇でフランスさんが制服のネクタイを正しながら、「やべー、俺、本番泣くかも」なんて呟いた。
「疑似じゃないっスか。泣くなら本物の本番でにしてくださいよ」
 でも私も、その気持ちはちょっとだけわかってしまうんだ。
 胸がこんなに切なくて温かくて、じわりと涙がにじみ出てくるような。
 どうしてだろう。他人の幸せなんて、どうってことないって思ってたのに。
 新婚旅行にうちに来るカップルなんてどうでもいいと思ってた。南の海でなら楽しくて幸せだなんて大間違いだ。そんな遊び気分で一、二週間、表面だけをかすめていくかのように去っていく余所者は、どうせ美しいだけの浅はかな愛しか知らないのだろうと思ってた。
「そうだなぁ……そんときは、お前ん家のきれいな海ででも、挙げさせてやってくれよセーシェル……」
「……お安い御用っスよ! うちの海は、幸せな二人をさらにこの世で一番幸せにする、自慢の海なんですから!」


 ゴーン、ゴーン。
 重厚な響きで、すっかり日の落ちたチャペルの鐘が鳴る。
 病める時も健やかなる時も、と二人はぎこちなく愛を誓って、そっと唇が触れ合った瞬間、割れんばかりの歓声。
 照れ臭そうに笑って歓声に応えたアメリカさんの誇らしげな顔も、前後不覚といった状態で泣きじゃくってアメリカさんに抱きしめられてるまゆげの顔も、私は一生忘れることはないだろう。
 隣で、フランスさんは本当に泣いていた。中国さんも日本さんも泣いていた。
 イタリアさんは涙ぐんで、それでもバカみたいに笑顔を絶やさなかったし、ドイツさんは相変わらずの仏頂面に、ほんの少しだけ笑顔を浮かべた。
 これが、碧い空と蒼い海と、白い砂浜と、甘い南風に包まれて、マグロとかもめに祝福されたものならばもっと素晴らしく見えただろうに。私はそんな負け惜しみじみたことを思って、そうして、いつか本当にそんな日がくるまで、いや、きてからも、二人がずっとずっと幸せでありますように、と、ガラにもなく天に祈った。
 ――おじいちゃん。
 私、辛いことも嫌なこともいっぱいあったけど、この学園に来て本当によかったです。
 私、今ほど自分を誇らしく思ったことはありません。国旗も国章もダサいけど、その暢気さがいいじゃないって。
 この世に浅はかな幸せなんて一つもないんですね。
 どんなに些細でくだらない幸せも、それを味わう人々は、国々は、この世に生まれ落ちて生きて生き抜いて、いっぱいいっぱいいろんな苦しみや葛藤を乗り越えてきたのだから、まるで砂漠で味わうひとすくいの水のように、どんな幸せだって身に沁みて幸せなんだって、心からそれを誇って抱きしめられるんだって、そんなことを学びました。
 ねぇおじいちゃん。
 だから、私の胸が今こんなにも温かいのは、あの二人にも負けないくらい私が幸せだって、そういうことなんだよ。
 負け惜しみみたいに聞こえても、全然そうじゃないの。本当に幸せなんだよ。
 人生ってそういうものでしょう、おじいちゃん。
 感動した者勝ちだよね。
 だから、周りでどんなにイタリアさんやポーランドさんやギリシャさんが「アイスーッ!」と恨めしそうに叫んでいても、トルコさんが「空気読めテメェはっ!」とギリシャさんの頭を殴りつけていても、ドイツさんやリトアニアさんが呆れたように、何と言ったものやら考えあぐねていても、私のこの感動は、誰にも奪えないものなんだ。






拍手御礼学ヘタシリーズ 

“SCHOOL DAZE”


〜たぶん本当に 完〜















 この少女漫画みたいなバカ騒ぎ、書いててすっげー楽しかったです(笑)。
 お互いタキシードの結婚式。やってみたかったのです。ああでも我ながらすっごい笑える……。
 バカだろ!? こいつらみんなバカだろ!(やらせたのは私です)

 っていうか数ヶ月間だらだら続いて本当に申し訳ありませんでした。
 本当にたくさんの拍手をいただいて、いつも励まされました!
 なのにちっともお礼ができた気がしない……orz
「こんなお礼が見たいよ!」というご意見等ございましたらお教えください!


(2008/5/12)



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